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戸塚悦朗「立法解決のために私たちにできることは何か」
金子安次さんインタビュー
海南島「慰安婦」裁判報告

戸塚悦朗「立法解決のために私たちにできることは何か」(1)

●戸塚悦朗プロフィール・・・1942年生まれ。龍谷大学法科大学院教授。専門は国際人権法学、国際人権法政策、現代社会と法学

※編集者注・・・ちなみに今回の論文は『国際人権法政策研究』第3巻・第4巻合併号(国際人権法政策研究所出版、2009年1月)でより詳しく展開されています。興味のある方は是非お買い求め下さい。

1.(はじめに)

 自由権規約委員会による第 5 回日本政府報告書の審査結果である最終見解が、 10 月 30 日付で公表された (2)。「慰安婦」問題については、 日本友和会 ( JFOR )ほかのNGO が同委員会あてに意見書を提出していたが、同委員会は、そのパラグラフ 22 において、明快な意見を公表し、日本政府に立法等の措置を講じることによって、「慰安婦」被害者への公式謝罪、生存被害者への国家による補償、責任者処罰、教科書への記載、被害者を傷つける発言への適切な対応などを求めた。

 なお、同委員会は、 1998 年 11 月 19 日付で第 4 回政府報告書に対する最終見解(3)を公表したが、その際は「慰安婦」に関する勧告はなかったため、同委員会としては、この問題に関する初勧告となる点で注目できる。

 さて、日本軍性奴隷問題については、日本政府は、アジア女性基金という民間基金政策によって問題が解決したとの立場を取り続けており、かたくなに国会の立法による解決を拒否し続けているが、対日国際批判は、激しくなる一方であり、やむことを知らない。

ここまで問題がこじれたのに、なぜ、日本はこの問題を解決できないのか。問題解決を左右する要因を分析し、それを克服する道を探してみたい。それがわかれば、私達市民に何ができるかを見つけることができるであろう。

 

2.成功を左右する3要素

この問題の解決の鍵は、 3 つの要素が握っている。その3要素は、@国内政治・外交担当者、A国際情勢、B第 3 の要素、すなわち、世論、選挙、市民社会 (4)であるが、現状では、そのうちでも市民社会の動向と選挙が最重要の要素であることを強調したい。

 

3−1.国内政治・外交担当者

3−1−1.政治の硬直化・無力化の現象

かっての自民党政権、たとえば、1980年代の中曽根首相・後藤田官房長官時代と現在の保守派政権とは相当違ってきていた。

筆者は、 1984 年に国連NGOである国際人権連盟(本部ニューヨーク)の支援をいただいて、ジュネーブの国連人権小委員会に参加し、報徳会宇都宮病院による人権侵害事件を事例に、日本の精神病者に対する重大人権侵害問題を訴えた。国際的な舞台で、米国に本部がある国連NGOによって日本の精神衛生行政に対する厳しい批判がなされたという事件が起きたわけで、内外でかなり大きく報道された。これに対して、日本政府・外務省は直ちに強い反応を示し、政治的な対応措置がとられた。政府・自民党はかなり強い政治的指導力を発揮し、2007年には精神病院協会などから強い反対があったのを押し切って、精神衛生法を改正するという政策を断行した。

ところが、現在の保守政権は、これに匹敵する政治的指導力も判断力も決断力も実行力もない。驚くことに、国連 NGO が持っている程度の情報さえも持たないのである。

政府側には確度の高い情報が入らない。市民団体側の考えも分からないままに政府の重要政策が立てられてきた。ことに国際情報については、外務省に頼りきりで、政府首脳は、そのたよりの外務省からも、誤った情報を与えられ、情報操作されてしまうひ弱さが露呈してきている。

そのため、さまざまな政治的無力化現象が起きている。この問題をめぐる日本政府・保守派の今日の国際的な孤立は、初めから予想可能だったのに、民間基金構想では解決ができないことを想像することすらできなかったのである。嘘のような話だが、大国日本には、まともな外交政策がないに等しい状態になってしまったのである。

保守政治は、惰性的に長期独裁政権化してしまい、制度疲労してしまったのである。

 

3−1−2.官僚制度と保守勢力の癒着による政治機能麻痺

政府・外務省は、伝統的には米国、国連、アジアへの外交政策のバランスをとろうとしてきたが、最近はなぜか、米国の行政府の一時的な政策を偏重し過ぎるようになって、国連外交とアジア外交を著しく軽視するようになってしまった。

