第十八話 命の洗濯を/決戦、地球防衛バンド
<ネルフ エヴァ実験棟>
新しくエヴァ参号機のパイロットに選ばれたフォースチルドレン・洞木ヒカリは訓練のメニューを精力的にこなしていた。
「目標をセンターに入れて……スイッチ。目標をセンターに入れて……スイッチ」
午前中はエヴァのシミュレーターで戦闘訓練を行い……昼は体力作りのトレーニングと格闘訓練、そして夕方には学校を終えたレイと共にシンクロテストを行った後アスカと合流。
アスカ提案のエヴァ三機による連携技の特訓を重ねていた。アスカが言うには槍はリーチが長く投げることができる応用性に優れた武器だと言うことでエヴァ用の槍が採用された。
ヒカリは学校も休学し、朝早くからネルフに顔を出し夜遅くになって帰宅すると言う厳しい生活を送っていた。
シンジ以上に真面目な性格が彼女をそうさせているのだろう。アスカをはじめとする周囲の人々はヒカリがたくましくなった事を歓迎しつつも疲れた彼女の様子に困惑していた。
ミサトとリツコも心を痛めている人間のうちの二人だ。シンクロテストの様子を眺めながらため息をついた。
「シンクロ率はそんなに高くないけど、十分だと思うわ」
「あたしもヒカリちゃんにはそう言っているんだけど、彼女は気に入っていないようね」
エヴァのコアとなった彼女の姉である洞木コダマもパイロットであるヒカリもどちらもまだ新米なのだ。
そんなに高いシンクロ率を出せるわけも無い。支障なく動かせるだけで十分だった。
ヒカリは明らかにオーバーワークしていた。このままでは彼女は潰れてしまう。しかし、ミサトがいくら説得しても彼女は肩の力を抜こうとしない。
ミサトはアスカやレイ、シンジ、トウジ、ケンスケといった彼女の友だちの力を何と借りれないか考えていた。
一方シンジの方はアスカたちがエヴァの戦闘訓練をしているときは戦略自衛隊の士官と共に生身での格闘訓練を行っていた。
種目は剣道、柔道、空手などである。加持リョウジ自身はゼーレの調査で忙しかったためリョウジの旧知の知り合いである戦略自衛隊の士官が引き受けたのだ。
訓練のたまものであるのかシンジの肉体も少しずつたくましくなっていた。シンジ自身はアスカのパンチやキックを受け止めやすくなったぐらいしか実感していないようだが。
シンジは表面上は自分の格闘能力が上がったことで喜んでいたが、心の底では初号機のコアである自分の母親である碇ユイにどうしても心を開けない自分に悩んでいた。
このところ毎晩のように優しく抱きしめてくれた母親がすぐに自分を置いて研究員と一緒に研究所に行ってしまう夢を見ている。
「僕は母さんにとってどうでもいい子なんだ……」
シンジは毎朝のようにそう呟いて涙を目にためて目を覚ます。アスカやレイたちに弱気な姿を見せるわけにはいかないので涙を拭いて明るく部屋を出ていく。
しかし、実際のところアスカやレイは泣きながら寝ているシンジの姿を見知っていた。
そのようなシンジやアスカ、レイの暗い感情はゼーレの死海文書に記されていない『ゲスト』と呼ばれる使徒を生み出すことになる。
<第三新東京市 第壱中学校>
いつもと変わらない根府川先生のセカンドインパクトに関する授業が終わった放課後。
2-A教室には副担任教師のミサトと久しぶりに登校してきたヒカリ、そしてアスカたちの仲良しメンバーが居残っていた。
「さあ、みんな。今月末の文化祭の出し物は何にするか決まった?」
「あのミサト先生、私は訓練が忙しいので文化祭には参加できないと思うんですけど……」
おずおずと答えたヒカリの肩をポンポンと叩いてミサトは笑顔でヒカリに諭した。
