ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第九話 ゲンドウ、襲来
ある日の朝、研究所のドアがゆっくりと開けられ、ミサトがやってきた。

「おっはよーん♪」
「あ、ミサト。……おはよっ。また仕事の依頼?」
「ええ。実はね、ハイブリッド・ローズっていうお花を作って欲しいの」
「ハイブリッド・ローズ?バラの一種なの?」
「できる?」
「やってみなくちゃわからないけど……でも、なんでまた?」
「ミサトさんがお酒とおつまみとお金儲け以外に興味があるなんて考えられません」
「シンジ君って意外と毒舌なのね」
「ア、アタシはそんなこと思ってないよ!」
「ふふふ……ま、詳しく話せば長くなるんだけど……なんでも加持の口利きで、今度、トーキョーからお偉いさんがオキナハシティにやってくるらしいの」
「へえ、トーキョーから?」
「オキナハシティ復興計画の一端らしいわ。アスカが頑張っているのに、水を差すみたいに、トーキョーから資本を呼び込むなんて……お上は何を考えているんだか」

ミサトは不機嫌そうにそう言って腰に手を当てる。

「アタシには別に関係ないわ。オキナハシティの発展のためになるなら、それはいいことなんじゃない?……で、それはそれとして、ハイブリッド・ローズに何の関係が?」
「葛城神社からの、かのお偉いさんに贈る贈呈品よ。これをタネに寄付金をガッポリふんだくってやるわ☆」
「なるほど……やっぱりお金目当てなんですね」
「わかったわ。『ハイブリッド・ローズ』を頑張ってつくらせてもらうわっ」
「もうあんまり時間が無いの。急がせて悪いけど、一週間以内でお願い」
「おっけー」
「じゃあ、はいこれ……研究素材用のバラよ」

アスカはミサトからバラの花束を渡された。

「うわ、きれいな花ね」
「ふふ……こんなこともあろうかと、神社の裏庭で、営々と育んだマイ・フラワーよ♪」
「でも、なんで神社なのにバラなんですか?」
「あたしの父はドイツ人と日本人のハーフだからね。父はドイツ出身なのよ」
「アスカと逆のクォーターなんですね」
「アタシとミサトにそんな共通点があるなんて信じられないわねぇ……」
「共通点はムネの大きさぐらい……ってか?」
「失礼ね!アタシはアンタみたいにでかくて垂れてないわよ!」
「アスカも10年後にはこうなるわよ」

そういってミサトは自分の胸を寄せる。

「まあ……それじゃあ出来上がったら葛城神社まで届けてね。…………お願いよ」
「葛城神社に届けるのね?わかったわ☆」

ミサトが立ち去るのを見送ったアスカはふと考え込んだ。

「…………あれ?そういえば『ハイブリッド・ローズ』って、この間、作ったような気が……」
「ああ、うん。ここにアスカが作ったやつがあるね。じゃあこのバラの花束はどうするの?」
「……そうね、シンジの特訓に使おう!」
「何を特訓するのさ?」
「シンジが将来プロポーズしたい女性が出来た時のための訓練よ。……さあ試しにアタシにプロポーズしてみて!」
「それより、早く頼まれていたものを葛城神社に持っていかなくていいの?」
「むう……じゃあ帰ってきたら特訓よ!逃げるんじゃないわよっ!」

アスカはそう息巻いて葛城神社に向けて走って行った。

「ミサト!……さっき頼んだアレ出来たよー!……あ、あれ?」

神社の奥から、ミサトと誰かが口論している声が聞こえてくる。

「……しっしっ……悪いけど先約済みよ」
「なんだい?ご機嫌斜めだな」
「トーキョーの碇ゲンドウ知事をオキナハシティ復興計画に引き入れるそうね」
「ああ……そのことか」
「加持。……市長をどうやって丸めこんだのかは知らないけれど、あたしはヘリクツじゃ一切動かないわ。納得のゆく説明をしてもらいましょ」
「長い話になる」
「あら、時間はたっぷりあるわよ?いままで、のんべんだらりとやって来たくせに、急に忙しいポーズはとらないでちょうだい」

