第三十四話 決戦前夜!
「あれ?」
「どうしたの、シンジ?」
弐号機とレイが失踪してから丸一日。
アスカとシンジは仕事も手に着かず、眠れぬ夜を過ごした。
「通信機から反応があるんだ」
「え? なんか、猛スピードでここに近づいて来る!?」
シンジと一緒にレーダーを見たアスカは驚きの声を上げた。
そして、落下音と、大きな轟音が響き渡り、地面が激しく揺れた。
驚いたシンジが叫ぶ。
「こ、この研究所の前に墜落した?」
アスカとシンジが急いで外に出るとそこには、ボロボロになって痛そうに肩を押さえるレイと弐号機の姿が……。
「…………ウ……ウォン」
「くっ…………」
「あ、レイ……!? それに、弐号機も!?」
「ど、どうしたの?」
「うわ……二人とも凄い怪我じゃない! 何があったのよ!?」
レイは辛そうにゆっくりと顔を上げて、アスカに力の無い声で答える。
「ア、アスカ……」
そしてレイはがっくりと崩れ落ちた……。
「レイっ! ……シンジ、とにかく二人を中に。手当てをしないと……」
「――うん!」
アスカとシンジは、他の街の住民の目に着く前に、何とか二人を研究所の中に運び込んだ……。
「……どう、具合は?」
シンジは弐号機をいじっているアスカに声をかけた。
「胸部第3装甲まで見事に融解。でも機能中枢をやられなかったのは不幸中の幸いね。3時間後には換装作業終了よ」
「鋼製の拘束具をここまで壊すなんて、どうやったら出来るんだろう?」
「アタシにもわからないわよ……」
「……くそう、何が起きたんだ……」
「弐号機の全修理はトーキョーに戻ってからね……」
そう言って溜息をついたアスカは辛そうな顔で視線を横に向けた。
その視線の先には、意識を失ったレイが横たわっている。
「問題は……綾波だね……」
「一応……人間に近い人型兵器だから、メディカル・マシンに入れてみたんだけど……」
「……うん……意識が戻るまでこのままにしておいた方がよさそうだね」
「でも……本当に何があったのかしら……?」
アスカとシンジが困った様子で考え込んでいると、突然、アスカのペンダントが光を放った!
「……アスカ……碇君。聞こえる……?」
「うわっ、綾波の声が!?」
「レイ!?」
突然の事に驚くシンジとアスカ。
「今……私はアスカの持っているペンダントの中にあるコアを通して話をしているの……」
「……なんだって!?」
「ふふ……体がしばらく動かせそうにないから……驚かせてごめんなさい」
「ねえ、何があったの?」
「私はあなたたちが好きだし、こんな面倒な事になってしまったのを本当に申し訳ないと思っているわ……”敵”の接近で私は本来の目的を思い出したの」
「”敵”だって?」
シンジは驚きの声を上げた。
「それは使徒……1万年来の人類の宿敵……」
「使徒――!」
レイの言葉にシンジの表情がこわばった。
「街の一角に死骸があるでしょう……あれと同じくらい。そして不死身の自動人形……それが私の正体……オキナハシティの守護者だったの、私は……」
「守護者?」
アスカは考え込む表情を見せながら聞き返した。
「……鋭すぎる感覚器官、決して日焼けしない白い肌、そして攻撃をはねのけるATフィールド……。まるでアニメのヒーローね。すべては使徒からオキナハシティを守るために与えられた能力なの……」
「レイ、もしかしてその大怪我、使徒と言うのと戦って……?」
「……そうよ」
「使徒って……去年の12月にやっつけたやつよね……。あれが最後の一体じゃなかったの?」
「私もそう思っていた。だけど、彼らは生き残っていたの……天空の狭間に、海溝の陰影に……見事に騙されたわ……。使徒は……高純度のエヴァンゲリオンのコアの輝きに惹かれてやってきたの」
「あ、アタシのせい!? アタシが高純度のエヴァンゲリオンのコアを造ったから?」
「いえ……エヴァンゲリオンのコアは、単なる鍵にしか過ぎないの。結局、使徒たちの目的はインパクトを起こして人類を滅ぼす事だから。エヴァンゲリオンのコアが無くても、使徒の襲来を受けていたと思うわ」
アスカとレイの話を聞いていたシンジが口を挟む。
「つまり、こういうこと? 生き残りの使徒が、アスカの造ったエヴァンゲリオンのコアを目指してオキナハシティに向かって行った――綾波は、それを事前に察知して、迎撃したんだね?」
「……12年前と同じ。あの時は街にたくさん被害を出してしまったけど。でも、その時の損傷が元で、私は大怪我を負ってしまった……。私だけじゃ勝てないと思って……弐号機には、かわいそうな事をしたわ……」