「確かに使徒に勝つ事も大事よ。でもねえ人間は争いに勝つためにだけ生きているわけではないわ。命の洗濯をしないと心がすさんじゃうわよ」
「命の洗濯……ですか?」
「たまには訓練の事は忘れて、みんなと息抜きをすることも必要よ。アスカたちにも大事だと教えているの。このままじゃあヒカリちゃん訓練にのめり込んじゃうしね」
あの非常識な宗介君みたいになられたら困るしね、とミサトは心の中で付け加えた。
ヒカリが納得したところで、皆落ち着いたようだ。鈴原トウジが勢いよく手をあげる。
「はい、このメンバーでバンドを組みたいと思います!」
「おお!いいわねえ!みんなで『○藤隼特攻隊』を熱唱したりとか!」
ノリノリで答えたミサトに対して教室全体に冷ややかな空気が流れる。
「それは軍歌だわ……」
レイに突っ込まれると言葉のナイフの切れ味は普通の人より鋭い。
ミサトは劣勢を挽回するために次々と曲名をあげた。
「じゃあ、マジンガー○とか!」
「アニメは引かれると思うわ……」
「じゃあ、○のリクエスト!」
「今の中学生には古すぎると思うわ……」
「UF○!」
「だから古いと思うわ……」
ミサトとレイが寒い漫才をしている間にトウジたちは文化祭の出し物をバンドにすることで意見をまとめ、担当パートの話し合いに入っていた。
シンジがキーボードでトウジがドラム、ケンスケがギターと言うところまでは簡単に決まり、残る女子三人は初心者向けのベースかボーカルにしようと言うことになったのだが……。
「地味なベースなんて絶対に嫌!アタシにボーカルをやらせてよ!」
「お願い!私も歌ってみたいの!」
「ボーカル楽しそうだからやってみたい……」
アスカ、ヒカリ、レイの三者とも自分がボーカルをやりたいと言って譲らなかった。最初は遠まわしに相手の辞退をうながす感じだったのだが、だんだん熱が入って来た。
これはやばいと思ったシンジが三人の真ん中に割って入る。ミサトとトウジとケンスケはシンジの動きを見てあちゃあと痛そうな反応を取る。
シンジはアスカとヒカリとレイの三人ににらまれる形となってしまった。
「こうなったら、三人が歌って一番うまい人がボーカルってことにしようよ」
やっぱり……ダメなのか?シンジがそう思って怒られる覚悟を決めた時、三人は納得したように頷いた。
とりあえず取っ組み合いのケンカになるような事は避けられたようだ。パンパンとミサトが手を打ってこの場を仕切り直す。
「じゃあ一週間後、音楽室で三人の歌を聴き比べてバンドのボーカルを決めるわよ」
「なんでミサトさんが仕切るんですか?」
「そりゃあ……面白そうだからよ」
それから一週間。夕方からはネルフの訓練があるものの、ヒカリは他のチルドレンと同じように学校に通い、平穏な中学生活を送った。
ミサトとリツコ、そしてマヤをはじめとするネルフのスタッフも安心して胸をなでおろしていた。
マヤもヒカリと一緒に歌詞を考えたり、シゲルもケンスケにギターを教えるなどシンジたちのバンド活動を応援していた。
そしていよいよ運命の日がやって来た。シンジたちの『地球防衛バンド』(ミサトが勝手に命名)は放課後音楽室に集まった。
バンドに協力したマヤやシゲルも監修の名目で有給を取り見に来ていた。ヒカリはマヤの前なので張り切っていた。
一番手はレイだった。レイはシンジのピアノ伴奏で『Fly Me to the Moon』を歌いだした。
透き通るような歌声とバランスの良さに聴衆たちからため息がもれる。途中歌詞を間違えてしまったようだが反応は上々だった。
「ふーん。ファーストもなかなかやるじゃない。次はアタシの番よ!心して聞きなさい!」
自信満々なアスカの態度に聴衆から期待の拍手が上がったが、アスカが歌い始めるとその熱は一気に冷めてしまった。
