第十三話 食のテロリスト!碇ゲンドウ(決着編)
「できた、できたわ!イカスミソーメン!」
研究所に明るいアスカの大声がこだました。
「アスカが手伝ったからひどいものになると思ったけど、まともにできたな……」
シンジはホッとしたように溜息をもらした。
アスカはその姿を見て少しだけムッとした顔をする。
「何よ!アタシだって真面目にやらなきゃいけないときは真面目にやるわよ!」
「……じゃあ真面目にやらないで僕をからかっている時もあるんだ」
「よーし、ヒカリに報告しに行かなくちゃ!」
図星をつかれたアスカはいそいそとヒカリの待つ洞木屋に向かった。
そして後日……イカスミソーメンの完成の報告を受けたヒカリは、再び碇ゲンドウとの再戦の場を設けた……。
「ふん、懲りないことだな」
ゲンドウは尊大な態度でゆっくりと席に座った。
「この私の舌にふさわしい料理など、このド田舎に存在しないことは、この前の一件で明らかなのだ、フハハハハハッ!」
「…………ううっ」
ゲンドウの大声に圧されてすでにヒカリは泣きそうになっていた。
「で、今日はどんな料理を私に食べさせようというのだ?」
「……ソーメンです」
ヒカリは消え入るような声でゲンドウの質問に答えた。
「ん?耳が遠くなったようだな、信じられない言葉を聞いたのだが」
「……ソーメンでございますわっ!!」
ヒカリがそう叫ぶと、ゲンドウは怒りで肩を震わせる。
「この私にソーメンだとっ!!!!よくもそんな口が聞けたものだな!!!!」
ゲンドウは思いっきりテーブルを叩いてヒカリをにらみつけた。
「不愉快だ。トーキョーに帰った暁にはこのこと、官報で大々的に書き立て、《洞木グループ》の商売、立ちいかなくさせてやるぞ!」
「お、お願いです。このソーメンを一口だけでもいいので食べてください」
ヒカリは勇気を振り絞ってゲンドウにそう提案をした。
ゲンドウの前に器が出されると、ゲンドウは驚きの声を上げる。
「むっ……こ、これは!!!!黒いっ!?」
驚いたゲンドウの顔を見て、やっとヒカリは少しだけ笑顔を見せた。
「……おのれ、このゲンドウを試そうと言うのかっ!!!!」
「え?」
ヒカリはゲンドウの言葉が全く理解できず、驚くばかり。
「うむむむむ、この『黒』の正体は……」
くわっ!!とゲンドウが眼を見開く。
「焼き魚のお焦げを醤油に漬けたものだな!?」
「いえ、違います……」
「ならば……ご飯のお焦げ!」
「違います、全然……」
「小癪なっ……目玉焼きのお焦げ!」
「不正解ですわ」
「墨汁!!!!」
「絶対、違いますってばっ!!」
それから長い間……ソーメンの黒の正体を言い当てることにゲンドウは心を奪われて行った……。
そして……。
くわっ!!とゲンドウが眼を見開く。
「スミ、スミだな?イカのスミ!」
「はい、当たりです……」
ヒカリが疲れた様子でそう答えると、ゲンドウは満足げに高笑いをする。
「ふふ……このゲンドウの舌にかかれば造作もないことよ!」
「はぁ……」
ヒカリは再び深いため息をついた。
「フフ……この私を試そうとは100年早い。しかし、久しぶりに楽しませてもらったぞ」
「そうですか、それはよかったですね」
無邪気に喜ぶゲンドウにヒカリは肩の力がぐっと抜け落ちた感じだった。
「料理人に伝えておけ。……ソーメンの水温は10度より9度の方がいいとな!」
のちにこのイカスミソーメンは、トーキョーを発信地として、イカスミまんやイカスミそばなど全国的なヒットの先駆けとなるのであった。
ゲンドウが帰った後研究所を訪れたヒカリはアスカに笑顔でお礼を述べる。
「……とにかく、お二人のおかげで万事うまく行きました」
「それはよかったわね」
「……あの男は何を考えてるのかわからないよ」
難しい顔をしているシンジの肩をアスカが優しく叩く。
