2010年4月26日15時41分
化粧品店の看板には「けはテひん」と書かれていた=黒竜江省方正県、相場郁朗撮影
中国最北部の黒竜江省方正県。零下30度の市街地を歩くと、中国語と日本語が併記されている看板をあちこちで見かける。誤字だらけで意味不明のものも多い。「けはテひん」は化粧品店。「チキソそ煮ぅ」は鶏肉の煮込み料理の店。「チキンを煮る」とでも書きたかったのか……。
県政府が2006年から、新規開業する商店の看板に日本語を併記させている。反日感情が根強い中国で、日本語表記を進める街は例がない。親日ムードを盛り上げる意気込みはひしひしと伝わる。日本語の看板を出す美容教室を営む女性(32)は「看板を見た日本人は親しみを持ってくれるはず」。
実はこの地、日本とのかかわりがとても深い。県政府の統計では、戸籍人口約22万人のうち、約3万5千人が日本に住み、約6万8千人の住民に日本滞在歴がある。人口のほぼ半数が日本と深い関係をもっている。同県出身の在日華人からの日本円仕送りなどで、外貨交換額が全国に約2900ある「県級行政区」の中で27位とトップクラス。住民の生活水準は、農村部としてはずば抜けて高い。
その原点は戦争末期にさかのぼる。ソ連軍の侵攻で逃避行を続けた日本の開拓団員が開拓団本部施設や難民収容施設があった方正県にたどり着いた。県政府によると、約5千人が飢えや寒さ、伝染病などで死亡、4千人以上の子供や女性が中国人に引き取られ、残留孤児や残留婦人が集中した。中国政府が建てた中国で唯一の「日本人公墓」もある。戦争がもたらした悲劇が今、方正県と日本を結ぶ太い人の流れに成長している。
日本に多くの中国人を送り出す「源流」の町がもう一つある。
方正県から南へ約2400キロ。熱帯植物があふれる福建省福清市には、かつて「日本密航村」と呼ばれた集落が集まる。1980〜90年代には密航組織「蛇頭」が暗躍した。密航は下火となったが、留学や偽装結婚で、今も日本を目指す人が多い。
4月上旬、たまたま入った飲食店の女性店員から結婚仲介業者の男(43)を紹介された。男に案内されたのは、茶葉店2階の8畳ほどの一室。男は部屋に入るなり、緑色のカーテンを閉めた。部屋の中央にはマージャン卓、壁には日本地図と首都圏の交通図。ここに、短髪で年齢より少し若く見える王さん(29)が現れた。
王さんは08年に離婚。一人息子は夫に引き取られた。実家はピーナツやウリを栽培するが収入は乏しい。たまに臨時工として工場で働き、月1千元(1万4千円弱)ほどを得るのがやっとだ。いとこは日本へ渡り、工場勤務などで月二十数万円の収入がある。そこで自分もと、男に相談したという。
「高校を出てないから留学ビザを取れない。だから結婚して日本へ行こうと思う」と王さん。この時点では、普通の結婚を望んでいる様子だった。こちらにその気がないことを見てとると、約20分で立ち去った。
翌日、王さんは仲介業者を通さずに電話してきた。「私と結婚してくれたら、稼がせてあげる」。偽装結婚してくれれば100万円の謝礼を支払うというのだ。就労目的で日本へ行くのだから、夫婦生活はなくていいという。「もしあなたが希望するなら、愛してあげてもいい」。王さんはその週末に別の日本人3人とも会うので、「興味があるならそれまでに連絡して」と言って電話を切った。(西村大輔、奥寺淳)
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毎年5万人増え、外国人登録をした人だけでも65万人を超えた在日華人。好況の中国から、なぜ多くの人が日本へ来るのか。第12部「大陸源流」はその事情を中国から伝える。