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2010年 4月 8日(木)放送
ジャンル社会問題 事件・事故

揺らぐ死刑判決

 ~検証・名張毒ぶどう酒事件~

(NO.2873)

内容紹介

 
 

今月6日、5人が死亡した殺人事件の犯人とされ、有罪が確定していた死刑囚の裁判が、やり直される可能性が出てきた。49年前に三重県名張市の山あいの集落の懇親会で、何者かがぶどう酒に農薬を入れ、それを飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」。住民の一人で当時35歳だった奥西勝元被告が逮捕されたが、犯行の目撃者がなく物証も乏しいなか、裁判所の判断は無罪、死刑、再審開始、再審取消と二転三転してきた。なぜ死刑と無罪で裁判官たちの判断が大きく揺れ動いてきたのか。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則は守られてきたのか。一般の市民が裁判員として死刑か否かの判断を迫られようとしている今、迅速かつ適切に判断をくだすために何が必要なのかを探る。

出演者

  • 木谷 明さん(法政大学法科大学院教授)
  • 山形 晶(NHK社会部・記者)

出演者の発言 番組中の出演者のコメントを掲載!

【スタジオ①木谷明さん(法政大学法科大学院教授)】

●裁判官は、その見方をどのように形成していくものなのか

>>裁判官は提出されたすべての証拠を、分析して総合して心証を取ります。
これはみな変わりないんですけれども、やっぱり人によって多少、個性がありましてね。自白をどこまで信用するかという点で違いがあり得ます。非常に自白を重く見る人もいる。つまりさっきビデオに出てきましたけれども、無実の人が、そんな重い犯罪について簡単に自白するはずがないじゃないかという考えの人もいるし、いや、そうじゃなくて無実の人でも取り調べによっては、重大犯罪についてうその自白することがあるんだと考える人もいます。
最初のほうの考え方の人は、自白があるとそれで大きな心証を取っちゃいますから、そうすると、証拠上の問題点、つまり自白に客観的証拠の裏付けが足りないとか、自白を支える証言が変わっているというようなことは、まあわりと、軽く見てしまう。何かのまちがいだというようなことで、簡単に切り捨ててしまうことになる。
そうじゃなくて、虚偽の自白というのはときにあるんだというように考えるとですね、そうすると、自白が変遷しているとか物的証拠の裏付けがないというようなことは、やはり自白が虚偽であることの徴表なんだと考えて無罪のほうへいく。
こういうわけで、やっぱり一番大きな分かれ目は、自白に対する考え方の違いじゃないかと思いますね。

●「犯人である確率が80%であっても有罪にする」というある裁判官の発言について

>>本当に8割でいいと考えているとすれば、私はそれは明らかにまちがいだと思いますけれども、そういう心理に傾く裁判官の気持ちはある程度は理解できるんですよ。法廷では、まず悲惨な被害の状況が確実に立証されます。そして、目の前にはですね、検察官の立証によって、いかにも黒っぽく見える被告人がいる、そういう状況になると、こういう重大犯罪を被告人がやったんじゃないかという疑いがかなりの程度あるのに、その被告人を本当に釈放してしまっていいのかと、無罪と認めちゃっていいのかというところで、裁判官は内心葛藤すると思うんですね。その場面で「真犯人を逃がすことがあっても無実の者を処罰してはいけない」と割り切ることができないと、先ほどの裁判官のような考え方になってしまう。そこをどう割り切るかが大きな分かれ目であると思います。

●「疑わしきは罰せず」という原則と、「犯人を取り逃がしてはいけない」こととの葛藤について

>>そうなんですね。私は一番大事なことは、無実の人を処罰しちゃいけないということだと思うんですけれども、やっぱり裁判官の中には、真犯人は絶対取り逃がしたくないと考えている人がいます。だけど、真犯人を取り逃がすまいと思って、無実の人を処罰してしまえば、本当はその真犯人はどこかでほくそえんでるわけですね。だから同じまちがいでも、真犯人を取り逃がすまちがいのほうがまだ罪は軽いんだと、無実の人を処罰してしまうのは、それ以外に、真犯人を取り逃がすというまちがいを犯しているのだから、そのほうがよっぽど罪が重いんだということをもっと裁判官は考えるべきじゃないでしょうか。



【スタジオ②木谷明さん(法政大学法科大学院教授)、山形晶(NHK社会部記者)】

●最高裁判所の「差し戻し」の判断について

>>判例は、再審のハードルを非常に高くしておりますからね、だからなかなか最高裁で再審の開始ができなかったということなんでしょうけれども、これはやはりこの事件の特殊性からしても、最高裁で再審を開始するという方向で解決して欲しかった。今回の決定で最高裁が指示した鑑定がもし必要なら、再審公判の中でやっていくことも十分可能だと思いますし、むしろ、その方が本筋だったような気がします。

○今後の審理のスケジュールについて
【山形晶記者の発言】
>>まず名古屋高裁の裁判官が記録を読む時間が必要です。さらに、農薬の再鑑定ですとか、証人尋問ですとか、そういうことをやるとなれば、さらに時間がかかるので、やはり数か月から1年はかかるのではないかという見通しです。今回の差し戻しの状況は、検察が農薬に関する疑問点を解明できるかどうか。できなければ、裁判のやり直しが認められる可能性が出てくるという状況なんですけれども、ポイントは、その農薬の再鑑定ができるかどうかということです。
ただ、事件当時とまったく同じ状況で再鑑定を行うのは難しいんではないかという指摘もあるんですね。
さらに問題はそのあとなんですけれども、高裁で結論が出たとしても、今度、最高裁に弁護団あるいは、検察側が特別抗告をしたということになれば、さらに審理が長期化するんですね。ですから実際にどのくらい時間がかかってしまうかというのは、まだメドが立っていないんです。とにかく裁判所は、一刻も早く審理を進めるべきだと思います。


●高齢な元被告の審理を迅速に進めるための対策案について

>>最高裁も、名古屋高裁が特別な審理体制を組むことができるように配慮することが必要じゃないかと思います。専門の部を作る、あるいは少なくとも専門の裁判官を増員するということをやってほしいと思いますね。

●裁判官が、より公正に納得できる判断をするために必要なこととは

>>これはよくいわれることですけれども、密室内の取り調べの状況は誰にも見えないわけですよね。
見えなくしておいて、裁判所にその状況を判断しろというところに、無理があるんです。取り調べの状況はあとから誰でもわかるような形で、客観的な証拠に残しておく、つまり取り調べの全面録画ということがどうしても必要だということを、この事件は示唆しているんじゃないかと思います。被疑者の取り調べだけじゃなくて、参考人の取り調べについても、こういう事件ではどうしても録画が必要だということになりますよね。