この傾向が将来も続くとすると、年金制度の基本が揺らぐことになる。なぜなら、賃金にほぼ比例している保険料収入は減少する一方で、デフレスライドの制度はないため、名目額で決められている年金給付額は、賃金下落の影響を受けないからだ。
これによって、まず年金の実質価値が自動的に上昇することになる。これは、世代間の不公平を引き起こす。これまでの年金制度でも、さまざまな点で世代間の不公平があったのだが、それにもう一つの要因が加わり、不公平が拡大することになる。
第2の問題は、年金財政が悪化することである。年金保険料の料率は2017年の18.3%までは徐々に上昇してゆくが、それ以降は固定される。このため、賃金の下落にともなって保険料収入が減少するからだ。
これらの問題を解決するためには、給付水準を切り下げるか、支給開始年齢を引き上げる等の手段によって、支出を削減する必要がある。しかし、新規の年金についてさえ、給付水準を切り下げるのは難しい。ましてや、いったん裁定してしまった年金は、聖域化してしまうので、これを減額するのは大変難しい。
こうして、従来の問題意識とはまったく逆の事態が生じることになるのである。
なお、経済想定について、「平成21年財政検証結果レポート」(厚生労働省年金局数理課、2010年3月)は、「長期の経済前提で採用した賃金上昇率2.5%は、実質賃金上昇率1.5%に物価上昇率1%を加えたもの」と説明している(同レポートp.22および第3章4節)。
また、財政検証においては、上で述べた「基本ケース」以外のケースも計算されている。しかし、「経済低位」であっても、「物価上昇率1.0%、賃金上昇率2.1%、運用利回り3.9%」である。現実の日本経済の状況に照らすと、これさえもかなりの過大想定と考えざるをえないのである。
つまり、90年代末以降の日本経済の構造変化は、財政検証では考慮されていないと言うことができる。
賃金が上昇しないと何が起こるか?
では、財政検証の経済前提が満たされないと、どのような問題が発生するだろうか。
問題の本質をつかむために、つぎのような簡単な計算を行なってみよう。この計算は、正確なものではないが、問題の性格を把握するためには、正確なシミュレーション計算より有益である。