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第二十五話 恐怖のみそ汁
※フグを素人が料理して食べると死んでしまう可能性があります。特に面白がって毒の入った肝を食べる事は絶対にしないでください。

その日の研究は、予定より長引きいつもの夕食の時間を超えてしまっていた。
アスカのお腹の虫が盛大に音を立てはじめた頃、研究所のドアがノックされてミサトが姿を現す。

「こんばんはー」
「あ、ミサト」
「やっほー、アスカ。頑張ってるじゃない。少し休まなくていいの?」
「うん、今は物作りが楽しいの♪」

ミサトの質問にアスカは満面の笑顔で答えた。

「うっわー、それは若さだわね。……ま、休養なんかは一人前のプロがいうような事なのかもね。半人前の内は疲れからくる崩れなんてデリケートなものはないか――」
「――うん、今は発明で頭がいっぱいよ♪」
「さて、仕事の依頼をしたいんだけど、……この様子じゃあ夕食もまだみたいね。食事の用意もしてないみたいだけど?」
「今夜のメニューはパンの耳の天ぷらですからすぐよ」

アスカの言葉を聞いたミサトは困ったような顔で冷汗を垂らす。

「……うーん、相変わらずサバイバルな献立ね……育ち盛りだというのに……ね? もし良かったら今から神社に来ない? パンの耳よりはいくぶんマシな夕食をつくってあげるわ」
「えっ、いいの?」

ミサトの言葉にアスカは飛び跳ねて嬉しさを表現した。

「超豪華な夕食と言うわけにはいかないけど、私の手料理をごちそうするわ♪」
「わぁっ、ありがとう」
「じゃあ、さっそく行きましょう!」

アスカは奥に居たシンジに声をかけて、ミサトと三人で葛城神社に向かった。

「……あ、そういえばレイちゃんを誘うの忘れていたわね」
「それなら平気よ、レイは訳があって一日一食しか食べないし……」

台所に立つミサトは手際よく料理しているように見える。
そして漂う匂いもアスカとシンジの食欲を誘う。

「そういえば、ミサトが料理するところを初めて見た気がするわ」
「ふふっ、良く見てなさい。今夜は元気がモリモリ湧いて来る特製料理を作っちゃうんだから♪」
「それは楽しみですね」

この時アスカとシンジは何の危険も感じていなかった。

「……じゃ、ゆっくり待っててね」

ミサトは目にもとまらぬ早業で、次々と料理を作りだした。
刺身を切る包丁は全く見えないほど。

「うわぁ 凄い!」
「さあ召し上がれ♪」
「いただきまぁす」

ミサトに勧められたアスカは魚の刺身を器用に箸でつかんで食べようとした。
嫌な予感がしたシンジは、アスカの手から箸ごと刺身を叩き落とす。

「もしかして、これ……フグじゃないですか? しかも肝付……」
「あらあ、ピリッと痺れる食感がたまらないのよ」
「毒で死んじゃうじゃないですか!」

とんでもなく危険な刺身を勧められたシンジは怒って猛抗議した。

「シンジ……この冷ややっこ、箸が弾かれるんだけど……」
「ミサトさん、こんな岩みたいな豆腐、食べられませんよ」

目を凝らして見ると、戦慄を覚えるミサトの料理の数々に、アスカとシンジは手を伸ばそうとしなかった。
ミサトはかなりショックを受けた様子で、シンジとアスカに蓋付きのお椀に入ったみそ汁を勧める。

「アスカ、シンジ君~。このおみそ汁だけは自信があるのよ。お願いだから、これだけでも飲んでよー」

アスカとシンジが同時に茶碗の蓋を開けると、中には緑色の液体が入っていた。

「これは……何で緑色なの?」
「みそ汁のはずなのに……」

懇願するミサトを見て、アスカとシンジはみそ汁を口に含んだ。

「うげげ!」
「口が痛い!」

鼻血を出して口を押さえるアスカとシンジに、ミサトはキョトンとした顔になる。

「ど、どうしたの二人とも?」
「口の中で化学反応が起こったわよ!」
「顎が吹っ飛ぶかと思いました」

涙目になって答えたアスカとシンジを見て、ミサトはしまったといった顔でおでこを押さえる。

「あっちゃー、リツコから貰った塩素を入れようとして炭素を入れてしまったみたいね」
「リツコ姉より危険だわ、コイツ」

ミサトのケミカルみそ汁にとどめを刺されたアスカとシンジはそれから絶対にミサトの料理を食べようとはしなかった。

「では、僕達はそろそろ帰ります」

そう言ってシンジはアスカと一緒に外に出ようとすると、それをミサトが呼び止める。

「待って、そこまで送って行くわ」

アスカは神殿の外に出て伸びをする。

「うーん、昼間は暖かいけど、夜になると冷えるわね」
「それでも、ここは常春だからね。使徒襲来のせいでオキナハシティが海を渡る力を失う前は気候の変動もハンパじゃなかったわよ。――今は一年中半袖で居られるけどね」
「……へえ」
「ま、私は今のオキナハシティの方が好きだけど……ほら、上を見てごらんなさい」

