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第二十八話 病に倒れたミサト
※高熱が出てもすぐに解熱剤を使おうとしないでください。解熱剤の種類によっては副作用がでるので、医師と相談の上ご使用ください。



「赤木アスカさん! 赤木アスカさんはいらっしゃいますか!?」

ある日の早朝。乱暴にドアを叩く音と共にアスカを呼ぶ大声が研究所に鳴り響いた。

「はい」

警察官の姿を見ると、シンジは少し表情を固くする。

「また市長や都知事からの依頼ですか?」
「いえ、私は加持リョウジからの使いの者です――」
「ああ、市長の側近の……」
「葛城神社に急ぎお出で願いたいと――葛城さんがお倒れになったそうです」
「えっ――!?」

シンジは驚いて動きを止めてしまった。
そして、顔を出して話を聞いていたのか、アスカが持っていたカップを床に落とした音が響き渡る。

「な、なんで!?」
「申し訳ありませんが、それ以上、詳しい事は聞いておりませんので……」
「「わかりました、今すぐ神社に向かいます」」

アスカとシンジはユニゾンしてそう言うと、神社へと向かった。

「……倒れたって……どういうこと……ミサト……」

シンジは神社に着くまでの間、震えるアスカの手を安心させるように握ってあげていた。

「あ、アスカさん、シンジさん」
「ミサトが倒れたって、どういうことですか?」

アスカは神社の中で待っていたリョウジに質問をした。

「説法会が終わったあと、いきなり意識を失って……いま、医者に診てもらっているのですが……」
「なにか病気なんですか?」
「……そろそろ、診察は終わっているはずです。行きましょう」

アスカはシンジに背中を抱かれながらゆっくりとミサトの部屋に向かった。

「入ります……」

ベッドの側では医師が暗い表情で佇んでいた。

「意識は戻りましたか?」
「いや、まだです。……おや、そちらのお二人は?」

医師と目があったシンジは自己紹介をする。

「碇シンジ、そしてこちらは、赤木アスカ博士です。ミサトさんにお世話になっている……」

シンジの言葉を聞いた医師は俯いたまま黙り込んでいるアスカを見て、感心した様子で呟く。

「ほう……彼女がアスカさん? 最近のご活躍については少なからず聞き及んでいますよ」
「あの……ミサトさんの具合はどうですか?」
「……うむ……」

シンジの質問に医師は考え込む仕草をした。

「……白血病がかなり進行しています……」
「そ、そんな!」
「う、嘘ですよね!」

医師の突然の宣告に驚くシンジ。
アスカはその事実を認めたくないためか、医師に食ってかかった。

「……現代の医学を持ってしても、有効な治療法は存在していません……」
「そ、それって……」

その時、ベッドに横たわっていたミサトが目を覚ます。

「う……」
「意識が戻ったみたいですね」

医師がミサトの方を見てそう呟いた。

「…………あ、ここは?」
「君は倒れたんだ。覚えていないのかい?」

ミサトの呟きにリョウジがそう答えた。

「ミサト……」
「――倒れた?」
「脈を取りますので……」

医師がそう言うと、アスカ達はミサトの側から離れた。

「……はぁ、油断したわ」
「はい、結構です……これから私はあなたを眠らせる薬を処方させていただきます」
「ドクター、私の脈はどうだったの?」
「それは患者に告げる事ではありませんよ」
「72だったわ。全く正常よ」

ミサトがそう言い切ると、医師は驚いて目を丸くした。

「私はとても落ち着いています。睡眠安定剤は必要ないわ」
「……あなたは重病人です。これからは絶対安静を――」

そう言う二人の間にアスカが割って入る。

「ミサト、アタシに……ミサトが元気になるまでのお世話をさせて欲しいの」
「冗談言わないで。アスカには他にやる事があるでしょう?」
「でも……」

アスカはそう言って、ミサトの温もりを確かめるかのように顔を近づけた。

「私は歩くビア樽とよばれているのよ……。頑丈なの」
「ミサトぉ……」

アスカの顔は涙と鼻水でグジュグジュになっていた。

「でも、アスカが心配してくれるのは嬉しいわね。力いっぱい抱きしめて、キスしてあげたいって気持ちだわ……」
「葛城、俺は時々わからなくなるよ。君のその陽気さはどこから来るんだってね」
「加持……私は枕元に靴下を置いて眠る子供のように幸せだわ。……アスカの活躍で、オキナハシティの街興しも順調だしね、もう思い残すことは無いわ」