「これはひどい」
「音痴……」
アスカはあまりのヤジに一回目のGehen Wir!を歌い終わったところで止めてしまった。シンジは歌詞カードを見て首をひねった。
「アスカ、一緒に考えた歌詞の途中で終わってるよ?」
「シンジ、アタシの歌はそんなにひどいの?」
「そ、そんな事無いよ……愛すべき下手さだと思うよ」
最低の誉め言葉だった。アスカは思いっきりシンジを引っぱたいてステージを降りた。
シンジは今ごろになってあわてて泣きそうで涙をこらえているアスカの手を握っていた。
「じゃ、じゃあ気を取り直してトリのヒカリちゃん行ってみようか!」
ミサトの声にあわててヒカリはステージへと向かった。シンジはアスカに付きっきりだったので代打としてシゲルがキーボードを引いた。
シゲルは渡された楽譜を見て驚いた。『奇跡の戦士エヴァンゲリオン』作詞:伊吹マヤ 作曲:相田ケンスケとなっている。
マヤはミサトと同じ聴衆の席に座って興奮気味に歓声をあげている。マヤちゃんに対する見方を改めないといけないなと思うシゲルだった。
「何これ……ネルフの内部情報ダダ漏れじゃない」
「凄い!凄い歌唱力や!」
「アイドル並みだよ」
ミサトとしては特務機関ネルフの情報満載の歌詞はマズイと思ったが、嬉しそうに興奮しているトウジたちを見て水を差すようなことはするまいと思った。
こうして、文化祭で発表する曲名は『奇跡の戦士エヴァンゲリオン』となり、ヒカリがボーカルに就任し、アスカが自称『リード』ベース、レイが第2のギターとなった。
<ネルフ 第一発令所>
ネルフの発令所は突然絶対防衛線の圏内に現れた使徒の反応に騒然としていた。冬月コウゾウと碇ゲンドウも予定外の使徒の出現に驚いていた。
「赤木君。これは一体どういうことかね」
「使徒はセンサーに感知されにくい地下に潜伏していたものと思われます」
シンジたちは第壱中学校に居たため、オペレータ席には日向マコトしかいないと言った有様だった。
直ちに非常事態宣言が発令されミサトたちにネルフ本部への緊急招集がかけられた。
そして戦略自衛隊の戦闘機による武力偵察が行われた。使徒はミサイル攻撃に対してATフィールドを張る様子も無く、胴体を球体に変化させて防いだ。
使徒のデータがネルフ技術部により分析し始められたところでミサトたちが発令所に到着した。
「私が不在の折、あなた一人で適切な対応、頼もしく思うわ」
「ありがとうございます、加持特佐。どうやら使徒には遠距離攻撃は通じないと思われます」
マコトの報告にミサトは満足したように頷く。すでに頭の中にいい作戦が浮かんでいるようだ。
「球体になった使徒の装甲を貫ける強力な接近攻撃しか手は無いと言うことね。……アスカ」
ミサトの言葉にアスカは堂々と胸を張って手を当てる。ミサトの言わんとしている事が分かったようだ。
「トライアングル・アタックを使うのね?わかったわ、特訓の成果を見せてあげる。行こう、ヒカリ、ファースト」
「うん」
「わかったわ」
「みんな、気をつけてね」
三人のパイロットは勇ましく発令所を出ていく。シンジの声がそれを見送った。使徒はゆっくりとした動きで、歩いてネルフ本部へと迫っている。
使徒の攻撃方法は鞭のように伸びた鼻と肩から発射されるビームのようなものだと戦略自衛隊の戦闘機の再度の攻撃で明らかになった。
初の実戦となるヒカリでもATフィールドで防いだり、動きを見切って交わせるものだと見てミサトはヒカリの出撃も許可した。
ヒカリが初めての実戦で緊張しすぎたり、混乱を起こしたりしないかそれだけが心配だった。
ゲスト使徒戦はあっさりと勝利に終わった。アスカがおとりとなり使徒を引きつけ、アスカが使徒の真正面、ヒカリとレイがアスカの両隣と言う位置取りになった。
