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第十八話 熱風! 爆裂! 花火ボンバー!
夏祭りの時期が近づき、活気づいているオキナハシティ。
人混みでごった返す街の通りでアスカは朝から姿を消したシンジを探していた。

「シンジ、どこ行っちゃったの……?」

元気の無いアスカが海岸通りを歩いていると、視界の隅に日本料理店『洞木屋』の前で話しているヒカリとシンジの姿を見つけた。

「ここは、洞木財閥の力を借りるしかないと思って……」
「……ええ、私ならきっと力になれると思います、シンジさん」

シンジとヒカリは真剣な顔をして冷たい雰囲気で話していた。

「アスカの身を狙う組織に対して、大至急、圧力をかけて欲しいんだ」
「お金で何とかなりそうな話ですわね。……お任せください」

アスカは、シンジがいつも見せない別人のような冷たい目をしているのが分かった。
それは、初めてシンジに会った頃の目にそっくりだった。

「シンジに、あんな眼をさせちゃいけない……!」

アスカはシンジの元に駆けつけようと思ったが、人通りが多くてなかなか前に進めないでいた。

「頼んだよ――じゃあ、僕は襲撃者を追いかけるよ」
「頑張ってください」

シンジはヒカリにそう言い残すと、身を翻して姿を消した。

「ヒカリっ!」
「あ、ああ……アスカさん」
「今、ここにシンジが居たよねっ!」
「え? ええ……まぁ」
「何を話していたの?」

ヒカリはアスカの質問に冷汗を垂らしながら答える。

「世間話とか……」
「嘘っ! シンジはとっても冷たい目をしていた!」

アスカに詰め寄られてヒカリは思わず目を反らした。

「シンジ、今朝から様子がおかしかったんだ。……せっかくアタシに心を開いてくれたと思ったのに……前みたいに戻ったらやだよぉ……」
「大丈夫ですわ。きっといつもの穏やかで優しいシンジさんのままで戻ってきます……」

ヒカリに説得されて、アスカは何とか研究所へと戻った……。
そして、日が暮れてもアスカは溜息を吐きながらずっと憂鬱な表情でシンジを待ち続けた……。

「……シンジ、まだ戻って来ない?」
「……ええ」

アスカの呟きにレイが答えた。

「弐号機、なにか聞いていない?」
「……ウォン」
「ホントに?」
「……ウォ……ン……」

弐号機の否定の返事を聞いたアスカは机に突っ伏した。

「うーん……最近、シンジの言う事を聞かなかったから怒っちゃったのかな……」

そう言ってアスカはキッチンで湯気を上げている寸胴鍋を見つめる。

「でも、今夜は奮発してシンジの大好きなお味噌汁をたくさん作ったから♪ これでシンジの機嫌もバッチリ直るわよ♪」

そのアスカの言葉を聞いてレイはクスリと微笑む。

「……アスカと碇君って、まるで兄妹みたいね」
「まぁ、そんな感じね。ちなみにアタシの方がお姉さんだから――エヴァンゲリオンの起動実験事故でアタシが生まれてすぐ、ママもパパも居なくなっちゃったけど……。アタシが寂しい思いをしていた時に目の前に現れたのがシンジなのよね」

アスカは少しあきれた感じの表情になって話を続ける。

「もう小さい頃から細かい事にうるさくって」
「そう……」
「それにしても戻って来ないわね……」

アスカはそう言って再び憂鬱な顔でため息を吐いた。

「……ん? 今何か表で倒れる音がしたわよね!?」

アスカとレイが急いで玄関の外に出ると、研究所の前の地面に力尽きたシンジが倒れていた。

「シンジっ!?」
「……た、ただいま。今日の仕事はどうだった?」
「何言ってるのよ! 仕事よりシンジの方が大変じゃない!」
「ご、ごめん……」
「早くお風呂に入って、ご飯を食べなさいよ!」
「そうだね……今日は疲れたよ……」
「今日はシンジの大好きなお味噌汁を鍋いっぱいに作ったんだから! 早くお風呂に入って来てよ――っ」