いずれの国でも、外務官僚は、外国政府を相手に情報操作をすることで知られているが、日本の外務官僚は、自国の政府首脳も国会議員も情報操作の対象としている。外務省による情報隠匿・虚偽による情報操作は、マスメディアに対するだけではない。

政策遂行の方法も劣化して、今や誰を信用してよいやらわからなくなってきている。官僚が政府・保守派連立与党さえをも情報操作するようになってきて、戦前の軍部官僚による政治操作を髣髴とさせるものがある。外務省官僚が重要な国際的な情報をブロックし、虚偽によって、政治を操作しようとした事例がある。外務官僚による国際法律家委員会( ICJ )報告書草稿の長期隠匿事件を想起してほしい(5)。

国会も情報操作の対象となってしまえば、大本営発表を髣髴させるような事態も起きる。国会答弁で「クマラスワミ報告書は家庭内暴力報告書」等と言って、日本軍性奴隷問題の報告書が国連で公認されたのに、あたかも国連で拒否されたかのような誤解を与えかねない説明をした(6)。ミスリーディングな答弁を繰り返しても、訂正したという話しは聞いたことがない。

外務官僚は、立法不可能説を流布し、国会議員の立法能力不足につけこんで、立法解決が不可能であると関係者に信じ込ませてしまった。このまま推移して、高齢の被害者が死滅するまで時間を稼ごうとしているのだろうか。

官僚と保守政権の癒着は、被害者を無視することにつながり、誠実なプロセスによって日本がアジアとの和解を促進することをも、妨害してきた。2007年 AWF 終結後も、同じことを言い続ける無策を繰り返しているのは、そのよい証拠ではないだろうか。それは、狭いナショナリズムの感情を満足させることがあるかも知れないが、日本の将来にとって真の利益をもたらすと考えているのだろううか。

 

3−2.国際情勢:国際社会は批判を継続・強化

3−2−1.国連・ ILO の成果

国連とILOでの成果の重要性は、言うまでもないが、すでに拙著『普及版日本が知らない戦争責任』明石書店 (2008 年 ) と『ILOとジェンダー』日本評論社( 2006 年)が出版されているので、これらを参照して欲しい。詳細は省略する。

 

3−2−2.外国議会

これまでも被害国の議会(7)が日本政府に誠実な対応を求める決議をあげたことはあったが、日本政府はこれらを黙殺し続けてきた。

ところが最近は事情が変わってきた。 2007 年 7 月に米国の下院が日本政府に謝罪を求める決議を採択したのに続き、オランダ、カナダ、 EU の議会が同様の決議を採択したのである。欧米の議会が日本政府に対して対応を求めだしたことは、国際情勢の質的な転換が起こっていることを推測させる。

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3−2−3.最近の多国間人権機構

2007 年 5 月、条約機関である拷問等防止委員会( CAT )がこの問題を時効がない問題と指摘した。国際的には、被害者への補償問題以上に重要な問題として、不処罰問題が取り上げられていることに注目すべきであろう。

国連人権理事会の普遍的定期的審査( UPR )が始まり、日本政府の審査のUPR作業部会は、2008年5月に実施されました。これまで日本政府は、人権機関で諸政府から名指しされて、公式に批判されることはなかった。UPRの登場で、公開審査で 40 カ国以上の政府から名指しで批判を受けた。日本軍性奴隷問題では、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、フランス、オランダ、中国政府から批判と勧告を受けた。しかし、日本政府はこれらの勧告の受諾を拒否した。

条約機関としては、自由権規約委員会 (HRC) が 2008 年 10 月 15 、 16 日に日本政府第 5 回報告書を審査したことは、上記した。

 

3−3.世論、選挙、市民社会

 このように、国際情勢は、対日批判を強めるばかりなのに、保守政権は、日本軍性奴隷問題の解決の能力を失っているので、解決への見通しが立っていない。

残念ながら、世論を代表するとされる日本のマスコミは、この問題に関する限り沈黙を継続している。

政治に対して、これまでの市民社会は、無力だった。日本では、政界再編の試みはあったが、保守派に政権をゆだね続けてきた。その中にあって、市民運動は、被害者の訴訟支援に全力をあげてきた。日本の戦争責任資料センターを中心とする研究、日弁連を中心とする弁護士の活動、被害者を支援する弁護士と市民による全国各地の多数の戦後補償裁判支援運動、女性戦犯法廷運動、アジアの女性を支援するアジア女性資料センター、女性に対する暴力への運動の中心となってきた VAWW ネット Japan など女性運動、その他多くの市民運動は極めて活発に働いてきた。その規模と内容は、賞賛に価するが、残念ながら、明確な謝罪を拒否する行政府を担ってきた保守派政権の行動を変えることも、日本の司法府の硬い防壁を破ることもできなかった。

