第二十七話 ヒカリの苦悩、レイの決意
「あー、今日もいい天気ね♪」
ある晴れた日の朝。
アスカは研究所の前で爽やかな朝の空気を楽しんでいた。
「アスカ、そろそろ朝ごはんにしようか」
研究所のドアからシンジがそう言って顔を出した。
アスカは研究所の中に戻り、三人の朝食が始まる。
「待ってました」
「いただきます……」
「空調のきいた部屋もいいけど、やっぱり今日みたいな天気のいい日は外で太陽の日差しを浴びるのが良いわね」
「そうだね」
シンジは朝陽を受けて光輝くアスカの姿がとても好きだった。
「体がようやくオキナハシティの気候に順応してきたのかもしれないわね」
「…………」
レイは返事をすること無く新聞を食い入るように見つめていた。
「レイ、食事中に新聞を読むのは止めなさい。せっかくシンジが作ってくれたご飯が冷めちゃうでしょう?」
「今、ハブ名人とマングース名人の対戦記事から目が離せないの。これだけ読ませて」
「まったく、16連射がそんなに凄いのかしら。アタシは迷宮組曲のタイトル画面で180までいけたけどね」
「アスカ知らないの? ハブ名人は子供たちにとっては神に等しい存在なの」
「ふーん、レイがゲーマーだったなんて、意外……」
「……そう? この前碇君からナゴヤ撃ちを教えてもらってから」
「レイなら上上下下左右左右BAってコマンド入力しなくても、チートとか出来そうなのにね」
「私はスピードだけを極限にあげるプレイが好きなの」
マニアックな会話が飛び交う朝食が終わりに近づいた頃、礼儀正しいノックの音が研究所に響く。
「――すいません。アスカさんはいらっしゃいますか?」
「あ、ヒカリ。今朝ごはんを食べているところだよ」
「あら、それではまた後で――」
「ううん、構わないわよ。それで? 仕事の依頼?」
「はい、来月に開催される予定のオキナハシティ国際カーニバルのために、今度洞木屋でもお祝いの食べ物を作ろうと思いまして」
「へえ、そんなことやるんだ」
「で、何か良い案が無いかとアスカさんにお願いしたいんですの」
「うん、良いわよ。おいしいものを食べるのは好きだもんね」
アスカは満面の笑みでヒカリの依頼を引き受けた。
ヒカリが去った後、アスカとシンジはさっそく相談を始める。
「……お祝いの食べ物と言えば、やっぱり紅白まんじゅうかな?」
シンジの提案にアスカは難色を示す。
「うーん、ただのまんじゅうだと、いまいち見た目が地味なのよね」
「じゃあ、一体どうするの?」
悩んだアスカとシンジは少し外を散歩して見る事にした。
小高い丘からは、使徒の死骸、オキナハシティの街並み、そして憩いの場である首里城公園を眺める事が出来た。
ぼーっと首里城公園を眺めていたアスカは、何かを閃いたようだ。
突然シンジの腕を引っ張って、研究所へと舞い戻った。
そして夜になって、アスカの提案したデザートは完成する。
「よしっ……いい感じにできたわね!」
「これはなかなか奇抜なデザインだけど……大丈夫かな?」
「国際的にアピールするにはこれぐらい必要なのよ」
アスカとシンジの目の前に置かれた大福は……上の部分にイチゴがピラミッドの様に盛られている。
「《首里城大福》よ。上のイチゴ部分は、赤い首里城をイメージしてみたの」
「確かに、流行に敏感な女性のお客さん達には受け入れられるデザートかもしれないね」
「パティシエ顔負けね」
シンジとレイにほめられたアスカはまんざらでもないと言った表情で、頬を手で押さえる。
「ほら、洞木さんが待ってるし、生モノだから急いだ方がいいと思うよ」
シンジにそう言われて、トリップしていたアスカは現実世界に戻り、ヒカリの待つ《洞木屋》へと向かった。
「あ……ヒカリだ。あれ、誰かと話している……?」
ヒカリはアスカに気が付いていないようだ。
怒った表情で大人の男性と話している。
「…………そんな、勝手すぎます!」
「これは本家でもう決められた事なのでございます、お嬢様」
「そんな、欠席裁判みたいな……」
「こんな田舎町でのご遊行……名誉を重んじる洞木家にとっては本来許されない事……しかし、今回の決定の前にあなた様にせめてもの楽しい思い出を……と考えた大旦那様のご配慮、察していただきたいのです」
そのスーツ服姿の男性の言葉に、ヒカリは絶望したような暗い表情で呟く。
「……そんな、いまさら」
「お嬢様。あなたは洞木家の人間なのです。……お忘れなきように」
そう言って男性が立ち去った後も、ヒカリは悲しそうな顔で視線を地面に落としていた。
「……ヒカリーーっ! はい、頼まれていた新しいメニュー出来たわよ」
アスカは明るい表情を作ってヒカリを元気づけようと話しかけた。
「……ありがとうございます。これがお礼です」
ヒカリは事務的な口調で、アスカに答えた。
