メインビジュアル

第三四回 芸大生によるクラシック演奏を生で堪能できる 湯島<セラヴィ>

 スナックに行くと、売れない演歌歌手のキャンペーンに層遇することがある。夜の商店街で、フォークの弾き語りを聞くこともあれば、小さなライブハウスでアマチュア・ロックバンドの演奏を見ることだってある。でもクラシックだけは、至近距離で体験することが、ほとんどない。僕らが見聞きするクラシックは、CDややテレビ・ラジオやリサイタルや、ようするに一流のプロによる、一流の演奏ばかりだ。それか、ホテルのラウンジやパーティでのピアノ弾き語りのような、聞くためではなくBGM=背景音楽としてのイージーリスニング。
 風俗と居酒屋とスナックが渾然一体となった、湯島のドンキホーテ裏の一角。<プチシャンソンパブ・セラヴィ>というその店は、名前のとおりシャンソニエ、つまり生でシャンソンを聴きながら、お酒を飲める空間である。

snack34-8.jpg もともと銀座でナンバー・ワンを張っていたという、シャンソン歌手のマダム順子が、この店のオーナー。25年前に開店した当初は、マダムと外語大の学生たちがアルバイトで入って、シャンソンを聴かせていたが、いつのころからか、湯島にほど近い上野・東京芸大の音校生たちが働くようになった。

snack34-5.jpgsnack34-2.jpg ピアノ、バイオリン、声楽・・・日本最高の音楽大学で学ぶ彼らは、いずれもプロを目指す"本気のアーティスト"たちだ。芸大生が代々、店のスタッフを引き継ぐようになって、様子は一変した。
 いまでもマダムはシャンソンを歌うのだが、学生たちが演奏するのはもちろんクラシックがメイン。10人近いラインナップが、ふたりか3人ずつ日替わりで入っていて、夜7時半から11時半という短い営業時間に、3回もショータイムを設定している。
 時間が来ると、「それでは、これからショータイムを始めさせていただきます」という上品な挨拶とともに、ピアノに座った女の子が「それではまず、ショパンの『雨だれ』から」とか、それまでカウンターでグラスを洗っていた男の子が、目の前に立って「オンブラマイフを歌わせていただきます」とか言って、いきなりリサイタル開始。こちらはそれを、ふかふかのソファに沈み込んで、ウイスキーの水割りをすすったり、チーズの皮を剥いたりしながら、堪能する。なんだか遠い昔の、大作曲家のパトロンだった貴族のサロンに迷い込んだみたいで、すごく豊かな気持ちになる。でも外は、マッサージ嬢の勧誘や客引きの兄ちゃんがたむろする湯島。不思議だ、とっても。

 CDやテレビでいつも聴いている一流演奏家とはちがうけれど、彼らはいずれもプロの卵。技術はたしかだし、なによりこれほどの至近距離で音楽に浸れるという体験は、なにものにもかえがたい。
 「リクエストはいかがですか」と言われて、「クラシック以外の曲でもいいの?」とあるとき聞いたら、「はい、演歌をリクエストする方もいらっしゃいます」と微笑むので、ぜひにとお願いしたら、カウンターテノールの若きオペラ・シンガーが、オペラっぽい発声で、石川さゆりの『天城越え』を歌ってくれたこともあった。

snack34-3.jpg それに、セラヴィにはカラオケ設備もある。それも通信カラオケではなくて、昔懐かしいレーザーディスク! 「あったまるまで時間がかかるし(真空管じゃないのに)、ときどき調子が悪くなるんですが、そういうときはヒーターを近づけてあっためてやると、けっこう動きます(笑)」というので、曲集(リモコンじゃないのが、すでに懐かしい!)を見せてもらうと、古き良き歌謡曲がけっこう揃ってる。
 番号の横に「L」と書かれた曲がいくつかあって、「これはなに?」と聞いたら、「アダルト・ヴァージョンなんです」だって。つまらない映像ばっかりになってしまった通信カラオケとちがって、レーザーディスクの時代には、オトナの歌に合わせて、セミヌードが登場するお色気映像が、けっこうあったのだ。

 ふだんなら逢うどころか、すれちがうチャンスすらない、良家の子女ぞろいの演奏家の卵たちと、額がくっつきそうな距離で杯を交わしながら、とびきりの室内楽に酔ってみたり、お色気映像付きのカラオケでキャーキャー言い合ってみたり。いままでいろんな店に行ってきたけれど、こういう場所は、まずないです。ほんとは、教えたくないんですけどねえ・・。



<テノールの大気(たいき)君と、ピアノとアルトのあきこさんと、
ヴァイオリンのかおるさんの一問一答>

 
snack34-1.jpg都築 マダムはいま療養中って聞いたけど、まだ復帰しないの?