「…………使徒はやっつけたの?」
アスカがレイにそう問いかけた。
「それは……わからないわ」
「何だって?」
レイの言葉にシンジが怪訝な顔をした。
「……表層部にダメージを与えられたとは思うけど……」
「とにかく、今はゆっくり休んで傷を治してね」
「うん……アスカ、包帯とメディカル・マシン、ありがとう……」
「とにかく、ゆっくり寝てね……」
「……眠るの……意識を落とすのはあまり好きじゃないの」
「え?」
「その間に大事な仲間が居なくなってしまう気がするから……」
「仲間?」
「私と同じ存在は私を入れて3人居たの……オキナハシティを護るために……そして、使徒は襲いかかって来たの。一人目の私……二人目の私……みんな……死んでしまったの。私が夜歩きをしていたのは……寝るのが怖かったから……」
「今は、アタシが側に居るわよ……レイはひとりぼっちじゃない!」
アスカは手に持っていたスマッシュホークを握りしめて叫んだ。
「アスカ……」
「だから、ゆっくり休んで……はやく怪我を治して……ね?」
「うん、ありがとう……」
レイはそう言って、スリープモードに入って行った……。
「凄い話だったね……。今までの綾波を知らなかったら作り話だと思うところだったよ」
「うん……」
「この話を信じなければ、綾波が、ここまで傷つく理由が分からなくなるし――」
「使徒、か……」
「――あれ?」
「な、なに? 今の大きな怪物のような鳴き声は?」
その日の夜、研究所に居たアスカとシンジの耳に、大地を揺るがすような慟哭が響き渡るのが聞こえた。
「……シ、シンジ……まさか?」
「…………外に出てみよう」
「う、うん」
アスカとシンジが外に出た後もその慟哭は何度も繰り返し響き渡った。
「……多分、街全体に響き渡っているわね……」
「……綾波は倒せなかったんだね」
厳しい顔をしてアスカとシンジは慟哭の聞こえた沖の方向を見つめた。
「うわああああ……! どうした!?」
「ま、まさか……!」
「この海の底から響いて来るような鳴き声……」
「ひぃぃぃぃ!」
「……し、使徒だっ!!」
「――ま、また使徒が来るんだっ!」
オキナハシティの住民達はパニックを起こしていた。
「……レイ! 起きてよ、レイ!」
アスカがメディカル・マシーンを叩いても反応が無かったが、レイはペンダントのコアを通して返事をする。
「……ええ、聞こえているわ。相手は深手を負っている……まだ動けないわ……オキナハに近い、海に潜んで……自己修復中……あれは、傷の痛みに堪えかねて悲鳴を上げているのだと思うわ」
「また来るの? オキナワシティに?」
「それが使徒の本能だから……」
レイの言葉を聞いたアスカは、たちまち暗い表情になる。
「……どうしよう」
「……アスカ、私は使徒が動き出す前までに傷を回復させるために意識を落とすわ。たぶん、後一週間は使徒は動けないでしょう。……アスカは逃げて」
「――ええっ!?」
「最後の戦いよ……きっとオキナハシティの街は助からない」
「そ、そんな……」
「勝てないまでも、使徒に一矢報いて見せるわ」
「アスカ……あなたはトーキョーに帰って、新しいエヴァンゲリオンをオキナハシティに連れてくるのよ……傷ついた使徒なら、エヴァンゲリオンが30体もいれば、充分にとどめをさせると思うわ」
レイの言葉にアスカは激しく首を振る。
「い、イヤよ、そんなの……!」
「いい、アスカ……遠くに逃げるのよ……」
「レイ!?」
そういうとレイは完全に意識を閉じた。
次なる戦いに備えて傷をいやしているのだろう……。
「もう大変な事になっちゃったね……。助けを求めると言っても、まともに戦えそうなのは戦略自衛隊かカメアリ軍だけ……」
「ね――今からトーキョーに連絡して、エヴァンゲリオン量産機を呼べないかしら? きっとそれなら、使徒相手にだって……!」
「多分、オキナハシティ行政府も今頃トーキョーに、それを要求しているんじゃないのかな?」
「だったら、なんとかなるかも――」
アスカはホッとした様子で溜息をついたが、シンジは否定する。
「よく考えてよ。量産機にはS2機関が搭載されていないんだよ? アンビリカルケーブルを引っ張ってくるだけでも1ヶ月はかかる」
「船を使えば? それだったら3日ぐらいで準備が整うと思うけど」
「戦略自衛隊が頑張ってもいきなりアンビリカルケーブルと電源を内蔵した船を用意するのは無理だよ。準備だけで1週間は掛かっちゃうんじゃないかな……」
