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社説

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教員人事権―大阪の試みに注目する

 わがまちに根を張った先生たちのもとで生き生きと学べる。教育を柱にした町づくりにつながる。そんな可能性を開く試みとして注目したい。

 大阪府教育委員会がもつ公立小中学校の教員の人事権について、橋下徹知事が市町村教委に移すことを提案。大阪北部の五つの市町が連合を組み、受け皿になりたいと名乗りを上げた。これを文部科学省が認める方針だ。

 5市町の人口は計約65万人。109の公立小中で3千人の先生が教える。実現すれば、この中での転勤は府教委に相談せずに決めたり、独自に先生を採用したりできるようになる。

 いまの制度では、小中学校を設置、運営するのは市町村だが、教員の人事や採用は都道府県教委が行う。教員給与は3分の2を都道府県、3分の1を国が負担する。全国の教育水準を維持し、先生のばらつきが生じないようにという仕組みだ。

 だがこれは、国、都道府県、市町村の上下関係を生むもとにもなる。都道府県の人事コントロールのもとでは、学校現場が主体となった取り組みも育ちにくいと、指摘されてきた。

 子どもを一番近くで見ている地域へ権限と裁量をおろし、子どもに合った学びを生み出そう――。教育分権の議論の中で、市町村への人事権移譲も語られてきた。ある程度の規模の自治体連合が教育行政の責任を持つのは、一つのあり方だろう。

 言い出しっぺの橋下知事には、全国学力調査で大阪の結果が低迷したことを受け、市町村の教育の責任をはっきりさせる狙いもあったようだ。

 だが学力向上ばかりが目的であっては困る。「国際化教育のため語学が堪能な先生を増やしたい」「地域の人材を社会人教員として活用したい」といった独自の施策を進める仕組みとして生かしたい。

 弊害の懸念もある。都市部には優秀な先生が集まっても、へき地の募集に応じる若者がいるだろうか。人事異動の範囲が狭まり、むしろ硬直化しないか。地域によって採用される人材の傾向が偏るのではないか。

 どこでもすぐに手を挙げられる話ではなさそうだ。大阪の実験を見守りつつ、工夫を考えるべきだろう。

 地域の権限と責任が重くなれば、だれがどうやって教育のことを決めるのかも、重要になる。

 橋下知事は、次の段階では市町村教委から市町村長へと権限を移す考えを持っているという。形骸(けいがい)化した教育委員会の現状には問題もあろう。だが、首長が教育のすべてを握るとなると、人事の偏りや過度な政治的介入が起きないか心配だ。

 地域の人々の意見を教育のあり方に反映する仕組みを、どう作るのか。その議論も進めたい。

英国総選挙―二大政党制、試練のとき

 日本の民主主義をより良くする切り札とされてきた政権交代可能な二大政党制。だが、お手本だった英国でそれが崩れようとしている。昨夏の総選挙で日本もやっと先輩国と並んだと感じた人々には困惑する話かもしれない。

 しかし、足元を見れば日本でも民主、自民両党への信頼が揺らぐ。国情の違いはともかく、二大政党制が試練を迎えた国の動向は日本の民主主義を考えるためにも見過ごせない。

 13年ぶりに政権が交代するかどうかが焦点の英総選挙は来月6日。ところが、世論調査によると、今回は与党労働党、野党保守党の二大政党のどちらも過半数を取れそうにない。人気が高いのは第3党の自由民主党だ。

 単純小選挙区制を基盤とする英国の二大政党制は戦後も、労働と保守両党の度重なる政権交代を通じて政治に強い活力を与えてきた。その英国で二大政党制の危機。なぜか。

 この仕組みは、政党の主張に「右」と「左」といったわかりやすい違いがあり、人々も自分の考えを重ねられる時代には有効だった。しかし、冷戦が終わり、グローバル経済のうねりに各国がのみ込まれると、多くの国で主要政党が中道化し違いが小さくなった。政策選択の幅が狭くなったからだ。

 英国では、ブレア労働党政権のイラク戦争参戦を保守党も支持したことに失望が広がり、議員経費の乱用問題も拍車をかけた。それが自由民主党の存在感を高めた。

 戦後の憲法の下でも半世紀あまり本格的な政権交代がなかった日本。自民党の長期支配を覆すてことして二大政党制が期待され、そのために選挙制度が変更されたのが約15年前だ。ようやく政権の交代が実現した。

 政権交代の時代の到来は大きな前進だ。鳩山政権や自民党の現状への不満は深いとはいえ、政権を持つ政党が信頼を失えばもうひとつの大政党が取って代わるというシステム自体は、いぜん多くの人が評価しているはずだ。

 ただ、英国の二大政党制を揺るがしている時代の挑戦から日本も逃れられない。民主党と自民党はそれぞれに民意を十分すくい上げているか。世界の変化に日本を寄り添わせることができているか。この課題に背を向け、選挙向けの利益誘導政治をすれば、賞味期限切れは意外に早いかもしれない。

 むしろ、政治的な打算に流されない確かな哲学や世界観、構想力を持つ政党が大政党と柔軟に連立する政権の方が機能する可能性もある。

 ただし、最近の「新党」騒動を見ても、そうした状況が日本で直ちに生まれるとは想定しにくい。そうした伝統も人材も日本には乏しいことは確かだ。だが、英国の総選挙が問いかける問題は、永田町にとっても決して軽くない。

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