第二十二話 慌てて泡盛製造作戦!
「おっはよー、アスカ居る?」
「あ、ミサトじゃない。おはよ」
ある日の朝、アスカの研究所にミサトがやってきた。
「ねえアスカ、最近体の調子はどう?」
「え? 元気いっぱいだけど?」
キョトンとしたアスカの言葉にミサトが念を押すように尋ねる。
「ばっちり?」
「ばっちりよ!」
アスカは笑顔でミサトにピースサインをした。
ミサトもつられたように笑顔になる。
「よしっ――この研究所にはまだ現れていないようね」
「……何の話?」
「もちろん、仕事の依頼。アスカは病理関係の事についても強いわよね?」
「まあ、いろいろテクノロジーを応用すれば……それなりに」
ミサトはアスカの言葉を聞くと満足げに頷いた。
「結構。実はアスカにさる病気の撲滅を頼みたくて」
「猿病??」
「違うわよ! ……オキナハシティにはここ10年毎年決まった時期に流行する厄介な風土病があってね。9月熱って言うんだけど」
「9月熱? 今ちょうど9月よね」
「そう、そろそろ9月熱の大流行期なの」
「その病気をやっつけるの?」
アスカの質問にミサトは暗い顔をして答える。
「命にかかわる病気じゃないんだけどね。――毎年この時期になると街の大半の人がやられちゃうわ。これにかかると体がだるーくなって、仕事どころじゃなくなっちゃうのよね」
「それは町興しをするのに困っちゃうね」
ミサトの言葉にアスカは考え込む仕草をした。
「今回も、アスカの天才ぶりを見せてちょうだい」
ミサトは笑顔になってアスカの方をポンと叩いた。
「……ところでさ、ミサト」
「なぁに?」
「顔色悪くない?」
アスカは気になっていた事を指摘した。
「えっ? そう?」
「うん……」
そう言われたミサトは困った顔になりながらあきれた感じになる。
「いやだわ……もしかして、さっそく当の9月病かもしれないわね」
「えっ、平気なの?」
「あっ、近づいちゃダメよ。……移るといけないし」
心配して近づこうとしたアスカをミサトは手で制した。
「家に帰って寝た方がいいわよ」
「わかったわ。……とにかく、本格的に流行が始まるまでによろしくお願いね」
そう言ってミサトが立ち去った後の研究所でアスカは考え込んだ。
「……んー、病気退治か」
「本当はお医者さんの仕事なんだけどな……ミサトさんも無茶を言うよ」
「そうね……でもみんな困ってるんだし、頑張るわ」
「それでこそ、僕の好きなアスカだよ」
アスカとシンジは笑顔で見つめあったが……アスカが首をかしげる。
「今……僕の好きな……とか言わなかった?」
「あ……そ、その……」
つい口が滑ってしまった、とシンジは慌てて口を押さえた。
「で、9月熱だっけ、大丈夫なの?」
シンジが必死に話を反らそうとしたので、アスカはそれ以上追及するのを止めたようだ。
そして、思考を巡らし、アスカは口を開く。
「うーん……街に聞き込みに出てみようかな……?」
「どうして?」
「毎年流行ってるってことはさ、何かこの時期特有のものが原因になっているんだろうしさ、だから……」
「ふーん、手堅いね。原因が分からなければ対策の立てようが無いってことか」
アスカとシンジはお互いの手を握りしめて気合を入れる。
「うん、じゃあ行くわよっ!」
シンジと手分けをして聞き込みをすることにしたアスカは、オキナハシティの港へとやってきた。
「あ、おじさーん」
「げげっ、あの時の金髪娘!」
アスカに話しかけられたヘッポコ漁師は引きつった顔でそう呟いて立ち去ろうとした。
以前に2回もアスカに関わって痛い目に遭っているからだ(自業自得とも言う)
しかし、アスカの方はキレイさっぱり彼の事を忘れているようだ(その存在の軽さから)
「あの、9月熱のことでお尋ねしたいんですけど……」
「9月熱……ああ、もうそんな季節か。でも、そんなことを聞いてどうするんだ?」
アスカが漁師に事情を話すと、漁師は考え込んだ後、鼻くそをほじくりながらアスカの質問に対して答える。
「あれはオキナハシティの風物詩みたいなものだし……俺が子供のころはまだ無かったかな。昔、使徒の襲来があって、オキナハシティの島が動かなくなってしまってからな」
「そういえば、ここ10年ぐらいに流行り出したってミサトも言ってたっけ……」
そう呟きながらアスカもあごに手を当てた。
「もう聞きたい事は無いだろ? 俺は最近は真面目に仕事をしなきゃならないんだ」
「いえ、おじさんも9月熱には気を付けてください……」
礼を言ってアスカが立ち去ろうとすると、漁師が呼び止める。
「気を付けるも何も、俺はかかった事無いよ、9月熱なんて」
「え? どういうことですか?」
「9月熱って言うのは陸の連中の病気さ」
「漁師さんだけがかからない……どうしてなんだろう」
しばらく考え込んだアスカは、頭上に明かりのついた電球でも輝いているかのようにパッとひらめいた顔をする。
「あの、漁師さんだけしか食べない魚とかありますか?」
「ああ、ハリセンボンだな、今の季節なら腐るほどあるよ」
そう言って漁師は漁船から次々とハリセンボンの入った木箱を降ろして行く。
「うわー、これ全部ハリセンボンなの?」
「旬の魚だからな。特にキモが痛みやすくて陸にあげたらすぐ痛んでしまうんだ。だから水揚げしたら、陸に揚がる前に船の上ですぐに肝抜きをする――ハリセンボンのキモの味は海の男限定の味ってわけさ」
少し自慢げに言う漁師の前で考え込んでいたアスカは、きりっとした表情になって漁師に頼む。
「……おじさん!」
「な、なんだ?」
「余ったキモってどうするんですか? 捨てちゃうんですか?」
「まあ、陸の上で処分しているけどな」
「……それって貰えます?」
「捨てる手間が省けて助かるけど……ニオイがきついぜ?」
「全然構いません、問題無しです」
「……お、おう……ならいいんだが」
漁師の返事を聞くとアスカは笑顔になる。
「じゃあ、全てもらっていきますね」
「おいおい、全部って。車でもなきゃとてもじゃないが……」
「大丈夫です♪」
アスカは服の下のペンダントに込められたエヴァンゲリオンのコアを握りしめると、空に一声、するどい召還の雄叫びをあげた!