シンジの言葉を聞いてアスカは表情を暗くする。
「そんな……じゃあ……」
「うん、万事休すだね」
「……うーん」
突然うなりながら考え出したアスカを見て、シンジが驚いた声を出す。
「まさか、無茶なことしないでよ!」
「え?」
「前みたいにロング・ドグラノフを使ってどうとかいうレベルじゃないのは明らかだよ。綾波をあそこまで傷つけた危険な相手だって事、忘れないでよ!」
シンジに怒鳴られたアスカはシュンとしおれる。
「…………」
この晩、夜が明けるまで不気味なうなり声は、オキナハシティ中に響き続けた……。
「あ……ミサト」
葛城神社の前に広がる中央広場には、ミサトに助けを求める市民の姿であふれている。
「――神主さま、また使徒が街にやってきます!」
「……ええ、そのようですね」
市民の言葉にミサトが頷くと、別の市民が苛立ったように声を上げる。
「なんで俺達ばかりがこんな目にあうんだよ? どうしてっ!?」
「神主さま……私、死にたくない。でもオキナハシティにもう船も飛行機もないなんて……ううっ。ねえ神主さま、神様なんてこの世に居ないんでしょう? ねえっ!?」
「神は居る、居ないの問題じゃありません。自分で行動することが大切なのですよ、みなさん!」
毅然としたミサトの様子に、すがっていた市民の女性は恥ずかしそうな顔でミサトから離れる。
「…………ごめんなさい、取り乱したりして」
「……とにかく落ち着いて……オキナハシティ行政府は、使徒迎撃の軍隊を至急差し向けてくれるよう、トーキョーに連絡を入れてくれたようです」
ミサトの言葉に市民から歓声が上がる。
「そ、それは本当ですか?」
「ええ、使徒はきっと退治されます」
市民の質問に、ミサトはしっかりと頷く。
「神主さま……私はオキナハシティを見捨てる事はできません……使徒が来ても残る気です」
「……俺もです……大切な故郷ですから……」
ミサトは市民たちを見回して、キリリとした表情で告げる。
「とにかく、軽はずみな言動は慎む。流言に惑わされない。きっと市長さんたちが上手くやってくださいます。――大丈夫です!」
……街の人たちはミサトになだめられ、ひとまず解散した……。
「……ふう」
「……ミサト」
アスカは一人になって溜息を吐いたミサトに声をかけた。
「あ、アスカ?」
「大変ね……」
「あ……見てたんだ」
ミサトはそう言って苦笑した。
「街の人……みんな怯えきってる」
「まあ、ね……。でもあの人たちをみんな臆病だとは思わないでね……」
「そんなこと……怯えて当然よ」
「オキナハシティの人間は、使徒の恐ろしさを骨身に味わっているから……」
ミサトの言葉を聞いたアスカは思考を巡らす。
「……何とか出来ないかしら……なにかやっつける方法……」
「アスカ、あなたはオキナハシティの人間じゃないんだし……私達に気を遣って無茶をしようなんて思わないでね」
「……え?」
ミサトの言葉にアスカは驚いて顔を上げた。
「いくらアスカの力でも、この事態が実際どうこうできるとは思っていないから」
「ミサト……」
「アスカ――もしもの時は、ちゃんと逃げるのよ。いいわね?」
「ミサトは……?」
「私は……アハハ。その時になったら考えようかな♪」
アスカは辛そうな目でミサトの事を黙って見つめた。
「じゃまたね、アスカ。今言った事、忘れないで――こんな所で犬死なんてだめよ――」
ミサトはそう言って葛城神社に入って行った。
アスカが次に港へと足を伸ばすと、使徒のうなり声が響き渡るのを感じた。
「うわぁ……海ではうなり声が大きく聞こえるわね……」
「……ぅぅぅぅぅ」
「あ――マナ?」
マナが、両耳をふさいで港の真ん中にうずくまっている……。
「……い、いやああ……!」
「ど、どうしたのよ!?」
アスカが不安そうに見つめる前でマナは首を激しく振っている。
「……いやだ……いやだよ……使徒は……もう……イヤっ!」
「いつも強気なマナが、こんなになるなんて……」
アスカはそんなマナの姿を見て暗い顔でポツリと呟いた。
「……ぅぅぅぅ」
「……マナ……大丈夫よ。使徒はアタシが何とかするから……」
アスカは子供をあやすかのようにマナを優しく抱きしめた。
そしてその後しばらくしてやってきた霧島商会の船乗りにマナを預けて、アスカは港を立ち去った……。
「あ……また声が聞こえるわね……」
「何となく慣れて来たけどね」
朝の研究所にBGMのように響いて来る使徒のうなり声。
「……そんな、慣れるなんて言わないでよ」