アスカは気まずさを感じながらもミサトに声をかける。

「あの、ミサト?」
「あ、アスカ?」
「頼まれていたもの、出来たんだけど、取り込み中なの……?」
「ううん、ちょうど今終わったところよ。ありがとう、アスカ。これで寄付金嘆願もばっちりだわ♪」
「……とにかく、オキナハシティの復興には外資だけでなく、キミの力が必要なんだ、葛城」
「あんたたちは、あんたたちのプランで動けばいいわ。市庁舎のへっぽこ軍団に何が出来るか、見物しててあげるから」
「…………きついな」

市長側近の加持リョウジは、小さなため息をもらして神社から出て行った。

「……じゃあ、アタシもこれで」
「あ、アスカ、ちょっと待って」
「え?」
「これからあたしはゴハン食べるんだけど、付き合ってよ」
「え、でもシンジが……」
「実はね、今度、海岸通りに新しくできた高級料理店のお食事券……檀家のおじいさんから頂いたのよ、ホラ」

ミサトは『洞木屋』の食事券を顔の前でひらひらさせる

「天下無敵の御免状とはこのことよ。ちょうど二枚あるから、今から一緒に出かけましょう♪」
「でも、シンジとの特訓がぁ~」
「ま!二人でする特訓なんていやらしい!健全な教育をさせるためにも今夜はお説教よ!」

アスカはミサトにふんづかまえられて、抵抗むなしく『洞木屋』の前まで連れていかれた。

「シャレた建物ねー。やっぱトーキョー資本のお店は、垢抜けた感じがするわ」
「そうね、何度見ても風格の漂う建物ね」
「あら、アスカはもうここで食事したことあるの?」
「うん、まあ……」
「さっすが若者、新しいものには敏感ね。もっともいいところ育ちのアスカにとっては、今さらって感じの代物か……」
「そ、そんなことはないけどね」

アスカは少し照れくさそうな顔をした。

「今度、市がオキナハシティ復興のために招へいするトーキョーの知事の件といい、近頃、外資がズンズン入ってくるわね……」
「…………」
「ハァ、そんな難しい話はあとあと!さ、入りましょ☆」

『洞木屋』の中に入ったミサトは日ごろの憂さを晴らすがごとく食べまくった。

「……あー、美味しかったわ」
「そうね」
「さすがはトーキョーミシュランで五つ星を獲得するだけの評判はあるわ。味の方も一級品」
「まあ、シンジには悪いけど、ミサトのおかげで一食助かっちゃったわ」
「いえいえ、タダでもらった券でございますから」

和やかに話す二人の元に料理長がやって来る。

「……お客さま。当店のお味はいかがでしたか」
「あら、あなたが板前さん?ええ、たいへん結構なお料理で」
「おそれながら、葛城神社の神主さまとお見受けいたしましたが?」
「……はい、そうですけど?」
「当店のオーナーがお客様にご挨拶をしたいと申しております。よろしいでしょうか?」
「あら、たしかここのオーナーって洞木一族の方よね?」
「はい、洞木本家のご令嬢でございます」
「ええ、ぜひお会いしたいわ」

料理長の言葉に笑顔でミサトが答えると、料理長はオーナーを呼びに立ち去った。

「ふふ、いいチャンスよ。……上手いこといいくるめて、どかっと寄付金を……」
「あの、ミサト。今まで黙ってたけど、ここのオーナーって……」
「……はじめまして。私が当店のオーナーです」

ヒカリが優雅にミサトの前に姿を現した。

「……ま、随分と可愛らしいお嬢さん……」
「洞木ヒカリです」
「葛城ミサトです」
「……あっ、アスカさん?」
「こんにちは、ヒカリ」
「いやだ、いらっしゃったのなら一言、声をおかけになってくださればよかったのに……」
「……えっ?どういうこと?」