「いろいろあったけど、官報にまで紹介されてさ、有名になったから、めでたしめでたしじゃない」
そして数日後の朝。
早朝の研究所にアスカの悲鳴が響き渡る。
「熱ーーーーい!」
風呂場からバスタオル姿で出てきたアスカを、朝食を作っていたシンジがあきれたように見つめている。
「シンジ、徹夜明けのお風呂の温度は温めに、っていつも言ってるでしょう?」
「あ、ご、ごめん……」
シンジが謝ってもアスカの怒りは収まらない様子だった。
「謝れば済むと思っているの!?」
「じゃあどうすればんだよ」
「アタシを怒らせたんだから、アタシが喜ぶようなことをしなさい」
アスカはニヤリと口元を歪ませた。
「じゃあ、一緒に……」
シンジの言葉を聞いたアスカは顔を真っ赤にして喜ぶ。
「キャー、一緒にお風呂、なんて何年ぶりかしら!シンジもついに大胆になってくれたのねっ!」
アスカは勝手に妄想を膨らませてはしゃいだが、シンジの言葉は違っていた。
「……この前アスカがデザインしたマリンタワーにでも行ってみようか」
シンジが窓の外を眺めながらそういうと、アスカはがっくりと肩を落とした。
「だめかな?」
アスカのガッカリとした態度にシンジは不安そうに尋ねた。
「ううん、そんなこと無いわ」
アスカの答えにシンジはホッと息を吐きだした。
「まあ、これってデートの誘いだと思えば悪いことじゃないわね」
アスカは上機嫌で風呂場に戻って行った……。
「でも、徹夜明けで大丈夫、アスカ?」
「お風呂に入ってスッキリしたからもう大丈夫よ」
お風呂から出てきたアスカに対するシンジの問いかけにアスカは元気いっぱいと言った感じで答えた。
「じゃあ朝ごはんを食べたら行こうか」
そして二人はマリンタワーへとやってきた……。
「いい天気だね」
「うん、まさに絶好のデート日和ね」
「デート?……そうだね、僕も恋人とかできたら、今日みたいにデートしたいなぁ。なんだか、今日は本物のデートの予行演習みたいだね……」
シンジのとぼけた言葉に、アスカはほおを膨らませる。
「なによ、アタシより先に勝手に恋人を作る気なの、アンタ?」
「じゃあ、アスカに恋人ができるのを待ってからにするよ」
「ふん、アンタには負けないからね!覚悟しておきなさいっ!」
アスカとシンジの仲を知る人間にとってはトンチキな会話をかわした後、シンジはここに来た目的の物を見つけたようだ。
それは、シーサー焼の屋台だった。
「いらっしゃい、アンコがたっぷりと入ったシーサー焼、2個で100円だよ!」
店の店主が陽気に売り文句を飛ばしていた。
「おじさん、4個ください」
「へ?なんで4個なの?」
アスカがシンジに質問すると、シンジは黙って少し前の方を指差した。
すると、そこには二人で歩くヒカリとトウジの姿。
「あら、ヒカリもその男の子……たしか、トウジだったっけ?とデートなの?」
アスカに声をかけられると、ヒカリは慌てた様子になる。
「い、いえ、これはこの前の知事に出す料理のアイディアを出してくれた、彼にお礼を言おうと思って……。ソーメンって言ってくれたのは彼だって聞いたから……」
私はアスカさん一筋です、とヒカリは心の中で付け加えた。
「そちらさんも二人でデートかいな?」
トウジが質問すると、シンジは照れ臭そうに首を横に振って否定する。
「いいや、そんなんじゃないよ。アスカが喜ぶと思ってここのシーザー焼を買いに来たんだ。二人も食べてみてよ、おいしいから」
シンジはそう言ってヒカリとトウジに買ったばかりのシーザー焼を渡した。
アスカはシンジの言葉にショックを受け、シーザー焼を受け取ったアスカの笑顔には心なしか影が差していた。
「アタシはデートだけで嬉しいと思っていたのに……」
アスカの呟きはシンジには届かなかった。
そして四人は普段の仕事も忘れて楽しい時を過ごした……。
その日の夜、研究所にまたしてもアスカの悲鳴が上がった!
