自殺を図り意識が戻らなくなった長男(当時40歳)を刺殺したとして、殺人罪に問われた千葉県我孫子市の無職、和田京子被告(67)の裁判員裁判が19日、東京地裁(山口裕之裁判長)で始まった。高額な医療費がかかるのに自殺未遂だと健康保険は原則、適用されない。嫁や孫の将来を悲観した末の惨劇だった。審理を担当する男性2人、女性4人の裁判員は、事件とどう向き合うのだろうか。【長野宏美】
午後1時過ぎ、上下黒の服を着た和田被告が法廷に入ってきた。度々メガネを外し、白いハンカチで目頭を押さえている。長男は妻と息子2人の4人で暮らしていた。息子の運動会に顔を出し、家族で海外旅行にも出掛けていた。近所の人の目には「幸せな家庭」に映っていたという。
一家に何があったのか。検察側や弁護側の冒頭陳述から、事件を再現する。
昨年7月15日、長男は勤務先の会社屋上で首をつって自殺を図った。「だまされて人生転がり落ちた」。遺書には、だまされて借金をしたと記されていた。一命は取り留めたが、回復の見込みはほとんどない。
「月末までに医療費500万円が必要です」。7月24日、家族は病院から説明を受けた。1日の医療費は10万~35万円。長男の勤務先からは、自殺未遂だと保険が原則として適用されないとも告げられていた。
将来を悲観したのは和田被告だけではなかった。「私が呼吸器を外す」。長男の妻は、医師の前で泣き崩れたという。様子を伝え聞いた和田被告は決意した。「産みの親である私が死なせよう」。呼吸器を外しても病院だとすぐ気づかれる。確実に殺そうと考え、40年以上も愛用していた出刃包丁を自宅から持ち出した。胸には長男の写真を抱いていた。
夕刻の病室に、長男と2人きり。たくさんの管につながれ、頻繁にけいれんする姿を見ていると、「母さん頼む」という息子の声が聞こえた気がした。包丁をつき立てると廊下にいた看護師に「警察を呼んでください」と告げた。
「義母を恨むことはありません。子供は『バアバがお父さんを天国へ連れて行ってくれたんだね』と言っています」。審理の後半で妻の調書が読み上げられた。判決は22日に言い渡される。
和田被告の初公判で、弁護側が証拠採用に同意していない調書の一部を検察側が読み上げるミスがあった。東京地裁は証拠から排除し、東京地検は「誠に遺憾」と陳謝した。
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■起訴内容
和田被告は09年7月25日午後5時過ぎ、東京都文京区の日本医大付属病院高度救命救急センター病室内で、入院中だった長男正人さんに対し殺意をもって左胸を出刃包丁(刃渡り約16センチ)で4回突き刺し、同7時55分ごろ、出血性ショックで死亡させたとされる。
毎日新聞 2010年4月20日 東京朝刊