ヒカリはアスカとの関係のことをミサトに説明した。

「……そっか、アスカの学友」
「はい。大学に入学して以来、永久の友情を誓いあった大親友ですわ」
「アスカ……」

一心不乱にデザートの羊かんを口に運んでいるアスカに、ミサトが感嘆のまなざしを送る。

「もぐもぐ……なに?」
「あんたも、すごいパトロンがいたものね」
「ほひ?」
「で……洞木嬢」
「どうぞ、ヒカリとお呼びください。私も、アスカさんと同じように、ミサトさんと呼ばせて頂きますから」
「フランクなお心遣い、感謝するわ。えーと、ヒカリさん……あなた、アスカと同じクラスだったっていってたけど、つまり……」
「あ、仰りたいこと、分かりますわ。私とアスカさんは大学のスペシャル・クラスの出身ですから」
「すぺしゃる・くらす?」
「そこでは実際の年齢や学年を無視して、生徒が集められますの。私はアスカさんと同い年で四年前からずぅぅぅっと同じクラスですわ☆」
「はぁー……えーっと……じゃあ例えば、数学なんかはどこまでやってるの?」
「微分方程式を終了ですわ。あと、ファルコンの定理も」
「ちょっち待って。それって大学生より凄いわよ」
「もう単位は全部消化してます」
「微分方程式を教えるなんて、いったいどんな学校なのよ?……そ、それとも、あたしが時代遅れなのかしら……」
「スペシャル・クラスだけの新方式なんですの」
「あたしがお金にならない奉仕にかまけている間に、いろいろ変化してるのね……ハァ。なんだか……自分がひどく古びて感じるわ。……ショック」
「そんなことありませんわ。私やアスカさんは特別ですから」

笑顔でそう言ったヒカリに、ミサトは冷汗を流す。

「……あなた、さらっというわねー。でも、高等数学なんか頭に詰め込んでもお腹はふくれないわよ。……それより食べられる草の見分け方を見つけた方がよっぽど役立つんだから」

ミサトの負け惜しみにヒカリは頷く。

「もちろん。学校教育の中から生まれた英才なんて、養殖の高級熱帯魚みたいなものですわ」
「天然物にはかなわない?……アスカみたいな」
「ん?アタシがどうかしたの?」
「いいえ、こちらの話よ。あー、なんだかもやもやしてきたわ。ここ、ビールってある?」
「びーる?……ちょっと聞いてまいります」

ヒカリは優雅な仕草で席を立つと、調理場の方へ姿を消した……。

「あの、料理長。びーるって、この店に入れてました?」
「はい、お嬢さま。一応、日本で手にはいる銘柄、全て揃えてありますが」
「そう、じゃあ大至急リストを作って7番テーブルの葛城さんのところへ、オーダーを伺いに行ってきてください」
「……かしこまりました」
「……びーるって、私、牛の飲むものかと思っておりましたわ……」

料理長が立ち去った調理場で、ヒカリはそういって冷汗を垂らした。

「…………」
「ミサト、どうしたの?」
「アスカ、研究所の経営で、いままで彼女に……洞木家から金銭的な援助をうけたりしたことある?」
「いいや、ないけど?」
「なら結構。いい?……どんなに苦しくても、そういう援助は遠慮しておくのよ。彼女に限らず、半人前のうちに大金持ち相手に借りを作ると、交友の範囲が狭まるから」
「う、うん……」
「……ふぅ……あのヒカリって子、油断ならないわ」

ミサトはため息と共に小さくそう呟いた。
アスカたちは、食事を終えると『洞木屋』を後にした……。


一週間後の朝。早朝からアスカの作業音が研究所に鳴り響く。

「ふんふーん♪、ふんふーん♪ふうーっ、今日も”スマッシュ・ホーク”の打ち具合は最高ね♪」
「アスカさぁん、いらっしゃいますか?」

研究所のドアが軽くノックされる。

「あ、ヒカリ?どうぞー、開いてるわよー」
「失礼します。あら、お仕事中だったんですね……お邪魔だったでしょうか……?」
「ううん、全然。何か用?仕事の依頼?」
「いえ、今日はちょっと……とくにアスカさんに用事というわけでは……」
「……へ?あ、花火の音が聞こえるわね」
「ええ、朝からずっと鳴りっぱなしですわ」
「仕事の音で気づかなかったわ。なんだか今日は街が騒がしい……?なにか催し物でもあるのかな?」
「あら、ご存じないんですか?今日は、トーキョーから碇ゲンドウ知事がやってくる日です」
「だれそれ?」
「市行政府に要請されて、オキナハシティ復興支援の長期視察に来る、次期日本の首相と名高い現トーキョー知事……」
「ああ……そういえば、そんなことをどこかで聞いたような……」
「ふふっ。……アスカさんは、政治絡みのことになると、からきしですものね……」
「今、花火がなっているってことは、港にその知事さんが着いたのね」
「たぶん。今ごろ、歓迎式典の真っ最中のはずです」
「ね、ちょっといってみようか?」
「ええ?それはちょっと……実は私、市長から知事の歓迎式典に出席要請されていて……嫌だって断ったんですけど、あんまりにしつこいんで逃げてきたんです」
「別にでてあげればいいのに」
「冗談じゃありませんっ……」

