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第二十四話 マナを救え! 伝説のギャンブラー
※日本国内では賭けトランプ、賭けマージャン、賭け将棋などは賭博法違反です。

「――すいません!」

礼儀正しいノックの音が朝の研究所に鳴り響いた。

「あ、はーい」
「えー、赤木アスカさんのお宅はこちらで?」
「はい、そうです」

やってきた郵便配達人にシンジはそう答えた。

「速達です。サインを――」
「あ、はい……」
「確かに」
「ご苦労さまでしたー」

シンジは元気良く郵便配達員を見送った。

「ナオコさんからの手紙かな?」

シンジが起き出したアスカに手紙を渡すと、アスカはパッと顔が明るくなる。

「やっぱり、ナオコママからよ」
「そう? なんて書いてあるの?」
「えーと…………へえ、向こうでもオキナハシティの事が話題になりはじめているって書いてあるわ」
「観光とか、輸出品とかいろいろ目立ってきているからね」
「うん、中からじゃ見えてこない事も多いけど、こういう話を聞くとがぜんやる気が出てくるわ」

アスカは笑顔になって手紙を見つめていた。

「他にどんな事が書いてあるの?」
「……後はリツコ姉とやっている怪しげな共同研究の結果とか……ふーん、しし座流星群のここ10億年周期の発生パターンだってさ。ナオコママもリツコ姉も今度は天体観測にハマっているみたいね」
「相変わらず、やる事に脈絡の無い人たちだな」
「きっと、この前発明した、願い事を1秒間に1万回再生する機械を使うつもりなのよ」

シンジとアスカが会話を楽しんでいると、慌てた様子で軽いノックの音が研究所に広がった。

「大変です、アスカさん!」
「ど、どうしたの、ヒカリ?」
「霧島商会が……資金難で潰れそうなんですって!」
「ええっ、マナの会社が!?」
「オキナハシティの港の拡張工事で何かトラブルがあったみたいですわ」

ヒカリの言葉を聞いたアスカはとたんに暗そうな顔になる。

「それって……マナがずっと温めていた計画でしょ。……どうして?」
「なんでも、拡張工事のための資金を得るために株に手を出したとか――」
「まさか……今朝のニュースの!?」
「ええ、ライブ○ア社の株式をたくさん持っていたようですわ」

ヒカリは憤慨した様子でアスカに愚痴をさらにこぼす。

「アスカさんの橋の建設計画を聞いて、アスカさんに絡んだ天罰ですわ!」
「マナは絡んでなんかいないよ」
「まったくひどい人です、アスカさんはオキナハシティの復興のために頑張っているのに足を引っ張るような真似をして……さっさと潰れてしまえばいいんですわ!」

そう言ったヒカリの頬をアスカは思いっきり平手打ちをする。

「ヒカリ、そんなこと言わないで!」
「えっ……?」

ヒカリは叩かれた頬を押さえながら呆然とした。

「マナだって、オキナハシティの復興のために一生懸命だったんだよ……きっとアタシより真剣に考えて、そして抱え込んで、無理して……」
「わ、わたくしはただ……アスカさんを傷つけた霧島さんが……」
「ヒカリもマナも大切な友達よ。とにかく、マナの所に行ってみましょう!」
「あ、待ってください!」

アスカとシンジとヒカリの三人は急いで港の霧島商会の事務所に向かった。



アスカ達が霧島商会の管理する倉庫に到着した時、中はマナを罵倒する声で騒がしかった。

「お嬢、どうしてくれるんだ! 霧島商会が潰れたら、港の管理はめちゃくちゃだぜ!」
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」

泣きながら謝るマナはいつもと違い、ごく普通の少女にしか見えなかった。

「借金の返済期限は迫っているんですぜ」
「……たちの悪いところからも借りてしまって……ほんとうに……」
「なあ、お嬢の計画は立派なものだったけどよ。実行を急ぎ過ぎたんじゃないのか?」
「行政府も俺達を見捨てたって言うじゃないか」

マナを取り囲む船員たちの顔はだんだん険しいものになってきた。
困りに困って苛立ちが募ってきたようだ。
ついに一人の船員からマナに向かって石つぶてが投げられた!

