ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第三十六話 さようなら、みんな
弐号機が彼方の空へ軌跡を残して飛び立ってしまった後も、アスカは使徒を追って弐号機が消えた方角の空をずっと見上げていた。
そして、いつしか日が沈み、幾多の星が空を支配する時刻になっても、アスカはずっと星を見つめ続けていた……。
これまで長い間、津波も何も起こらないという事は、レイ達は使徒を倒せたという事だと、アスカは確信していた。

「……シンジ……弐号機……レイ……なんで、帰って来ないの? ……アタシ、ずっと待っているのよ?」

一人で空を眺めているアスカにざわざわと人々の声が近づいて来る。

「……あ、赤木アスカよ!」
「え?」
「おっ、世紀の天才少女! 街を救った英雄様か!」
「ありがとーっ、アスカちゃん!」
「あんたのおかげで、オキナハシティは救われたんだ! 僕は絶対に忘れないよ!」
「ありがとう! お姉ちゃん!」
「赤木アスカ~! 万歳!」

街の人々から歓声と拍手が上がる。

「万歳!」
「えっ、ええっ!?」

アスカはただ驚くばかりだった。

「みんな喜んでる……」

アスカはポツリとそう呟いた後、また暗い表情になる。

「……シンジ……弐号機……レイ……みんな、喜んでいるよ」

アスカはその後街の至る所で声をかけられた。

「あ、アスカちゃんよ!」
「え?」
「神主さまから聞いたわ! あなたが使徒をやっつけたんだって――!」
「さすが赤木博士の一門! まさに万能の力だ!」
「今度オキナハシティ市は、完全復興宣言を行うそうです……これも全部お嬢さんのおかげです……」
「僕もおおきくなったら、ハカセになるんだ!」
「赤木アスカ! ばんざーい!」

市民達から拍手と歓声が巻き起こる。

「ばんざーい!」

市民とのテンションとは対照的に、アスカの表情はかげっていた。

「おーい、アスカー!」
「……あ、マナ」
「凄いじゃない、街中のヒーローね、アスカは」

マナは笑顔でアスカに話しかけて来た。

「…………はは」

アスカは困ったように愛想笑いを浮かべた。

「ね、いったいどうやって使徒を倒したの? ――ねえ、教えてよ」
「…………」
「すっごい爆発音とかしてたよね、シェルターの中に居ても部屋が大きく揺れてさ」
「…………」
「あはは……外に出てみると、使徒の死体が転がっていたの、もう大勝利って感じよね♪」
「…………」
「…………ん? どうしたの?」
「………………みんな、アタシを置いて居なくなっちゃったのよ!」
「え?」

アスカの悲痛な叫びに、マナは目を丸くして驚いた。
事情を聴いたマナは、アスカに謝る。

「私だけ勝手に盛り上がってごめんね。アスカの気持ちも考えないで……」
「ううん……マナは悪くないよ」

アスカはマナと一緒に研究所に戻ったが、誰もいない研究所を覗き込んだアスカは溜息をついた。
その姿を見たマナが、大声で宣言をする。

「決めた! 私、碇君が戻ってくるまでここに泊まる!」
「ええっ!?」
「今のアスカを一人にしておけないし、私は……アスカの寂しさを少しでも紛らわせてあげたいのよ……」

その日の夕食は、霧島商会の船乗りたちが集まってアスカのために芸を披露したり、面白い話で盛り上げてくれた。
アスカがベッドで眠る時も、マナはアスカが寂しがらないようにずっと側で抱きしめてあげていた。

「ありがとう……マナ」

アスカはマナの心遣いに感謝しつつ、眠りについた……。



その日の夜、アスカは今まで研究所で造った全ての品物を持って街の人々に無料で配り歩いていた――それはアスカのこの街での営業終了を告げるものだった。

「ふう、やっぱり立つ鳥跡を濁さずって言うし……あのまま研究所に発明品の山を置いたままじゃあゴミになっちゃうしね」

アスカはふと、中央広場の噴水の側で休憩をとる。

「……そういえば、1年前、街に来たばっかりのとき、この噴水をいじっていたわね……あはは……」

アスカはしばらく噴水の前で物思いにふけった後、噴水の点検を終えると、また製品の無料配布へと戻るのだった。

「…………今日はこのくらいで十分ね。…………研究所に戻ろう……シンジ……じゃなくてマナが心配するといけないし……」

やはりアスカは元気の無い様子で帰り道をとぼとぼと歩いていた……。

「……あれ?」

研究所の前に、アスカの見知らぬ男が立っていた。

「赤木アスカ博士ですね?」
「は、はい……あなたは?」
「ケーシチョウ特別調査員の者です」

男が名乗ると、アスカは身を固くした。

「なぜ、私が来たのか分かっていますね」
「……ハイメガ・粒子砲の事……」

アスカはそう呟いて視線を地面に落した。
男はコックリと頷いて話を続ける。

「調査の結果、あなたの違法破壊兵器の無断所持、及びその使用が確認されました。はっきり申し上げると、これは国家反逆罪の疑いをかけられても仕方の無い行動です……」
「……はい、覚悟はできていましたから……」
「……何かあなたからの申し開きは?」