そう言ってヒカリは怒った表情になる。

「へ?」
「洞木家の人間が、碇家のような出来星知事の歓迎式典に、ほいほい出席するわけにはまいりません!」
「ふぅん……そういうもんなんだ」
「です!」
「アタシには、よく分からないよ」
「アスカさん。そういうわけで、式典が終わるまで、ここにかくまって頂けませんか?」
「うん、いいよ。じゃあ、アタシの部屋にいこっか。……何も無くて恥ずかしいんだけど」
「アスカさんがいてくれるだけで、私は十分です……」

ヒカリはうっとりとした表情になり、両手を胸の前で合わせた。

「じゃ、いこ」
「はい☆」

オキナハシティの港に、トーキョー知事を称える歓迎の花火が響き渡る……

「市長、ついに……」
「うむ……」
「いまここに、トーキョー知事碇ゲンドウ氏を迎え……オキナハシティの街は救われる、救われるのだ!」
「はい。碇家の支援の元、復興を遂げなかった街は無いと聞いています」
「うむ……!」

港には市長以下、現オキナハシティの有力者たちが顔を連ね、この街に多大な投資をもたらしてくれる人間の出現を、いまかいまかと見守っていた……。

「碇ゲンドウ様、ご到着ーーーーっ!」

大きな拍手が巻き起こり、サングラスをかけたあごひげを伸ばした長身の男が降りて来る。彼はサングラスをいじる。

「問題無い」

さらに大きな拍手がわき上がる。彼のこのフレーズは今年の流行語大賞確実だといわれている。

「おお、これは知事!私が市長のコウゾウです!」
「……碇ゲンドウです。コウゾウ市長、しばらくこの街にご厄介になりますよ」
「そんな、ご厄介などと。どうかぞんぶんに、オキナハシティが支援に値する街であるか、お確かめになっていってください」
「……うむ。問題無い」
「で、まずはどうでしょう。わがオキナハシティの第一印象は」
「……フ。まとまりのない……じつにきたない都市ですな。田舎者の作る都市など、しょせんこんな程度であろうとおもっておりましたが」
「……は、はい?」

コウゾウ市長は思いっきりずっこけた。

「碇知事、ばんざーい!」
「碇知事!オキナハシティの街をお願いします!」
「この街を救ってくださいっ!」

市民たちの呼び掛けに、ゲンドウはサングラスをいじってから手を高く掲げる。

「ありがとう、市民諸君っ!ゲンドーと呼んでくれたまえっ!」
「碇知事!」
「ゲンドーだ!市民諸君っ!」
「ゲンドーと呼んでいいのか?……ゲンドーっ!」
「ゲンドー!」
「ゲンドォぉぉぉ~っ!!」
「ハハハハハハ……」

大きな拍手と歓声が巻き起こる。

「ばんざーい、ゲンドー!」
「うむ……そこのキミ」
「は?なんでしょうか?」

ゲンドウに呼びかけられた市長の側近、加持リョウジが答えた。

「この街には、すでに復興を請け負って、赤木ナオコ博士の縁者が来ていると聞いたが?」
「は、はい、よくご存じで。赤木アスカ……ナオコ博士の娘さんが、数ヵ月前から」
「オキナハシティ復興プランについて、赤木アスカと打ち合せの場を持ちたい。……コウゾウ市長」
「はっ」
「現在、行政府の、どのポジションに彼女は就任しているのですかな?」
「……行政府の?い、いえ、とんでもない!……あの小娘は街で、なにやら市井の者とごちゃごちゃと」
「…………なんだと?」