アスカはそう言って味噌汁を温めるために研究所の中に戻って行く。
外にはシンジとレイが残された。

「アスカの笑顔はやっぱりとても輝いている……僕には眩しすぎるくらいだよ」
「そうね」
「痛くて自分で歩けそうにないや……」

レイはシンジに方を貸して歩きはじめる。

「強敵だったみたいね」
「うん、思っていたよりも強かった。でもアスカが襲われるようなことは、二度とないと思う」
「あなたたちの関係は本当にうらやましいわ……」
「そうかな?」
「私は今、自分の目的を忘れているけど……。できる事ならあなたのような素敵な使命を背負っている事を願いたいものだわ」

その夜、シンジはアスカのしょっぱすぎる味噌汁をたくさん飲まされた。

「きっとこれはアスカの涙の味なんだ……。そう思う事にしよう」



そして、8月の末日。
この日は夏祭りのメインイベントとして花火大会が行われる日だった。
研究所ではアスカ達が気合を入れている。

「――シンジ! ――弐号機!」
「うん、任せて」
「…………ウォン」
「打ち上げの手順はバッチリ頭に叩き込んだよ」

自信満々に頷くシンジと弐号機にアスカは安心したように笑顔を見せた。
しかし、シンジの方を見て少し悲しそうな顔になる。

「ごめんね、一緒に花火を見たかったのに」
「仕方ないよ、仕事なんだし。アスカは洞木さん達と楽しんでおいでよ」
「……そう言う意味で残念がっているんじゃないのよ、この鈍感」

アスカはシンジに聞こえないようにそう呟くと、溜息をついた。
嬉しそうに花火を見る恋人達を見て、アスカは嫉妬を抑えられるかちょっとだけ不安だった。

「ね、レイも一緒に行かない?」
「私はいい。人混みは、苦手だから」
「そう……残念ね……」
「ごめんなさい、アスカ。でも、私はここで留守番しながら本を読んでいるわ……」

そんなレイの言葉を聞いてシンジが不思議そうに尋ねる。

「ねえ、綾波って小説ばかり読んでいるよね。そんなに楽しいの?」
「たくさんの人の人生を知ることができるから。ヘタなノンフィクションより、遥かに面白いわ……」
「ねえ、一度ぐらい行ってみない? みんなと遊ぶのは楽しいわよ?」
「……いいの。私は本当に本を読むのが好きだから」

レイがそう答えると、アスカは少し悲しそうな顔で考え込んだ。

「私は、ここからアスカの作った花火を見物させてもらうわ」
「うん、じゃあ絶対見ててよね」

シンジも弐号機と共に改めて気合を入れ直す。

「さ、僕達も行くよ、弐号機っ! ――作戦開始っ!」
「…………ウォォォォン!!!」

ざわざわざわ……

2週間に渡って行われた夏祭りのフィナーレを飾る、オキナハシティ初の大規模花火大会……。
そのメイン会場となる、使徒の襲撃で廃墟になっていた辺野古地区には人が溢れかえっている……。

「今夜上がる花火はね、全部アタシが作ったのよ」

アスカは笑顔で側に居るマナとヒカリに話しかけた。

「え、そうなの?アスカ、打ち上げ花火まで作れたんだ」
「アスカさんは殊のほか爆発系がお好きですものね……」

驚くマナとは対照的に、ヒカリは落ち着いた様子で微笑んだ。

「へー。でも専門の職人でもないアスカの花火なんて、本当に大丈夫なの? 線香花火ならともかくさ、打ち上げよ、打ち上げ?」
「……そうですわね」

ヒカリも少しだけ不安そうな表情を見せた。
アスカは先ほどからずっとホクホク顔だ。

「……アスカさんの技術を疑う訳ではありませんが、大型の花火製作は、熟練したその道のプロでも危険と聞きますし……」
「なんだか、不安になって来たわよ……。怪我人なんか出たら冗談じゃないんだからね?」

マナは冷汗を垂らしながら困ったような表情で溜息を吐いた。

「平気よ」

アスカはマナの言葉に胸を張って答えた。

「何を根拠に?」
「打ち上げのセッティングをしているのはシンジと弐号機だから」
「あ……なるほど。あの方たちなら、もしもの事があっても平気ですわね」

ヒカリは完全に他人事だと言った様子で言いきった。

「なんか、悪い予感がするのよね……」

マナは信用していないと言った目つきでアスカをにらみつけた。

ヒュルルル……ドォォォォン!

