「ここに、シンジとアスカ君が居るのか……」


そういって、アスカとシンジの店『海猫亭』の前にゲンドウは立っていた。
シンジがネルフから立ち去って１０年後。
特務機関ネルフは解散し、人工進化研究所と名前を変えて新スタートした。
それとともにゲンドウはトップの座から引退、人類補完計画に加担した負い目を感じたのか退職金を受け取らずに退職した。
新しい組織の全権は綾波レイの結婚した相手に全て託してある。
久しぶりに組織のトップとしての激務から解放されたゲンドウはシンジの事が気になっていた。
ミサトからの報告ではシンジはアスカと結婚し、ドイツで大衆食堂を開いていると言う。
ゲンドウはミサト、リツコらネルフの旧メンバーと共にシンジの元を訪れる事にした。
正直一人で行くのは怖かったからである。

「さあ司令、入りましょう」
「うむ」

ミサトにうながされてゲンドウは入り口のドアを開ける。
今日は天気が悪いせいか、客の入りは少なく、突然現れた団体の客は注目を浴びていた。

「いらっしゃいませ……ってミサトさん！」
「ミサト！？……懐かしいわ」

シンジとアスカは嬉しそうにミサトやリツコ、マヤやマコトなどに声をかけていく。

「そうだ、僕たち子供が出来たんですよ」
「おいで、アン」

４歳ぐらいの小さな女の子が奥から歩いて来る。
ゲンドウは自分の孫娘に感激して近づこうとした。

「知らないおじさんが居るから、あっちに行きましょうね」

アスカは自分の子供を抱えてゲンドウから引き離すと奥へ行ってしまった。
わずかに居る客もその光景を不思議そうに見ている。

「シンジ君、お父さんにごあいさつはしないの？」
「どこに父親が居るんですか？僕の父は自分が小さいころに居なくなったんです」

ミサトが声をかけても、シンジはゲンドウとは反対の方向を見回す仕草をしている。
シンジは強引にレイと結婚させようとしたゲンドウをまだ恨んでいるようだった。
アスカは更迭の辞令自体は仕方が無いと割り切っていたが、シンジから薬を使ってまでレイとの関係を強要した事を聞いて腹を立てた。

「シンジ、そろそろお父様をお許しになったらどうかしら？」
「アスカがそういうなら……」

アスカは笑顔になってゲンドウたちを席に案内した。

「アスカ君、ありがとう」
「アスカも大人の女性になったのね……」

ゲンドウはアスカに頭を下げ、ミサトはアスカの様子を見て感心している。
アスカは食堂に居る他のお客さんの方を向いて大きな声で宣言した。

「今日はおごりにするから、みんなドンドン食べてね！」

アスカの発言に応えて、食堂の客は歓声を上げた。

「よーし、じゃああたしもお言葉に甘えて！」

ミサトはこの機会を逃さないとばかりに店にある高いワインを注文した。
そして、ネルフの人々とその場に居合わせたお客さんの宴は閉店時間を少し越えるまで続き……。

「いやあ、あたしも前よりそんなに飲めなくなったわね」

とマコトに支えられたミサトが満足そうに店を出ていくのに続いて店を出ようとしたゲンドウはアスカに呼び止められた。

「お父様、ちょっとお待ちください」
「なんだね、アスカ君？」

ゲンドウが動きを止めると、シンジは食堂のドアを閉めて出口を塞ぐように立ちふさがった。

「お食事代は200万ユーロになります」
「200万だと……」

ゲンドウは驚いてサングラスを外して目を見開いた。

「アスカ、それは高すぎるよ。1万ユーロ以上食べたら割引になるはずだよ」
「あ、そうかじゃあ195万ユーロね」

アスカがレジを打ちなおす。

「私はもう司令の職を辞したのだぞ……そんなに払えるわけがない」

ゲンドウがネルフの司令時代に持っていた限度額無制限のクレジットカードはすでに失効している。

「お客さん、無銭飲食は困りますね。じゃあ警察に付きだしちゃおうか？」

出口に立ってそう言うシンジに対して、ゲンドウは激しく首を振る。

「こ、これは詐欺だ。おごりと言ったではないか！」
「アタシはお父様がおごるって言ったんですのよ。何か問題ある？シンジ」
「問題無い」

この言葉を敵に回すとひどいものだと感じるゲンドウだった。

「じゃあ皿洗いでもして食事代を払ってもらおうかしら。その風体じゃあホール担当は無理だろうしね」
「わ、私は元ネルフ総司令だぞ……」
「ついでに風呂やトイレも掃除してもらおうよ」
「そうね、シンジ」

その後連日ミサトたちは店を訪れ、ゲンドウが解放された時はサングラスは没収され、顎髭は剃られた惨めな姿になっていた。

「逃げられなかった……」



-「更迭のガールフレンド」-　true end.