大気 はい、ごめんなさい、もうちょっとかかるみたいで、そのあいだは僕たちがつないでるんです。

都築 そうなんだ、大変。それじゃいっしょに飲もうよ。

大気 すいません、あした僕、レッスンなので・・。お酒呑むと一発で、声が出なくなっちゃうんです。

都築 そうか、大気くんは声楽だものね。お店には、けっこう入ってるの。

大気 僕と、あきこさんと、かおるさんと、今日はいないけどりょうこさんが、ローテーションで入ってます。

かおる 古株になってきちゃったね、おたがい(笑)。

都築 でも新人が入りますって、外に張り紙があったよ。

大気 そうなんですよ。だから新人の日に、僕たちがだれかしらついてるんです。やっぱり接客、いきなりはできないですから。

都築 そうだよね。この中で、いちばん長いのはどなたですか。

大気 マダムあきこが(笑)。

かおる チーママです(笑)。

都築 長いって、どのくらいなの。

あきこ あんまりみんなと変わらないですよ。4年くらい。ただ、いっぱい入ってるから。

都築 じゃあ、今日はママさんが入院中なので、あきこさんにこの店の歴史をご説明してもらいたいんですが。

あきこ ここは開店して25年なんですけど、もともとママさんは、銀座で働いてたらしいんですよね。銀座でナンバー・ワンだったんですって。それでお店をやるのが夢だったみたいで、ここを始めたんだそうです。

都築 ナンバー・ワンってのは、すごいね!

あきこ そのころからのお客さんもいらしてるんですけど、ママは「ちょこんと座って、ちょっと歌ったら、ナンバー・ワンになっちゃった」そうですよ。

都築 じゃあ銀座ではホステスでもあり、歌手でもあったんだ。

あきこ 本人は銀座時代のことは、ほとんどお話にならないけど。

都築 歌っていたのは、どんな歌だったんですか。

あきこ シャンソンですね。いまもママは、シャンソンを歌うんです。

都築 じゃあ最初は、シャンソンパブみたいな感じで始めたんだ。

あきこ でも、まわりがみんなクラシックって感じになっちゃって。

大気 結果的にシャンソン歌うのは、ママおひとりだけに(笑)。


----ここで隣の席の常連さんから、ひと言:


僕は、ここのママがシャルル・アズナヴールを歌えるっていうんで、最初に来たんですよ。

ママは170cm以上あってさ。それで、足をシャッと上げながら、踊るんだよ。彼女と踊ると引きずられちゃう。足が、ほんとによく上がるんだよな。それに彼女はすごくいい女なんですよ。だからすごくプライドが高いし、男に対する基準も高い。だけど俺は、ママの知性が好きだねえ。結局、シャンソンの持ってた知的な部分が、いまの歌にはなくなっちゃったでしょ。そういうのを、ママはずっと持続させたんだよね。

snack34-4.jpg

あきこ 昔は外語大の方とか、シャンソン歌う方がいっぱい働いてたらしいんですよ。そのときはピアノもなかったらしいんですけど、お客様がみんなで協力して、ある日買ってくださったんですって。それでいつしか、芸大も近いから音楽科のひとたちが働くようになって、いまのスタイルができたみたいですよ。

都築 そうなんだ。25年だから、お店の感じもずいぶん変わったんだろうね。

大気 名前書いてある表が、壁に貼ってあるじゃないですか。あれも、ずいぶん張り替えたりして。あきこさんだけ、不動の一位(笑)。

あきこ 最初は私もいちばん下だったんですよ。下から徐々に、上に行って(笑)。

都築 いまは芸大生だけですか。

大気 基本はママが芸大好き、ってことですよね。

あきこ ママは学歴あるひとが好きで、男性のチェックも厳しいんですよ。「あきこさん、お金持ちじゃないとダメです!」とか、「大学はどこなの?」「お金出しちゃダメよ!」「そういう男とは付き合っちゃいけません」って。変な男と付き合ったら、怒られますから(笑)。

