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第二十三話 レインボーブリッジ建造計画!
※他人にお酒の一気飲みを強要する事は暴力と同じです。絶対に真似しないでください。

朝から研究所に乱暴なノックの音が木霊する。

「アスカさん! 赤木アスカさんはいらっしゃいますか?」
「はぁ……またか。はーい!」

シンジはやっかいな来客だと確信すると、溜息をついてから返事をした。

「コウゾウ市長の使いの者です。至急、市庁舎においでいただきたいと」

警察官の言葉にシンジは不思議そうな顔で尋ねる。

「市長さんが? ……お仕事の依頼ですか?」
「はい、赤木アスカ博士に是非とも依頼したい仕事があると」
「はぁ、じゃあすぐに言った方がいいですね。おーい、アスカ!」

シンジが大声を上げると、二階から着替えを終えたアスカが降りてやってきた。

「話は聞こえていたわよ」
「……碇君、仕事の相手を待たせてはいけないわ」
「じゃ、ちょっと行ってくるね!」

アスカはそう言って駆けて研究所を飛び出し、市庁舎へと向かった。

「あ、アスカさん」

市長の執務室の前では側近の加持リョウジが待っていた。

「あ、どうもこんにちは。なんだか用があると聞いて来たんですけど?」
「はい、お待ちしていました。どうぞこちらへ――」

アスカはリョウジに案内されて執務室の中へ入った――。

「来たか」
「あの、ご用件はなんでしょう」

この前のゲンドウの邸宅の一件もあって、アスカは不安そうな目で市長の顔を見つめた。

「今度……オキナハシティと陸とを繋ぐ、架橋工事プロジェクトを立ち上げる事になった」

どうやら贋作についての件ではなかったらしい。
アスカはホッと胸をなでおろした。

「全長5キロを超える大架橋工事だ。完成すればおそらく世界一だろう」
「世界一の橋ってことは、それだけでオキナハシティの町興しにもなるし……是非やるべきですよ!」

市長の言葉にアスカは握りこぶしを上げて答えた。

「しかし、今の技術ではこのような橋を作ることなど不可能に近い」
「あ……なるほど」
「そこで、君の力を借りたいのだ。君にこの建設予定の橋の基礎設計、およびそれに必要な技術開発をやってもらいたい」

市長がそう言うとアスカは弾けるような明るい笑顔で大声を上げる。

「大仕事ですね……でも面白そう。はい、是非やらせてください!」
「うむ、では頼んだぞ」
「はいっ!」
「じゃ、さっそく研究所に戻って研究を開始しますので――!」

アスカはあいさつもそこそこに市長の執務室を駆け足で出て行った。

「……これでよかったのですか?」

アスカが立ち去った後の執務室で、市長は部屋の陰に隠れていたゲンドウに問いかけた。

「……うむ。どうやら首尾よく引き受けてくれたようだな」
「知事……あのような少女に、こんな大事業の計画を任せて、本当に大丈夫なのですか?」
「……問題ない」
「はぁ……」

ゲンドウの返事に市長は溜息をついた。

「フフフフ……赤木ナオコの娘よ、お手並み拝見だな」



アスカが橋の設計の依頼を引き受けた翌日の朝。

「――アスカーっ!!」

研究所のドアが乱打されると同時にマナの怒鳴り声が響いた。

「ん?」
「……あなたねえ!」

乱暴にドアを開けたマナは鬼のような顔でアスカをにらみつけた。

「ど、どうしたの? 血相を変えて……」
「どうしたも、こうしたも無いわよ! アスカ! あなた市長から、オキナハシティと陸を繋ぐ橋の設計……引き受けたんですって!?」
「そ、そうだけど?」

アスカはマナの気迫に押されながらそう答えた。

「すぐに止めなさいよ!」
「え!? どうして?」
「そんなもの作られたら、陸との往復で生計を立てている船乗りにとっては死活問題よ!」
「あ……」

驚いて呟くアスカの前で、マナは暗い顔になって沈み込む。

「それだけじゃないわ。オキナハシティの港だって、積荷のほとんどを陸路に取られちゃう……」
「そ、そんなこと無いわよ! 船便の需要だってそれなりにあるわよ!」
「……なんですって?」