男の質問にアスカは首を横に振る。

「ありません」
「……そうですか。ですが、そうするに至った事情もすでに確認済です。……使徒の襲来から街を守るため……私個人としてはあなたの行動は素晴らしいと感じています。……ですが罪は罪」
「はい」
「トーキョー都の要請により、オキナハシティ市は数日後にあなたに退去処分の命令を下すはず……。赤木アスカ博士、あなたが素早くトーキョーに戻り自分の立場を説明すれば、議会のあなたに対する印象も変わってきます。下手にオキナハシティに居つくとさらにあらぬ疑いをかけられるかもしれません」
「…………」
「あなた程度の年齢の者に対して、執行猶予以上の刑が科せられる事は無いと私は見ています。……いいですね?」
「わかりました……」

男はアスカの返事を聞くと、静かに立ち去って行った。

「……ふう」

研究所に入ったアスカは重い溜息をついた。
さきほどの男に言われて中で待っていたのだろう、マナがそんなアスカに優しく声をかける。

「……やっぱりさっきの男の人と何か大事な話があったんだ?」
「ごめん、その内容を話す事はできないのよ……」
「ううん、私も無理に聞かないよ。さ、ご飯食べよう?」

大人しく罪を認めたものの、これから待ち受ける事態の不安さに、アスカの心はとても重くなっていた……。

「こんな時、シンジに相談できたらな……」

シンジの事を思い出すと、アスカはますます気分が悪くなった……。
厄介事が自分の手に余る時、いつも助け、支えてくれたシンジ。
そして空っぽになった弐号機のケージを見て、アスカは胸を痛めるのだった。



今日がアスカのオキナハシティで過ごすの最後の夜……。
アスカはベッドの中で、今までの出来事を振り返った……。

「……とりあえず、アタシなりに精いっぱいの事は出来たと思う。……でも、さみしいわ。……離れ離れになるなんて、思ってもみなかった……」

ここ数日マナが居てくれたおかげでアスカはまた一人で眠れるようになったが、今日はまたさみしさがぶり返して、アスカは涙を流していた。

「……シンジ……弐号機……」

そして、その夜も更けた頃……。
外から窓を叩く音がアスカの耳に聞こえた……。
いつの間にか眠っていたアスカが目を開くと、信じられない人物の姿が飛び込んで来た。

「アスカ……」
「……あ……ああ! レイ!? 無事だったの!?」
「しっ……あまり大声を立てないで」
「あ……で、でも、どうして……」
「特に感動する話でもないわ。……私の体は、思ったよりも頑丈だったのよ」
「でも、凄い爆発が起きたんでしょう?」
「ええ、でも使徒もエネルギーを消費していたみたいで、そんなに威力は無いみたいだったわ……おかげで私は生き残ったの」

アスカはレイの後ろに、シンジや弐号機の姿を探して視線を泳がせた。

「……よかった、レイだけでも生きてて……」
「あせらないで」
「え?」
「私は、一足先に帰ってアスカにお別れを言いに来たの」
「え?」
「私はやっぱり兵器人形と言う存在。使徒との戦いが終わった今、アスカの側に居ると迷惑をかけてしまうと思うわ……」

レイの言葉に、アスカは納得できない、と言った表情になる。

「どうして? レイは普通の人間の女の子と変わらないじゃない!」
「ふふ……ありがとう。でも私の正体が知られたら、アスカは白い目で見られる事になる……例えば、日本国政府や戦略自衛隊などに」
「……あ」

先日、特別調査員に言われた言葉を思い出して、アスカは暗い顔になった。
そして、悲しそうな声で、レイに問いかける。

「……どうするの、これから?」
「旅に出るの、世界を巡る。……いつかまた、アスカに会いに来てもいい?」
「うん、待ってるわ」

そう言って、アスカは微笑んだ。
レイも微笑みをアスカに返す。

「優しい博士の卵さん。あなたのおかげで私の義務は果たされたわ」
「そんな……照れるじゃない」
「さよなら……」

レイは、そう告げると窓から夜の闇へと飛び去って行った……。



そして次の日の朝。
中央広場では、市長が市民達に向けて演説を行っている。

「オキナハシティの市民の皆さん! ――危機は去りました! そして見事に復興を果たした今、オキナハシティの未来は、前途洋々たるものです! 行政府は、この成功におごることなく、私、冬月コウゾウの指揮の下、さらなる街の発展のために励んで行くつもりです……」
「ちょっと、市長さん!」
「……ん? なんですか?」

