これでも仕分けるか、独法の技術がクルマのマグネ部品を安くする
「俺は今まで何をやってきたんだ。Mg(マグネシウム)合金が冷間プレスできるなんて…」。マグネをずっとやってきた人、特に難しい温間プレスに挑んできた人には衝撃の事実だろう。
産業技術総合研究所は、日立金属、京都大学と共同で、汎用マグネシウムを冷間プレスする技術を開発した。日立金属は幅300mm、厚さ0.5mmのサンプル品を各メーカーに供給し始めた。今ごろ、日本中のプレスの現場で、ああでもない、こうでもないと、この材料をいじくり回していることだろう。
マグネはそもそも冷間プレスできないものだった。結晶が妙な構造をしているためだ。250℃まで暖めて、その構造を変えてからでないとプレスできない。このため温間プレスという、面倒な造り方をしていた。ヒータだの、センサだの、断熱材だのを金型に取り付けて細かく制御しながらプレスする。だから、マグネの製品は鋳造品や鍛造品が多く、プレス品は少ない。安く造りたいなら、究極はやはりプレス品なのに、肝心のプレスが難しいからだ。
産総研はマグネの結晶を徹底的に研究した。その間には結晶の一部が「クルっと反転する」などという面白い現象があるのだが、それはまた別の話。『日経Automotive Technology』の5月号をご覧いただきたい。たどり着いたやり方は簡単、圧延の温度を従来の250℃から500℃に上げるだけだ。
温度を下げたり上げたり、250度が2回出てきたりして込み入っているので、しつこく説明する。圧延して板を造るまでが1工程目、その板をプレスして製品の形にするのが2工程目である。1工程目の温度を上げれば、2工程目の温度を下げられるということだ。1工程目は日立金属安木工場(島根県)の中のことなので、多少ややこしくても何とかなる。2工程は全国津々浦々の工場だから、ややこしくない方がありがたい。
冷間プレスというのは、言ってみれば普通のプレスだ。どこの町工場にもあるプレス機で、無造作にガチャコン、ガチャコンと造れる。当然、安い。
「圧延の温度を上げるだけなんて簡単なこと、すぐに真似されてしまう」と思うかもしれない。日立金属は「高温で圧延するのはかなり危険」と、安易に追従する人にクギを刺す。意地悪でなく“火傷しますよ”という親身のアドバイスだ。安全についてはかなりノウハウを蓄積しているようだ。
マグネは重さがAl(アルミニウム)合金の3分の2でありながら、引っ張り強さはアルミ並み。アルミでできたモバイル機器や自動車の部品を、マグネにすれば軽くなる。価格はアルミの10倍近いが、これは資源としての需給関係によるものでなく、量産効果による差であることが分かっている。「安くなる→数が出る→安くなる」という正のスパイラルを効かせれば、軽くて安い、魅力的なマグネ製品ができるのである。
産総研は“悪名高い”独立行政法人である。近い将来、事業仕分けの対象になるだろう。仕分け人の方々に、産総研がこれほど役に立つ技術を生み出しているということを知っておいて欲しいと、切に思う。