アスカの言葉にマナは再び目を剥いて怒りだした。

「それに橋ができたって、それでオキナハシティ全体の景気が良くなれば……」
「…………」

マナは怒りのあまり言葉が出ないといった様子だった。

「そうすれば、オキナハシティ港に降ろされる積荷が減ったりはしない……わよ」
「…………」

アスカは脂汗を垂らしながらマナに話しかける。

「あの……マナ?」
「……やっぱり、アスカも向こうの人間ね」

突然悲しそうな顔でそう呟いたマナにアスカは戸惑うばかりだった。

「理屈ばっかりで、オキナハシティに暮らす人たちの事なんか全く目に入っていない」
「違うわ、マナ! 誤解よ!」
「……いいわ、アスカが止めないって言うなら直接市長の所に行くから。オキナハシティ港で働く人間の権利、必ず守って見せる」
「あ、マナ! 待ってよ!」
「アスカとは絶交よ!」
「あ…………マナ……」

マナが立ち去った後の研究所で、アスカは俯きながら呟く。

「アタシは……どうすればいいの……? オキナハシティ復興のためには、橋が必要なのよ……でもそうしたらマナの会社が……」

苦悩したアスカは、その日の翌日、市庁舎にレインボーブリッジの設計図を提出した……。

「アスカ、また街の再開発の範囲が広がったみたい。今度北に新しい通りができるみたいだよ。レインボーブリッジの建設が決定して、期待が高まっているのかな?」
「これからが本番ね!」

アスカは涙を拭いて元気に明日に向かって進もうと振る舞っていたが、その姿はどこか痛々しかった。



「……ん?」

すっかり街が静まり返った夜、アスカが使徒の死骸の側を通りかかると、レイがじっと佇んでいるのを見つけた……。

「………………一人目の私、二人目の私……やられてしまったのね。そして、私は三人目……」
「あれ? レイ?」
「………………」

レイはとても悲しそうな顔で黙り込んでいた。

「アタシに気が付いていないみたい。……でも……なんだかすごく寂しそう……」
「…………」

レイは無言のまま彼方へと歩いて行った。

「あ、行っちゃった……」

後にはポツンとアスカの姿だけが残されていた。



次の日の朝、アスカが港を通りかかると、船乗りたちが騒いでいるのが見えた。

「おい、マジかよ……!」
「ああ、嘘じゃないって!」
「しかし、信じられないな」

話の内容が気になったアスカは船乗りたちに話しかける。

「どうしたんですか?」
「あ? マナお嬢の友達じゃないか」
「アハハ、すいません。なんだか面白そうな話に聞こえたから……」

アスカの愛想笑いに船乗りは腕組みをして答える。

「いや、面白い話と言うよりは……」
「なんだか神妙な顔ですね。笑ったりしてごめんなさい」
「別にいいって。こいつがな……」

もう片方の船乗りの男は必死な顔になって騒ぎ出す。

「だから、嘘じゃないって!」
「マグロ漁から帰ってきた俺のダチなんだがな、帰ってくる途中の海で怪物を見たんだって」
「怪物?」
「ああ、身の丈は2、30メートルはあったかな……蜘蛛みたいに脚が何本もあって、そいつがよだれみたいに茶色い液体を垂らしたら、硫黄みたいな匂いがして、海が沸騰してたんだ!」
「希硫酸を吐く怪物!?」
「そんなホラ話、誰が信用するか。大方居眠りをしてたんだろ」
「……怪物、ねえ」

話を全く信用していない船乗りの男とは対照的に、アスカは眉間にしわを寄せて考え込んでいた。



その日、オキナハシティでは朝から花火がとどろき、賑やかな人々の声が波のようにうねっていた。
オキナハの伝統的な祭り、節祭が始まったのだ。
オキナハシティの市民以外にも観光客が見物人の中に混じっている。
研究所ではアスカが大量のたるを前に最後の点検をしている。

