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吹奏楽コンクールがなかったならば、日本のクラシックは現状よりかなり貧しい状況...

bakeo3jpさん

吹奏楽コンクールがなかったならば、日本のクラシックは現状よりかなり貧しい状況になっていたのでは。

チューバ出張中のトロンボーン吹きです。

先日ある質問の回答で
「吹奏楽コンクールがなかったならば、日本のクラシックは
現状よりかなり貧しい状況になっていたのでは」
と回答いたしました。

この件について皆様のご意見、ご回答を頂ければ幸いです。
現状のコンクール云々ではなく、コンクールが存在しない場合
についてです。

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cyborg326さん

吹奏楽コンクールは吹奏楽の発展には大きくかかわっていますが
ピアノや弦楽器には全く関係ないことですし
吹奏楽コンクールがよいクラシック演奏家を育てている状況でもありません。

もしコンクールが無かったとしてもクラシック界に影響は無いと思います。

sanefreezeさん

コンクールがあっても無くても

日本でのクラシックへの影響はないものと思います。

日本では音大・芸大などにする場合、

学費やレッスンなどの費用があまりにも高額すぎます。

それも自己負担です。

その点、ヨーロッパなどでは国から援助が出て学生負担がありません。

日本では、経済的理由で学びたくても学べない人が多いと思います

したがって、吹奏楽コンクールとクラシックの直接因果関係は無い

推測します。

youtarotwoさん

signor911さん、よ。
マスターのことかばうわけじゃないけど、↓のは誤解でしょ。

あなたの発言のことを、日本語で「語るに落ちた」と言うのです。あなた自身の説によると、あなたのようなクラシックマニアは、「吹奏楽コンクールに行かない」にも関わらず、「吹奏楽・・というものを、一段低いもの、または下等なものとさえ思って、バカにしてる」ということになります。もう呆れ果てました。言っておきますが、あなたのような独善的で権威主義的なクラシックマニアの存在が、クラシックを「非常に閉ざされた世界」にしているのです。私はあなたを軽蔑します。

マスターは色々な発言から、吹奏楽コンクールには詳しい関係者だろ。権威主義的クラシック主義者とはいままでの発言からもとても思えねーぞ。それを言うならmanuke氏だろ。オレはmanuke氏に大賛成で、マスターは甘いと思うがな。むしろマスターは吹奏楽を愛するからこそ、コンクールの問題点を指摘しているのではないのかな??クラシックマニアが、吹奏楽をバカにしているというのは、マスター自身のことを言ってるわけじゃないでしょう。事実そういうことがあるから、それをどうしたら、無くせるかという観点でマスターは書いてるぞ。それが偽善かどうかは、わからねーけどな。しかし、文章はそうだ。あんたは誤解というか、勝手に読み違えてるぜ。客観的にな。吹奏楽をバカにしている人が、中高生用の吹奏楽作品まで詳しいってあり得ないだろ。オレもクラシックは閉ざされていると思うけど。わるいけど、この論争は、あんたの負けだ。感情的になってるぞ。あんたの書いていることのほうが、論理性がないから。ちゃんとマスターの書いてることを、しっかりよんだほうがいいや。オレもマスターの言うことも、視野が狭い(吹奏楽に関してな)とは思うけど、クラシック全般に対する理解は、あんたの比じゃないだろ。それはわかってるんだろ。だから、悔しいのか?客観的にいって、おまえさんに、勝ち目はない(笑)。人のことを、軽蔑するとか、公の場所で言うのは、どちらにしろ、あんたの負けだな。人の質問に、名指しで、批判を先にしたんは、あんただからな。内容の是非、可否はともかく、マスターの回答はずっと紳士的だよな、見習えや。
批判ついでに

でもおかげで、気付いたことがあります。なぜクラシックマニアは吹奏楽を嫌うのか、その本当の理由です。吹奏楽は本質的に、元気で前向きな音楽だと思うのです。一方、クラシックマニアは陰気で内向的な人たちなので、前向きなものが苦手なのです。

これも理屈になってねーよ。感情論。ちょっと頭冷やさないと、マスターにはかてねーぞ(笑)。
オレは、マヌケ氏とおなじ、コンクールなんて無くっていいとおもっているし、クラシック権威主義者です。あんなの音楽ではないな

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  • 編集日時:2010/4/22 12:25:58
  • 回答日時:2010/4/22 12:19:45

tak22wonderさん

例えば高校野球の甲子園大会が無ければ日本のプロ野球は随分貧しいものになっていたと思われます。「貧しい」=野球の技術、ファンの多寡、関連ビジネスの有無などだとすれば。わからない(知らない)のは吹奏楽がこの甲子園のように続々とプロのクラシックのスタープレーヤーを輩出しているのかどうかです。吹奏楽コンクールが吹奏楽の裾野を広げていること異論がありません。

