ノルウェーの画家ムンクの「叫び」は、橋の上で誰かが独り恐怖か不安かで顔をゆがめている。背景に描かれた空の異様な赤さは「大噴火した火山が運んだ粉じんのせい」とする論文が数年前に発表された
▼噴火したのはインドネシアの火山で、1883年のことという。火山灰は成層圏を覆い、地球規模の環境変動をもたらした。ノルウェーでも朝夕の空が数年間にわたって赤く染まった。その光景をムンクも見たといわれる
▼地球を覆う粉じんは時に地上の風景を一変させる。白亜紀末の恐竜絶滅の原因はやはり小惑星の衝突にあった、と国際研究チームが先月発表した。巻き上げられた土やちりが太陽光をさえぎり、最初に植物が枯れた
▼地球規模の環境変動は、日本では江戸中期の「天明の大飢(き)饉(きん)」でも説明される。この時は浅間山のほかにアイスランドの火山も噴火した。アイスランドの噴火は8カ月も続き、北半球の気温が下がった
▼アイスランドの別の地点で数日前に噴火が起きた。噴煙が流れ込んだ欧州大陸では広い範囲で旅客機が飛べなくなった。火山灰はエンジントラブルのもとだ。すぐに正常に戻るのは難しそう
▼運航停止が長引けば影響は世界に広がる。たとえ噴火は大規模でなくても、人間が生み出した科学技術が被害を大きなものに変えていく。文明の皮肉のようなもの。旅行客や関連業界だけでなく文明自体の「叫び」も聞こえてくるようだ。
=2010/04/18付 西日本新聞朝刊=