アスカは顔をしかめてシンジをにらんだ。
「……ねえ、レイはまだ目を覚まさない?」
「うん……」
「……やっぱり使徒は……来るのかしら」
うなだれた様子でアスカはそう言った。
「わからないけど……でも来ないって確証は無いね」
「弐号機も完全に修理できなかったし……どうなっちゃうの……」
「オキナハシティ行政府は、正式にトーキョーの戦略自衛隊本部に救援措置を頼んだみたいだけど……間に合わないだろうね……たぶん」
「……シェルターなんかで街の人……大丈夫かしら……?」
「なかなか難しい問題だね……最後には街を見捨てて脱出しなくちゃいけないんだろうけど……それは僕達も同じだけどね」
「オキナハシティの人達はみんながんばってきたのに、こんなのって……悲しすぎるわ……なんとかこの街を護ってあげたい……」
アスカとシンジは辛そうに深い溜息をついた。
その日の夜。
研究所のドアを、コツコツと規則正しく叩くノックの音。
「ん? 誰だろう、こんな夜中に?」
シンジが玄関のドアを開けると、そこには人の姿が見えず、紙切れが一枚だけ。
「どうしたの?」
「リツコさんからだ。今、港に来ているって――」
アスカにシンジはそう答えた。
「珍しいものをいっぱい仕入れたから、興味があったらすぐに来なさいって書いてある」
「こんな時間に? きっとまたなにかヤバイ代物ね」
「……そうだ、リツコさんなら何かいい知恵を貸してくれるかもしれないよ」
「そうね、弐号機も修理できるかもしれないわ!」
アスカはシンジの言葉を聞いて満面の笑みを浮かべた。
「もしかして、弐号機一体で使徒と戦わせるつもり?」
「オキナハシティの街を守るためには弐号機の力が必要なのよ……!」
「で、でも……うーん」
「ちょっと港に行ってくる! 留守番お願い!」
「ちょっと待って……これを持って行きなよ」
シンジは財布をひょいと投げてアスカに渡した。
――中には千円札がぎっしり詰まっていた!
「ど、どうしたのシンジ、このお金……千円札だけで10万近くもあるじゃない」
「もしもの時のために家計をやりくりして貯めたんだ――今がその時だと思う」
「ありがとう、シンジ!」
アスカは笑顔でシンジにお礼を述べた。
「はは、プレゼントは待ってくれると嬉しいな――。じゃあ、急いだ方がいいよ」
「うん、じゃあ行ってくるわ!」
港に着いたアスカは、リツコの姿を探していた。
「前はこの辺に居たのよね……」
「アスカ、ここよっ!」
「あ……リツコ姉!」
「ふふ、元気そうじゃない」
「そうかな?」
「ふふふふ……」
そう言ってリツコはアスカに微笑みかけた。
「でも、よく来れたわね? 今、使徒が来てるっていうから、大騒ぎしてるのに」
「そうらしいわね。無理してやって来たのに、これじゃあ商売にならないわ」
「でも、ちょうど来てくれて助かったわ」
アスカはそう言って、満面の笑みを浮かべた。
「リツコ姉、エヴァンゲリオン用の装甲、積んできていない?」
「ふふ、いきなり凄いものをオーダーするわね……」
「ちょっと色々あってさ……弐号機を修理しないといけないのよ」
アスカはレイの事を除いて今までの経緯と事情を手短にリツコに話した。
「……使徒の生き残りと戦うですって?」
「だから、弐号機を修理しなくちゃいけないのよ、大急ぎで」
「なるほどね……でも、いくら母さんが造った弐号機でも、今のままじゃ使徒相手にはきついと思うわ」
リツコの指摘にアスカは顔を暗くする。
「うん……でも」
「ふふ……そんな不景気な顔するんじゃないの、アスカ」
「エヴァンゲリオンの装甲、ある?」
「あるわ。私を誰だと思っているの? でも、実はそんなものより、もっといいものがあるのよ――」
「え?」
「トーキョーを出る前にオキナハシティに使徒が近づいているって話を聞いてね、こんなこともあろうかと積んで来たのよ」
「…………?」
リツコのもったいぶった言い方にアスカは首をかしげた。
「今の話を聞いた限りだと、オキナハシティの市民は使徒に怯えるばかり――使徒を迎え討とうという気力もなさそうだし、アスカがやるって言うなら、これはあなたに買ってもらうわ」
「何を持ってきたの?」
「荷物を降ろして!」
「はっ!」
港に接艦しているリツコの船から、厳重に梱包されたコンテナが二つ降ろされた。
「はっきりいうとヤバイ品だけど――まだ世界にも存在が知られていない最新型よ――!」
リツコがそう言ってコンテナを開けると、黒光りする極太の砲身2門が現れた!
