池田信夫 blog

Part 2

日銀バッシングをやる人々は、いまだに中央銀行が自由自在に経済をコントロールできると信じているようだが、そういう理解は古い。朝日新聞の白川総裁インタビューで、彼はこう述べている:
白川は「学界でもマスコミでも金融政策に対する関心が非常に高いが、それが金融市場や決済システムへの無関心の裏返しなら不幸なことだ」と力を込めた。白川がこれまで、最もやりがいを覚えた仕事は、金利の上げ下げといった華やかな金融政策ではない。「決済システムの進化」という、地味な分野である。世界では、毎日何百兆円という資金が動き、ある金融機関が倒産すれば、資金繰りに困った金融機関が次々に破綻する危険もある。
金利や通貨供給による調節の効果は、世界の金融市場がグローバル化した今では限定的だ。国内の資金需要がないとき無理やり量的緩和をやると、資金は海外に流出してバブルを引き起こす。国際金融市場で実質金利が均等化しているとすれば、デフレの原因は国内の名目金利=投資収益率が低いことなので、通貨供給ではどうにもならない。

それよりも今回の金融危機でわかったことは、金融仲介機能が破壊される影響がいかに大きいかということだ。リーマン・ブラザーズ1社の破綻で、全世界の銀行で取り付けが起こった。実は、このメカニズムは1930年代と同じである。大恐慌の原因は「需要不足」ではなく、FRBが金本位制にこだわって通貨供給を絞り、大規模な取り付けを放置したことだ、というのが他ならぬバーナンキの意見である。

同じように金融仲介機能を守ることが金融危機において最優先の問題だ、とIMFレポートも強調している。1990年代の日本の金融危機を信用機構局で担当した白川氏も、同じことを学んだのだろう。それを現場で取材した私も同じ印象を受けた。金利や物価が数%動くことなど、銀行が破綻して決済システムが止まることに比べれば、大した問題ではない。
白川は総裁就任に先立って、日銀法を改めて読み返した。その第1条には、決済や金融システムの安定を意味する「信用秩序の維持」が記されている。そもそも、世界の中央銀行の多くは、金融システムの危機管理を目的として誕生した。「金融システムの安定は、日銀の最も大切な業務」と白川は職員たちに説いている。
しかしこれまでのマクロ経済学は、DSGEなどの「格好いい」分野ばかりに関心が集まって、金融仲介機能についての理論がほとんどない(例外はTiroleぐらい)。「学界でもマスコミでも金融政策に対する関心が非常に高いが、それが金融市場や決済システムへの無関心の裏返しなら不幸なことだ」という白川氏の言葉は、こうした問題を的確に指摘している。金融理論にも、行動経済学や認知科学の成果を踏まえたイノベーションが必要である。

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コメント一覧

  1. 1.
    • blindconsumer
    • 2010年04月24日 09:55

    この度は確かに将来のリスクの見積を市場に織り込みきれなかったきらいが若干ありますが、
    米市場に代表される世界経済が1929年の恐慌とブロック経済化をトレースせず、急激に回復しているのは情報処理と通信技術の圧倒的な進歩が金融仲介機能を支えたことが大きいと思います。
    と同時に、掲載された記事の理論の正しさを証明しているのではないかと。

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