「わぁ……キレイ」
「素敵ですわ……」

マナとヒカリの感想を聞いて、アスカは満足したように頷く。

「うん、デンジャーマイン、見事に決まったわね♪」

街の住民たちも歓声を上げている。

「夢の世界みたい……」
「使徒襲来で死んだ娘にも見せてやりたいなあ」

アスカ達は夜空に繰り広げられるヒカリの饗宴に、しばらく時を忘れて酔いしれた。

「…………終わってみたいね」

マナが満足した様子でそう言葉をもらした。

「素晴らしかったですわ」

ヒカリも笑顔を浮かべて褒めたたえた。

「まだ終わりじゃないわ。次に上がる最後の一発が、今夜のメインイベントよ!」

アスカは勝ち誇ったような笑顔を浮かべて仁王立ちしてそう宣言した。
そして、突然辺りにドラムロールの音とファンファーレが響き渡る――!

「ラストを飾るのは、世界最大のロクシャク玉花火! 開花直径は、なんと2キロ! 夜空一面に咲く大輪の花!」
「え?2キロ……って2,000メートル!?」

アスカの言葉を聞いたヒカリが驚いた顔で悲鳴に近い声を上げた。
マナは反対に嬉しそうな笑顔になる。

「いいわねー。そういう景気が良いの、私大好き☆」
「……あの、つかぬことをお伺いしますが、打ち上げ花火って、どのくらいの高さで爆発するものなのでしょうか?」

アスカはヒカリの質問に平然と答える。

「確か、600とか700ぐらいかな?」

アスカの言葉を聞いたヒカリは胸を押さえて金切り声を発する。

「た、大変!」
「なにが?」

ヒカリはぶるぶる震えながらアスカに向かって話し始める。

「い、いいですか? 仮に爆発の高度が700メートルとして、花火の開花直径が2,000メートル……」
「それがどうかしたの?」

マナが不思議そうな顔をして尋ねると、ヒカリは歯を食いしばって答える。

「余った1,300メートル分、地上は花火の爆発に巻き込まれますっ!」
「あ、ああああーーーーっ!」

アスカもやっとその事実に気がついたのか、悲鳴を上げた。

「早く、発射の中止をっ! このままじゃ、爆心地に居るシンジさんが!」
「もう……間に合わない」

目から涙をこぼして崩れ落ちるアスカ。
マナは市民の安全を守るために、拡声器を手に取った……。

「夏祭りに参加しているみなさん! 頭を抱えて地面に伏せてくださーいっ!!」

突然ざわつく街の住民達。

「伏せろって……一体何かしら?」
「おっ、なんかのアトラクションかな?」

一方、少し離れた場所に居たアスカ達。
ヒカリがマナに先ほどの発言の意味を尋ねる。

「なんですの、さっきのは?」
「……耐爆姿勢」

ヒュルルルル……

打ちあがる花火の音にマナは素早くアスカの腕を取って、強引に地面に引き倒した。



『夏の楽しみは、幻のように去って、ささやかな秋の気配が訪れる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか、親愛なるナオコママ。……地上に降り注いだ秒速30メートルの爆風は、廃墟だった辺野古地区を焼き払い……シンジは弐号機のATフィールドに助けられたらしく、友達のマナも悲鳴を上げて飛んでいってしまったものの、幸い怪我人もなかったものの、おかげで辺り一面、すっかりキレイなものです。でも、人生山あり谷ありのことわざ通り、このおかげで辺野古地区の再開発にゴーサインがでたそうですから……。まぁ結果オーライと言う事で……明日から、また仕事です』

夏祭りが終わった後、アスカは机に向かって新しい母親、ナオコに当てた手紙を書いていた。

「アスカ……この前のクーラーと言い、僕は2回も死にそうになったよ」
「えへ、ごめんシンジ、次からは気を付ける」

あくまで危険な発明を止めようとしないアスカに、シンジは溜息をつくのだった。