ミサトの言葉にリョウジは固い表情になって答える。

「まるでいつ死んでもいいというようなセリフだ」
「そんな、厳しい父さんみたいな顔、私に向けないで……」

ミサトは、医師の困った表情を見て、アスカ達が全ての事情を察している事を悟ったようだった。

「私は、年明けまでは持たないでしょうけど……幸せなのよ」
「ミサト……」
「ミサトさん……」
「あなたたちにはそれだけは言っておきたかったのよ」
「…………っ!」

シンジは繋がれたアスカの手に悔しそうに力が入るのを感じ、自分も同じ気持ちだと手に力を込めた。

「葛城、何を言っているんだ、君らしくもない」
「ふふ、税金みたいに確かな事実よ」

その後もミサトは自分の体と余命について、とくに悲しそうな様子を見せず、淡々と語った……。

「すぐに入院しろ!」
「……そんなことするもんですか」
「バカなこというなよ、葛城」
「そりゃ怖いわ。……でも私は人生を冗談で塗り固めて来た女よ。だから泣くより、笑っていた方がいい。そういうことなのよ」

そんなミサトの言葉に、アスカは思いっきり叫ぶ。

「ミサト! アタシは絶対、ミサトの病気を治すから……!」
「はは、気持ちは嬉しいけど、もう……いいのよ。これは誰に強いられたものでもない、自然の事なんだから」
「ダメよ! 絶対に、絶対に治すんだから! だから、諦めないでよっ!」
「アスカ……」

医師が処方した睡眠薬で、ミサトが眠りにつくとアスカとシンジとリョウジは、医師から詳しい症状を聞くため場所を移した。

「……やはり彼女の言っていた事は確かなのですね」
「ええ、葛城さんは驚くほど正確に、ご自分の症状を把握していらっしゃった。……もはや手がつけられない状態です」
「そういえば、思い当ることがいくつかあります……ミサト、なんでもっと早く治療にかからなかったんだ……くそっ」
「そうですね、せめて早期に発見できていれば……」
「じゃあどうなるんです、彼女は?」
「このままではご本人のお見立て通り、今年いっぱいで……」

暗い顔で黙りこむリョウジと医師とは対照的に、アスカは力いっぱい叫ぶ。

「……諦めちゃダメです! アタシの発明品でなんとか……!」
「実は私もそれに最後の希望を賭けているのです。医師としては失格なのかもしれませんが……」

そう言って医師はアスカにミサトの診断書を渡した。

「これから私は、彼女の病気の推移を逐一あなたにご報告します。あなたにはそれに対処する薬や治療器具を作っていただきたい」
「……わかりました……!!」
「まずは、衰退している彼女の体力を回復させるための《栄養剤》を作ってください。まずは体力を回復していただけないと思いきった治療法はできないと思うので……」
「……はいっ!」

アスカが強く頷くと、リョウジも真剣な顔でアスカに頼み込む。

「私からもお願いします、アスカさん。彼女は、私にとって……大切な人なんです」
「それは、アタシにだって……。やってみます、絶対に!」



研究所に戻ったアスカは急いでミサトのための栄養ドリンク《アリエナイZ》を開発した。
あり得ないほどの元気が湧くという意味だそうだ。
今回はシンジはアスカのネーミングにツッコミ入れなかった。
中にはマムシやスッポンのエキスがたっぷりと入っている。

「よし、行くわよシンジ」
「うん、ミサトさんが良くなるといいね」

アスカとシンジが神社に戻ると、何やら騒がしい様子。

「何を考えているんです!」
「もう大丈夫です。……そんな大声を出さないでください」
「こんな状態で仕事を続けるなんて、自分を殺す言うなものですよ」

医師とミサトが言い争うのを見て、慌ててアスカは割って入る。

「ミサト、どうして寝ていないのよ!」
「……あなたからも言ってあげてください。この身体で、街に出歩くと言っているんですよ」
「ミサト……」
「あはは……」

ミサトは気まずそうに愛想笑いを浮かべた。

「……とにかく部屋にお戻りください」
「わかりました……」

ベッドに戻ったミサトは溜息をついた。

「やっぱり、顔色が悪いわよ。ちゃんと寝ていて……」
「はいはい」

ミサトは困ったような顔をして返事をした。

「これ、ミサトのために作った栄養剤よ。朝に一本だけ飲んでね。ちょっと強力だから」
「無駄だと思うわ……」
「アタシの腕を信じてよ」
「……了解。でも人間には自分の望む死に様が権利があるはずよ」
「ミサトは絶対治るって!」
「はいはい」