「ヒカリ、ファースト、行くわよっ!」
アスカの号令と共に零号機、弐号機、参号機が一斉に槍を使徒に突き刺す。使徒は胴体を球体にしてアルマジロのように攻撃を防ごうとした。
しかし三本の槍が命中した収束点ではその装甲を貫くほどの破壊力が生じていた。それは使徒のコアを破壊するのに十分な強さだった。
使徒が消え去る時に強い発光現象が見られた。戦闘を見守っていたネルフのスタッフたちのほとんどはただのまぶしい光としてしか認識して居なかった。
ただ、ミサトとシンジの脳裏には不思議ととあるイメージが浮かんできた。ミサトには研究所員に脅かされて研究所に連れ戻される碇ユイ博士の姿。
シンジの脳裏には涙を浮かべて自分を抱く母親の姿。ただシンジにはまだその涙の理由がわからなかった。
しかし、忘れていた記憶のほんの一部だけ戻って来た事は確かだった。
「あたしは今までなんて大切なことを忘れていたの……シンジ君に伝えてあげなくちゃ。でも、傍観者だったあたしの言葉でどこまでわかってもらえるんだろう」
ミサトはシンジの横顔を見て思い悩んだ。伝えるべき事だが慎重に告白しなければならない。せめて何かきっかけがあれば……。
戻ったアスカ、レイ、ヒカリはこれで無事に文化祭の発表が出来ると大喜びだった。市街地への被害はそんなに多くは無かった。
リツコは参号機の装甲が少し損傷しているのが気になってアメリカ支部から参号機用の予備装甲を空輸してもらうことに決めた。
「参号機の装甲換装とダミープラグの起動実験、松代でやるわよ」
「わかったわ」
リツコの言葉にミサトは満足そうに頷いた。いつかチルドレンがエヴァのパイロットとして選ばれることが無くなる……そんな事を夢見て。
ゼーレの改革は予算編成の方は十分な成果を見せていた。ミサトは浮いた予算を戦災孤児などの福祉に回していた。
しかし、ダミープラグや人類補完計画など肝心の謎はリョウジの協力を持ってしても知ることはできなかった。
ミサトはしょせんゼーレの老人たちの手のひらの中で踊っているのにすぎないのだ。……今の時点では。
ヒカリがボーカルである『地球防衛バンド』は第壱中学校の文化祭を盛り上げるのに一役買った。
ミサトとマヤ、シゲルはもちろんのことネルフで働いているケンスケの父親やトウジの両親などもバンドの応援にかけつけた。
アスカとレイ、シンジも一緒に綿あめを食べたり他のクラス主催のお化け屋敷に入ったり……楽しんだようだ。
バナナ早食い大会に碇ゲンドウが出場して準優勝まで行った事はネルフの皆にとって驚いたが、微笑ましい出来事の一つとして語られることになる。
<松代市 ネルフ第2実験場 上空>
松代市の上空をネルフの実験場に向けて飛行するアメリカの輸送機の姿があった。輸送機はエヴァの装甲板をワイヤーでぶら下げている。
「エクタ64よりネオパン400、前方航路上に積乱雲を確認」
「ネオパン400確認!積乱雲の気圧状態問題無し。航路変更せず到着時刻を守れ!」
輸送機は航路を変えずに積乱雲の中を突っ切ってネルフの実験場へと向かった……。
数日後、ネルフの第2実験場ではリツコとミサトの指揮の下ダミープラグ起動実験が行われた。
最初はパイロットによる通常起動を行い異常が無いと確認した後にダミープラグによる起動実験に切り替えるという段取りだった。
アスカとレイとシンジはネルフ本部で通常訓練と言うスケジュールとなっていた。
ヒカリの乗る参号機はいつも通り起動したように思われた。しかし、起動直後に異変が生じた。
参号機の付け替えた装甲から白い粘液のようなものが垂れだして来たのだ。
「参号機の内部に新たな高エネルギー反応!」
