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第十六話 熱帯夜の雪山遭難!
夜中の研究所にアスカの高笑いが木霊する。

「ふふふ……、ついにやったわ!アタシは錬金術を極めたのよ!」

アスカの手には大きな黄金の塊が握られていた。
その様子をシンジは困惑と感心が入り混じった顔で見つめて溜息を吐く。

「まったく……とんでもないものを作ったね」
「これで’金’をジャンジャン研究に使えるわね。金の持つ高い比重!電気の良伝導性!そして、驚くべき柔軟性!」

天真爛漫なアスカの笑顔にシンジもクスリと微笑む。

「でも……この研究結果は封印するべきだろうね」

シンジが悲しそうな顔になって発した言葉にアスカは驚く。

「えーっ、どうしてよ?」
「よく考えてみてよ。この成果を世間に出せば、兌換銀行券(金本位制度)で成り立っている世界経済は崩壊しちゃうよ」
「……そうね」

アスカは気落ちした感じでシンジの言葉に頷いた。

「じゃあ、この金の塊は……リツコ姉に売りつけちゃおうか?」
「えーっ!?まだ懲りてなかったの?」

アスカの提案にシンジがあきれ半分驚き半分といった感じで叫んだ。

「研究費+αぐらいもらっても、バチは当たらないんじゃない?ちょうどリツコ姉もオキナハシティに来るって言うし」
「前みたいな結果にならなきゃいいけど……」



二人は夜中のオキナハシティの港へとやってきた。
アスカ一人だと心配だったので今度はシンジもついてきたようだ。

「――で、これを私に買い取って欲しいと言うのね?」
「そうよ」

自信満々に言い切るアスカの後ろでシンジはハラハラしていた。

「それにしても大きな金塊ね。どこで手に入れたの?」
「シンジがね……裏の畑を掘れって言ったから、掘ってみたら出てきたの」

アスカの言い訳に、シンジだけでなくリツコの側の空気も音を立てて凍りついた気がした。

「まるで犬みたいね……シンジ君は……!」

リツコはそう言って体をガタガタと震えさせ始めた。

「そ、そうなのよ!犬の霊に乗り移られてしまって、大変なのよ!」

そう言いながらアスカはシンジに向かって必死に目配せをした。

「ワ、ワンワン!ワォーーーーン!」

鳴き真似をして、地面の匂いを嗅ぐ仕草などをして必死に犬のふりをするシンジ。
リツコはそんなシンジの必死の努力をとても冷たい眼差しで見つめている。

「シンジ君まで私に嘘を突き通そうと言うのね?」

リツコの言葉にシンジは動きを止めて凍りついてしまった。

「……………………………………………………錬金術で造ったのね?」
「うげっ、ばれた」
「私を甘く見ないでちょうだい。これでも東方の3賢者の1人に数えられているのよ?」

