ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第三十一話 舞い降りた奇跡
使徒騒ぎも落ち着き、街を歩いていたアスカは、再びあの場所に足を運ぶ決意をする。

「大観覧車の事故で怪我をした子……許してはもらえないんだろうけど……もう一度、謝りに行こう……」

少年の家の前に到着したアスカは憂鬱そうに溜息をつく。

「障害が残るかもしれないって言ってたわね。……もし、そんなことになったら、どう責任をとったらいいのよ……少しは良くなってくれてるといいけど……」

アスカがドアをノックすると、女性の声が返ってくる。

「はい?」
「…………」

しょんぼりと俯くアスカを見て、出てきた女性……少年の母親は驚いた表情を浮かべる。

「あっ、あなたは……」
「……あの……来るなって言われましたけど、どうしても直接会って謝りたくて……」

必死に謝るアスカの姿になぜか少年の母親は困惑した顔になる。

「……は、はぁ……」
「アタシにできることならなんでも……」

と、その時……家の奥から元気な足音が響いて来た。

「おかあさん、ミッキーんちに遊びに行ってくるよっ!」

アスカの目の前で少年が元気に跳び回っていた。

「ひゃっほー!」

このあり得ない光景にアスカは考え込んでしまった。

「……コラ、静かにしなさい!」
「……えへへ」

騒ぐ少年を注意した少年の母親がゆっくりと話し始める。

「……金髪の泣きぼくろが印象的な白衣の女性の方がいらして……」
「えっ?」
「その白衣の女性の方が、不思議な力でこの子の足を治してくれたんです……」
「へ……白衣の女性?」

少年の母親の言葉にアスカはただ驚くばかり。

「実は……あなたを追い返してしまってからしばらくしての事なのですが……その白衣の女性の方が訪ねてきて、この子の足を治してくれると言ったんです。……ええ、驚きましたよ」
「もしかして、リツコ姉……」

話を聞いたアスカは考え込みながらそう呟いた。

「なんでも、外科治療用なのましーんとか言うのを注射したそうで……」
「そんなことできるのはやっぱりリツコ姉しかいない……」
「あの……もしかして、ご存じの方ですか?」
「はい……アタシの姉です」
「そうですか……そうじゃないかと思ったんです」

アスカの言葉に、少年の母親は納得した様子で頷いた。

「でも、この子の足を治してくださった後、煙と一緒に消えてしまって……」
「……まるで忍者ね……」
「詮索は無用と言われたのですが、ありがとうございましたとお伝えください……」
「お姉ちゃん、観覧車とっても面白かったよ。またああいうの、造ってね!」
「え……で、でも……」

少年の言葉に、アスカは暗い表情になった。
しかし、そんなアスカに少年の母親は優しく話しかける。

「わたしからもお願いします。不幸な事故はありましたけど……あの観覧車に乗ってから、この子は元気になりました……本当に夢いっぱいの乗り物ですものね」

それを聞いたアスカは嬉しそうに顔を上げた。

「僕おとうさんに会ったんだよ! 観覧車のてっぺんでね、おとうさんそっくりの雲が僕に手を振ってくれたんだ! メソメソしないで元気を出せって!」
「よかったわね」
「僕も父さんみたいに自衛隊の海軍に入るんだ!」

アスカはそんな元気な少年の姿を黙って見つめていた。

「オキナハシティの町興しのためにいらしたんですってね?」
「は、はい……でも失敗ばかりで」
「いいえ、私たち親子は、あなたの造ったもののおかげで幸せになれました……どうもありがとう、お嬢さん……」

お礼を言われたアスカは照れ臭そうな顔になる。

「そんな、お礼だなんて……じゃあアタシ、仕事があるので……」
「いろいろお苦労は多いでしょうが、頑張ってください」
「またね、お姉ちゃん!」
「うん、またね――」

アスカは、来たときとはうってかわった明るい面持ちで、少年の家を後にした……。



「……うーん……ウーロン茶に炭酸水で……未成年でも飲める……ビールになる……赤身にマヨネーズと醤油を塗れば大トロね……」

訳の分からない寝言を言いながら寝ていたアスカは、突然目を覚ますと、思いっきり階段を駆け降りた。

「シンジ! 起きてよ!」
「ん……なに……?」

シンジは眠い目をこすりながら起き上った。

「ね、聞いて聞いて!」

パジャマ姿のアスカは大はしゃぎだった。

「思いついたのよ! エヴァのコア精製法のヒントが!」
「エヴァのコア……? 凄いじゃないか」
「うん! アタシのライフワークだもの! ついさっき、夢の中で天啓を得たのよ♪」
「なにそれ?」

そしてアスカはあきれるシンジを放って、徹夜で研究を推し進めた。

「じゃーん! プロトタイプ・エヴァンゲリオン……のコア――ついに完成よ!」
「…………」

満面の笑みを浮かべてキラキラ光るコアを手にするアスカをシンジは黙って見つめていた。

「どうしたの、シンジ? さぁ、喜びなさいよ! 見てよ、この輝き……パパもキョウコママもこの光をみたんだね……」
「信じられないよ……本当に神様って言うのは居るのかもしれないね……」
「奇跡じゃないわ。やっぱりアスカは天才よ。それも100年、200年と言うレベルじゃない……」