「……シンジ!……シンジ!」
バタバタとアスカは部屋の中を興奮して走り回る。
「シンジ、聞いてよっ!」
「騒がしいなぁ、寝たんじゃなかったの?」
パジャマ姿で暴れるアスカを見て、寝ぼけ眼のシンジは不機嫌そうに声を荒げた。
「アスカも年頃なんだから、もっと女の子らしくしないと、結婚相手を見つけるのに苦労するよ」
「いいわ。そしたらシンジと結婚するんだから」
「はいはい、からかうのもいい加減にしてよ」
不機嫌なシンジは適当にアスカの発言をあしらった。
「まあ、その話も重要だけど、大変なことが分かったのよ。ほら、この前地下の洞くつに不思議な遺跡があったでしょ?そこの壁に書かれていた文章の意味が分かったのよ」
「それは唐突な話だね」
「あれから、ずっと頭の隅っこで考えていて、ピーンと来たのよ。全部じゃないけどね。基本は英文と同じなんだけど、VSOCと倒置法が使われた構造だったのよ!」
アスカは興奮して話を続ける。
「で、未来完了進行形や、過去分詞で現在のことを現したり、命令文なのに主語にIが入っていたりするのよ!5x4x3に因数分解すると読みやすくなると思うわ」
「ごめん、サッパリわからないよ」
「まあ、内容の中にはね、アタシの目を引くものもあったの。……例えばS2機関とか」
「S2機関だって!?」
アスカの言葉にシンジはすっかり目が覚めて腰を抜かすほど驚いた。
「そ、キョウコママが発見して、ナオコママでも完全に解明できてない、弐号機に搭載されているアレ」
「……で、どうするつもりなの?」
「やってみようかと思うんだ、アタシ。S2機関をエヴァ以外の事に使えればオキナハシティも復興すると思うし……」
「無茶だとおもうよ……」
シンジの言葉にアスカは激しく首を振る。
「もうやるって決めたんだもの!まずは基礎理論からだね☆」
「……嫌な予感がするなぁ」
「エヴァンゲリオンの技術は錬金術に通じるものがあるらしいのよ。まず金を人工的に作れるようにならないとね」
アスカはノートに研究内容を書きこみながらそう呟いた。
今日も早朝の研究所に金属音が鳴り響く。
「えいっ、えいっ……やっと完成ね!」
「今作ってたのは仕事のやつじゃないよね。いったい何を作っていたの?」
アスカはシンジの質問に笑顔で答える。
「弐号機に付ける、飛行時間の増幅装置よ」
「え……それは前に失敗したじゃないか」
アスカの言葉にシンジは冷汗を流した。
「失敗は成功の母よ!」
「それは……ちょっと違うよ」
弐号機を外に連れ出したアスカは、さっそく作業に取り掛かる。
「この拘束具を解除して、空いたスペースにさっきの装置を……」
「調子に乗って壊さないでよね」
「ウォォォォン」
シンジの耳に弐号機の悲しそうな声が聞こえた。
「……大変だね、同情するよ」
「よし、完了!さあ、飛行テスト開始よ、今度はきっとうまく行くわよ♪」
「ウォン」
「どうしたの、弐号機?なんか不安そうね」
「ウォォォォン」
アスカは弐号機に向かって明るい笑顔で話しかける。
「大丈夫よ、今度はアタシも一緒に乗るから♪」
「おーい、アスカーっ!」
元気な声と共にマナが走ってアスカたちの元にやってきた。
「おはよっ!近くに用があったから、ついでに来たんだけど……。何やってるの?」
アスカはこれから行う弐号機の飛行実験のことをマナに話した……。
「へ~っ、面白そう!ね、ねー私も空を自由に飛びたいな♪」
「ハァ!?」
「……何よその反応」
「ゴメン、ちょっとやってみたかっただけ。じゃあ、一緒に行こう!」
シンジはマナに向かって手を合わせる。
「……ご愁傷さま」
オキナハシティ上空600メートル。
「ウォン」
「あー気持ちいいねー」
マナは大声でそう叫んだ。
「うん、絶好調みたいね」
アスカもマナの言葉に笑顔で頷いた。
「弐号機、このまま飛行時間の記録更新に挑戦よ!」
「ウォォォォン」
改造により出力を増した、弐号機のS2機関がうなりをあげる!
