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「変わってる!?」と言われて 大人のアスペルガーを考える

(2010年4月16日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

(3)支援

根気良く“ルール”指導

画像事務職の就労を目指してパソコン研修に励む発達障害の人たち=大阪市内で(一部画像処理しています)

 障害者の就職や職場定着を支援する大阪市内の事業所で、パソコン研修などの職業指導員を務める万里子さん(39)は、六年前、高機能自閉症のテツオさん(39)=いずれも仮名=と出会った。

 知的な障害はないが、幼児期の言葉の発達が遅いのが高機能自閉症。アスペルガー症候群に極めて近い発達障害だ。

 テツオさんは会話しても目の焦点が合わず、ニヤニヤしながら「女性はバカだ」「あの女の歌手は最悪だ」と独善的な悪口を言う。「この人を支援するのは苦手だなあ」が第一印象だった。

 テツオさんは難関の国立大卒。就職活動では筆記試験こそ通るものの、面接でことごとく不採用。アルバイトに行ってもすぐにクビになった。

 研修が始まると、テツオさんはパソコンはこなせたが、人の嫌がることばかり言い、休憩時間が過ぎても戻ってこない。万里子さんは「悪口は言わない」「時間は守る」など必要な取り決めを一つ一つ作り、根気良く指導した。

 半年ほどたつと、研修仲間の友人もでき、テツオさんは少しずつ落ち着いてきた。

 さらにさまざまな実習を受ける中で、英語のヒアリングや読み書きの能力が高いことが分かり、万里子さんは「障害者雇用」の枠を利用し、英語のマニュアルを翻訳する仕事をあっせん。試用期間には週に二度会社に付き添い、テツオさんには職場のルールを、会社側にはテツオさんの特性を伝えて支援、内定が決まった。テツオさんと初めて会った日から二年が過ぎていた。

 「小さいころから親に認めてもらえなかったり、いじめを受けたりしてると、助言を受け入れてもらうまでに時間がかかります。支援の難しいケースで、就職が決まって本当にうれしかった」と万里子さん。

 知的な能力や手先の器用さ、感覚の過敏性、障害の自覚などは人によって違う。得意なこと、苦手なことを整理し、本人が見通しを持てるようにするのが支援の基本だという。

 その後も、テツオさんは社員食堂の列に割り込んでひんしゅくを買ったり、暇になると用もなくウロウロしたりするなど、トラブルもあったが、万里子さんはその都度、上司と共に失敗の原因を整理してテツオさんを指導。周りの理解も進み、今も働き続けている。

就労後の橋渡しも大切

 発達障害者支援法が制定され、就労の支援は次第に整ってきた。中京大の辻井正次教授は「アスペルガーの人は、精神科で精神障害者保健福祉手帳が取りやすくなり、障害者雇用の制度を使った就労が可能になった。発達障害の診断があれば、ハローワークでも相談に乗ってくれるようになった」と話す。万里子さんのように職場の人たちとの相互理解の橋渡しをしていく「ジョブコーチ」も、各地の障害者職業センターに配置されるようになってきた。

 しかし、就職の失敗、大学中退などをきっかけに家庭内にひきこもってしまう人も多い。うつ病などの二次的な問題に陥る前に、支援施設を訪ねることが大切だ。

 テツオさんは今も休みになると訪ねてくる。

 「相変わらずテレビドラマの話を一方的にしゃべって帰っていきます。でも以前よりずっとにこやかで、精神的に落ち着いて暮らせています」と万里子さん。今日も、第二、第三のテツオさんを見守っている。(芦原千晶)