「マナ!」

アスカがその石つぶてをマナに代わって盾となり受けた。
そのほおに石のぶつかった跡が付いた。

「……あ」

マナが驚いてアスカを見つめた。

「……マナ、事情は聞いたわ」
「で、何しに来たのよ?」
「アタシで何か力になれる事があったら……って……」

怒った顔でマナににらまれたアスカはしどろもどろになった。

「……あなたに何が分かるのよ! 元はと言えば、あなたのせいじゃない!」
「マ、マナ……」

マナがアスカを責めると、周りの船員たちも怒りの矛先をアスカに向ける。

「そうだ! そうだ!」
「橋の建設を直ちに中止しろ!」
「なにが助けてあげるよ? 上から目線で。今まで影で私の事を馬鹿にしてたんでしょう!!」
「そんな……誤解だわ!!」
「あなたは、強欲市長と一緒に橋でも架けていればいいんだわ!」

マナはそう言うと、船員たちを引きつれて事務所の方に向かって立ち去ってしまった。

「……マナ」

悲しそうに肩を震わせるアスカの姿をシンジとヒカリは辛そうに見つめていた。

「やっぱり、アタシが町興しを手伝うなんて、余計なおせっかいだったのかな?」

研究所への帰り道、アスカはずっと落ち込んだままだった。



「マナ……行かないでよ……マナ……」

その日の夜、アスカは悪夢にうなされている様子だった。
それを心配そうに見守るシンジ。

「――ごめんください! 赤木アスカさん!」

シンジに起こされたアスカが急いで階段を下りて玄関を開けると、そこには霧島商会の船長、青葉シゲルが立っていた。

「夜分失礼いたします――」
「あれ、あなたは……確かオキナハシティの港の?」
「ええ、霧島商会の専属船長を任されているものです……こちらに会長はお出でになっていませんか?」
「会長って……マナ? いえ、来てませんけど……」

アスカは驚いた表情でそう答えた。

「そうですか……」
「何かあったんですか?」

アスカは厳しい顔つきになってシゲルに尋ねた。

「はい……実は昼過ぎから会長の姿が見えなくなりまして……」
「マナが?」
「もしかして、落ち込んで自分から姿を消したのかもしれないと……会長はまだ子供なのに責任感が強くて。先代の会長夫婦が、使徒襲来の時、行方不明になって以来、お嬢は周囲に大人である事を期待されていたんで……」

シゲルの言葉を聞いたアスカは沈んだ顔になった。

「会長夫婦が行方知らずになったのは、まだ5、6歳の時ですからね。お嬢本人も周囲の期待に応えようとして無理に無理を重ねて……。最近お友達のあなたが頑張っているのを見て、負けないように努力していたのですが……いくらなんでも無理でした」
「…………そうだったんですか……アタシのせいで……」
「アスカ、自分を責めないでよ」

それまで黙って見守っていたシンジが声をかけた。

「俺達はお嬢の気丈さと頑張りに甘えていました……お恥ずかしい限りです」
「……とにかく、早く探さないと!」

アスカはそう言って外出の準備を始めた。

「すいません、恩に来ます。お嬢を快く思わないものもいたのでまさかとは思いますが……心配で」

シゲルは深々と頭を下げて礼を述べた。

「……シンジ!」
「うん」
「シンジは、アタシと一緒に。――弐号機!」
「ウォン」
「海沿いを中心に空からマナを探して!」
「……ウォン」
「レイ!」
「私は、どこを探せばいいの?」
「レイは街の中央市街をお願い!」

こうして、アスカ達は街の各地に散って行った。
港、森林公園、東西南北の通り……中央広場……。
様々な所を探したが、マナの姿は発見できなかった。
そして、アスカとシンジが使徒の死骸の側までやってくると……。