「アスカっていいね、仕事とか実験とか言って、こんな面白いことを毎日やってるんでしょう?」
「うん……まあ、毎日が楽しいって言うのは確かだけどね」
アスカがマナの質問に答えた時、ベルの音が鳴り響いた。
「あ、記録突破ね。これからが本番よ!」
「ウォォォォン」
「あー、私もこんなのが一台欲しいなあ。そうだ、同じのを作ってよ!」
「え?エヴァンゲリオンを?」
「うん」
「アタシには無理よ。……でもナオコママなら」
「作れる?」
「うん、マナにだったら製作費さえ出せば作ってくれると思うよ」
アスカはそう言ってあごに手を当てて考え込む。
「そうね……60兆円ぐらい?」
「ろ、60兆ですって!?」
「そう、いろいろ先端技術を使っているから♪」
「それって国家予算並みじゃない……」
軽く言い放つアスカにマナはぼう然としてしまった。
その時、サイレンのような音が弐号機から発せられる。
「え、何、どうしたの?」
マナの問いかけにアスカは溜息をつきながら答える。
「……ごめん、失敗したみたい」
弐号機のS2機関が突然咳き込み始めた!
「しっかりつかまっているのよ!」
「そ、そんなあああ!」
ひゅううううううううう!どぉぉぉぉぉん!
「あいたたたた」
「もーこりごり」
この事態を予測していたのか、墜落現場にシンジが駆けつけてきた……。
「やっぱりね。二人とも怪我をしてなくてよかったよ」
「シンジ……だめだったぁ」
そう言って立ち上がろうとするアスカを見てシンジは感心した様子だった。
「さすがアスカは慣れているだけあって回復が早いね」
マナは倒れながらうわ言を呟いている。
「うーん、お父さん、お母さん……今、私もそっちに行くよ……」
「しばらく、目を覚ましそうにないね……」
アスカはマナを引きずって研究所へ戻るのだった……。
そして、その日の夜……。
ついにアスカは一つの研究を完成させた。
「よし、出来たわ!ついに人工の金塊が完成っ!」
「……ほ、本当に作っちゃった……」
自慢げなポーズをとるアスカの前で、シンジはぼう然と金塊を眺めていた。
「ふふん、まあS2機関を作る前の肩慣らしみたいなものよ」
「……でもアスカ、こんな大きな金塊をどうするの?」
「確か、この前仕事でリツコ姉がオキナハシティに立ち寄るっていっていたわね……」
アスカの言葉にシンジは顔を青くした。
「まさか……」
「そう、そのまさかよ」
アスカはシンジに小悪魔のような笑みを浮かべた。
「人工って言うのを言わないで、リツコ姉に売りつけてしまうのよ」
「ええ!?」
「どうせ、まともに売れないものだからよ」
「いいのかなぁ……」
シンジはそう言って頭を抱えた。
アスカはリツコに会うために港へと向かう。
「シンジ、アンタはついて来ないでいいわ。顔に出てばれちゃうから」
そして夜も更けたオキナハシティの港で密会するアスカとリツコの姿。
「……で、この金塊を私に買い取って欲しいと言うのね?」
「そうなのよ」
アスカはリツコがいくらの値をつけるのかワクワクしながら待っていた。
しかし、アスカがリツコから受け取ったのはデコピンだった。
「……痛っ☆」
「私をだまそうなんて10年早いわね」
「そ、そんなだますなんて……」
リツコの冷たい眼差しにアスカは冷汗を流しながら答えた。
「正直に話せば、許してあげようと思ったけど、まだわかってないようね。これは没収するわ」
「そ、そんなぁ……」
「いい、アスカ?こんなものを掘りだすのは今回だけにしてちょうだい。こんな金塊がゴロゴロ出たら金の相場は大変なことになるわ」
「で、でもお」
「……私は、可愛い妹が悪人に狙らわれてほしくないのよ」
「……わかったわ。リツコ姉」
アスカが納得するとリツコは金塊を抱え、手をひらひらと振って立ち去って行った。
そして、アスカは気がついた。
リツコから1円ももらっていないことに。
金塊を作る研究のためにたくさんの研究費がかかったことに。
「また貧乏生活に戻るなんて、イヤぁぁぁぁぁ!!!!」
アスカの悲鳴が静かな夜の港に響き渡った……。