アスカとミサトとシンジの頭上には無数の星が瞬いていた。

「……わぁ、凄い星空ね」
「この地に腰を据えて以来、オキナハシティの星空はね、日本一よ……」

ミサトはそう言って満足したように微笑んだ。

「そうね……改めてみると凄い眺めよね……」
「本当、最高の星空だわ……」
「…………」
「……ミサト……?」

アスカはミサトが悲しげな表情を浮かべたのが気になっていた。

「明日は、寄付集めでバリバリ働かなければならないし! ……寝酒は控えて、私も今日は寝る事にするわ」
「大変ね、ミサトも」
「アスカも町興し大変だろうけど、早く寝なさいよ。まだまだ長い道のりだけど、頑張るのもほどほどにね。じゃあ、おやすみなさい」

ミサトと別れて研究所に戻ったアスカとシンジはさっそくパンの耳にかじりつく。

「ああー、これほどパンの耳がおいしいと思ったことは無いよ」
「本当ね……」

お腹をいくらかふくれさせた二人疲れた表情で眠りについた。



「シンジ、シンジ」
「どうしたの?」

数日後の夜、研究所でアスカに呼び止められたシンジは振り返って驚いた。
アスカが水着に着替えていたからだ。

「……今から海岸に出かけて、今年の泳ぎ収めをしようと思って。いくら常春のオキナハシティだって、そろそろ海で泳げる期間は終わりそうだしね」
「こんな夜中に?」
「昼間は忙しいじゃん――ねえ、シンジ一緒に行こうよ」
「僕は泳げないし……アスカのその水着姿は刺激が強すぎるよ」
「見えそうで見えないところとか?」
「か、勝手にすればいいよ。夜中ならその姿をみんなに見られる事は無いし」
「シンジってば、スケベなんだから」

すっかり赤くなって俯いたシンジからアスカは目を反らして呟く。

「で……エッチなシンジは放っておいて……レイ♪」
「ん、何かしら?」
「やっぱりこういうのは女の子同士じゃないと!」
「?」

レイは本を持ちながら首をかしげた。

「レイも一緒に泳ぎに行こうよ。今を逃したら、もう泳ぐチャンスは無いわ」
「えっ? ……いえ、私は別にいい」
「そう言うだろう思って、はい」

アスカはそう言って笑顔でレイに水着を渡した。

「何、これ?」
「水に浮く水着よ。レイ用にこっそり作っておいたのよ」
「…………」
「これで問題無いわよね」
「そ、そうね……」

レイは少し戸惑ったように返事をした。

「じゃあ行こう! 一人で泳いでもつまらないし」

アスカが来ていた水着は赤のビキニだったが、レイが着替えた水着はスクール水着だった。
丁寧に2-A綾波とまでゼッケンが貼られている。
海岸についたアスカは海の中を人魚のようにスイスイと泳ぎ始める。

「ほら、レイもおいでよ!」
「アスカは綺麗ね……神様が作った、最も美しい芸術品の一つね……きっと」

レイにそう言われたアスカは顔を真っ赤にする。

「は、恥ずかしいわね……どうしたのよ、いきなり?」
「……アスカのためだったら、私はどんな事でも出来る気がするわ」
「へんなレイ。ほらっ、ちゃんと泳ぎなさいよ!」

アスカとレイは夜の海岸で二人きり、笑い声の絶えない楽しいひと時を過ごした……。



数日後の朝、研究所にノックの音が響き渡る。

「赤木アスカさん! 赤木アスカさんはいらっしゃいますかーっ!?」
「あ、はーい」

応対に出たシンジの前に姿を現した警察官はいつものようにそっけない態度で用件を伝える。

「コウゾウ市長の使いの者です。至急、市庁舎においで願いたいと」
「市長さんが? 仕事の依頼ですか?」
「はい、赤木アスカ博士に是非とも依頼したい仕事があるとのことです」