「にごぉぉきぃぃ――!!!!」
その頃、研究所ではレイが一人静かに本を読んでいた。
部屋の片隅に静かに佇んでいた弐号機の目に光が入ったのをレイは目撃する。
「……どうしたの?」
「…………ウォン」
「アスカが、呼んでいるのね?」
「ウォォォォン」
「じゃあ、早く行ってあげるといいわ」
レイが笑顔を浮かべて弐号機に話しかけると、弐号機も了解と答える。
「……ウォォォン!!」
「私はここで本を読んでいるわ……じゃあ頑張って」
研究所の外にがっしりとした足取りで出て来た弐号機は空中に飛び上がり、アスカの待つオキナハシティの港に向かって飛行を続ける。
「……あっ、きたわね。こっちこっち!」
ドドーーーーン!!
大きな轟音と地響きを立てて弐号機がアスカの側に着地した。
「ウォォォォン」
「ば、化け物だーー!!」
弐号機を見た漁師は悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。
「まったく、弐号機を化物だなんて、失礼ね。……弐号機、この荷物を全部研究所まで運んで」
「ウォン」
そしてアスカが研究所に戻ると、シンジも聞き込みを切りあげて戻って来ていた。
「……と言うわけなのよ」
「ハリセンボン……この魚のキモが9月熱の特効薬になるんじゃないかというんだね」
「アタシの勘に間違いが無ければね」
アスカは喜々としてシンジに木箱を見せる。
「弐号機に頼んでいっぱい運んで来てもらったのよ♪」
「……それにしてもかぐわしい匂いだね」
シンジは必死に鼻を押さえていた。
「よしっ、完成。うん、なかなかの出来映えね! さっそくミサトの所に届けに行こうっと☆」
笑顔で神社にかけつけたアスカはミサトに感謝される。
「アスカ、あなたの薬のおかげで、どうやら9月熱はオキナハシティから根絶されたそうよ」
「それは、よかったわね」
「ご苦労さま。はい、これ報酬」
ミサトは笑顔でアスカに仕事の報酬を渡した。
「わぁ、ありがとうミサト☆」
「ふう……これで積年の問題もまた一つ片付いたわね」
「ねえ……ミサト」
「ん、どうかした?」
「アタシの薬、飲んでくれた? なんだかまだ顔が青いわよ……?」
「ええ、飲んだわよ。今にバッチリ回復するから大丈夫」
アスカはミサトの笑顔に見送られて神社を後にした……。
それから数日後の朝の事。
研究所のドアが激しくノックされる。
「赤木アスカさん!! 赤木アスカさんはいらっしゃいますか!?」
「あ、どちら様ですか?」
「知事、碇ゲンドウ氏からの伝言です」
応対に出たシンジは警察官のその言葉を聞くと顔をしかめた。
「ゲンドウ氏の邸宅に直接赴いて頂きたいとの事――。お仕事の依頼があるそうです」
「はぁ……」
「確かに伝えましたよ」
シンジの溜息を無視して、警察官は言い捨てるようにしてその場を後にした。
「シンジ、誰だったの?」
「またアイツがアスカを呼んでいるんだってさ」
「ふーん、行ってみるしかないわね」
不機嫌さと不安さが入り混じったシンジに見送られてアスカはゲンドウの邸宅へと向かった。
「ごめんくださーい」
アスカはチャイムを鳴らし、迎えに出た執事に招ぜられて邸内に入った。
「良く来てくれた、赤木アスカ君」
ゲンドウは葉巻を吸いながら堂々とした態度でアスカを迎え入れた。
「今回は何のご用でしょう」
「実は君に頼みたい事があってね。来月、オキナハシティで行われる節祭についてなのだが」
「はい?」
「祭りのフィナーレで、私はオキナハシティの市民全員に祝い酒を振る舞いたいと考えている」
ゲンドウの言葉にアスカは驚いた声を上げる。
「市民全員!? ……いったい何万本になるんだろう……」
「節祭は豊作祈願の祭りなのだそうだ。そこで私はその趣旨を尊重し、市民への振る舞い酒には、オキナハシティ産の泡盛を使いたいと思った――」
「なるほど……」
「しかし、オキナハシティの酒造業者に尋ねてみたところ、必要な数量をとても確保できないと言ってきおった」
「まあ……泡盛を作っている業者は9人以下の零細企業が多いですからね」