「……ヒカリ、元気が無いわね」
「そ、そんなことは……」
「さっき、誰かと話していたみたいだけど……ひどいこと言われたの?」
「アスカさん……もし……私が……」
そう言ってヒカリは苦しそうに胸を押さえた。
「私が、トーキョーに戻る事になったら……」
「え? トーキョーに帰っちゃうの?」
「……そうなるかもしれません」
「そっか、もうすぐ年末だしね。お正月は家族と一緒に過ごすんだ?」
いまいちヒカリの言葉を勘違いして軽い感じで答えるアスカをヒカリはしばらく黙って見つめていた。
「じゃあ、オキナハシティのお土産をたくさん買っていかないとね――」
「……もういいですっ!」
「え? ヒカリ?」
ヒカリは肩を怒らせながらアスカの前から立ち去ってしまった。
「あ、行っちゃった。アタシ、何か悪い事言っちゃったかしら……? 別にトーキョーに戻ったからって、ずっと会えなくなるわけじゃないのに……」
「……もう、11月なのね」
「落ち葉、ハキハキ~っと♪ ……おや、アスカじゃないの?」
アスカが葛城神社の前を通りかかると、ミサトが境内を掃除していた。
「こんにちは、ミサト」
「こんにちは」
「……あ、掃き掃除しているの?」
「そっ、宗教って言うのはね、いくら偉ぶっていてもしょせん第三次産業だから。しっかりサービス、サービスしないとね♪」
「はは……サービス、サービスってそういう意味だったのね……でも、こんな立派な神社の管理……ひとりじゃ大変じゃないの?」
「――アスカの町興しが上手く行けば、そのうちお手伝いを雇えるぐらいにはなるわよ」
そう言って笑顔を見せるミサトだが、アスカは心配そうな表情で話しかける。
「でも、やっぱり少し疲れているんじゃない? ……ミサト、なんだか顔色が悪い」
「――え? そ、そう……?」
「神社の掃除ならアタシがやるから、ミサトはあんまり無茶しないでよ」
「……ははは。本当だったら私がアスカに言わなくちゃいけないセリフなんだろうけどね」
「でも……」
「アスカには町興しと言う役目があるはずよ。そちらを頑張りなさい」
「はい……」
アスカはミサトの言葉に頷いて神社を立ち去った。
そんなアスカの後ろ姿を見てミサトは呟く。
「アスカ、頑張って。あなたは私の夢なんだから……」
「アスカ、ちょっといいかしら?」
「ん? なに?」
ある日の夜、研究所で机に向かっていたアスカはレイにそう声をかけられた。
「……アスカに作ってもらいたいものがあるのだけど、いい?」
「えっ、レイが?」
「………………ええ」
「それは構わないけど、何を作るの?」
「…………これなんだけど」
そう言ってレイは、自分の書いた機械の設計図を見せた。
そこには今まで想像の産物だとされていた武器の設計図が書かれている。
「何よこれ……アニメの軌道戦士ガンバルマンに出てくるビーム・ソードみたいじゃない……」
「ええ、ちょっとあのアニメに憧れていて」
「レイがおもちゃを欲しがるなんてまたもや意外ね」
「……作れる?」
「そうね、危険の無いように出力は押さえて作るけど、紙ぐらいは切断できるようにしてもいいかな? そういうの楽しそうだし」
「じゃあ、依頼料」
レイはお札のたくさん入った財布を懐から取り出して見せた。
「足りなければ、また調達してくるわ」
「そんなお金、どこで……?」
アスカは目を丸くして驚いた。
レイは少し得意げな笑みを浮かべる。
「……ちょっととした散歩の成果」
「アルバイトとか?」
「人間心理の研究……といったところね。案外簡単だったわ」
「はぁ?」
レイは真剣な表情でアスカに頼む。
「……お願い。暇な時に作ってくれればいいけど、できれば来月の半ばまでに造ってくれると嬉しいわ」
「でも、トイ○ラスでビーム・ソードは売ってると思うけけど……」
「それはそうなんだけど……もっと再現度が高いレアものが欲しいの。ファンならこの気持ちわかるでしょう?」
「うーん、そこまで言うなら」
「……ありがとう」
軌道戦士ガンバルマンのキャラは《キャプテン》しか知らないアスカは、どうしてそこまでレイが好きなのかいまいち理解できなかった……。
「よし、これでいいはずね。――レイ!」
「…………出来たみたいね」
手が空いたアスカはレイの事を想ってか、数日後にはビーム・ソード型おもちゃを完成させた。
「うん、どう?」
「……いいわ、理想的ね。ありがとう、アスカ」
「単三電池が4本必要だけどね。何度でも使えるようにエネループも買っておいたわ」
「ありがとう。これで私本来の実力を出せる。刺し違えてでも敵を止めるのが私に課せられた使命」
「あはっ、さっそくレイは《キャプテン》になりきっているの?」
「ふふ、そうね」
アスカはレイの笑顔の本当の意味をその時は知らなかった……。