を集めた集会の翌日、4月19日の第一面ではご覧の通り紙面の半分を使って、大々的に載せている。そして社会面でも、徳之島住民の声をふんだんに載せている。まるで、沖縄県内での集会を報道するかのごとくだ。
おそらく、奄美や鹿児島の地元紙でもこんなに大きい扱いはしてないだろう。他県の集会を大々的に紙面を割いて報道することは、タイムス社がこの集会に好意的である事は言うまでもない。
集会当日の18日の社説でも、大いにこの集会に好意的な論考が書かれている。その中に、
「徳之島への移設は形式的に言えば「県外移設」にあたるが、実体としては、親せきづきあいをしてきたお隣への「圏内移設」というべきだ。徳之島案は歴史的にも文化的にもつながりの深い両地域の対立感情をあおるだけである。」という一文があって、徳之島がまるで「沖縄県(圏)」であるかのような、親近感に満ちた論調で書いている。そんなに徳之島というか「奄美地域」は沖縄と親密な関係にあったのだろうか?「闘牛」関係、その他沖縄在住者の多い所であるから、細々とした交流が継続されてはいるだろう。しかし、
「兄弟島」だとか
「圏内」「親せき」だとか言えるほどに親密な関係にあるとは思えない。
4.17日のタイムスには、徳之島出身の自民党・
徳田毅衆院議員のインタビュー記事が載っている。
見出しは「普天間受け入れない」・「徳之島でなく現行案で」である。
4.17沖縄タイムス 18日の15.000人集会には、徳田氏以外にも徳之島以外の奄美諸島各自治体の首長と、議員、
保岡興治元法相ら、奄美全体の有力政治家が出席したという。保岡興治氏といえば、小泉純一郎元首相の腹心みたいな人物で、沖縄に米軍基地を押し付けたい自民党政治家の一人である。4.200人を集めた先の反対集会には、自民党・小池百合子元防衛相が出席していた。
徳田議員がインタビュー記事で言っている事は、まさに「
徳之島には絶対普天間基地を移設させないが、辺野古には絶対造らせる」という旧自民党政権が固執した「
対米従属主義」そのものである。
言ってみれば、徳之島の「一万五千人集会」は、自民党筋の政治家達に主導された
「沖縄への米軍基地押し付け島民大会」に他ならない。
徳田氏は記者の質問に答えて、次のように言う。
―沖縄に集中する基地負担を全国で引き受けるべきだとの議論もある。 「米国に防衛を依存している以上、日米関係を大切にせざるを得ない。基地に出て行ってほしいという沖縄県民の気持ちも分かるが、現実的には名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部に移設する現行計画しかない」 「日米関係を大切にせざるを得ない」と思うなら、その考え方を実践すべく、自分の所で快くで受け入れて、日米関係重視の意志を積極的に表明すれば良いのではないか、と言いたい。結局、徳田氏は、沖縄に米軍基地を押し付けたいが為に「今回の大集会」を推進したのである。その他奄美地区の政治家達が一致団結して、沖縄からの米軍基地移設を阻止して、沖縄への米軍基地押しを続行させる為に、住民を結束させたと言うしかない。これは私の言う
「奄美の全体主義」「同調圧力」が、沖縄相手にした場合、殊のほか発露するのだと思う。
それなのに、沖縄の新聞の論調は、政府の徳之島移設案には批判的で、徳之島に
「兄弟島」「親せき」「圏内」などいう表現で、底抜けの思いやりを示している。
確かに、本土のどの土地でもなく、徳之島と言う「琉球列島」の一島を、現実的に移設可能性ある案として的を絞った事は、「奄美」とて、沖縄に準ずる土地として差別・偏見の対象としか、日本人(大和人)に見られていない事の証左であろう。
しかし、そうだからと言って、沖縄人が奄美を
「兄弟」「親せき」のごとくに同情して、奄美に米軍基地を移設することに反対の態度を示す事は、身の程知らずのお調子者と言うべきだ。徳之島の住民は、沖縄の米軍基地の過重負担に対する思いやりはほとんど持ってないのだ。奄美の事大主義は沖縄を蔑視する事によって、辛うじて支えられているのではないか?
奄美の人間は沖縄に思いやり持ってないのに、逆に沖縄の人間は、奄美へ身の程知らずの同情心を持つ。言ってみれば、ちょっとした風邪ひきの者に、インフルエンザで重体の患者が看病する事のようなものではないか。笑い話にもならなず、安ッぽい同情心など何の得にもならないと、沖縄の人間は気づかなければならない。
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