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第三十三話 アスカを護る者たち
「おはよ、シンジ」
「おはよう、アスカ」

いつものように研究所で朝のあいさつをかわす二人。

「さあ、今日も一日、頑張りましょ!」

元気なアスカの声を背に、いつものように新聞を取りに行ったシンジは新聞の見出しを見て叫び声を上げる。

「ええっ!?」
「どうしたの、シンジ?」
「……知事が、トーキョーに引き揚げるって……」
「――そうなの?」
「半年以上にわたる視察の結果、オキナハシティにおける独断専行が目立って、都議会が紛糾してるって書いてある」
「……過ぎたる野心が身を滅ぼすとはこの事ね」

シンジの話を聞いたレイがそっと呟いた。

「うん……もともとお金で権力を誇示しようなんて無理だったんだ……父さんにはいい薬だよ」
「これからは地方分権の時代よね♪」
「……中央集権にもそれなりにいい所はあるけどね……相手の気持ちを考えない強引なのは良くないよ」
「じゃ、早くご飯にしましょう♪」

……こうして、半年間の査察を直々に行ったトーキョー知事碇ゲンドウは、オキナハシティの街から去った。
その目的に多くの謎を残しつつ……。



「ふぁぁーっ、ちょっと眠いわね」
「もうずいぶん遅いよ。今夜は、寝たらどうかな?」

夜の研究所で欠伸をしていたアスカに、シンジがそう声をかけた。

「うん……そうしようかな……でも、もう2月、なのね……いよいよ、契約したオキナハシティ復興計画、最後の月か」
「今度、市長さんがオキナハシティの完全復興宣言を出すみたいだよ」
「え? そうなの?」
「人口もぐっと増えたし、オキナハシティに《海の宝石》と呼ばれたかつての威光を取り戻させるまで、あと一歩だね」
「うん、街の人たちも元気いっぱいだものね」

アスカは元気いっぱいの笑顔でそう答えた。

「――アスカはきっと成功するよ」
「オキナハシティの街は、もう大丈夫よね。……ふぅ、出来ればプライベートの研究の方もうまくいくといいんだけど……」
「エヴァンゲリオンのコア?」
「うん。完全に行き詰っているのよね」

そう言ってアスカは考え込んだ。

「難しいものだからね。僕に言わせてもらえば、町興しの片手間にここまで研究が進んだのは、奇跡だと思うんだけど……」
「うーん……」
「まあ、気が済むまで考えてみなよ。――僕はちょっと表を見て回ってくる」

シンジが出て行ったあとも、アスカは考え込んでいる。

「うーん……やっぱり続きは、トーキョーに戻ってからかしら……」

そう言ってアスカは屋根に登ってレイと一緒に星を眺める事にした。

「あ、流れ星……どうか研究のアイディアが思い浮かびますように……なんてね」
「アスカ、願いがかなうといいわね」
「………………来たっ!!」

突然そう叫んで屋根を降りて行ったアスカを、レイはちょっと驚いた様子で見送った。

「ど、どうしたの……大きな物音がしたけど、アスカ?」
「シンジ、浮かんできたの! ……おおいなる知識が!」
「な、なんだって?」

アスカの思いっきり階段を駆け降りる音に驚いて帰ってきたシンジはアスカの言葉に目を丸くした。
脳内に浮かんだイメージを繋ぎ止めるため、アスカは机に飛びつく。

「アスカ、どうしたの?」

レイも様子が気になったのか、部屋に戻って来ていた。

「ご降臨だよ――」
「え?」
「発明の神様のね。ついにエヴァンゲリオンのコアの完全精製のアイディアを思いついたみたい」

驚くレイに、シンジが少し嬉しそうに説明した。

「……そう、やっとたどり着いたのね」
「こうなったら、書き終わるまでテコでも動かないよ。――さて」
「……どこに行くの?」
「コーヒーを入れてくるよ」

アスカの一心不乱にペンを走らせる音……蒼い月明かり、それだけが部屋を満たしていた……。

『親愛なるナオコママへ。不思議な事があるものですね。ずっと同じ事を考えているのに、飽きる事がありません。……それどころかもっともっと考えたくなります。徹夜が続いて吐き気がこみ上げて来ても、ちっとも止める気にならないのです……。もう何百回も、何千回も、何万回も考えたのに、もっとそう考えたい気持ちが強くなって行く……。目指すものは……もうすぐそこです……』

アスカは後に母親に出した手紙にそう書いた……。

「よし、上手くまとまったわ!」

机に向かっていたアスカはそう言って腕を天に向かって突き上げた。

「やったね、アスカ! さっそく研究開始だ!」
「……うーん」

シンジの言葉にアスカは考え込みながらうなりごえをあげた。

「どうしたの、アスカ?」
「ダメよ……これじゃあ超純度のコアが作れないわ……」

アスカはそう言って落ち込んだ顔をした。

「――え?」
「キョウコママのエヴァンゲリオンのコア精製法……アタシなりにアレンジを重ねて来たけど……精製の最終工程にかかわるところで、どうしても今の科学じゃ説明できないところがでてくるのよ……」
「…………そうなんだ」
「暗号で書かれたキョウコママの研究書が全部解読できれば、もっと具体的なイメージが固まるんだろうけど……あーあ、ガッカリ……」
「そう気を落とさないでよ。そのうちまた、突然ひらめくよ」
「うん……でもキョウコママの暗号はナオコママでも解けていないし、何年かかるかしら……」