……その頃。アスカとヒカリは、アスカの部屋で談笑を繰り広げていた。

「ははは……それでね、それでね!この間、シンジのやつったらね……」
「まぁ、本当ですか?」
「弐号機に踏みつぶされそうになって大変だったんだよ♪」
「はぁー……で、なんですか、弐号機って?」

下の研究所ではシンジが暇そうにしていた。研究所の部屋の隅には弐号機が鎮座している。

「はぁーーーーっ。女の子っておしゃべりなんだから。僕が秘密にしておきたいことまで話しちゃうなんて」
「……ウォン」
「でしょ、弐号機もそう思うよね」
「…………ウォン」
「そうだよね……小さいころはアスカも可愛かったんだけど……ハァー」

その時、激しいノックの音が研究所に鳴り響いた。

「ん?」
「赤木アスカ嬢はいらっしゃいますか?」
「……!」

突然来たSPにシンジはただならぬ気配を感じて身構える。

「ほう……臆病ものが。こんな所に逃げ込んでいたとはな」
「僕は、もうあなたとは何の関係もない……!」
「知事!この少年は、危害を加える可能性が……」
「ふん……こいつには無理だ」
「出ていってください」
「ほう?いつのまにそんな生意気な口をきくようになった?」
「逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ」
「ふん、そんなまじないの言葉を言わないとやっていけないのか?」
「……アスカに何をする気だ……」
「……ウォン?」

二階のアスカの部屋から降りて来る足音が聞こえる。

「……シンジ?何を騒いでいるの?」
「あ、アスカ。……実は怪しい男性が」
「きみが赤木アスカくんか」
「え?」
「まず握手を……会えて光栄だ」
「ど、どうも……」
「アスカさぁん!……どうなさったんですか。次はアスカさんの番ですわよ?」
「……ん?」
「こんどこそ私が大富豪……ム?」

二階から降りて来たヒカリは、階下の情景……正確には、アスカと握手をしている男の顔を認めて、瞬間、顔をこわばらせた。

「…………あ、あなたは」
「おお?君は洞木家の……」
「……お目にかかれて大変うれしいです」

ヒカリは作り笑いを浮かべてあいさつをする。

「きみとは何度かお会いしているはずだが、たしか挨拶程度だったな。こうやって話ができるのは今回が初めてだ」
「どうも、お久しぶり……です」
「レセプションに姿が見えないと思ったら、さすが利に聡い洞木一族」
「……なにが言いたいんですか、碇一族さん」
「……フッ」
「私とアスカさんは、トーキョーに居たころからの親友なのです……」
「あ、あのう、おじさん……誰?」

ゲンドウは自分の身分と、歓迎式典の会場から、この場に出向くのに至るまでの経緯を話した。

「……どうも初めまして。赤木アスカです」
「碇ゲンドウだ。ご尊母のご高名は聞き及んでいる。君がこの街に来てからの実績も、簡単ながら調べさせてもらった。……素晴らしいのひとことに尽きる」
「いえ、どうも」

アスカは誉められて照れ臭そうだ。

「赤木アスカ君。わざわざきみの手をとって握手をしたのはきみに対してでは無い」
「へ?」
「きみの才能に対してだ。才能こそ、世のいかなる権力も手にできる最高のものではないだろうか」
「そ、そうですか……」
「赤木アスカ君。自分の願望のために働くのが人間にとってもっとも素直な生き方では無いのかな?どうやらこの街の連中は、きみの才能を理解するだけの目を持っていないようだ」
「才能才能って……あのう、アタシ、画家とか詩人とか、そういう芸術家とは程遠いんですけど……」
「フ……いずれゆっくり話したいものだ」

碇ゲンドウは謎の微笑みを残してアスカの研究所を去って行った。

「ん?そういえば碇って、シンジと同じ名前だけど……?」
「ただの偶然でございましょう?」

アスカの問いかけにシンジは暗そうな顔をして黙り込むしかなかった。

「……いいよ、シンジ。言いたくないなら言わなくても。今のシンジはアタシの……家族なんだから」
「……ありがとう、アスカ」
「こらっ、シンジさん!何をアスカさんと見詰め合っているんですかっ!」

ヒカリの声が研究所に響き渡った。碇ゲンドウ。彼の企みは一体何なのだろう。