追記
youtarotwo、stmakb1981おふたかたのご意見は誠にごもっともだと思います。

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  • 編集日時:2010/4/22 15:57:02
  • 回答日時:2010/4/22 11:58:39

stmakb1981さん

名指しで言われては答えないとなりませんね。signor911様。あなた様のお答えの中に問題があるんです。というか、あなた自身がお答えをのべているんです。つまり「クラシックファンは吹奏楽コンクールに行かない」ということです。吹奏楽が、ポピュラーや、啓蒙のために大きな役割があるのは、論を待ちません。管弦楽よりそういう方面での、歴史は長いのです。吹奏楽コンクールというものが、クラシックファンの裾野を広げる可能性があるのは私はまったく否定しませんし、コンクールが無いほうがいい・・なんて一度も書いたことはありません。私が問題にしているのは、そこでの指導内容や、音楽的な問題です。つまり、吹奏楽・・というものを、一段低いもの、または下等なものとさえ思って、バカにしてるクラシックファンが、少なからず居る。それを作り出した原因は、吹奏楽コンクールの過熱、またはそこでの問題点が大きいということを言いたいのです。本来なら、クラシックファンは、クラシックへの入り口としての、吹奏楽、つまり、アーサーフィードラーや、ルロイアンダーソン、コステラネッツの役割をする吹奏楽に「敬意」をもってもいいのです。signor911様のご指摘通り裾野を広げるために吹奏楽は役割があるのです。しかし・・現在の日本の吹奏楽(のメインストーム)は、そうなっていないのと見える。日本の吹奏楽人口は、数10万といわれています。クラシックを好んで聴く人の数10倍の規模を持っています。その割に、日本でのクラシック受容は、けっして、進んでいません。進める必要はない・・という論理もあるでしょう。西洋の音楽が日本で広まる必要はない・・ということもあります。実際は、多数の音大出が無職で、音楽家の地位も低い・・つまり、音楽の世界で受容と供給のバランスがとれてないのですよ。それが、すべて吹奏楽コンクールのせい・・などとバカなことを言ってるわけではありません。あなた様のご高説の通り、裾野を広げるには、楽しく、だれでも親しめるようなもの、それをやるのも、大きい意味があり、それこそ、吹奏楽の役目の一つですよ。高尚(というのがあれば・・ですが)な音楽だけがクラシックではないです。もっと言えば、雑食であることこそ、吹奏楽の強みです。でも、signor911様がどの程度ご存知か分かりませんが、現在の学校や市民バンド(一部ですが・・)が過熱によって、それとは違う方向に進んでいるか、たぶん、ご存知ない。そして、日本の場合、「吹奏楽」といえば、そういったコンクールが中心である・・という形は事実なのです。(もちろん、コンクールと関係ないバンド、または、参加していてもきちんと問題意識を持ったバンド、指導者、作編曲家もいるのは言うまでもないです)

それを前提に、ご質問を答えるとすれば、現状は、別とすれば、コンクールが、日本のクラシック受容には、それなりに影響があったとは思いますがsignor911様のご指摘通り、通常のクラシックファン、音楽ファンは、あまり吹奏楽に興味をもっていない・・つまり、世界が分離してしまっている現状を考えると、その受容に果たした役割はそれほど大きくない・・と思います。ですから、もし無かったとしても、現状より貧しい状況になったというほど、影響がなかったのでは・・と思います。

私はこの10年、色々な生徒や仕事で触れた吹奏楽関係の子をみていると、あまりに音楽的でないスパルタでコンクールをやると、「達成感」や「がんばる」というスポーツ的な意義はあるかもしれませんが、純粋、音楽・・と見た場合、その後の音楽生活には、あまり良くない・・つまり、クラシックを好きになってくれる子は、非常に稀・・。誤解を恐れずに言えば、クラシックを好きにさせるなら「のだめ」のほうがよほど効果があるのです。ただ、見るだけの人が、演奏や、クラシック(編曲とはいえ)を触れた人より、クラシックを好きになる・・としたら、その演奏をしている、つまりコンクールは、クラシックが好きになる・・・ということとは、別物になっていると考えるほうが自然だと思います。私の見た限り、吹奏楽は、非常に閉ざされた世界といってもいい、陥穽に陥っている指導者が少なくない・というのが、私の実感です。