都築 き・・、厳しい・・・。新規スタッフは、口コミで入ってくるんですか。

あきこ だいたい紹介ですね。友達とか後輩とか紹介するんですけど、やっぱり、合う合わないがありますから。

大気 だからひと晩、体験してもらって。

かおる あとはママさんがOKを出すかどうか。やりたいっていっても、ママさんがヤダっていうときもある(笑)。

あきこ そうそう、結局そうなんだよね。ママの基準で選んでる。

大気 雰囲気とか見るんですよ。仕事ができなくても、雰囲気が大事みたいな。

都築 仕事っていっても、演奏と接客とはずいぶんちがうしねえ。あきこさんも友達の紹介ですか。

あきこ 私は学校で「演奏者募集」って貼り紙を見たんですよ。学校に貼ってあるからには、安全だろうと思って。

都築 演奏者募集って言われたら、かんちがいしちゃうよね(笑)。

あきこ いまでも、初めて来た日を覚えてますよ。雨の日で、すごく迷って辿り着いたら、真っ黒な服を着て、アイラインが強く入ったママが「どうも~」って。最初は怖いと思ったけど、お客さんがいっぱい来て、その場ですぐ演奏させてくれて。

都築 でも、慣れたら最高の環境でしょう。

あきこ お客様の生の声、これよかったよ~とか聞けるので、うれしかったですね。

大気 舞台魂が養われるというか。

あきこ セラヴィのいちばんいいところは、やっぱり私たちのことを大事にしてくれるところで、クラシック演奏をふつうに演奏できるし。

都築 それに(店内が)禁煙だもんね。外のドアから中のドアまで、こんなに広い喫煙スペースがある店なんて、はじめて見た。

snack34-7.jpg 

あきこ そこも素晴らしいところで。昔は吸ってよかったんですけど、ママさんも歌うので体調管理があったり、私たちのことも考えてくれて。

都築 でもさ、芸大の音楽専攻で、いままではスナックみたいな世界と対極の場所で生きてきたわけじゃない。それでいきなりスナックって、うまくいくもんなの。

大気 歌のひとは、意外とうまくいくよね。

あきこ それに芸術の世界って、そのくらいのことはしないと無理ですよ。チケットも買ってもらわないといけないし、それくらいできないとダメだよね。

都築 じゃあ、これもトレーニングなんだ。

あきこ そうですね、ほんとにそう思う。それにあくまでもホステスじゃないので、呼び込みはしなくてもいいし、アフターもないし、同伴もないので。


都築 でも友達なんかに、スナックでバイトするの、とか言われない?

大気 プライドも対極で、ダメな人はダメだけど、合ってるひとは水を得た魚のように・・・。

都築 大気くん、すごく合ってそうだもん。

大気 大好きです(笑)!

都築 やっぱり! 唯一の男性スタッフだしね。

大気 いまは僕だけですね。僕のファンだっていうお客さんもいるんですよ~。

都築 僕もファンですよ! でも、ママさんのファンも多いだろうけど、みなさんのファンも多いでしょ。

あきこ 私たちのことを応援したいっていって、いつも来てくれる方もいます。

都築 だってこの店は、スタッフの予定表がちゃんと決められてるしね。

あきこ いまはホームページからも見られるようになってます。

都築 すごい便利。ちなみにお客さんは男性が多いんですか。

あきこ そうですね、女性はあんまり来ないかな。あとはご夫婦でいらっしゃったり、大人の関係の方も来たり・・・。

都築 すてき・・・シャンソンの世界ですねえ。

あきこ それとママは、「セラヴィ」に来てる方は出世するのって言うんですけど、それが実際にそうで、話を聞くと平社員のときに連れて来てもらって、それからずっと来るようになって、いまは社長っていう方も多いんです。

都築 いいですね~、出世する店! でもいまはママさんがいらっしゃらなくて回してるから、大変でしょ。

あきこ でも接客が大変なときは、ずっとショータイムやっちゃうとか、カラオケやらしちゃうとか。あくまでもホステスじゃないので、そんなサービスしなくていいんですよ。

かおる 逆にママが、そういうことするの嫌いですよね。あんまりお客様と、私たちが親密になるのが。

あきこ やっぱりママの中で、自分の店っていうプライドがすごくあるので、ほんとうはいま休んでるのも、すごくイヤなんですよ。

大気 風邪引いてても、すごく大きなマスクと眼鏡して、覗きにいらっしゃるときがあって、最初はだれだかわからなかったくらい(笑)。

あきこ だから心配なんです。こんなに休んだこと、なかったから。いままでは這ってでも来てたから、逆にその疲れが出てると思うんですけど。

かおる なかなか復帰も大変だと思うから、私たちが盛り上げないとって。

大気 僕たち、なんだかんだでママさんのことすごく好きなんです!

あきこ こうすればいいってところもたまにあるけど、ここはママさんの店だからね。

都築 こうすればいいって、たとえば?

あきこ リニューアルしたらどう、ってお客さんもいるんですよ。

都築 もったいない! リニューアルしたら意味ないよ。あと、通信カラオケにするのも絶対ダメ!