憂鬱そうに溜息をつくアスカを、レイはじっと見つめている。

「…………そんなに大変なの?」
「レイ……」
「……碇君もそろって悲しそうな顔ね」
「うん……」
「暗号……ね」
「それに解読しても今の科学じゃ説明できないような理論が入ってくるとね……もう全然ダメよ」
「もっとも、それじゃあ世界中の誰もが理解できないだろうね……」

アスカとシンジはそろって溜息を吐きだした。

「…………そのキョウコさんの研究文書、見せてくれないかしら」
「え? いいけど……」

アスカは大事に持っていたキョウコの研究文書をレイに手渡した。

「…………」
「綾波、読めるの?」

レイは、一通り読み終わると、何かに迷っているかのように視線を泳がせた。

「……創世の神秘は私もあなた達も知らない。その謎は私やあなた達には解けない……」
「え?」
「もう……十分ね。死海文書から続く神の時代はまもなく終わりを告げる……」
「レイ?」

不思議そうに驚いているシンジとアスカに向かってレイは微笑みかける。

「うん……読めるわ」
「ほ、ほんとに?」
「問題は、ここの赤ラインが引いてある、遠隔動力学のページね」
「う、うん……」

レイはすらすらと指し示した個所の解説を始めた……。

「うわぁ……」
「多分こんな所ね……」
「……す、すごいわ! なるほど、こういう仕組みだったのね!」
「ふふ……アスカには十分伝わったようね」
「レイ……ありがとう!」

アスカは満面の笑みを浮かべてレイにお礼を述べた。

「最近、少しずつ記憶が戻っているようなの……これは関係ないと思うんだけど、最後にはこう書いてあったわ……”私の研究の後を継ぐ人が賢明である事を願っています”」
「え? それってキョウコママからの……?」
「多分、まだ産まれてなかったアスカに向けての言葉でもあるんじゃないかな」
「そうね……キョウコママの願いよね」

レイはさらにその続きを読み続ける。

「”――ですが、私は、直接教え伝える事ができません。私が居なくなった後、降りかかる災いを乗り越えるために、ここにメッセージを……。私の残したものを知らせるメッセージを残すべきだと思いました。未来の子供たちのために、記憶が消えてしまわないように……”」

レイの話す内容を聞いたアスカは真っ青な顔をして震えだす。

「まさか、キョウコママはアタシを産む前から、エヴァンゲリオンのコアに……なろうとしたの? だから……コアだけ弐号機から取り出しても、戻って来てくれないの?」
「アスカ! ナオコさんが言ってただろう! キョウコさんの魂がコアに吸い込まれたのは、事故なんだ!」

シンジがそう説得しても、アスカは首を激しく横に降る。

「なんで! アタシがひとりぼっちになるのを知ってて! アタシを産んだのよ!?」

アスカはそう言って、自分の首にかかるエヴァンゲリオンのコアが入ったペンダントを握りしめた。

「アスカ……それは違うと思うよ。キョウコさんはずっとアスカを側で守りたいと思ったから、コアになる道を選んだと……思うんだ」
「シンジ……胸が苦しいよ」
「私も、キョウコさんの魂はアスカの側にいつもいると思うわ。アスカも感じているでしょう?」

レイはそう言ってアスカに微笑みかけた。

「うん、ありがとう、レイ」
「お礼には及ばないわ……」
「さあ、レイのおかげで、最後の組成式も解けたし、これで高純度のエヴァンゲリオンのコアが作れるわ♪」

そういってアスカは輝く様な笑顔を見せた。



「……完成。……や、やったわ!」

それから一週間後。
アスカはついに高純度のエヴァンゲリオンのコアを精製することに成功した。

「――シンジぃ!」

アスカは嬉しさのあまりシンジに抱きついた!