手を上げた市民に市長が尋ねた。

「どうもさっきから気になってるんだが、この街一番の功労者の姿が見当たらないというのはどういう事かな?」
「そうよ――!」
「ええ、私もおかしいと思う」
「彼女の姿が無いんじゃ、この式典は意味が無い!」

市長は壇上で汗を拭きながら市民の発言に対して困惑気味に疑問を述べる。

「は、はて……私にはみなさんが誰の事を言っているのか、皆目見当がつきませんが……」
「とぼけるな、市長!」
「おいおい、正気か?」
「まさか、市長! あんた、町興しの実績を自分一人の手柄にするんじゃないだろうな!」

市民達から次々と怒声が上がり、会場は騒がしくなった。

「い、いえ、オキナハシティ復興は、市民の皆さんの協力があっての……」

市長の言葉を聞いた市民達から溜息がもれる。

「かーっ、ダメだこりゃ」
「でっかいハンマーを持って、この1年、街を駆けまわっていたお嬢さんですよ」
「そうよ!」

マナが起こった顔で市長をにらみつける。

「使徒から街を守ったのも、あの子だったわ――!」
「そうだ、街を救ったのはあの娘じゃないか!」

霧島商会の船員たちも大声を出して騒ぎ出した。

「……むむむ……」

市長は壇上で冷汗を流し始めた。

「市長……」

ミサトが姿を現し、市長に声をかけた。

「あ、これは葛城さん。どうか、あなたの口から、市民に静まるようにと言ってはくれませんか……?」
「面白い冗談ですね。今の私は、市民の方と同じ、あの少女が記念式典に呼ばれなかった事を抗議するグループのリーダーです」

ミサトはそう言うと、市長を厳しい目でにらみつけた。

「……な、何をバカな……」
「市長……あなたは何かを隠していますね……」
「い、いや……私は……」

ミサトの視線に負けた市長は、洗いざらいミサトに話した。



少し時間はさかのぼって。
この日はアスカがオキナハシティを去る日だった……。

「よし、荷作り完了……っと」

アスカはぐるりと研究所を見回した。

「……1年間、ありがとう……できればシンジと弐号機と一緒にこの日を迎えたかったな……」

シンジと弐号機は怪我や損傷を負っていたものの、戻ってきた。
しかし、大事をとって、トーキョーの病院に緊急入院させることにしたのだ。
弐号機もトーキョーの赤木ナオコの研究所でメンテナンスを受けている。
アスカが外に出ると、街では花火の音が鳴り響いていた。
今頃中央広場では、オキナハシティの復興と、使徒襲来の危機を乗り越えた事を祝っての記念式典が開かれているはずだった……。

「……みんな、さようなら……」

アスカは遠くから中央広場の方を向いて一言だけ別れの言葉を述べると、港への道を歩きはじめた。

トーキョー行きの船に乗り込もうとしていたアスカ。
しかし、彼女を必死に呼び止める声が静かな港に響く。

「………………おーい!」
「あっ」

マナの声が聞こえてアスカはゆっくりと振り返った。

「アスカーっ!」
「アスカ!」

マナとミサトの声に続いて市民達がアスカを呼ぶ声が聞こえる。

「おーーい!」
「待ってくれーー!」
「行かないでーー!」

そしてアスカの周りを、多くの市民が取り囲んだ。

「…………なんで、話してくれなかったのよ!」

マナは息を切らしながらそう言ってアスカをにらみつけた。

「…………アスカ、話は聞いたわ。……退去処分って?」
「オキナハシティ復興の立役者が追放だなんて、一体市長は何を考えてるの!?」

ミサトとマナは怒った様子でそう吐き捨てた。

「どうしたって言うのよ……何もかも、まだこれからじゃないの」

ミサトは暗い表情でアスカにそう語りかけた。

「仕方が無いんです」
「そんなこと言われても、納得がいかないわ」

ミサトの質問にアスカは理由を話す。

「……違法破壊兵器を使ってしまったから……」
「でも、オキナハシティを護るためだったのよ?」

マナはまだ納得がいかないといった様子。

「ダメ。……博士号を持つ者としては許されない事なのよ」

それを聞いた市民達から懇願の声が上がる。

「お嬢ちゃん、考え直してちょうだい!」
「あんたのおかげで、オキナハシティ復興のめどが立ったんだよ!」

マナもアスカの手を握って頼み込む。

「誰もアスカの事を責めていない。だから……そんな事を言うのは止めてよ!」
「ううん、そういうことじゃないの……アタシがすぐにトーキョーに戻って事情を説明しないと、オキナハシティも国家反逆に加担した都市として辛い立場に立たされるかもしれないの」
「ええ?」