……その後、アスカは医師からミサトの病状経過の報告と、次の治療法の指示を受けて神殿を後にした……。



研究所に戻ったアスカはすぐさまミサト用の《解熱剤》の研究に取り掛かった。
完成した薬の名前は《バファリング》。
無理に熱を下げないように半分は体に優しい成分で出来ているようだ。

「よし、行くわよシンジ」
「うん、ミサトさんが良くなるといいね」

二人が神社に着くと、そこにはたくさんの市民が押し寄せ、ざわついていた。

「神主さま、倒れなさったと聞いてビックリしましたよ……」
「ほんとにねえ」
「で、大丈夫ですか?」

市民達の声に、ベットに横たわるミサトは乾いた笑いを浮かべて答える。

「はは……単なる飲み過ぎですよ……あとは遅すぎる夏バテかも」
「夏バテって……今は11月ですよ?」

市民達に混じっていたマナがあきれた感じでそう言った。

「あはは、どうだい、やっぱりいつもの神主さまだ」
「へへっ、相変わらず豪快なお方だ」
「もういやだ、神主さまったら」
「でも、いつも遅くまで街の人のために神主さまは頑張っていらっしゃるものね……」
「そうだな――きっと少しは休めという神様のご配慮に違いない」
「春先辺りから、なんだか顔色が悪いと思っていたんだ」

ポツリと呟いた市民の一人の言葉に、ミサトは意外そうに驚いた。

「あ、あら。そうですか……?」
「お酒も仕事もほどほどに、ですよ」
「そうですね。何せオキナハシティは葛城さんで持っている街ですから」
「違いない、わははは……!」

いったんざわつきが治まったところで市民の一人がみんなに声をかける。

「さあさあみんな。これ以上お邪魔していたら、神主さまもゆっくりお休み出来ないわ」
「そうですね、ゆっくり休んでください」
「さようなら、神主さま。お大事に」
「また僕と遊んでね」

ミサトは涙ぐみながら礼を言う。

「みんな……ありがとう」

市民達がすっかり出て行った後、アスカとシンジはミサトの部屋を訪れる。

「……ミサト」
「……あっ、アスカ? ……来てたんだ」
「凄いお見舞いの人……」
「……みんな優しいわね、ほんと。ハハ……こんな田舎に住んでるといやになっちゃう……」

アスカは辛そうな顔になってミサトに話しかける。

「でも、街の人たちには本当の事を言わなくて……」
「まあまあ、そんな事より、また何か持ってきてくれたんでしょう?」
「うん、アタシ特製の解熱剤バファリングよ」
「はいはい、飲ませて頂きます」

アスカとシンジ、ミサトの三人でしばらく話していると、午後の定期検診に医師がやってきた。
ミサトを診察した医師は、アスカに最新のカルテを渡す。

「次は末端の病根を駆除する器具を作っていただきたいのですが……」

そう言って医師は医療機器メーカー《テ○モ》の製品カタログをアスカに見せた。

「この形の機械なら、ママの研究室で見た事があるから大丈夫だと思います」
「お願いします。これはもう、完全に私の守備範囲外の作業です……」
「任せてください。じゃあミサト、アタシは研究所に戻るから」

アスカの言葉にミサトは穏やかに微笑む。

「頑張ってね……アスカの元気な姿が、なによりの薬だから」

アスカとシンジが立ち去った後、医師はミサトに感心した様子で話しかける。

「……いい娘さんだ。明るくて前向きで、まるで太陽のような輝きですね……」
「ええ……眩しいぐらいに」

そう言って、ミサトは激しく咳き込むと、口から大量の血を吐きだした。

「葛城さんっ……!」
「だいじょうぶ……まだ死にはしません」
「正直言わせて頂ければ、あなたがこうして喋っていられるのも奇跡ですね」
「患者への言葉は、もう少し気遣いが必要だと思いますわよ、ドクター?」
「……医術に詳しいあなたに、嘘をついても仕方が無いですから」
「んま、確かに……」

