
大きくいえば、エンターテインメント番組だという鬼久保プロデューサー。パフォーマンス集団とのコラボはオーケストラ演奏の新たな魅力を見つけ、常磐津節のロック演奏は伝統音楽のよさを再発見させた。
─4月にリニューアルを果たしたわけですが、佐渡さんの司会には何か引き込まれるものがあるような感じがします。
佐渡さんが指揮すると空気が動くんですよ。音を消してテレビを見ていても、その指揮姿だけで音が聞こえてきそうなくらいに。今は、クラシックの曲ってこんなに魅力があるんだとご理解頂ける様、まずは作品の魅力をキチンと伝えることが重要な時期にあります。もしかすると、リニューアル前よりも企画の面白みがなくなったように思えるかもしれませんが、これこそ音楽の魅力の本来の伝え方だと考えていますし、これから新しい企画もやっていくところです。 ちなみに指揮者ってどれだけスゴイのかって、一見わかりづらいですよね? それで「振ってみましょう」という、一般視聴者が1分間だけ指揮する企画をやりました。楽器の演奏と違い、経験不問でも体験しやすいですし、指揮棒がなくてもできるもの。一般の方がやってみることで音楽の楽しさや難しさがわかりますし、佐渡さんのスゴさも際立つんですよ。
─佐渡さんは海外での活躍が多いようで、スケジュール調整も大変では?
常に番組では、ホールやオーケストラを押さえるために1年先を見て動いています。 日本を不在にしていることの多い佐渡さんに司会をお願いした理由は、佐渡さんの"音楽力"や個性はもちろん、日本のクラシック界を盛り上げてほしいという想いもあったからです。当番組は放送開始からずっと出光興産の一社提供で、出光音楽賞というのがあるんですが、近年は受賞者による受賞者コンサートも留学を理由に集まりづらくなっています。皆、どんどん海外にいってしまう。過大に期待しているわけではありませんが、世界的に活躍されている佐渡さんが日本での活躍の場を広げれば、国内音楽業界にも明るい話題になるのではないかと考えています。
─企画から収録、さらには会場やスタッフのコーディネートと、イベントプロモーターに近い働きですね。
そうかもしれませんね。今ではずいぶんと珍しくなってしまいましたが、昔からずっと劇場中継という収録スタイルを続けていて、毎回2000人くらいの視聴者が観覧に訪れます。このお客さんの仕切りも私たちスタッフで行っていますので、毎回興行しているようなものですね。それも、数年前から観覧希望者が急激に増え始め、今では30倍ほどの競争率。1回分の収録時間が45~60分、それを一度に2放送分収録するのですが、お客さんとしては無料で手軽に本格的なクラシックを楽しめますから、楽しいイベントになっているんだと思います。
─公開収録が基本になるわけですが、スタッフの数はどの位になりますか?
当日のスタッフ数は技術のスタッフなども含めて70人ぐらいでしょうか。カメラは7、8台になります。日々在中してるのは、プロデューサーは私で、ディレクターは他に2名程おります。
─イベントという意味では、ブルーマン(芸術性や音楽性の高い、ユーモア溢れる舞台パフォーマンス)とのコラボもありましたね。
ブルーマンは大学時代にオフ・ブロードウェイで見たことがあり、それからファンでした。小難しくなりがちな現代アートを、笑いでもって的確に表現していて。出演を実現させるまでにはいろいろと苦労もありましたが、本物のオーケストラと競演するという企画には彼らも乗り気で、結果としては大成功だったと思います。 今度は、ブルーマンと常磐津(江戸時代に発展した浄瑠璃音楽の一種)をコラボさせようと思っています。個人的にすごくお気に入りの回なのですが、以前「常磐津はロックだ」として、洋楽ロックを伝統的な常磐津の和楽器奏者の方々に演奏してもらったことがあります。例えばディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を、「大江戸の火消し」と常磐津でお江戸風の歌詞に置き換えてやってみたり。収録までは大変でしたが、とても楽しくて、反響もいい回でした。常磐津は伝統的な日本版オーケストラともいえて、ここにブルーマンを加えれば、それはまた面白い世界が広がっていくんじゃないかと感じています。音楽番組だ、クラシックだと、自らを枠に押し込めてしまうと、絶対こじんまりしちゃうんですよね。世の中にはこれだけすばらしい素材があるわけですから、提案していかないと、すごくもったいないと思ってしまいます。
─ショーとして、面白そうです。
この番組はただのクラシック音楽番組じゃなく、知的好奇心を探求できる、大きなところでのエンターテインメント番組にしていきたいと考えています。 シルク・ド・ソレイユも大好きで、参考にしているところがあるかもしれません。彼らのスゴイところは、トップレベルのアスリートや演技者を集めながら、その肉体美や技を押し付けるのではなく、全体を通してひとつの物語としてのメッセージを伝えようとしているところにあります。例えば先日、ラスベガスで「カー」という演目を見たのですが、両手を使って影絵をするシーンがあるんです。うさぎやトリの姿など、ひとつひとつはいわば子供の遊びごとなのですが、模写するものを変えるときの動きや、全体の間、空気が洗練されていて、やがて感動を生み出していく。また舞台にはクラウン(ピエロ)が必ずいますし、世界観のバランスも絶妙。こうした、人を魅せるエンターテインメントとして参考になります。言葉の通じない国の人が見ても、引き込まれるという意味では、とても似ている分野だと思います。
─視聴者は、どんな層が視ていますか?
回の内容によって差がありますが、日曜朝と子供番組が続いている時間帯でもあり、子供の視聴者も多いです。特にリニューアルしてから増えました。母子で見ていただくという狙いがあり、F2の視聴者も多いですね。子供の教育という側面であったり、知的好奇心を高めるのに最適な番組だと思いますから。また、やはりクラシックファンの多いM3・F3の方の支持も厚いです。
─印象に残り、数字的にもよかった回は?
辻井伸行くんという盲目の天才ピアニストに登場してもらった回ですね。ウチの番組は、舞台でどんな音を奏でるかが重要であって、ドキュメンタリーのように裏側を見せることで評価を上げようとするのは好きではないんです。この回は彼の演奏をストレートに紹介しただけでして、数字のよさはそのまま彼が演奏した音楽のよさにつながっています。辻井くんが一番多く共演しているオーケストラを選んだり、あのタイミングで弾きやすい演目にしたりと、細かい計算もありました。佐渡さんとの個人的な付き合いもすごく長く、ベストな環境を生み出すことができた回だと思います。
─最後に、この番組作りに関して心がけていることは何でしょうか。
番組作りの基本は信頼関係。リニューアルによっていろいろと困難もありましたが、積み重ねの人脈があったからこそ進めることができたと感じています。 また新しいことを提案するにも、全力で先方のよいところを引き出し、さらに先方にとってもいい経験になるようにしたいんです。例えば「常磐津はロックだ」という企画も、常磐津についていろいろと伺っているときに「その要素ってロックと一緒ですかね?」と飛び出した言葉がきっかけでした。素人だからこそ思いつき、発言もできました。もしこれが思いつきだけで終わっていたら、この企画は実現しなかったはずです。関係者から話を聴き、実現までの道筋を見出し、熱意をもって行動したからこそ、本物の常磐津奏者にロックを弾いてもらうことができました。出演したことで業界関係者から後ろ指を指されるようなことなく、むしろ評価されるような企画を生み出していきたいですね。ブルーマンにしてもそうです。「あの番組に出てよかった」と思って頂けるような、魅力的な番組にしていきたいです。
(取材=小杉文彦/メディアコ)