「なんですって?」
参号機を中心に爆発が広がっていく。爆風を察知したミサトは皆を守るためにATフィールドを展開しなんとか爆風を抑え込んだ。
少しの間であったが、紫掛かった黒髪が銀髪に、黒い瞳が赤い瞳に変わったミサトの姿を目撃した実験場のスタッフはぼう然としていた。
「使徒を確認!ネルフ本部に連絡して!」
リツコの言葉に自分を取り戻したスタッフは慌ててネルフ本部へと連絡を入れた。
ネルフ本部に向かって駆けだしたエヴァ参号機はもう松代の実験場からは姿を確認できなかった。
ネルフ本部に居たアスカとレイは使徒出現の報告を受けて弐号機と零号機に乗り込んだ。
「ミサトが居なくて、使徒と上手く戦えるのかしら」
「戦闘の指揮は碇司令が直接取るそうだよ」
マコトの声に先ほどぐちったアスカだけでなくシンジも驚いて司令席の方を見上げた。
「父さんが……?」
「野辺山で映像を捕らえました。主モニターに回します」
オペレータのシゲルの声と共に移動中の参号機が映し出される。マヤは悲鳴をあげて顔を手で覆った。
マヤはバンド活動を通じてヒカリを実の妹のように感じていたからショックもひとしおである。
「やはりこれか……」
「活動停止信号を発信。エントリープラグを強制射出」
ゲンドウの命令により参号機に信号が送られるが、参号機のエントリープラグは煙をあげるだけだった。
蜘蛛の巣のように参号機に絡みついた使徒の体に阻まれてエントリープラグは射出されなかった。
「だめです!停止信号及び射出信号受け付けません!」
マコトがそう叫ぶと、マヤは大きく肩を震わせて涙を流し始めた。
シゲルはそんなマヤの姿を見て慰めたいと思ったが、今は大事な戦闘の最中。自分の仕事に集中するしかなかった。
「……パイロットは?」
「呼吸、心拍の反応がありますが、おそらく……」
マコトの報告にゲンドウは少しだけ手に力を込めた。その微妙な変化はコウゾウにしかわからないだろう。ゲンドウは意を決して大声で叫んだ。
「……エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄。目標を第13使徒と識別する」
驚いたオペレーターの三人はゲンドウの方を見上げる。最初に反応を示したのは叫び声を上げたマヤだった。
「しかし!」
「予定通り野辺山で戦線を展開。目標を撃破しろ」
マコトの反対も全く聞き入れない形でゲンドウはキッパリと命令を下した。
出撃したアスカはエントリープラグの中で沈んだ表情で使徒を待ち受けていた。
爆発に巻き込まれたミサトたちは無事だと聞いているがヒカリは怪我をしていないだろうか。その事が不安だった。
「目標接近!」
「全機、地上戦用意!」
通信を聞いたアスカは意識をエヴァのモニターに集中させた。
「まさか……これが使徒だっていうの!?」
「そうだ。目標だ」
「目標って……ヒカリが乗っているエヴァじゃないの!」
夕日を背に受けて黒いシルエットとなったエヴァ参号機がゆっくりと近づいて来る。
「そんな……使徒に乗っ取られるなんて」
レイも接近する参号機を見て悔しそうに下唇をかんだ。
「目標移動、零号機へ!」
「レイ、近接戦闘は避け目標を足止めしろ。今弐号機を回す」
「了解」
零号機は武器を槍からパレット・ライフルに持ち替えて崖の陰から出て来る参号機を待ち構えた。
ゆっくりと姿を現した参号機は零号機に背を向けて歩いている。零号機はライフルを構えて参号機を撃とうとした。
しかし、頭を出しているエントリープラグを見てレイはライフルの引き金を引くのをためらってしまう。
参号機は突然歩みを止めて信じられないほどのジャンプ力で空中に飛び上がった!