大気 第一興商の方とかいつも来ますけど、いつもお茶だけ出して帰ってもらう。

都築 でも営業時間は、ちょっと短いよね(笑)。

あきこ ママさんがいたときは、夜中までやってたんですけど。

かおる 私たちになってからは23:15きっちりで、どんなに呑んでても終わりなんで~って。みんな終電で帰りたいので。

snack34-6.jpg

都築 納得しないおっさんとか、いないの?

あきこ 昔はいましたけど、いまはいないですね。

大気 22時半くらいにいらした方とか、もう閉店?!みたいな。でも、ちゃんと書いてありますから~って(笑)。

かおる あと30分くらい、いてって言われても、終わりなんでって。

大気 そこがシロウトの強みだよね。

都築 でも、みんな楽しそうに働いてるけど、イヤなお客さんとかも、いるでしょう。

あきこ うーん、そんなにいないんですけど。でも、クラシック・マニアの方とかで、「あそこミスタッチだったでしょう」とか、「ここ、もっとこうして弾け!」とか言われると、ちょっと・・。

かおる それに、ピアノを弾くお客さんもいて、それはいいんですけど、ヴァイオリンとかは私、これしかないから、いきなり触られちゃうと、困っちゃう。

都築 そりゃひどい! やですねー、マニアは。でも、ママがいるときといないときは、ぜんぜん雰囲気ちがうの?

大気 ちがいますね~。

あきこ それに、お客さんによっても、ぜんぜんちがいますし。

都築 だってみんなが、クラシック好きで来てるわけじゃないでしょ。

大気 でも最近、増えてきたかな。

都築 どうやって知るんだろう、お店のことを。フリーのひとは、入るの難しいよね。

大気 でも、こないだはね、路上ライブしたんだよね(笑)。

かおる そうそう、お客さんがぜんぜんいなくて、つまんないねって話になって、店の前でちょっと弾いてみようかって。

大気 バイオリンと歌をお店の前で(笑)。他の店のママさんたちに、にらまれながら。

都築 かっこいいじゃない! 湯島でクラシックの路上ライブなんて。

かおる そのうち、もっとむこうで歌ったら気持ちよさそう、って話になって。

大気 (上野広小路の)松坂屋さんの前で、占いのおじさんに許可をもらって、やったんです。おひねり1000円もらったりしちゃった(笑)。

かおる 意外と、キャッチのひとが聞いてくれましたねー、うなずきながら。

都築 ふつうの路上ライブとは、迫力が違うもんね。でもさ、これだけスタッフがいるんだから、年に1回リサイタルやればいいのに。

あきこ やりたいんですけど、卒業して仕事されてる方もいるから、なかなか予定が合わないんですよ。

大気 あとは会場おさえるのが、意外と大変なんです。

都築 芸大のホールでやればいいじゃん。

大気 あれ、1日300万くらいするんですよ!! 

都築 ええっ、そんなに高いの?! 学生や卒業生でも?

大気 そうなんです。でもティアラ江東とか、そんなに大きくないホールで、やってみたいですね。

都築 そうだね、常連さんに来てもらって、常連からは、すごく高く取っちゃえばいいよ(笑)。僕も、やってくれたら絶対行くから!

あきこ 大気さん、企画よろしくね!



♪セラヴィ・プチリサイタル

snack34-9.jpgsnack34-10.jpg
ラヴェル『ソナチネ』(ピアノ・あきこさん)
サンサーンス『白鳥』(ヴァイオリン・かおるさん、伴奏・あきこさん)
ハンガリー音楽『チャルダーシュ』(ヴァイオリン・かおるさん、伴奏・あきこさん)




snack34-11.jpgカッチーニ『アベマリア』(ソプラノ・あきこさん)
ヘンデル『オンブラマイフ』(テノール・大気さん、伴奏・あきこさん)
歌曲『ロデリンダ』より(テノール・大気さん、伴奏・あきこさん)






snack34-12.jpg今週ご紹介したお店は 
『プチシャンソンパブ セ・ラ・ヴィ』
(住所)湯島3-37-13 TS第7ビル1F
(電話)03-3832-1002
(OPEN)19時~23:30








<編集部より>
この連載で取材をさせてくださる、東京のスナックさんを募集しています。
ご自身のお店や行きつけのお店など、ぜひ都築さんに取材に来てほしいという方は、こちらから「スナック取材希望」とご記入の上メールをお送りください! どうぞよろしくお願い致します。



この連載は毎週水曜日の更新です 



前のページへ戻る 次のページへ移る
このページのトップに戻る


著者プロフィール

イメージ

都築響一
つづき きょういち