近代国家の統治機構は、司法、行政、立法の 3 権の分立によって抑制均衡を保つよう設計されている。司法府、行政府に解決能力がないことが明確になってきたので、市民運動は、最後の立法府に希望をつなぐことにならざるを得ない。これまであまり注目されなかったが、地道な市民と国会議員による立法解決運動は、すでに相当の成果を積み重ねてきている。「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」は、 2000 年には民主党が参議院に提案したのに続き、共産党も社民党も異なる法案を参議院に提案した。 2001 年以降は、市民運動の要請に応じて、民主・共産・社民の三野党と無所属の国会議員により共同提案されるようになった。8年間、国会が開催されるたびに立法の提案が継続するという成功をおさめてきた。

マスメディアが立法運動を無視し続けたため草の根市民社会に法案の存在が知られることがなかった。地域への働きかけが不十分だったことを反省して筆者は、 2008 年 4 月法案を掲載した『普及版日本が知らない戦争責任』を刊行して、草の根運動にその存在を知らせようと努力を始めたのは、その限界を克服しようとしたからである。

2008 年に入ってから、草の根運動に大きな変化が見えてきた。米国等決議に応える市民運動の展開が始まったのである。宝塚市議会や清瀬市議会が政府宛の意見書採択に成功した(8)。 2008 年 8 月には、「心に刻む会」等によって米国議会や EU 議会での運動に成功した人々を招致して運動が進んでいる。

 

4.市議会・地域社会では、何が問題となるか?

市議会に働きかけると地域社会が変わる。それが、筆者の箕面市での経験から言える。筆者は、「「慰安婦」問題の解決を求める北摂ネットワーク」箕面地区代表として箕面市議会に意見書採択を求める陳情を 2008 年 9 月に提出した。提出をきっかけにして、市議会各派の市議にお会いして、話し合いをすることができたことは、大きな成果だった。市議会各派が息をそろえて意見書を採択するという雰囲気は直ちにはできなかった。

第 1 に、市議は、この法案の存在を知らなかったこと。それでは、法案を推進する市議会決議が採択されるはずがない。まず、その存在を知らせる運動を起こす必要がある。陳情の提出は、図らずもそのような運動のきっかけになった。陳情は、誰でも提出できる。

第 2 に、日本軍性奴隷問題の解決に熱心な市議の間でも、「アジア女性基金でこの問題は解決した」と感じている人がある。地域には、基金に寄付した善意の人たちから見ると、「なぜ立法までして重ねて謝罪しなければならないのだろうか」と疑問に思うのである。

第 3 に、地域の草の根市民の間には、事実関係についての疑問が残っている。安倍元首相などが「公娼制は、当時は許されていた。商行為だった」とか「狭義の強制の証拠はない」などと、反発を繰り返した。保守政治家はそのような発言を繰り返して偏狭なナショナリズムを刺激して集票してきた。そのような反発を「偏見」と切り捨てるのは簡単だが、正面から疑問に答えて納得を得るには、私達が十分な情報を提供する必要がある。

このような問題点に絞って、地域で勉強会を開催することが必要である。

 

4−1.「 AWF はなぜ不十分?」と「立法解決は可能」を明らかにする必要がある。

民間基金運動を起こした善意の人々も外務官僚の情報操作の犠牲者だったのではないか。立法解決をしたいと考えていたのに、それが「不可能」と官僚たちに言われて、それを信じたために、立法による解決をあきらめざるを得なかったのである。民間基金政策以外の方法がなく、これが最善だと信じたために、政策の変更をせず、被害者側に受け入れをかたくなに要求し続けることになった。そのため、被害者側から誠実でないと反発を受けた。結局、解決どころか問題を逆にこじらせてしまいう結果となった。今では法案ができ、国会に提出され、被害者側全体から歓迎されてすっかり事情が変わった。だから、民間基金の上に重ねて、立法解決をすることができる状況が生まれたのである。

重要なポイントは、以下のとおりである。

第 1 に、民間基金が、被害者側全体に受け入れられなかったこと。

第 2 に、和解のためには、誠実な過程が必要であること。

第 3 に、今では、立法解決が可能であることが明らかになったこと。

第4に、被害者側が一致して立法解決を歓迎していることから、これが実現できれば和解の糸口がつかめること。

第 5 に、 AWF は終結したが、まだ取り組みができていない国があること。

 