エントリープラグの中で驚くレイに対して参号機はバック宙をして零号機の背後に着地し、間髪いれずに零号機を抑えつけた。
首根っこを参号機の右手につかまれて身動きの取れなくなった零号機の頭上に位置する参号機。
参号機は右腕から白い粘液を垂らし零号機の左腕にドロドロと注いでいく。エントリープラグの中で苦痛に顔をゆがませるレイ。
「零号機、左腕に使徒侵入!神経節が侵されています」
「左腕部を切断、急げ!」
「しかし、神経接続を解除しないと……」
マコトはゲンドウの方を振り返り苦言を呈するが、ゲンドウの表情は変わらなかった。
「はい……」
マコトは苦しそうな表情で零号機の左腕部切断の操作を実行した。
エントリープラグの中のレイは左腕を押さえて激痛による叫び声を上げた。
零号機の左腕が抜け落ち、零号機の機体は前のめりに地面に倒れ込んだ。
エントリープラグの中のレイは左肩を押さえてうめくことしかできず、零号機を動かすことすらできなかった。
参号機は零号機が戦闘不能になったと判断すると、再びネルフ本部へ向かって歩き出した。
「零号機、中破。戦闘続行不能」
アスカは弐号機のエントリープラグの中で体を震わせながらシゲルの報告を聞いていた。
「そんな……」
「目標が接近中だ。あとフタマルで接触する。君が倒せ」
「でも……目標と言ったって……」
アスカは言葉を濁らせて夕日を背にこちらにゆっくりと歩いて来る参号機の姿を見つめていた。
「ヒカリが乗っているんじゃないの……」
アスカが呟く間に、さらに参号機は接近してくる。
「アタシの大事な親友が……」
弐号機はパレット・ガンを構えたままの形で正面から参号機を待ち受けていた。
参号機は一気に空中に飛び上がると弐号機に向かってダイビング・キックをかます。
弐号機はキックの衝撃に押され、後ろに倒れ込んだ。参号機は蛙のように手を地面について着地に成功する。
アスカが驚いて正面モニターを見ると、至近距離に鬼のような参号機の顔があった。
視線を顔から背中にずらすと、使徒にからまった参号機のエントリープラグが見えた。
「エントリープラグ……やっぱりヒカリが乗っているのね」
弐号機はゆっくりと立ち上がった。
参号機はしゃがんだまま腕をピッコ○大魔王(あるいはダルシ○や○フィ)のように長く伸ばし、弐号機の首をつかんだ。
そのまま両腕で弐号機の首を締め上げていく。エントリープラグの中に居るアスカも首を絞められるようなダメージを受けた。
「生命維持に支障発生!パイロットが危険です!」
「いかん、シンクロ率を60%にカットだ!」
「待て」
マコトの報告に慌てて指示を下すコウゾウをゲンドウが押し止めた。
「しかし、このままではパイロットが死ぬぞ!」
「セカンドチルドレン。なぜ戦わない」
「だ、だって、ヒカリが乗っているんだから……」
ゲンドウの質問に苦しみながらアスカは答える。
「君が死ぬぞ!」
「アタシは、大事な親友を殺したくなんかない!」
アスカがそう叫ぶとゲンドウは眉を歪ませて立ち上がった。
「構わん、パイロットと弐号機のシンクロを全面カット」
マコトとシゲルが驚いてゲンドウの方を見上げる。マヤは震えていた体をピタリと止めた。
「回路をダミープラグに切り替えろ」
「しかし、ダミーシステムにはまだ問題も多く、赤木博士の指示も無く……」
シゲルがそう言って命令を拒もうとするが、ゲンドウの眼光は鋭かった。
「早くしないと手遅れになる。やれ」
シゲルはゲンドウの迫力に押され、弐号機のダミープラグへの切り替え操作を行った。
周囲が突然暗くなり、アスカは弐号機のエントリープラグの中で倒れ込んだ。
「くっ……はあ、はあ」
エントリープラグの中が暗闇から赤い光に包まれた異変に気がついてアスカは顔を上げる。
座席の後ろの方からモーターの駆動音ののようなものが聞こえ、アスカは弐号機が再起動した事に気づく。
「何をしたんですか、司令!」
アスカの叫びにゲンドウは表情一つ変えず、何も答えなかった。
「受信信号確認!」
「管制システム切り替え完了」
「全神経ダミーシステムに直結完了」
「感情素子の38%が不鮮明、モニターできません」
「システム解放……攻撃開始」
弐号機の四つの目が赤く灯り……弐号機は再起動した。
弐号機は参号機の腕を軽く振り払い、逆に参号機の首を締め始めた。