「2004年の沖縄ブームの時は県外に輸出するほど盛り上がったらしいが……焼酎などに圧されているからな」
「ええと、お酒に関するうんちくはそのぐらいで」
アスカがそう言ってゲンドウを宥めると、ゲンドウは姿勢を正してアスカの目を見つめながら話す。
「だが、私はあくまでも初志を貫徹するつもりなのだよ」
「うわ……何か嫌な予感がする……」
アスカは冷汗を浮かべながらゲンドウの言葉を待った。
「無いなら造ればいい。そこで君の出番と言うわけだな」
「造るって……泡盛をですか?」
「そうだ。幸い今年は近隣の田んぼは大豊作だったそうだぞ」
「あの……もう祭りの時期まで一ヵ月を切っているんですけど」
「研究者として、やりがいのある仕事だとは思わないかね?」
ゲンドウはそう言ってアスカを挑発するような笑みを浮かべた。
「それとも、やりもしないうちから泣き言を言ってシンジに泣きつくのかね?」
「…………!」
シンジの事を持ちだされたアスカの怒りは頂点に達した!
「むぅぅぅぅ!!!!」
「……で、引き受けてきちゃったの?」
研究所に戻ってシンジにそう言われたアスカはうなだれた顔で答える。
「アタシ、頭に血が昇ってしまって……」
「父さんの挑発にまんまとのってしまったんだね」
「…………ごめん」
「もう少し、穏やかになって欲しいんだけどな、アスカには……」
「……むー」
シンジはすねたアスカの顔を見て溜息をついた。
「まぁ……とはいってもわかるけどね。敵に後ろを見せられない気持ちは」
「……別に敵じゃないわよ」
「おまけに向こうは4選確実とまで言われている剛腕知事……まともにケンカしたら痛い目をみるだけだよ」
シンジにそう言われてアスカはあごに手を当てて考え込んだ。
「その上……あいつはなぜかアスカの事を好いている」
「アタシはあんなおじさんと援○する気は全くないわよ!」
「そう言う意味でいったんじゃないけど……でも強い関心を持っている事は確かなんだよね」
「そうなの?」
アスカは寒気を感じたのか、肩を抱えて体を少し震わせた。
「単に節祭で泡盛が必要だと言うなら話は簡単だよ。タイワンやインドネシアとかから適当なものを輸入すればいいし」
「それはダメ!」
「父さんはそんな風にアスカが悩む事を見越して意地悪く難題を吹っ掛けてきたのかもしれないね」
「……うーん」
「やっぱり気に入られている証拠。その難関をどう切り抜けるか……その才を試しているんだよ」
「……むぅぅぅ」
「アスカの気持ちはわかるけどさ」
「昔から泡盛を飲んでいる人には外国産だとわかっちゃうよ」
「じゃ、一体どうするの? 古酒なんで到底無理だろうし」
「やっぱり、昔ながらの味じゃなくちゃ」
「正攻法で行くの? でも、今から仕込んでもとても間に合わないと思うよ」
シンジの疑問にアスカは頭を抱えてウンウンとうなっている。
そして、しばらくして……。
「…………むぅぅぅ…………よしっ!! こうなったら速成醸造機を作るわよ!」
「なるほど、それが一番発明家らしい解決法だね。でも速成醸造機を作れたとしても、ある程度の熟成期間は必要だよ」
「逆算したところ、あと1週間以内がいい所ね。頑張りましょう!」
そして数日後……速成醸造機の零号機が完成した。
「……ふぅー。これでなんとかなりそうね」
アスカの設計図をもとに街の各地で速成醸造機が造られ、稼働を始める。
「速成醸造機・初号機、リフト・オフ! ……ってなんで私が言わなくちゃならないのかしら?」
急に呼び出されたミサトは首をかしげながらもアスカに渡されたカンペを読んだ。
「しっかし、泡盛がたくさん飲めるなんて楽しみだわ♪」
「無料なのは一杯までだからね。それ以上は有料よ! っていうかミサトがガバガバ飲んだら足りなくなっちゃうかもしれないからね! 気を付けてよ」
「私もさすがにドラム缶単位では飲めないわよ……アスカは私を何だと思っているの?」
「うわばみ」
「歩くビア樽」
シンジとアスカの言葉にミサトは悲鳴を上げる。
「ちょっち、それはひどいわよ! シンちゃんまで!」
こうしてオキナハシティ全土で泡盛を大量供給する事が可能になった……!