4−2.事実関係について、証拠をあげて説明する必要がある。

拙著『普及版』に掲載した 1936 年の長崎判決の発掘の事例をあげて、早期の公文書によって、この問題が戦前から犯罪だったことを政府側が知っていたことがはっきりしたことを説明できる。その後この国家・軍による組織的拉致犯罪制度は、極秘にされて、不処罰のままに必要悪として広範に実施され続けたという歴史的事実をも説明可能である。

重要なポイントは、以下のとおりである。

際 1 に、これまでの歴史研究・証言を丹念に説明することが可能であること。

第 2 に、公娼制も奴隷制度だったことを明らかにすること。

第 3 に、「狭義の強制」という言葉に惑わされないようにすること。

第 4 に、騙されて拉致された場合も、犯罪の被害者であること。暴行脅迫による国境を越えた拐取(拉致)と騙された場合の国境を越えた誘拐(拉致)は、ともに同じ刑法226条2項、1項に違反する重罪であること。

第 5 に、朝鮮民主主義人民共和国官憲による「拉致」も同じ条文に違反すること。この場合も騙された事例もあること。両方とも、人類に対する犯罪として、扱い、ダブルスタンダードを採用しないようにする必要があること。

 

4−3.地域社会でどれだけ勉強会を開き、市民と市議会の説得をすることができるか?

陳情をきっかけに、多くの市議や市民との話し合いのきっかけにめぐまれた。全国各地で、この問題の立法解決運動を推進しようとする有志が大勢いるはずである。一人でも、市議会に陳情を提出することは可能である。それをきっかけに、各派の市議、その支援をする市民団体の人々と勉強会を開催することが可能になる。そうすれば、上記のような諸問題をめぐって、多くの草の根市民と情報を共有することができる。陳情は、そのような運動のよい出発点になるだろう。そのような運動が政権交代(9)に結びつけば、法案は成立し、アジアとの和解のきっかけをつかむことができるようになるだろう。

このような勉強会の機会に活用できるコンパクトな論文の執筆を始めている(10)。

 

●注釈

(1)本稿は、「日本軍「慰安婦」問題の解決にむけて」日時: 2008 年 10 月 19 日(日)午後 1 時半から 4 時半、場所:中央大学駿河台記念館 610 号室、主催:日本の戦争責任資料センターにおける講演:「立法による解決をめざしてーー成功の条件をどう作るかーー」の短縮版をアップデートしたものである。

(2)委員会の最終見解に関する、 日本友和会 ジュネーブ国連首席代表としての関係者に対する筆者の報告( 2008 年 10 月 31 日付)をしたが、以下の URL で英文で見ることができる。 http://www2.ohchr.org/english/bodies/hrc/docs/co/CCPR-C-JPN-CO.5.doc 2008 年 11 月 8 日閲覧。

(3)これについては、以下で外務省翻訳の日本語にて参照できる。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c2_001.html 2008 年 11 月 8 日閲覧。

(4)馬場伸也(『満州事変への道』中公新書 1972 年 104 頁)は、国際政治を動かす要素に関する研究へのアプローチとして、@国際環境論、A政策決定論、B第3分野の分析(世論、選挙、大衆の心理状態など)をあげていることに注目すべきである。

(5)拙著『普及版日本が知らない戦争責任』現代人文社 (2008 年 ) 参照。

(6)前掲拙著『普及版』。

(7)最近では、韓国国会が決議を採択した。「「慰安婦」決議に応え 今こそ真の解決を」ウェブサイト http://www.jca.apc.org/ianfu_ketsugi/ 2008 年 11 月 9 日閲覧。

(8)「「慰安婦」決議に応え 今こそ真の解決を」ウェブサイト。 2008 年 11 月 9 日閲覧。 http://www.jca.apc.org/ianfu_ketsugi/ は、札幌市議会意見書採択を報じている。

(9)民主党の「政策インデックス 2008 」は、政権交代が実現した場合は、戦後補償立法の一環として、戦時性的強制被害者問題解決促進法案を実現することを約束している。

(10)龍谷法学41巻 2 号( 2008 年 9 月)に 「日本軍性奴隷問題 の立法解決の提案 ーー 戦時性的強制被害者問題解決促進法案の実現 に向けて (その1)」の出版を終え、龍谷法学 41 巻 3 号 (2008 年 12 月 ) に 「日本軍性奴隷問題 の立法解決の提案 ーー 戦時性的強制被害者問題解決促進法案の実現 に向けて (その2)」を執筆中である。

 

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