発令所からざわめきの声が上がる。マヤはついにすすり泣きを始めてしまった。
「まだダミープラグは起動すると止められない問題が残っているのに……ごめんねヒカリちゃん……」
「システム正常!」
「さらにゲインが上がります」
首をきつく締められた参号機は両腕をだらりと下に垂らした。
そして弐号機は参号機を振り回し、地面に叩きつけて強く殴り始めた。吹き出す参号機の血液。飛び散る参号機の肉片。
ゲンドウはほんのかすかに口元を引き締めた。口を歪ませて笑うのとは正反対の筋肉の動きだ。
モニターで繰り広げられる弐号機による参号機の虐殺に発令所のメンバーは顔を凍りつかせながら見ていた。
唯一の例外、マヤは顔を覆って泣きじゃくっている。さらに参号機は腕をもぎ取られ、足をもぎ取られ悲惨な状態になって行く。
「やめてえ!」
「誰か止めてよ!ねえシンジ!司令に頼んで止めさせてよ!」
アスカがエントリープラグで叫ぶ声は発令所のモニターにも届いていた。
「止まれ!」
「止まれ!」
「止まれ!」
アスカがエントリープラグの中で止めようとしても、弐号機は動きを止めなかった。
そして弐号機は参号機のエントリープラグを右手でつかみ取る。アスカはそれに気がついた。
「やめてぇーーー!」
アスカが叫ぶと同時に弐号機は参号機のエントリープラグを握りつぶし、弐号機は動きを止めた。
「エ、エヴァ参号機……いえ目標は完全に沈黙しました」
シゲルの報告と共に発令所は落ち着いた空気に包まれた。シンジはゆっくりとゲンドウに近づいた。
「父さん……」
「何だ、シンジ。先ほどの命令に不満でもあるのか」
「ありがとう、アスカを助けてくれて」
ゲンドウはその言葉に驚いて目を見開いた。何も答えることのできないゲンドウにシンジは頭を下げて発令所を出てエヴァのケージへと向かっていった。
ゲンドウはコウゾウに顔を背けたまま席を立ちあがった。
「先生、後はお願いします」
そう言ってゲンドウは司令室へと姿を消した。コウゾウはそんなゲンドウを見送って、ポツリと呟いた。
「鬼の目にも涙、か」
<エヴァンゲリオン弐号機 エントリープラグ内>
作戦を終了してネルフに帰還したアスカは、エヴァから降りる事も出来ずに泣いていた。
「アスカ、ごめんなさい」
「ミサト、アタシはヒカリを……司令が……アタシは止めてっていったのに!」
「アスカ、ヒカリちゃんは少し怪我をしているけど……無事よ」
「本当!?」
アスカは弾かれたように喜びの表情になって顔を上げた。
「よかった……ヒカリが生きてた……よかった……」
アスカはうわ言のように繰り返していた。
しかし、モニターの向こうのミサトの表情はとても悲痛なものだった。
「もしかして、死ぬよりも辛い事なのかもしれないのよ……」
ミサトはアスカに聞こえないように小さな声で呟いた。
ミサトはヒカリから聞いた体験を元におおよその実態は推測がついた。
ヒカリはエントリープラグの中でモーターのような起動音を最初に聞いたと言う。
おそらく真っ先にダミープラグが使徒に乗っ取られ、エヴァを動かしたのだろう。
そして次に白い粘液のようなものが自分の体に絡みついて来て意識を失ったと言う。
参号機がバラバラにされるほどのダメージを負ったはずのヒカリが大した怪我も無く無事であるのは多分……
あたしと同じように使徒との融合が起きてしまっているから……
使徒の細胞はガン細胞と同じように徐々に体を侵して行く。
ミサトはヒカリに過去の自分と同じ決断を下させなければいけない事実に運命を呪わずにはいられなかった。
14歳だった頃の自分は少年兵。かたやヒカリは今まで普通に育ってきた中学二年生の女の子だ。
ミサトはエヴァのパイロットを除籍され、恩返しにとネルフの食堂でアルバイトをするヒカリに声を掛けた。
「あのさあ……15歳で子供を持ったあたしの事をどう思う?やっぱり軽蔑しちゃう?」
「でも……立派に子育てをなさっているんですから、私は先生の事を尊敬します。私にはとても無理だろうから……突然そんな事を聞いてどうしたんですか?」
「あ、いやちょっちね」
「もしかして、ミサト先生の悪口を言っている人がいるんですか!」
ミサトはこれはヒカリに対して告げることは難しいなと頭を悩ませるのだった。