「《240mmハイメガ・粒子砲》っ! エヴァンゲリオン搭載用、アーマード・オプション――よっ!」
「ええっ!? い、いつの間にこんなのを――?」
「ふふ、ちょっと、暇つぶしにね」
しかし、アスカは突然暗い顔で視線を地面に落す。
「でも……最新兵器って……高いわよね……」
「そうね。捨て値で売っても一千万は下らないわね」
「……い、一千万!?」
「本来は、エヴァンゲリオン量産機に乗せる装備だけど……弐号機でも十分扱えると思うわ。――規格は同じだしね……で、どうするの?」
「うん……レイ一人に戦わせるわけにはいかないし……買うわ!」
「ふふ、商談成立ね」
アスカは冷汗を流しながらリツコにシンジから預かった財布を渡す。
「……一千万はすぐに払えないけど、今持っているお金を全部渡すから、残りは後払いで……」
「私は後払いは認めないわ。一括じゃないとね」
「お願い、リツコ姉……」
アスカは泣きそうな顔で必死にリツコを拝んだ。
「そんな顔したってダメよ、ほら、耳を揃えてさっさと払いなさい」
「……ぅぅぅぅ」
ついにアスカは泣きだしてしまった。
「…………さあ、早く1円!」
「――え?」
涙を手でぬぐうアスカの動きが止まった。
「ふふ、今日限りの出血大サービスよ。――九割九分九厘九毛九糸九忽九微九繊九沙九塵九埃九渺九漠引きね!」
「へ?」
「ついでに、これもまた最新鋭の特殊追加装甲もおまけにつけるわ」
「そ、そんなの、いいの?」
「ふふ、かわいい妹のためじゃないの」
リツコはそう言ってアスカにウィンクをした。
「……これはみんなには内緒よ」
「リツコ姉……大好きっ!」
そう言ってアスカは泣き笑いの表情でリツコに抱きついた。
「ふ、普段は生意気なのに、今日は反則的にかわいいわね」
リツコもアスカの大げさな反応に少し顔を赤くしていた。
「――ありがとう、リツコ姉。大切に使わせてもらうわ」
研究所に戻ってきたアスカの荷物を見て、シンジは目を丸くして驚いた。
「《240mmハイメガ・粒子砲》……」
「うん、そうよっ!」
「リツコさん、とんでもないものを持たせたね……」
そう言ってシンジは冷汗を垂らした。
「これで弐号機も直してあげられるし、オキナハシティの街も救えるかもしれないし」
「でもアスカ、これは所持すら禁止されている武器だよ。もし、こんなのを使用したなんて事が知れたら、アスカの経歴に傷がつく……分かってる?」
「……そんな事はいいのよ、シンジ。今一番大事なのは、オキナハシティを護る事なんだから」
「やっぱり、アスカは退かないか」
「……使徒がATフィールドを持っているなら、それを突き破るだけの力を造り出す……弐号機、今パワーアップさせてあげるからね!」
それからアスカとシンジは急いで弐号機の修理・改造に取り掛かるのだった……。
「よしっ……完成! ……弐号機重装備型! ――名付けて、《アーマード・弐号機》よーっ!」
アスカは笑顔になってそう宣言した。
「ふふふ……32口径240mmハイメガ・粒子砲二門を両肩にマウント! 防御装甲もSSTOのお下がりだから、これならATフィールド無しでも、使徒の攻撃にも17秒は耐えられるわ」
「なんか、バランスは悪そうな気がするけど……」
「弐号機のパワーで、使徒なんてすぐにのしちゃうんだから!」
「オキナハシティの名物がまた増えそうだね……ところで、この額に付けた角は何?」
「――どう、かっこいいでしょう? 初号機にも角がついていたから、とりあえずつけてみたの♪」
「弐号機の四つの目に角は似合わないと思うんだけど……」
シンジはアスカの審美眼はまだ成長していないと溜息をついた。
「弐号機も自分の姿を見たら泣くと思うよ」
「そんなこと無い、かっこいい事は正義なのよ!」