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  • 編集日時:2010/4/22 06:01:19
  • 回答日時:2010/4/22 05:52:14

signor911さん

「ある質問」というのは、こちらですね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239668782

その中で、stmakb1981さんが唱えている説は、間違っていると思います。

> なぜ、吹奏楽が色眼鏡で見られてしまうかと言えば、それは、他の方もおっしゃっているように、原因は「吹奏楽コンクール」にあります。

はたしてそれが原因でしょうか。他の方も指摘しておられるように、一般的なクラシックファンは、そもそも吹奏楽コンクールをほとんど聴きに行かないと思います。したがって、それが原因で吹奏楽を色眼鏡で見てしまうというのは、論理的におかしいでしょう。本当の原因は、別のところにあるはずです。

私の考えでは、吹奏楽はクラシックの敷居を低くすること、裾野を広げることに、多少なりとも貢献していると思います。例えば、野球を盛り上げようと思えば、イチローのような一流選手の活躍も大切だし、少年野球教室も大切です。頂上を引き上げることも、裾野を広げることも大切です。ところが、このカテゴリを牛耳っているクラシックマニアの人たちは、「裾野」の部分を馬鹿にしている。ここが問題の本質だと私は考えます。

誤解を恐れずに言うと、「頂上」よりも「裾野」をやや軽く見るのは、ごく自然なことだと思います。「頂上」の人たちに拍手を贈ることは、「裾野」の人たちにも励みになります。ところが、(クラシックに限らず)マニアの人たちというのは、「裾野のせいで全体のレベルが下がっている」かのような見方をするのです。ここが間違いだと私は思います

普段はクラシックに縁のない人たちが、イベントなどの機会に、交響曲を吹奏楽にアレンジしたようなものを耳にする。とりあえず耳に触れるだけでもいいじゃないですか。そうやって裾野が広がることは大切です。

前にこのカテゴリで、「学生時代に吹奏楽をやっていました。本格的にクラシックを聴いてみたいので、おすすめはありますか?」という質問を見ました。そういう人も、多数ではないかもしれないが、存在するわけです。交響曲のCDを手に、「そう言えば昔、これを編曲したのを吹いたっけ。懐かしいなぁ…」と、そこから本格的なクラシックファンになる人も多少はいるでしょう。

逆に、吹奏楽コンクールのせいで音楽が嫌いになる人もいるかもしれません。が、そういう人は、もしコンクールがなかったら、クラシックファンになったのでしょうか。それは疑わしいと思います。

学校の吹奏楽部のあり方として、「コンクールで勝つことが全て」になってしまっては、音楽嫌いを増やすだけかもしれません。そういう行き過ぎたコンクールのあり方は改めるべきだろうと思います。ですが、コンクールの功と罪を比較すると、やはり功のほうが少し上回っている…というところではないでしょうか。

「コンクールが無いほうがいい」かのような議論は、極論だと思います。


※ stmakb1981さんへ

あなたの発言のことを、日本語で「語るに落ちた」と言うのです。あなた自身の説によると、あなたのようなクラシックマニアは、「吹奏楽コンクールに行かない」にも関わらず、「吹奏楽・・というものを、一段低いもの、または下等なものとさえ思って、バカにしてる」ということになります。もう呆れ果てました。言っておきますが、あなたのような独善的で権威主義的なクラシックマニアの存在が、クラシックを「非常に閉ざされた世界」にしているのです。私はあなたを軽蔑します。

※ 質問者さまへ

場外乱闘になってしまい、申し訳ありません。m(_ _)m
でもおかげで、気付いたことがあります。なぜクラシックマニアは吹奏楽を嫌うのか、その本当の理由です。吹奏楽は本質的に、元気で前向きな音楽だと思うのです。一方、クラシックマニアは陰気で内向的な人たちなので、前向きなものが苦手なのです。

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  • 編集日時:2010/4/22 11:01:00
  • 回答日時:2010/4/21 23:01:07

plantleopardさん

私は吹奏楽コンクールがクラシック音楽に影響を与えたとはとても考えられません。

まず、「吹奏楽コンクールがなかったならば、日本のクラシックは現状よりかなり貧しい状況になっていた」という意見はどのようなプロセスで導いたのでしょうか!?
それを教えていただいたほうが、他の方も回答をしやすいと思いますよ。

逆に言えば、「吹奏楽コンクールが日本のクラシック音楽を盛り上げた」ことになります
吹奏楽コンクールを通じてクラシック音楽に興味を持った人が多くいるとすれば、bakeo3jp様の意見は正しいことになりますが…。
実例を挙げれば、私の周りのクラシック関係者の皆様には、そのような人はほとんどいません。
ほとんどがもともとクラシックが好きな人たちです。むしろ、吹奏楽についてはまったく知らないという人も多いです。