「あれ?」
「どうしたの、シンジ?」
「女の子の足跡がある……ついさっきついた物みたいだ」
「そんなのわかるの?」
「僕の居た戦場ではもっと難しかったよ」

シンジがポロリともらした言葉にアスカは暗い表情になった。

「と、とにかくこの靴跡は霧島さんのものに間違いないよ」

口を滑らせてマズイと思ったシンジは思い切り話を反らそうとした。

「マナの?」

アスカとシンジが足跡を追いかけて行くと、使徒の死骸の陰に隠れていたマナの姿を見つけた。

「……あっ」
「見つけた!」

驚いた顔のマナを見てアスカは満面の笑みを浮かべた。

「……何しに来たの。私を笑いに来たの」
「そんなわけないじゃない。港の人たちが心配してたから探してたのよ」
「どの面下げて……帰れるの」

マナは疲れ果てたような暗い表情でそう呟いた。

「笑って帰ればいいのよ。みんな、マナを待っているわ」
「この――お節介!」

マナはむくれた顔でアスカをにらみつけた。

「ふふん、お節介はアタシの生まれ持った性格みたいなものよ」
「…………」
「それにお節介はね、マナ……。マナみたいな意地っ張りには、大勢いた方がいいのよ」

アスカの言葉を聞いたマナは泣き笑いのような顔をする。

「……前にさ……」
「え?」
「前にアスカに行った事、本気じゃないからね」
「うん、わかってるわ」
「……ありがと」
「さ、帰ろう。港の人、みんなが待っている。少しぐらいの失敗、マナならすぐに取り戻せるわよ。オキナハシティはこれからどんどん発展していくんだもの」

アスカの言葉を聞いたマナは自嘲して乾いた笑い声を立てる。

「私にはそんな自信無い……でも、ミサトさんが、前に言っていた事やっとわかった……あなたは100年に一人の大天才なんだって」
「そ、そんな、それはミサトの冗談よ」
「ううん、私も思い知らされたわ。頭を思い切り殴られた感じ」
「変な事言わないでよ……マナとアタシも同じよ」
「私がやってきたことは全部間違いだった気がするんだ……」
「……マナ、元気出してよ」

その時、街の夜12時を告げる鐘が鳴り響いた。

「ね、海に行こう?」

何かを思いついたのか、アスカはマナにそう話しかけた。

「え?」
「海岸で、星を見るのよ!」
「星!?」

マナの質問にアスカは笑顔で答えた。

「シンジ、港の人達にマナが見つかったって報せてきて。少し帰りが遅れるけど、もう心配はいらないからって」
「……わかったよ」

シンジが走って行くと、アスカはマナの腕を引っ張って海岸に向かった。

「ちょっと、早すぎるわよ!」
「急がないと、時間になっちゃう!」

アスカはマナを連れて、海岸までやって来て、空を見上げる。

「マナ……凄い星の数よね。宇宙にはアタシ達が住んでいるような惑星が五千億個ぐらいはあるのよ」
「へえ、じゃあ私たちみたいな人も住んでいたりして」
「あるわよ。きっと別の世界がたくさんね。アタシ、いつかそこへ行きたい。自分の造った発明品で。……そして別の世界を探すの」
「本気?」
「目を閉じると浮かんでくるのよ……」

そう言って目を閉じたアスカにならって、マナも目を閉じる。

「どんな?」
「そこではね、アタシはセカンドチルドレンとして、弐号機のパイロットになってね、シンジと出会って色々あってね、最後は赤い世界で二人っきりで暮らすの」
「想像にしては、随分具体的な話ね……」

マナはそう呟いて冷汗を垂らした。

「マナは、戦略自衛隊のスパイで」
「私の役は無理して作らなくていいわよ」
「無理かなあ」
「アスカならきっとできるかもね。でももうちょっと明るい世界の方がいいわよ」

そう言ってマナはアスカに笑顔を見せた。

「ふふ……ありがと……思った通り」
「なに?」
「マナはみんなの前では大人ぶってるけど、本当はそうじゃない……優しい思いやりを持った女の子よ。無理しちゃって……」

マナはアスカの言葉に嬉しそうに空を見上げた。

「マナ、そろそろ始まるわよ」
「え……何が?」
「しっ、黙って空を見てて」

すると、二人の頭上の上空に流れ星がたくさんの筋となって現れた。

「す、凄い……なんなのこれ」

マナは目を見開いて、驚きの声を上げた。

「流星雨よ」
「アスカの発明?」
「まさか。今日、この時間にこれが起きるってママが教えてくれたのよ、手紙で」
「……へえ……」
「――元気出た?」
「――元気どころか、腰が抜けちゃった」