警官の言葉を聞いたシンジは二人を呼び寄せる。

「おーい、アスカ、レイ!」
「うん、話は聞いていたわ」
「……留守は私と碇君に任せて、行ってらっしゃい」

アスカが市庁舎に到着し、市長執務室の前にはいつものようにリョウジが出迎えに出ていた。

「あ、アスカさん」
「あ、どうもこんにちは。何だか用があるって聞いて来たんですけど?」
「はい、お待ちしていました。どうぞこちらへ――」

リョウジに案内されて執務室の中に入ったアスカは、市長と対面を果たした。

「来たか――」
「あの、ご用件はなんでしょう?」
「今度オキナハシティに発電所を作って全土に電気を行き渡されるプロジェクトを立ち上げる事にした」
「電気を?」
「完成すれば、本土から電気を輸入する必要も無くなるだろう」
「それは名案ですね!」
「オキナハシティの完全なる独立を賭けての大規模プロジェクトになる……そこで君の力を借りたい」
「はい?」
「君に、この建築予定の発電所の設計、および、その設計に必要な技術開発を行ってもらいたい」

市長の言葉に、アスカはパアっと笑顔になる。

「……大仕事ですね……でも面白そうです! はいっ、是非やらせて下さい!」
「うむ、では頼んだぞ」
「じゃ、さっそく研究所に戻って研究を開始しますので――!」

アスカは挨拶もそこそこに、市長執務室を駆け足で出て行った。

「ふぅ……お二人とも、これでよろしかったのですかな」

市長は溜息を吐きだして、物陰に隠れていた二人に話しかける。

「…………うむ、これでいい」
「…………」

満足そうに頷くゲンドウと、悲しそうな表情でうつむくヒカリ。

「何やら、不機嫌そうな顔であるな。洞木君」
「市長、席を外していただけませんか? ゲンドウ氏と、投資計画についての内密の打ち合わせがありますので……」
「は、はい……では」

ヒカリの言葉に市長は慌てて部屋を出て行った。

「……まさかあなたがここまでオキナハシティ復興計画に深入りしているなんて思いませんでしたわ」
「それは、こちらも同じことだ。君がトーキョーの洞木財閥を動かして、アスカ君に無制限の資金援助をしていると知った私は……ふっふっふ」

ゲンドウはそう言って意味ありげな笑いをすると、ヒカリは不思議そうに首をかしげる。

「どういうことですか?」
「……やはり才能の周りには金が集まるのだな」

アスカを汚されたような感覚を受けたヒカリは気に入らない様子でゲンドウを思いっきりにらみつけた。

「コウゾウ市長……悪い男ではないが、いかんせん無能すぎる。あれでは赤木アスカの力量を生かすことができない」
「……そんなことはわかってます」
「もちろんいつでも市長をクビにする事はできる。 ……しかし、クビにしないのが最善の策だ」
「私は、オキナハシティの行く末などに興味はありません――」

そう言い切ったヒカリの本心を見抜いたのか、ゲンドウは意地の悪い笑いを浮かべる。

「友人の歓心を買いたいなら、今までの裏からの資金援助を明らかにして、恩を売ったらどうかね?」
「私は……お金で人の心を買うような真似は絶対にしたくありません……」

そしてゲンドウをキリッとにらみつける。

「……させもいたしません」
「ふっ、洞木一族にへそを曲げられるのも嫌だからな」
「…………」

数日後、アスカの設計による発電所が完成したのだった……。



「ふう、もうこんな時間なのね」

10月最後の日の夜。
研究所でアスカはそう呟いた。

「……コーヒーでも淹れようか」
「うん、お願い……ふぁぁぁぁ」

アスカの大あくびを聞いたシンジは冷汗を流しながら呟く。

「うんと濃くしようか……」
「もう10月も今日で終わりね……あれ、レイは?」
「綾波なら、さっき屋根の上に居るのを見たよ。また夜空を眺めてボーっとしているんじゃないかな?」
「ふーん……やっぱり記憶が戻らないせいなのかな」
「さあ、綾波の考えている事は僕にもさっぱりわからないよ」

レイは屋根の頂上に立って海の方を見つめてる。

「……来た……ゆっくりだけど……間違いないわ……二匹目の使徒が……来る。呼応して私の体に力が漲ってくるのが分かる……やっぱり、これが私の使命なのかしら……」

しばらくした後、レイは首を振って呟く。

「……ダメ、まだ思い出せない。……今は、私の思うままに動くしかない……いったい私は何者なの……」

レイはゆっくりと背後に浮かぶ月を眩しそうに見つめる。

「……キレイな月……私は後何度あなたに会う事ができるのかしら……」