住んでいる福岡市から大分市までは、特急列車で2時間かかる。飲食物の車内販売もある。仕事で出向く際は出張で、プライベートなら旅行感覚だ。また福岡では、アビスパ福岡が降格1年目のJ2で低迷したとあって、大分トリニータのJ1昇格を祝うムードを肌で感じるのは難しい。だが、思いをめぐらすことはできる。
1993年、Jリーグのリーグ戦がスタートする前に、ローマでセリエAの試合を観戦する機会に恵まれた。アウェイのクラブが勝ち、選手たちはスタンドのほんの一角に集まっていたサポーターに駆け寄り、脱いだユニホームを振り回した。選手もサポーターも、全員知り合い同士のように声を張り上げていた。リーグの大勢には影響のない一戦で、もちろんわたし自身には何も関係なかったが、少数派の雄たけびに胸が熱くなった。
大分の昇格で、10年近い前のシーンを思い出した。来シーズンは、大分から見たアウェイの試合で、似たような光景があるのだろうか。たとえば真っ赤に染まったスタジアムの片隅で大分の選手とサポーターが喜び合うとしたら、なかなか格好いい。
大分は、来季も急激に予算規模を拡大するのではなく「身の丈経営」で臨む方針を表明した。長期的な視野に立ち、昇格に浮かれることなく初心を確認したことの表れと受け取れる。FIFAワールドカップ開催の余熱を受け、地道で、それでいて果敢なJ1挑戦を期待したい。
対照的に、1年でJ1復帰を目指した福岡は、降格−観客減−経営難−戦力低下という悪循環に陥った。サガン鳥栖はまだ経営陣を含めてクラブの土台づくりが待たれる段階だ。熱しやすく冷めやすい土地柄なのかもしれないが、苦境で粘り抜く骨太さを見せて欲しい。それは子供たちのためにだ。
高校サッカーでは、冬の全国選手権や夏の全日本ユース選手権などで着々とタイトルを重ねる国見(長崎)を筆頭に、九州の強豪校が健在だ。評価の高い選手ほど、卒業後に九州を離れてJ1入りする現実は否定できないが、地域としては豊富な人材を生み出している。九州のJクラブが地元出身者を軸とする強化に成功したら、地域色が出てリーグ自体も面白くなるだろう。
さらに根元的な存在として、子どもたちがいる。現在活躍する選手の多くは少年時代、Jリーグにあこがれていたはずだ。Jリーグ草創期に、ベテラン選手の「あと10年遅く生まれていたら」というつぶやきを聞いたことがある。そんな人たちがクラブの運営スタッフや指導者となって、後輩たちがプレーするJリーグを支えている。先人がつくってくれたものを、今の子どもたち、そして未来の子どもたちに残すために、選手、裏方さん、経営陣など、それぞれの立場で奮闘してほしい。
東京で水曜日に発売される週刊のサッカー専門誌が、福岡では金曜日になって店頭に並ぶ。高校卒業以来約20年ぶりに住んだ九州の土地で、出版界の「時差」みたいなものを感じる。
ただし、「時差」的なテーマなら、九州にも特権がある。日が暮れるのが遅いことだ。夏場なら8時近くまで明るさが残る。母親には叱られるかもしれないが、九州の子どもは東京の子どもより、毎日40〜50分長くボールを蹴ることができる。
勝負の世界だから、九州のJリーグ3クラブがそれぞれの厳しい戦いにさらされるのは当然だ。今後の不安を感じないといえば嘘になるが、子どもたちが日没まで泥だらけになって遊ぶ“正しい風景”が、Jクラブとともに続いてほしい。