リツコは少しだけ笑みをこぼして、さらに言葉を続ける。

「まあ、科学者なら誰もが通る道だわ。母さんがこれ知ったら、きっとケーキでも焼いてお祝いしてくれるわよ」
「え、じゃあ……」

それまでしょげていたアスカとシンジの顔に明るい表情が浮かんだ。

「嘘をついたペナルティとして、この金塊は没収。ふふ……黄金のネコちゃんの像でも造ろうかしら……」

リツコの言葉にアスカとシンジはずっこけて床に倒れ込んだ。

「――そういえば、ここに来る前に面白いものを見かけたわ」
「……なによ、リツコ姉……」

アスカは元気の無い様子で辛うじてリツコにそう尋ねた。

「身の丈30メートルぐらいはありそうな怪獣がこの辺りの海に居たわ」
「ええっ?怪獣!?」

リツコの言葉にアスカとシンジは驚いて思わず飛び上がった。

「アスカなら町興しのために使いそうな気がするわね。怪獣ウォッチングとか」
「アタシはそこまでしないよ……。危ないし……」
「悔いの無いように、毎日頑張りなさい」

リツコはそう言い残すと、原子力潜水艦に乗り込んでオキナハシティを立ち去って行った。



数日後の朝。
アスカが葛城神社の前を通りがかるとミサトと話すレイの姿を目撃した。

「はい、これはどう?」
「……どうもありがとう……。あの……また借りに来ていいですか?」
「ええ、もちろん♪」

照れ臭そうな顔で尋ねるレイに対してミサトは笑顔で応えた。

「……読み終わったら、また来ます。それじゃ……」

可憐な花のような笑顔を浮かべてレイは立ち去って行った。
その姿を目を細めて溜息をついて見送るミサト。

「ミサト?」
「――あら、おはようアスカ」
「い、今のレイよね???」
「彼女、あなたのお母さんの内弟子なんですってね」
「へっ?」

アスカはミサトの言葉に素っ頓狂な声を上げた。

「シンちゃんがそう言ってたわよ。なんでも、アスカの手伝いをするために東京からやって来たとか……」

それを聞いたアスカは一生懸命に嘘をついてくれたシンジに感謝した。

「いやー、最初シンちゃんに連れられて来た時は人形みたいな子だと思ったけど……あんな可愛い顔で笑うのね」

ミサトはそう話すと満面の笑みを浮かべた。

「本、借りに来ているの?」
「うちには悪霊大図鑑とか変わった本がゴロゴロしているから……。でも今のペースで行けばあと3ヶ月位でコンプリートしちゃいそうね」

ミサトの言葉にアスカはレイが変な性格になってしまわないか、本気で心配するのだった。

「彼女によろしく伝えておいて。また面白そうな本をピックアップしておくからって――」
「う、うん、考えておくわ」

アスカが気まずそうな表情で立ち去った後、ミサトは何やら考え込む仕草をする。

「うーん……。彼女、初めて会った気がしないのよね……なんでかしら?」



ある暑い日の夜。
アスカのベッドの横には巨大なクーラーが置かれていた。

「さあて、今夜は発明した新型クーラーを試してみるわよっ!にっくき夏の暑さともオサラバ!これでオキナハシティの人達にも涼しい夏を過ごしてもらえるわね」
「そうだね」

隣に居るシンジもアスカに対して微笑んだ。
アスカは笑顔でクーラーのスイッチに手を掛ける。

「じゃあさっそく試運転開始!ポチッとな!」

機械音と共に涼しい風がアスカとシンジを撫でてゆく。

「あー、爽やかね。……科学のパワーを感じるわ……」
「うん、気持ちいいね」

するとアスカは部屋の隅から分厚い布団を引っ張り出してきた。

「あれ?まさか……」

シンジの呟きにアスカは笑顔で答える。

「全開クーラーでガンガンに部屋を冷やして、暖かい布団の中で寝る!夏の風物詩よね♪」

シンジは冷汗を流した。
アスカは嬉しそうにさらに言葉を続ける。

「オキナハシティに来て唯一の不満は、これができない事だったのよ♪」
「そ、そういえば、アスカにはそんな悪い癖があったね……」

うろたえるシンジの前でアスカは布団を敷き、枕を2つ用意する。

「あれ、何で枕が2つ……!?」
「新製品のモニターにシンジも参加するのよっ!」
「そ、そんなことしたくないよ!」

シンジは逃げようとしたが、アスカに首根っこをつかまれる。

「大丈夫、布団の中は暖かいから。アタシとシンジとで暖めれば2倍の速度で早くなるわよ」
「うわあああ!」

アスカはシンジを強引に布団の中に放り込んだ。

「うーっ、寒っ。やっぱりこれがクーラーのだいご味よね。それ、パワーMAXっ!」

アスカがそう言ってクーラーのスイッチを押すと、クーラーから轟音が鳴り響いた。
その頃、研究所の前ではレイと弐号機が無言で会話を交わしているかのように静かに佇んでいた。

「やっぱり、自然の風が一番だと思わない?」
「ウォォォン」

レイの言葉に弐号機が反応をした。
ニッコリほほ笑んだレイは弐号機の背中に寄りかかる。

「今夜はここで寝ようと思うから、弐号機、あなたの背中を貸して」
「……ウォン」

しかし、そのころのアスカとシンジの寝室ではとんでもないことが起こっていた。
真っ白な白銀の世界。
吹き荒れる吹雪。
冬の八甲田山の中にでも居るかのような光景だった。

「……シ、シンジ……アタシ、もうダメみたい……」
「アスカ!気をしっかり持って!このままここに居たら死んじゃうよ!」

シンジは気力を振り絞ってドアを開けようとするが、ドアは凍りついてビクともしなかった。

「ママ……先立つ不孝をお許しください……」

今にも気を失いそうなアスカに、シンジは喉が引きちぎれそうになるぐらい大声で叫ぶ。

「誰か、アスカを助けてよ!父さん!母さん!綾波ーーーーっ!」

外に居たレイが誰かに呼ばれたような気がして、研究所の方を見ると、壁面が氷結している事に気がついた。

「碇君が呼んでる……!」

レイは思いっきり飛び上がると、二階の高さまで上がり、窓を突き破ってクーラーにATフィールドをまとったキックを食らわせ破壊した。
破壊されたクーラーは爆発を起こし、高熱が室内に放出され、室内に積っていた雪は全て溶けた。

「一時はどうなるかと思ったわ」

パジャマ姿のアスカが少し疲れた様子で愛想笑いを浮かべた。

「面倒見切れないよ!どうやったらクーラーで、部屋の中を雪山にできるのさ!」
「でも、夢の中でパパに会ったわ」
「それは死にかけてたんだよ、バカっ!とにかく、クーラーは使用禁止だからね!」

結局アスカの発明したクーラー『暑さにサラバ』は商品化されることはなかった……。
来るべきヒートアイランド時代への天からの警鐘だったのか、それは誰も知らない……。
雪山の布団の中で抱き合って震えるアスカとシンジのイラストを募集中です(2010/02/20)。