アスカの微笑みに、マナも笑顔を返した。

「そうよね。感動モノよね」

……その後しばらくの間、流星雨はオキナハシティの全空に舞い満ちた。

「……私、港に戻る」
「うん」
「なんだか、いじいじしているの馬鹿らしくなっちゃった」
「もう……平気よね?」

アスカの問いかけにマナは満面の笑みで答える。

「うん……心配してくれてありがと」

マナはスッキリとした表情でオキナハシティの港へと帰って行った……。

「……よかった……でも、霧島商会の借金をなんとかしないと……」

そう言ってアスカは考え込んだ。

「大切な友だちのためだもんね! アタシも霧島商会のための一肌脱ぐか!」

アスカは港拡張工事の設計図を書くことを心に決めた。
しかし、借金の返済期限にとても間に合うような方法ではない。
困ったアスカは研究所に居るシンジとレイに相談することにした。

「私に考えがあるわ……任せて……」

とレイが言うと、シンジは少し冷汗を浮かべる。

「もしかして……アレをするつもりなの? 参ったな、綾波に変な事教えなければ良かった」
「変なことってどんなこと?」
「大人の世界の話だよ」
「何よ、シンジったらアタシを子供扱いして!」

そう言ってむくれたアスカをスルーして、レイは研究所を出ていった。
レイが最初に入った酒場では賭けポーカーが行われていた。

「お、レイちゃんじゃないか。君も混じらないか?」

すっかり顔なじみとなった客がレイをテーブルに招く。

「君との勝負は五分五分だからね。今日こそ決着を付けようじゃないか」

レイはコクリと頷いて席に着く。

「おお、これはいい手だ」
「私も負ける気がしない」
「ミーの勝ちは決定ザンス」

レイ以外の三人は、手札に自信があるのか、掛け金を桁違いに釣り上げて行く。
そしてレイも表情を変えずに降りずについて行く。

「どうだ! 8のフォーカード!」
「甘い! 俺はストレートフラッシュだ」
「ミーもストレートフラッシュザンス」

三人は誰もがレイの負けを確信したが、レイが無表情で出した手札を見て愕然とする。

「ロイヤルストレートフラッシュ……」

勝っても静かな笑みを浮かべるだけのレイに、逆にムッとした三人が心に火を点けたようだが、その日はレイの大勝だった。

「今日のレイちゃんは強すぎるよ……」
「何回もロイヤルストレートフラッシュを出すなんて……」
「ついてないザンス」

レイは三人から100万円ほど巻き上げると、颯爽とその酒場を立ち去った。
次にレイが立寄ったのは、東洋風の酒場。
ここでは東洋ではポピュラーなゲーム、マージャンが流行っているようだ。

「いつもレイちゃんはリーチとか安い役で上がるけど、今日はやらせないよ」

レイに対戦を申し込んだ男達は余裕綽々だったが、試合が進むと真っ青になった。

「四暗刻単騎・四槓子・字一色・大喜和!?」
「清老頭!!?」
「九連宝燈!!!!?」

レイのあまりの引きの強さに酒場中の大騒ぎとなった。
その後もレイはオキナハシティ各地の酒場を暴れまわる。

「3三 飛車成り」
「わしの負けじゃ、持ってけ泥棒!」
「e5 ビショップ」
「チェックメイト……だと……」

翌朝、レイが稼いだお金により、霧島商会は借金の危機を乗り越えたが、シンジとレイは不思議に思うアスカの質問をはぐらかした。

「僕はアスカを悲しませないために嘘をついたんだ。この前はアスカに真実を告白する事が正しいといったのにね」
「霧島さんが賭博のお金で立ち直ったと知ったらアスカは苦しむと思う。……それは、碇君の優しさだと思うわ」
「ありがとう、綾波。随分と気持ちが楽になったよ」

そういって、シンジはレイに向かって微笑んだ。
次の日、オキナハシティの酒場では、赤い目の悪魔が現れたとウワサになっていた……。