クラシック関係者の多くは吹奏楽の経歴がないのだから、吹奏楽コンクールとクラシックの関連性は薄いと考えるのが妥当でしょう。


もしコンクールが存在しなかったら…ですが
コンクールの内容に問題があるとしても、それがなかったら吹奏楽の人気は間違いなく低下するでしょう。コンクールをきっかけに吹奏楽の面白さを知った人も多いと思うからです。
コンクールが無ければ、純粋な吹奏楽を求める人が増えるというのも短絡的だと思います。人口が少なくなって吹奏楽が荒廃するだけかもしれないので…。そもそもコンクールが純粋な音楽ではないというのも意義有りですが。
(コンクールの善悪についてはここで書くべきことではないと思うので、書きません)

すでにコンクールとクラシックの関連性は薄いと述べました。
もしコンクールが無かったら、吹奏楽の人気が低下しても、クラシックにまで影響を与えるとは考えられません
むしろ吹奏楽人口が減った分、クラシックを好きになる人がいくらか増えるかもしれませんよ。

isahaya1030さん

コンクールそのものの功罪を考えてみましょう。音楽演奏に優劣をつけ、賞を与える。これがあることによって部活動に明確な目標が生まれ、結果を出すための方法論が生まれ、集中練習による演奏技術の飛躍的な向上も生まれます。人間の本質的な闘争心や名誉欲も刺激され、ある意味思春期のストレスを発散させる手段にもなっています。さらに一つの目標を仲間と共有するということが、社会的な連帯感の必要性を教えることにもなるでしょう。いわゆる「戦友効果」です。これは吹奏楽に限りません。合唱や運動団体競技にもいえることです。コンクールに参加する意義はこんなところでしょう。私自身学生時代コンクールは団体としての連帯感を高める手段として利用していました。それ以上ではない。結果として何度か全国制覇しましたが、その結果が純粋に音楽を追及して得られたものだったとは思いませんでした。むしろこんな非音楽的な経験は2度としたくないと思ったものです。その証拠に「戦友」で社会人になっても音楽を続けている人間のいかに少ないことか。ましてやクラシックの世界に残るのは本当に稀です。思い起こせば音大に進んだり、その後音楽関係の仕事についたのは現役時代部活動に参加していなかった連中でした。「コンクールに青春を掛けた」といえば聞こえは良いですが実態はこんなもんです。本質的な音楽教育とは別のファクターで事が進み、多くの無垢な子供を巻き込んでいるのです。
ではコンクールが無かったら?多分個人で音楽の道を目指す流れと、団体は発表の場を求めて地域の音楽祭や合同演奏会などの企画が増えてくる流れになるでしょう。かつてそうだったように。
実は現在ある地域の音楽団体の役員をしていますが、音楽祭などに参加する学校が少なくて困っています。いうまでもなく学校がコンクールのスケジュールや練習を優先しているからです。その結果地域の一般の優秀な音楽団体との交流も持てなくなっていくわけですよね。問題の本質はここにあります。

manuketonmaさん

吹奏楽コンクールと、日本のクラシックは現状には、何も関係ない
吹奏楽コンクールに関わる人間は、吹奏楽しかしない。つまり、クラシックとは縁がない。実際、吹奏楽部を出てオーケストラや室内楽をやるのはほんのわずかで、大半は吹奏楽というごくごく狭くて異常な世界にとどまるか、吹奏楽部をやめたあと歌謡曲やポップスなどに流れている。

もし、学生室内楽コンクール(やる曲はクラシックに限定)や、管弦楽コンクール(弦楽合奏団とオーケーストラ限定)があれば、クラシックの普及に貢献するだろう。
吹奏楽コンクールは廃止して、吹奏楽連盟も解散させ、室内楽コンクールと管弦楽コンクールを開催するようにすれば、吹奏楽部や吹奏楽団がなくなって、音楽部や管弦学部、そしてクラシックを演奏する一般団体ができて、日本のクラシックはとても良い状況になるだろう。

[補足]
吹奏楽コンクールがクラシックの裾野を広げているなどいう意見があるが、笑わせんじぇねえ。
コンクールで「上」を目指すようなところが、中高生に何十万円もの楽器を当たり前のように買わせている。合宿だなんだとさらに金を使わせている。金がなきゃ音楽はできねえ、といってるのと同じだ。「楽器全般」カテゴリを見てみろ。「安い楽器はダメです」という回答のいかに多いことか。金のないやつは音楽やるな、最も強く主張しているのは吹奏楽器のヤツラだ。

少年野球や社会人草野球は、野球の裾野だ。やっているのが、レベルが違うとはいえ同じ野球だからだ。
しかし、吹奏楽はクラシック音楽の裾野とは関係ねえ。やっているのがクラシック音楽ではないからだ。吹奏楽の連中がやっているのは、音程とリズムと「肺活量と腹筋」のトレーニングであって、音楽ではない。

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  • 編集日時:2010/4/22 06:13:40
  • 回答日時:2010/4/21 06:11:06

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