今回登場の中村児太郎は六代目だ。初代は曽祖父の父、五代目中村歌右衛門。その後、曽祖父の五代目福助、その弟の六代目歌右衛門、祖父の中村芝翫、父の中村福助が児太郎を名乗った。全員が女形だ。
「そういう家だという責任は感じています」。1993年生まれの16歳で、高校2年生。2000年9月に歌舞伎座で初舞台を踏み、現在は歌舞伎座の最終公演「御名残四月大歌舞伎」の3部「実録先代萩」に腰元、梅香役で出演中だ。
小学生時代は土、日曜日には歌舞伎座へ「遊びに」出かけた。
「黒衣を着て足袋を履き、大道具さんとクギを抜いたり、打ったり。ご飯も一緒に食べていました」
自宅で芝居のけいこをする父のセリフを聞き、自然に覚えることもあった。「『籠釣瓶(かごつるべ)』で八ツ橋が言う『佐野さん、お待ち遠でありんした』とか」。吉原の遊女が客にかける言葉である。
小学校5年生からラグビー部に所属している。「体を動かすのが好き」と話す一見普通の少年が、歌舞伎俳優になることにも、さらには女形になることにも疑問を持たなかったというのも環境のなせる業か。先輩女形の坂東玉三郎にもかわいがられ、小・中学生の頃(ころ)はよく楽屋に出入りした。
「玉三郎のおじちゃまのお弁当のおかずをいただいたりしていました。そんな時、おじちゃまは自然にセリフの言い方を教えてくださった。お化粧もそばで見ていました。中学生の時には『将来あなたが揚巻(助六)や八ツ橋(籠釣瓶)をやる存在になるんだから頑張ってね』と言われました」
5月23日に国立大劇場で、芝翫が家元をつとめる、中村流の舞踊会「雀成会」が開催される。そこで「藤娘」を踊る。
「何を踊ってもおじいちゃん(芝翫)は、手の動きがきれいで、足のさばきがいい。『藤娘』も教えてもらうつもりです。『雪傾城(ゆきけいせい)』(09年12月歌舞伎座)でも、自分の踊りは初日と千秋楽では随分変わりました。同じ楽屋のおじいちゃんが『ここはこうした方がいい』と毎日注意をしてくれたからです」
新しい歌舞伎座の開場が予定される13年には20歳になる。
「高校を卒業したら芝居に専念するつもりです。歌舞伎座ができるまでに『娘道成寺』や『鏡獅子』などの大きな踊りをひとさまにお見せできるように覚えておきたい。開場して『頼みますよ』と言われた時にできるように」。夢は大きい。公演は28日まで。【小玉祥子】
毎日新聞 2010年4月22日 東京夕刊