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脳ブームに「待った」 学会「根拠示す配慮を」

2010年4月20日

写真:脳科学をめぐる本脳科学をめぐる本

 数年来の「脳ブーム」に対し、「脳科学はそう簡単じゃない」と訴える研究者が相次いでいる。「すぐ役立つ」ばかりを期待する世間に、「応用を安易に語りたがらない科学」が理解を求めている。

 大阪大学の藤田一郎教授は、視覚と脳の関係を探る基礎研究者。昨年出した『脳ブームの迷信』(飛鳥新社)で、脳にまつわる様々な風説の横行を嘆き、一例として「脳トレ」を検証した。

 2005年の発売から、09年9月末までに世界で正続2作が3218万本売れたこのゲームソフトは、正式名称が「東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング」。「音読や簡単な計算で脳の血流が増す」という川島教授の理論に基づいて任天堂が開発した。

■期待抱かせている

 藤田教授は、脳トレが専門用語を交えた説明と「脳が活性化した」などの前向きな表現で、人々に効果への期待を抱かせていると指摘。また、効果の裏付けとされる「認知症の高齢者12人の脳機能が改善した」との学術論文についても、その「改善」が訓練自体か、訓練を手伝う人との接触によるのかが判然としない、と指摘する。

 そんな脳トレの説明が、説得力を持つ理由は何か。東京大学の坂井克之准教授は『脳科学の真実』(河出書房新社)で考察する。前頭葉を鍛えるというメッセージが明快で、手書きや音読などの動作が達成感を生む。人々はこんな現実的な行動指針を求めていた、という分析だ。

 「勉強すれば成績が上がる」など、周知の事実に実験結果を一足飛びに当てはめた解釈は、素人にも納得しやすい。しかし、この過程を細かく解明することこそ本来の科学。「未解明な部分があまりに多く、脳トレは無意味という証明も逆に難しいのですが」(坂井准教授)

 脳は外界の刺激で変化し、同じ反応は二度とないとされる。それでも研究者は、科学らしく再現性を高めようと、人工的な実験環境をつくる。「そういう環境は私たちの日常と異なり、脳本来の働きを知ることが難しい」と、理化学研究所脳科学総合研究センター適応知性研究チームの藤井直敬チームリーダーは言う。著書『つながる脳』(NTT出版)でも、脳の「一回性」と向き合う重要性を説く。

 脳研究が国内外で盛んになったのは90年代以降。まだ発展途上で、応用には十分な注意が必要、という見方は、本を出した3人に共通する。科学技術振興機構フェローの福士珠美さんは「科学政策が成果主義に傾き、基礎の研究者も、研究費のために多少の『お役立ち』を口にしてしまうのでは」とみる。

 1月、日本神経科学学会は「研究成果の発表には、科学的な根拠を示すなどの配慮を」との声明を出した。「不正確な情報の広がりで、脳科学全体の信頼性が損なわれては困る」と同学会長で、理化学研究所脳科学総合研究センターの津本忠治シニアチームリーダーは言う。

■社会に役立てたい

 一方、ブーム立役者の一人である川島教授は「『科学的な根拠』がそろうまで待ったら、(成果が)世の中に役立つまでに長い時間がかかる。それまで何も発言しないのは科学のエゴ」と反論する。「認知症治療は結果がすべて。複雑系の極みである人間相手の研究に、実験室の原理原則を当てはめるのか。どこが効くかの峻別(しゅんべつ)は調べたい人に任せます。ただ、それじゃ科学は社会から孤立する」

 任天堂広報室は「脳トレの効果については、学術界で活発に議論いただきたい。ただ、娯楽商品は害がなくて楽しいことが最重要。実際に幅広い年代が楽しんでくれている事実は、議論の行方とはまた別」という。

 科学的な「真実」へのこだわりと、「すぐ役立つ」「わかりやすい」への歩み寄り。どちらも目指すのは人々の幸福。それをどう判断するかは、私たちにゆだねられている。(織井優佳)

表紙画像

つながる脳

著者:藤井 直敬

出版社:エヌティティ出版   価格:¥ 2,310

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