ニュース:事件 RSS feed
【昭和正論座】連続企業爆破事件 「心」忘れた戦後教育 日本文化会議専務理事・鈴木重信 昭和50年5月29日掲載 (4/4ページ)
教えることを忘れたもの
何の関係もない市民を爆破の巻き添えにしながら平然としているのは犯人たちの思想の高邁さ、つまりはその狂気のほどを証明している。だがさすがに多数の人命を奪った三菱重工爆破の結果については多少のためらいがあったのか、他の場合は犯行後直ちに報道機関に送られてきた声明文が、この場合は三週間後に遅れている。にもかかわらず、「“狼”の爆弾により爆死し、あるいは負傷した人間は『同じ労働者』でも『無関係の一般市民』でもない。彼らは、日帝中枢に寄生し、植民地主義に参画し、植民地人民の血で肥え太る植民者である」と、その声明文は弁じ立てている。ここでも最も近いものが、最も遠い存在でしかないのだ。
教育の効果は何を教えたかということだけで決定するものではない。むしろ何を教えなかったかによって、最も大きく左右される。それはちょうどツベルクリン反応の結果が陽性であるより、陰性の場合の方が危険であるのに似ている。戦後の民主主義教育は子供たちに、平和や権利、自由や平等などというたいへん高邁な思想の数々を教えこんできた。その揚句は大抵の青年たちが、熱烈な社会正義の戦士になり、革新の礼賛者(らいさんしゃ)になった。だが自らを省みてひとり悩み、他人の悲しみを見て自分も胸に痛みを覚える「心」を教えることを忘れた。この戦後教育の忘れ物は今回の爆破事件の犯人たちと決して無関係ではないはずである。(すずき しげのぶ)
【視点】 昭和50年5月19日、三菱重工本社爆破(49年8月)など一連の連続企業爆破事件の犯人グループ8人が逮捕され、これを産経新聞がスクープした。8人は教典の「腹腹時計」の教えを忠実に守り、ふだんはまじめで目立たない生活を送っていた。鈴木氏はこれらの捜査結果をもとに、グループの行動を分析した。
「腹腹時計」がドストエフスキーの「悪霊」のモデルとなったロシアの革命家の思想に酷似していることに着目し、市民を巻き添えにした犯人グループの「狂気」を指弾した。それは、「他人の悲しみを見て自分の胸に痛みを覚える『心』」を教えることを忘れた戦後民主主義教育と無関係ではないと指摘した。(石)
産経新聞「正論」欄の35周年を記念し、当時掲載された珠玉の論稿を再録しています。