「シンジ! 速成醸造機で作った泡盛を会場に届けにいくわよ!」
「うんっ」
「――ね、レイも一緒に行かない?」
「私は人の多い所が苦手なの。……粗相をして、アスカに恥ずかしい思いをさせてもいけないから」
「そんなの気にすることないわよ」

明るく誘うアスカに、レイは穏やかな笑みを浮かべながらも断る。

「フフ……私は留守番しているわ。気にせずに行ってらっしゃい、アスカ」
「むぅ……じゃあ、何かお土産買ってくるからね」
「ええ、いってらっしゃい」

祭りのフィナーレだけあって、メイン会場となているオキナハシティの港は黒山の人だかりとなっている。

「――弐号機、この辺りでいいよ」
「…………ウォン!」

弐号機に指示をして、アスカは会場の中央にギネス級の巨大なたるを据え付けた。
そして泡盛は市の職員に託され、そこから子供を除く会場を訪れている全ての人に振る舞われた。

「とってもおいしいオキナハ産の泡盛りですよー!」
「どれ、いっぱい貰おうか」
「あら、おいしい!」
「こ、これは本物の古酒クースじゃあ!!」
「何杯も飲みたくなるわね」

市民にはとても好評のようだ。

「サーターアンダギーやちんすこうもありますよー」
「オキナハの菓子類にこれほど合う泡盛は私の知る限り存在しない……」
「てめえはうるさいから黙ってろ!」

会場に居た色付きサングラスをかけた某知事のうんちくは市民から煙たがられていた。

「……うん、街の人たちも喜んでくれているみたいね。大成功♪」

アスカは盛り上がる会場を上機嫌で眺めていた。

「私も一杯いただくわよ♪」
「あ、ミサトもさっそく来たわね。おいしいからってビックリしないでよ!」
「アスカさーん!」

アスカの元にミサトとヒカリも笑顔で駆けつけて来た。

「凄い人混みですわね」
「うん、大盛況よ」

マナも会場に来ていたが、アスカに話しかけずに無言でにらみつけるだけ。

「あ、マナ……?」
「ふん……こんな所で油を売っていていいの? ま、あなたは市長からでっかい仕事を請け負ってウハウハなんだもんね。私達の血税を使って役に立たないものばっかり建てて! ついに談合の仲間入りってわけね」

マナは意地の悪い視線をアスカにぶつけてニヤリと笑った。

「……そ、そんなことしてないよ」
「うわぁ、カマトトぶっちゃって……」
「…………」

アスカの顔はオキナハシティに来てから一番の暗い顔をしていた。

「霧島さん?」

シンジがマナの顔を見て驚いた声を上げた。

「いまあなたが配っている泡盛りだって、聞くところによると、知事からの市民に向けてのご機嫌取りって話じゃないの――」
「と、知事さんには仕事で頼まれただけよ」
「霧島さん! これ以上アスカをいじめると、僕は……!」

シンジが怒って、険悪なムードになったところにミサトが割って入った。

「まあまあ、二人ともお酒でもグーッと飲んで仲良くやりなさいよ」

ミサトは赤い顔でアスカとマナに泡盛の入ったグラスを強引に勧めた。

「ミサトさん! アスカ達はまだ未成年ですよ!?」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ、アスカ、ぐーっと行っちゃいなさい!」

そう言ってミサトはアスカの抵抗を振りきってその口に泡盛を流し込んだ。

「ア、アスカぁ~!!」
「んぐんぐんぐんぐ……ごっくん」
「いい飲みっぷりじゃないの♪」
「アスカが急性アルコール中毒で死んだらどうしてくれるんですか!」

シンジはそう怒鳴ったがミサトは相変わらずニヤケ顔をしていた。

「……うにゃ?…………こんな所にかわいいワンコ君が居るにゃ」

酔ったアスカは突然側に居たシンジを思いっきり抱きしめた。

「僕は、犬じゃないよアスカ!」
「ふふん、しっぽなんて振っちゃって、かわいい!」

アスカはそう言うと、泡盛を口に含んで、シンジの唇を突然奪った!