ミサトは驚いて声を上げた。

「それだけ違法破壊兵器を所持して使用した事の罪は重いのよ。弐号機を改造した時、その覚悟は出来ていたから」

その言葉を聞いたミサトは息を飲んで呟く。

「なんて……ことなの……」

市民達も納得いかない様子でざわつきはじめる。

「なんで、アスカちゃん一人が損をしなければならないのよ!」
「そうだ! あんたの発明が無かったら、俺の店がどうなっていたことか……」
「あたしもよ! 断固抗議してやるんだから!」

いきり立つ市民達をアスカはゆっくりと宥める。

「み、みなさん、落ち着いてください! アタシは別に牢屋に入れられたりするんじゃないんです。……しばらくトーキョーから出る事は出来なくなると思いますけど、それだけの事ですから……。後、シンジの看病と弐号機の修理もしなくちゃいけないんです。……とくに弐号機を直せるのはトーキョーの研究所だけだから……」

アスカの言葉を聞いたマナはとても悲しそうな顔になる。

「……アスカ! ……お願い、行かないでよ! ……私……私……」
「……え?」

突然抱きついて泣きだしたマナにアスカは驚いた。

「私……アスカとずっと友達でいたい! ずっと……一緒に居られると思ったのに……」
「マナ……」
「アスカと一緒に居ると、楽しくて……毎日が眩しくて……」

マナがそう言っておえつすると、市民達も賛同の声を上げる。

「そうだよ、お嬢ちゃん。あんたにはまだまだやってもらうことがたくさんあるんだよ!」
「そうよ! ここで帰っちゃうなんて、ひどいわ!」

マナはさらにアスカに抱きつく力に力を込める。

「アスカが居なくなったら、寂しいのよ! もっといろいろしたいことがあるんだから……行かないで、行かないでよ!」

マナの言葉を聞いたアスカは、満面の笑みを浮かべる。

「……ありがとう、マナ。その一言で、今までの苦労が全部報われたって感じがするわ」
「……う……うううっ……」

ミサトが真剣な顔でアスカに尋ねる。

「どうしても……いくのね?」
「もう……決めたことだから」

そこへ困った表情を浮かべた船長のシゲルがやってくる。

「あのう……そろそろ出航の時間なんですが……」
「あっ……すいません」

アスカは甲板に立ってみんなに手を振る。

「……それじゃみんな、さようなら!」

ロープが解かれ、船が陸を離れて行く。

「アスカーっ!」
「オキナハシティの事、忘れないから! みんなの事、忘れないから!」
「お嬢ちゃん、これから俺達はどうすればいいんだ! これじゃあまた元のさえない街に逆戻りだー!」
「オキナハシティは大丈夫よ! 最後の仕事もしてきたから!」

アスカのその声をきっかけに、街の各地で放置されていた工場の機械が動き出した。

「まさか! 使徒襲来で廃墟になっていた工場プラントを全て復活させたというの!? ……はは、結局アスカの天才は私なんかの想像のつかない、遥か高みにあったわけね……」

ミサトはそう呟いてアスカの消えて行った方向を見つめた。
これでオキナハシティは工業都市として新たな発展を約束されるだろう。

「オキナハシティのみんなー! またきっと……きっと戻ってくるわー!」

アスカは最後に豆粒ほどになったオキナハシティの方を振り返って、そう大声を上げながら両手を振った……。
こうして、赤木アスカ博士の生涯最初の大仕事は幕を閉じた……。

『ナオコママへ。
アタシはオキナハシティでの仕事を終えて、これから家に帰ります。
……この1年間一生懸命仕事をしてきて、分かった事があります。
人は誰でも夢を持っているという事。
でも、その夢は無くし易くて、壊れやすいもの。
アタシ達博士は、そんな人の夢を直して、そして実現するお手伝いを仕事をして行く職業だと思います。
人が想像できることは、必ず人が実現できる。
アタシもいろいろな人の夢を叶えて行きたいです。
……未来は可能性に満ちています。
それはとても素晴らしい事なんですね』