民主党の目玉政策である子ども手当法が成立した。国会で議論が深まったとは言い難く、消化不良のまま6月に支給が始まる。子ども手当の理念はとても重要な意味を含んでいるのに、どうして民主党はきちんと説明しないのか。もどかしい。11年度からは満額(1人月2万6000円)が支給される予定で、財源難から懸念の声も高まっている。もう一度理念を確かめ、持続可能な制度設計をして参院選前に示すべきだ。
子ども手当への批判は、(1)所得制限を設けないため富裕層にも一律に支給されるのはふに落ちない(2)保育所など現物給付の方が重要(3)毎年5兆円以上の支出を続けることへの懸念--などに集約される。少子化対策や経済効果が期待できないとの意見も根強い。子どもは家族が育てるもので、貧困家庭に手当を絞るべきだという考えは自民党だけでなく、子育てを終えた世代にも多い。
たしかに所得制限をすればコストを抑えて政策効果が期待できる面はあるが、所得制限を設けると自治体の事務量が膨大となり、所得の正確な把握も難しいことを私たちは指摘してきた。選別主義的な制度は行政の裁量が大きくなり、不正受給も起こりやすく、行政不信や市民間の不信が増幅するという学説もある。
保育所などが重要なのは言うまでもないが、現金給付でなければ改善できないこともある。親の失業や貧困による心理的ストレスは悲惨な児童虐待に密接に絡んでいる。一方、忙しすぎる親を仕事から少し解放し、育児にかける時間を経済的に保障することも必要ではないか。家庭外に仕事を持つ女性が日本よりはるかに多いスウェーデンでさえ、1歳未満の子の育児に限っては親が直接担っている割合が日本より多い。
家庭内や地域社会で人のつながりが薄れ、子育てが難しい時代になった。貧困と孤立が子育て世代を侵食し、子どもの自尊感情や周囲の人々との信頼関係に深刻な影を落としている。親が子育てに幸せを感じ、子どもが自分自身を愛することができてこそ、生きる力に満ちた社会の実現は望める。それが少子化対策の土台ではないのか。
個別のニーズに応える従来の公的扶助の考えから、子育ては社会全体の責任であり、子どもは手厚い支援を受ける権利があるという理念に基づく制度へ転換する必要がある。累進的な税制・社会保険料と組み合わせることで、格差を是正し制度への信頼も確保できるはずだ。日本は国民負担率も税の再配分も先進諸国の中で最低レベルだ。子ども手当の理念を見失わないために、消費税も含む税のあり方全体を考え、11年度以降の恒久的な制度を検討すべきだ。
毎日新聞 2010年3月29日 東京朝刊