「二人とも、不潔です!」
「うわぁ、アスカったら大胆~!」

その口付けは長く及んでいた。

「あらまあ…………この子達ったら!」
「一万人の前で公開キスシーンって、映画の撮影かなんか?」
「そういえば、女の子も男の子もアイドルみたいねえ」

さらに酔いが回ったアスカは上機嫌でシンジに向かってサービスを始めた。

「ほーら、アタシの胸とっても柔らかいでしょう。もーっと押し付けてもいいのよ!」
「あ、あのアスカさん、よかったら私も」
「舌を入れてのディープキスなんて、アスカもやるわね」
「なによ、バカバカしくてやってられないわ!」

マナは猛ダッシュで宴の雑踏の中に姿を消して行った……。

「アスカってばやっぱりシンジ君の事が好きだったのねー」
「そうよ! アタシはシンジのためなら何でもしちゃうんだから! ここで裸になることだってできるのら!」

そう言ってアスカは上着をポイっと投げ捨ててシャツだけになった。

「ほーら! シャツの次はブラまでとったって平気なんだからー」
「こ、これは止めないとまずいわね!」

ミサトとシンジは慌ててアスカを押さえこんだ。

「うーん、もし浮気なんかしたらアンタを殺してアタシも死んでやるから……」

気を失う前に呟いたアスカの言葉に、シンジは嬉しさと恐怖が入り混じった気持ちになった。



そして……翌日。
研究所の二階の寝室で、パジャマ姿のアスカはシンジの看護を受けている。

「うー……頭が痛いよ……。シンジー、キモチワルイ」
「まったく、大変だったよ……」
「ねえ、アタシなにか喋ったの……? 全然覚えてない」
「ああ、アスカさん……この苦しみを代わって差し上げたい……」

お見舞いに来ていたヒカリも、辛そうな顔でアスカの事を見つめた。

「なんか頭がズキズキするわ……」
「でも……昨日の事を何も覚えて居なくて、シンジさんにとっては良かったですね」
「?」

ヒカリの言葉にアスカが首をかしげていると、研究所のドアがノックされ、ミサトが二階へと上がってくる。

「おはよう♪ どう、調子は?」
「うーん、……あんまりよくない」
「ちょっと待ってなさい、とっておきの裏技を使うから」

ミサトはそう言ってアスカの口に何かを放りこんだ。

「す、すっぱーい!」
「ふふ、葛城家に代々伝わる、梅干しの古漬けよ。吐き気が吹っ飛んだでしょう? さて、お次は……」

ミサトは手に下げたカバンの中から注射器とアンプルを取り出した。

「心配しないで、ただのブドウ糖溶液だから」
「注射はイヤー!!」

突然暴れ出したアスカを三人がかりで押さえてなんとか無事に注射を終えた。

「二日酔いの症状はね、無糖と脱水の二つが要因なのよ。これで割れそうな頭痛からもおさらば! 効果てきめんよ♪」
「ミサトさんて、注射の手つきとか慣れてますね」
「まあ、医者の代わりを長年やらされてきたからね……」

落ち着いたアスカの様子を見て、ミサトは安心したように頷く。

「さあて、私はそろそろ行くわね。今日はちょっち忙しいの。昨日のお祭りのツテでね、大口の寄付金契約がまとまりそうなのよ」
「ミサトさん、アスカを助けてくれてありがとう……って元々あなたが原因じゃないですか!」
「ごめん、ごめん……ああっ!」

突然よろめいたミサトが、手に持ったカバンを床に落とした……!

「……情けないところ見せちゃったわね」
「あっ、大丈夫ですか?」

ヒカリが驚いた様子でミサトに声をかけた。

「……ちょ、ちょっち、立ちくらみ。私も二日酔いが残ってるみたいね」
「顔色、悪いですわ……真っ青」
「あとで、自分にも注射を打っておくから平気よ。じゃあアスカの事頼んだわ」
「はい」

ヒカリもが笑顔で引き受けると、ミサトは満足したように立ち去って行った。

「でも、葛城さん、本当に大丈夫なんでしょうか……」
「うん……」

アスカの胸に何やらモヤモヤとした不安のようなものが湧きあがるのだった。