シンジとレイも感心した様子でコアを見つめていた。

「さあ、習作はこれで完了ね♪ 次はもっと大きくて実用的なものを作らないと」
「構想はあるの?」

シンジに聞かれてアスカは冷汗を垂らす。

「いやあ、実は全然無かったりして……」
「なんだ、尻すぼみじゃないか……」

返事を聞いたシンジも冷汗を垂らして溜息をついた。

「土台になる基礎技術はこれで完成されているはずなんだけどね……もう一歩よ」
「ここまで来たら、行けるところまでいってみようよ! ダメでもともと!」
「うんっ!」

シンジに励まされたアスカは元気に返事を返した。



「さーて、今日はいよいよ年末恒例の国際祭りね! ――シンジ! 弐号機! レイ!」
「うん、任せて」
「……ウォン」
「ふふ……」

夜の研究所でアスカは気合を入れて点呼を取っていた。

「じゃあ、前もっての打ち合わせ通り……いいわね?」
「任せてよ」
「うん、じゃあアタシはヒカリ達とメイン会場に行っているから」
「うん」

シンジに細かく確認を取るアスカ。

「……ね、レイも一緒に行かない?」

アスカに声をかけられたレイは困ったように微笑みながら首を横に振った。

「前にも言ったと思うけど……人混みは苦手なの。いつも誘ってくれてありがとう。でも私は碇君達と一緒に居るわ」
「レイがそうしたいって言うのなら、無理強いはしないけど……」
「それより、早く行かなくていいの? ……友達が待っているんでしょう?」

レイに言われて時計を見たアスカは驚いた様子を見せる。

「えっ……ああっ? もうこんな時間! ……じゃあ行ってくるわね」
「ふふ……気を付けて……」

年末最後の日に行われるオキナハシティ最大の祭りという事で、そのメイン会場となった市庁舎前中央広場は人がごったがえしていた。

「キレイね……幻想的……いつも見慣れている街なのに、まるで違う街に来たみたい……」
「そうね、凄い人出ね……」

マナとアスカは、イルミネーションに彩られた町並みをうっとりと眺めていた。
街の各地にはライトアップされたクリスマスツリーが飾られている。

「ロマンチックよね」
「それにしても、この人数はどこからこんなに湧き出たんでしょう。オキナハシティにこれだけたくさんの人が居るとは思いませんでしたわ」

後ろを歩いていたヒカリがそう言って驚きの声を上げた。

「昨日から港もずいぶんにぎやかだったし、近郊や遠くからずいぶん人が来ているみたい」
「アスカさんの町興しのおかげですわね」

マナの言葉を聞いて、ヒカリは満足そうに微笑んだ。

「つまり、アスカさんの仕事も終わりに近づいた……ってことでしょうか?」
「いいえ、まだまだやることはたくさんあるわ」

アスカの言葉を聞いたヒカリは突然とても悲しそうな顔になる。

「そう……ですか」
「アスカ、仕事が終わったらどうするの?」
「そうね……ここに居られるのも後2ヵ月かな。そういう契約だから」

それを聞いたマナも寂しそうな顔になる。

「2ヵ月…………ね、ねえ……いっそのこと……」

普段ハキハキとしたマナが珍しくいい淀んだ。
そして指をモジモジさせる。

「……こ、このままここに居たら?」
「え?」
「な……バカなこと言わないでください、霧島さん!」

驚くアスカと怒りだすヒカリ。
それを見たマナは愛想笑いを浮かべる。

「……じょ、冗談よ、冗談……アスカみたいなのが側に居たら、気の休まるひまが無いわ……うん」
「ふふっ、……それもいいかな、ここはいい所だし」
「ええっ? ア、アスカさん! 仕事が終わったら、あなたはトーキョーのナオコさんの元に行くんです、私と一緒に!」

怒っているヒカリをマナが困ったように見つめる。

「なにあなたは、一人でガミガミ怒っているの?」
「だ、だって……」

やがて広場中央の巨大な灯台に火が灯り……祭りは最高潮を迎えた。
そしてミサトの今年一年を無事に過ごせたという感謝の言葉と、市長の演説により祭りは終わりを迎えた……。
……と思われたが、今年のオキナハシティ国際祭りには最後の最後に、とんでもないサプライズが待ち受けていた。

「……あ、あら?」

夜空からふわりふわりと……。

「……どうしたの? ……うわ、なにこの白いの、冷たい……」

マナはそう言って驚きの声を上げた。

「ふふっ……」

アスカはゲンドウに負けないぐらいのニヤリ笑いを浮かべた。

「雪ですわ!」

白いものの正体に気がついたヒカリが叫んだ。
広場のあちこちで、驚きの声、続いて歓声が上がる。

「雪? これが雪なの?」
「霧島さん、見るのが初めてなんですか、雪……?」
「ううん、小さい頃、まだオキナハシティが世界中の海を動き回っていた頃、一度だけ……見た事があるような気がするんだけど……」
「でも、変ですわ。オキナハシティの緯度で雪が降るなんて……アスカさん、どう思われます?」

ヒカリに聞かれたアスカは意味ありげに微笑む。

「きっとシンジがサードインパクトを起こしてくれたのよ」
「はあ?」

アスカの答えにヒカリはサッパリわからないと言った顔をした。
マナはまだ雪に夢中になっている。

「……ふわふわ、ふわふわして……これが雪なんだ……」

オキナハシティの直上……約1,000m――。

「……ウォォン」
「うん、正常に動いてるね」
「下のみんな、凄く驚いているでしょうね」

空を飛ぶ弐号機の腹の部分には《スノーマシーン》が何基もくくりつけられていた。
そして背中にはシンジとレイが乗って下界の様子を眺めている。

「演出があった方がお祭りが盛り上がるからね」
「ふふ……こういう裏方仕事は嫌いじゃないわ。それに明日は新年が開けるっていうおめでたい日じゃない」
「さあ、日付が変わるまで頑張るよ!」
「……ウォン!」
「今あるものは、みな存続する……永久に。大地は変わっても、世界中の魂が純なままでありますように……」

レイはそっと祈りをささげた。
そして異様の盛り上がりを見せた祭りは、野外でみんな新年のカウントダウンをするというところまで続いたという……。