「うん……うん……よかったね」
「……ウォン」
「ありがとう、弐号機」
「よかったわね、アスカ」
「レイのおかげよ」
「アスカの才能よ……」
「これで、エヴァンゲリオンの謎の解明に大きく前進したわ……あー……なんかドキドキする……」

先ほどからアスカはずっと満面の笑みを浮かべていた。

「その前に、今度は大質量の精製法を開発しないとね。でも、一番高いハードルは越えたんだし――続きの研究はトーキョーに帰ってからにしても――もう完成したも同然だね」
「うん、ナオコママの研究室の設備があれば、後は楽勝ね!」
「ふふ……」
「……あ、ねえレイ」

微笑んで見守っていたレイにアスカは話しかけた。

「……なに?」
「レイも、一緒に来るわよね、トーキョーに」
「トーキョー……日本の首都、トーキョーに?」
「うん、アタシの故郷よ。記憶が全部戻っていないんでしょう?」
「そうね……”全部”は戻っていないわ……」
「きっと、ナオコママなら何とかしてくれると思うわ。ナオコママは、アタシより10倍は凄い博士だから」

アスカはそう言って胸を張った。

「そうね…………」
「ね、そうしましょう?」
「ありがとう……考えておくわ……」

レイは少し表情を暗くして、そう答えた。



「ふああ……」
「眠そうね」

夜の研究所で大あくびをしているアスカにレイが声をかけた。

「エヴァンゲリオンのコアの研究で、ちょっと無理しすぎたかしら……徹夜は、アタシの得意技なのに……」
「ふふ……」
「ねえ、レイは眠くならないの……?」
「そうね……情報の高密度解析とかしていると……表層の意識がぼやけることはあるわ」
「そういえば、カプセルの中ではずいぶんぐっすりと眠ってたみたいね」
「……そんなこともあったわね……っ!?」

アスカと歓談していたレイは突然かげった表情になった。

「どうしたの、レイ?」
「……そ、そんな……」
「レイ?」

レイはアスカの問いかけに答える事無く、外に飛び出して行った。
そして、素早く屋根にとび乗ってオキナハシティの沖の方を厳しい目で見つめる。

「なんてこと……これは……同じね」

一本だけピンと逆立ったレイの髪の毛が、オキナハシティに迫りくる危機を告げていた……。

「11年前の戦いで、私に重大な損傷を与えた使徒……同レベルの力……まだ生き残っていたのね」

レイの体に、力がみなぎる。
体内から溢れる余剰エネルギーで、レイの体が、柔らかな光を放つ……。

「確実に使徒はここを目指している……。うかつだったわ……」

レイは強い決意の炎を瞳の奥で燃やした……。



「おっはよー……あれ?」

早朝の研究所で元気にあいさつをしたアスカは、レイが部屋の片隅で以前作ったおもちゃ、《ビーム・ソード》を熱心にいじっているのに気がついた。

「…………」
「レイ?」
「――あ」
「なにやってるの?」
「……な、なんでもないわ……」
「それって、アタシが前にレイに作ってあげた、光線剣のおもちゃよね?」
「そ、そうね……」

アスカに目撃されたレイは明らかに焦っていた。

「ちょっと、イメージチェンジを……」
「なに? 飽きちゃったの?」
「いえ、そういうわけじゃないの……」
「改造なら、アタシがやってあげるのに」
「いえ、いいの。もう済んだから」
「そう?」
「う、うん、ありがとう……」

レイはそそくさと片付けをすると、部屋の隅へ行ってしまった……。

「…………?」

そんなレイを見て、アスカは首を傾げるしかなかった。



そして、その日の晩、アスカ達が寝静まった深夜……。
弐号機にそっと近づくレイの姿。

「弐号機……起きて」
「………………ウォォォォン?」
「しっ、あまり大きな声を出さないで。アスカ達に気付かれるから」
「…………ウォン」
「アスカはこの前作ったコアをあなたの体内に戻したみたいだけど……調子はどう? ……魂の無いコアでも、新しく人格が芽生えたあなたならその方がいいでしょう?」
「……ウォォン」

嬉しそうに返事をする弐号機に、レイは穏やかな笑みを浮かべた。

「今から私があなたのS2機関を開花させるわ。そうすればあなたの飛行限界も大幅に上がると思う。そして……あなたに頼みがあるの」
「……ウォン」
「私と一緒に、死んでくれない?」
「ウォン?」



あくる日の早朝――。

「アスカ、大変だ――っ!」
「ん? どうしたの、シンジ?」
「弐号機が居ない!」

シンジの言葉を聞いたアスカはベッドから飛び起きた。

「えっ? どういうこと?」
「弐号機への通信機に呼びかけても反応が無いんだ……オキナハシティの近くに居ないのか……弐号機が無視をしているかどうかどちらかなんだろうけど……」

アスカとシンジは深刻な顔で話しあう。

「そ、そんな……どうして?」
「……しかも、それだけじゃないんだ。綾波の姿もどこにも見えない」
「レイが?」
「……どうも、二人で連れ立って失踪した感じなんだよね……」
「どういうこと?」
「僕にもわからない……」
「レイと弐号機……」
「僕達に黙って、どこに行ったんだろう……」

アスカとシンジは困った顔で溜息をついた。

「綾波はともかく、弐号機はアスカの命令無しでどっかに行ったりしないと思うんだけど」
「……そう……ね」
「まあ、なにくわぬ顔でひょっこり帰ってくるかもしれないけどさ」
「……なんだろう……凄い嫌な予感がするんだけど……シンジ」
「うん……僕もそう思う」

アスカとシンジはただ、レイと弐号機の無事を祈ることしかできなかった……。