しばらく黙っていたミサトだったが、再び医師に顔を向けて話し始める。

「あなたが正直に言ってくれるから、私も正直になりますけど……近頃私の体、この世に居る事が面倒になってきています……でも、あの子が頑張るというなら、私ももう少し……頑張らないと」
「…………彼女の存在は、あなたにとって、ほんとうに何よりの薬なんでしょうな」
「というより、夢……です」
「…………夢」
「ようやく……私達オキナハシティの夢を託すことのできる人間が……来てくれたんです……」
「彼女が……ですか」
「…………使徒襲来のあの日以来……何度もオキナハシティの将来には絶望してきたけど、待っていてよかった……きっとオキナハシティの復興は上手く行く……きっと……」

ミサトはそう言って目を閉じて、心の中で呟く。

(……ふう、不良神主の私が言う事ではないけれど……神様を信じるって必要なのかもしれないわね……)



アスカとシンジは研究所に戻ると、さっそく放射線治療を行うための機械の製作に乗り出した。

「できたわ、《サイバー・ソード》……うん、かんぺき! 弐号機、装置を運ぶの、お願いね」
「……ウォン」
「凄い機械ね」

レイはアスカの造った機械を見て感心した様子で呟いた。

「うん、こんな短期間で造れるなんてね」

シンジも同じように頷いた。

「ようやくこの装置で本格的な治療を始められるのよ」
「エヴァのコア運用技術の応用ね。放射線を照射して患部を直す機械……」

しかし、自信たっぷりのアスカに対してシンジは少し不安そうな顔になる。

「でも、臨床実験もしていないで、平気なのかな……」
「うん……それはその通りなんだけど、今はナオコママの研究控えを信用するしかないわ」
「……そうだね」
「――じゃあちょっといってくるわね、レイ。――弐号機、気を付けて運んでね」
「ウォン!」

そして神社に向かったアスカは医師の立ち会いのもと、ミサトに《サイバー・ソード》による治療を施した。

「……具合はどう?」
「………………ふう、照り焼きにされると思った」
「……うむっ! 今の一回の治療だけで、明らかに病状の改善がみられる……」

医師の言葉にアスカは満面の笑顔になる。

「――やったぁ!」
「葛城さん、あなたは幸運ですよ」
「……幸運というのは努力についてくるボーナスみたいなもので……何もしないで手に入る事は絶対にありません……全部、アスカの努力と、身に付けた実力による賜物です……」
「……まったくです、これで希望が見えてきました。ありがとうございます、アスカさん!」
「い、いえ、そんな……」

医師にも絶賛されたアスカは少し照れ臭そうにしていた。

「何だか、あなたが病気を治してもらったみたいですね、ドクター」
「あはは、全くです。今夜は久しぶりにおいしい酒が飲める」
「…………あなたが妬ましいわ、ドクター」
「あ、いや申し訳ない。では今夜の一杯は、あなたの全快祝いまでとっておく事にしますね」

医師はそう言って上機嫌で立ち去って行った。

「患者の前で、あんなにくるくる表情を変えるようじゃ、一流とはいえないわよね……」

ミサトは苦笑しながらアスカにそう話しかけた。

「ふふ、でも、よかった。早く元気になってね、ミサト」
「そうね……でも……アスカ、シンジ君」
「なに?」
「例えば、急に病状が悪化して、私が死んじゃうとして……」
「ミサトっ!」

アスカは怒った顔でミサトをにらみつけた。

「いやね……例えばの話よ。……あのね、これだけは約束して。ちゃんとお仕事は続けるのよ。オキナハシティのオキナハシティの町興しもね。あなたは天才だけど……まだお尻に殻が付いたままのひよっこだってこと忘れちゃダメ。いい? 私のお墓の前でめそめそ泣かないで……」

アスカは泣きそうな顔になってポツリと呟く。

「……ミサト……」
「いまわの際に、前後不覚になった私が変な事を言い残したりしても……よ。私が最後にあなたに頼む願い事は……それ」
「うん、わかったわ」

アスカは真剣な顔でそう呟くと一転、元気な顔になってミサトに声をかける。

「でも、ミサトはちゃんと治るから大丈夫よ♪」
「……そうね。……はあ、疲れちゃった私、もう寝るわ」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

アスカとシンジがそう言って部屋から出て行くと、ミサトは目を閉じて呟く。

「とてもいい夢が見れそうだわ……」

ミサトの顔はとても幸福に満ち足りた表情をしていた……。