ニュース:政治 RSS feed
【正論】平和・安全保障研究所理事長、西原正 沖縄の持つ「抑止力」に着目せよ
鳩山民主党政権は普天間海兵隊基地の移設問題で泥沼に落ちた。5月末決着はきわめてあやしい。鳩山政権は「県民の目線で解決する」といい、それは基地負担軽減であるという。そこから、普天間基地機能の県外・国外移設を行うといってきた。鳩山総理のこの解決方法は基本的なところで間違っていないだろうか。
≪国際的な勢力図での重要性≫
鳩山総理がまず語るべきは、沖縄本島の地政学的な重要性である。地政学的重要性とは、将来もしも日本とどこかの国との対立が生じた場合、沖縄本島が日本に属するのか、あるいは敵方の影響下に陥るかによって、日本をめぐる国際勢力図が根本的に変わることを意味する。
世界にはそういう場所がいくつかある。中米のパナマ運河、中東のスエズ運河やホルムズ海峡、東南アジアのマラッカ海峡などである。同様に、沖縄本島が敵の勢力下に陥った場合を考えると、海上自衛隊および米第7艦隊の行動が大幅に制約され、日本の南方地域つまり尖閣諸島、宮古島、与那国島、そして沖ノ鳥島などを守るのが極めて困難になる。さらに台湾がそうなれば、日本の南の守りは極端に脆弱(ぜいじゃく)になる。
そのときには、日本から東シナ海などを経てマラッカ海峡へ続くシーレーン周辺の不安定化をもたらす。東南アジア諸国は機能的な日米同盟があってこそ、米軍の有事来援に期待することができる。
≪中国進出許す米戦力低下≫
沖縄は、朝鮮半島をにらむためにも好位置にある。韓国軍が強力になり、かつての朝鮮戦争のような紛争は多分ないであろう。しかし最近は、北体制の崩壊時の核の除去が海兵隊の重要な任務の一つになるといわれる。日米同盟は米韓同盟を支えており、韓国に安心感を与えている意義は大きい。
国際政治では、ある勢力が弱まった部分(軍事的空白)を対抗勢力が埋めようとすることがしばしばだ。そこに戦争も起きる。1950年の朝鮮戦争は、当時のアチソン国務長官が米国の西太平洋における不退去防衛ラインから朝鮮半島を外したことで、北朝鮮が半島南部に軍事的空白ができたと見て侵攻したことで始まった。
1975年のサイゴン陥落で米軍が南ベトナムから撤退したあとの空白を埋めたのはソ連の太平洋艦隊であった。ソ連崩壊後、太平洋艦隊はベトナムを去ったが、1992年末、米軍がフィリピンから去ると、今度は中国海軍が南シナ海に勢力を伸ばし始めた。
沖縄での米海兵隊のプレゼンスの低下は中国海軍を勇気づけ、西太平洋における活動範囲を広げるであろう。日本政府はこのような議論をこそ重ねるべきなのだ。
沖縄に海兵隊が一部残留することで、有事の際には自衛隊と在日米軍が共同で対処することができる。とくに米軍の手痛い反撃を考えて、沖縄への攻撃を手控えるであろう。これが日米軍事力のもつ抑止力である。
「沖縄の米海兵隊がゼロになっても、有事に駐留すればよい」という意見が民主党内に根強いと聞く。しかし有事駐留は、その時に米軍を移動させる訳で、かえって緊張を高める。平時の駐留が抑止効果をもち、しかも国際関係を安定させる。
≪将来見据えた国防の備えを≫
海兵隊は沖縄にいなくてもよいという議論は、米軍の紛争対処能力を著しく低める。米軍が米西海岸から海路で北東アジアに移動するには3週間以上、ハワイからでも2週間必要である。沖縄ならば2、3日で済む。
総理は沖縄のもつ地政学的重要性を、とくに沖縄県民に語るべきなのである。県民の目線で海兵隊を「お荷物」扱いして県外・国外に追い出した場合、有事に嘉手納空軍基地を守るのは誰なのか、沖縄本島を守るのは誰なのか。本州なり、米国なりから急派された部隊が駐屯する基地がなければ、作戦ができないではないか。沖縄県民の目線に立って米軍の撤退に拍車をかければ、いずれ沖縄県自身の安全が脅かされる。
2006年の日米合意で、沖縄の海兵隊8千人をグアムに移すことが決まり、昨年2月に日米閣僚間でグアム移転協定に署名した。これは民主党や社民党が主張してきた普天間基地機能の一部国外移設にあたる。実現させれば公約を果たすことになる。これ以上の海兵隊の分散を要求することは、その紛争対処能力を低下させ、米側の対日不信を強めるだけだ。
総理は「ご苦労をかけてすみません」と謝るのではなく、沖縄県民が日本の安全、東アジアの平和と安全という崇高な目的に重要な役割を果たしていることを強調し、誇りをもってもらうべきである。その際、十分な沖縄振興策を準備することだ。米国には米兵の「しつけ」を十分にするよう要求すべきはいうまでもない。
米軍は沖縄に残るべきだが、永久にいるわけではない。将来、米軍が去った後、沖縄を守るのは自衛隊である。米軍の撤退後、自衛隊が防衛できる態勢をいまから考えておくべきである。(にしはら まさし)