「圧」を感じる作品だった。
家族を自分が養って支えていかなければならないこと、
上司から遅刻についてしつこく言及されたり、
妹を希望の進学先に行かせてやれなかったこと、母親の期待、父親の叱咤、
毎日同じように過ぎていく時間、代わり映えのない日常、
全てグレゴール自身が選んだことだけれど、
その全ての圧力が、グレゴールを醜い虫に変える。
人が虫になってしまうというのは、不条理なことであるけれど、
こうして彼が背負ってきたものの重さや、不自由さを思うと、
こちらまで息苦しくなり、身体もこわばる。
そのことを比喩的に表現したのが「虫になる」ということだとすると納得である。
鉄格子が組まれただけの、シンプルで無駄の一切ない舞台美術。
音や光による効果や役者の演技にしても、同じ事が言える。無駄がない。
到達点がきちんと感じられて、
全てが同じ方向を目指して進んでいるのがわかるので、見ていて気持ちが良かった。
キレイな舞台である。
それだけに終盤に下宿人として家に訪れた男が、
とあるモノマネをして笑いをとった時に、
同じリズムで流れていた作品のテンポをせき止められたような違和感を覚えた。
下宿人は家に訪れる部外者であり、むしろ空気を乱すのが役割ともいえるのだが、
それは演技のテンションの違いで見せてもらえれば充分ではないだろうか。
グレゴールを演じた森山未來。
鉄格子にぶら下がる姿や、床を這い回る姿はまさに虫。
森山の身体能力が生きていたが、そこにプラスして、
グレゴールの内面を感じさせる演技が光っていた。
仕事に精を出すのも、何もかも、彼が家族を思うからこそとった優しい行動であって、
嫌々始めたことではない。
しかし、その窮屈さの中で彼は自分自身を失っていく。
良い意味で生気を感じさせないグレゴールだった。
これが初舞台となった穂のかは、思い切りの良い舞台姿。
虫になった兄の世話をし、少しでも愛情を注ごうとするのもグレタであるが、
一番最初に兄に見切りをつけるのもグレタである。
誰よりも若く、将来があるからこそ、
必要のなくなった古いものを情もなく切り捨てられるのかもしれない。
永島敏行が演じたザムザ氏の父親然とした姿はグレゴールをより追い詰め、
ザムザ夫人の久世星佳は虫になった息子に恐怖を抱きながらも、
母親としての愛情も感じさせた。
最後まで見終わった時、物悲しい気持ちになった。
家族が踏み出す新しい一歩に希望や生きていく強さを感じるからこそ、
その一歩を一緒に踏み出すことのない、虫になってしまったグレゴールが哀しい。
フランツ・カフカの『変身』自体は1912年、およそ100年前に書かれたものであるが、
作品から感じた、息苦しさ、圧力は、確かに今と通じるものがある。
きっと誰もがグレゴールのように虫になってしまう可能性を持ちながら生きている。
『変身』と、今とが、この舞台によって繋がれたような気がした。
パルコ・プロデュース
『変身』
●3/6〜22◎ル テアトル銀座
●3/31◎岡山市民会館
●4/2〜4◎サンケイホールブリーゼ
●4/6◎福岡市民会館
●4/11◎富山オーパードホール
●4/13◎新潟市民文化会館 りゅーとぴあ
作◇フランツ・カフカ
脚本・演出・美術・音楽◇スティーブン・バーコフ
出演◇森山未來、穂のか、福井貴一、日下部そう/久世星佳/永島敏行
<料金>
ル テアトル銀座 S席¥8000 A席¥6000 (全席指定/税込)
岡山市民会館 ¥7800 (全席指定/税込)
サンケイホールブリーゼ S席¥7800 A席¥5800 プリーゼシート¥5800(全席指定/税込)
福岡市民会館 S席¥7500 A席¥6000 B席¥4500(全席指定/税込) 学生券¥3000(当日座席指定、学生証有)
富山オーパードホール S席¥7800 A席¥6500(全席指定/税込)
りゅーとぴあ ¥7000 (全席指定/税込)
<チケットに関するお問い合わせ>
東京/パルコ劇場 03-3477-5858 http://www.parco-ts.com/
岡山/グッドラックプロモーション 086-903-2001
大阪/キョードーインフォメーション 06-7732-8888
福岡/ピクニック 092-715-0374 http://www.picnic-net.com
富山/キョードー北陸チケットセンター025-245-5100 http://www.kyodo-hokuriku.co.jp
新潟/りゅーとぴあチケット専用ダイアル 025-224-5521(11:00〜19:00) http://www.ryutopia.or.jp
【文/岩見那津子】