「……やれやれ……でも覚悟しておいてよ、アスカ」
「え?」
「アスカは、仕方無い事だと言っても、法律を破ってエヴァンゲリオンを改造してしまったんだから……」
「うん……でも細かい事を考えるのは後にするわ。今は使徒退治に集中しないとね」
アスカは気合を入れてペンダントを握りしめて呼びかける。
「弐号機、起きなさーいっ!」
「…………」
しかし、弐号機は黙り込んだままだった。
「起動シグナルは送っているのに……? 起きない? ……そんな、どうして?」
そう言ってアスカは考え込んだ。
「あれ?」
「弐号機、起きてよっ!」
「もしかしてアスカ、改造の時にS2機関を完全に落としたの?」
「うん、そうしないと武器を取りつけられなかったし……あ」
アスカも自分のミスに気がついたようだ。
「もしかして、コアが過冷却を起こして――?」
「確か以前、ナオコさんが弐号機の修理をした時もS2機関を落としたって言ったけど――」
「……ど、どうなったの、その後?」
「一ヶ月位かかったって聞いたよ。再起動に」
「――えっ? い、一ヶ月?」
「う、うん……」
「……な、なんで、それを早く言ってくれなかったのよ、バカシンジ!」
アスカは怒った顔つきでシンジをにらみつけた。
「ご、ごめん……すっかり忘れてたよ」
「もう……シンジ! 使徒が来ちゃうわよ!」
「本当にごめん……」
「……ぅぅぅ……どうしよう……」
そう言ってアスカは泣きそうな顔になった。
シンジとしても自分が怒られるよりアスカに泣かれる方が辛かった。
「…………問題無いわ、二人とも…………」
「……え?」
「使徒は……私が倒すもの」
「ああっ……レイ!?」
「…………傷は治ったわ」
部屋の隅から歩いてきたレイの姿にアスカはほっと息を吐き出す。
「よかった……元気になったのね」
「でもアスカ……どうして、ここに居るの? ここから逃げるように言ったはずよ」
レイの質問にアスカは笑顔で答える。
「ふふ、オキナハシティとレイを放ってなんか行けないわよ♪」
厳しい顔をしたレイはシンジをにらみつける。
「……碇君、あなたがついていたのに……」
「僕がアスカの気持ちをねじ曲げる事が出来ると思っていたら、それは見込み違いだよ」
「……仕方が無いわね……でも、なんとなく、こんなことになるとは思っていたけど……」
レイはそう言って心なしか嬉しそうに微笑んで溜息をついた。
「アタシも手を貸すわよ――。一緒に使徒をやっつけましょう!」
「……でも、そうなると……弐号機が動かないのは辛いね」
シンジは弐号機の方を見てポツリと呟いた。
「寝ている間に、使徒の攻撃パターンは全て解析したわ……」
「え?」
「使徒一体なら、弐号機の力を借りなくても勝てる……大丈夫よ」
「さっすが、レイね!」
アスカはとても嬉しそうな笑顔になった。
「これも弐号機のおかげよ。弐号機が居なかったら、最初の戦いでやられていたと思うから」
「……そうねえ……」
「おそらく戦いは……私の計算だと3日後の早朝になると思うわ」
「……3日後……」
アスカはそう呟くと、気を引き締めた。
「それまで出来る事はもう無いわ。ゆっくり休んで英気を養いましょう」
「うん……」
アスカはレイの言葉に頷いた。
それから2日間、アスカ達はいつものように研究をして過ごしていた……。
そして、いよいよ決戦を明日に控えた夜……。
「いよいよ明日ね……」
「ええ、そうね……」
「アタシも、ロング・ドグラノフで援護するわ!」
「今の私には接近戦の装備しか無いから、助かるわ」
お互い気合を入れて話すアスカとレイに、シンジも話しかける。
「いざとなったら、僕がアスカを抱えて逃げるよ」
「腕が鳴るわ……! よーし、明日は頑張るわよ!」
それからアスカ達は興奮冷めやらぬ夜を過ごすのだった……。