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第八話 愛のゴーヤチャンプル
ヒカリがオキナハシティにやってきて数日後の朝……高級日本料理店『洞木屋』において開店準備が進められていた。

「いらっしゃいませっ!」
「はいっ、みなさん、もう一度!」
「いらっしゃいませーーっ!」

従業員の指導に当たっているのはこの店のオーナーであるヒカリ。

「スマイル!…………何よりも笑顔を忘れてはいけません。よろしいですわね?」
「はいっ……オーナー!!」
「支配人、明日からが本営業ですが、オキナハシティ現地採用のスタッフ教育は、徹底して行ってください」
「はい、かしこまりました。お嬢さま」
「お願いします」

そこへアスカがやって来た。

「来たわよ、ヒカリ!」
「あっ、いらっしゃい、アスカさん。『洞木屋』へようこそ♪」
「いい店じゃない。トーキョーの一等地にあるレストランに比べても、ぜんぜん見劣りないと思うわ」
「ありがとうございます。お褒めいただき光栄ですわ。内装の方はわりと意識して庶民的なものにしてありますけどね」
「でも、このお店の中に居ると、ここがオキナハシティだってこと忘れてしまいそうね……」
「……え?もしかして、トーキョーが恋しくなりました?……もう帰りたくなったとか♪」
「ううん、そんなことはないわ」
「ガクっ……そうですか」

遠くから元気なマナの大声が聞こえてくる。

「おーい、アスカー!」
「あ、マナ!こっちこっち!」
「あ……どなた?」
「オキナハシティでできた友だち。せっかくだからって一緒に誘ったの」
「ともだち……」
「最初はいろいろあったけど、今じゃ一番の友だちかな」

ガーン!ヒカリの頭にそんな効果音が鳴り響く。

「えっ?あ、あの……一番は私じゃ……」

そういってヒカリは泣きそうな顔になる。
対照的に弾ける笑顔のマナが店に入って来た。

「うわー、すごい店ね。でも、いい感じ♪」
「マナ、紹介するね。アタシの友だちのヒカリ。この店のオーナーなんだ」
「……アスカさんがトーキョーに居たころから、ずーーっっと一番の友人、洞木ヒカリです。はじめまして」

ヒカリはそう言って憎しみのこもった目でマナをにらみつける。

「マナよ。霧島マナ。……ところで、洞木って、あの洞木でしょう?超大金持ちの?」
「はぁ?……まぁ、そうですけど……」
「それなのに、あんたもこんなガラクタ屋と友達だなんて、大変よね……アハっ」

笑い飛ばすマナにヒカリの言い返す声は低くなる。

「ガラクタ屋?」
「ひどいわね。普通友達のことをそんな風にはいわないわよ」
「だれがあんたみたいなバカの友達なのよ。はんっ、ふざけないで」
「……バカ?アスカさんが……バカ?はっ……マナさんと言いましたよね。あなたこそ少しアスカさんに対して馴れ馴れしいんじゃありませんか?」

マナは怒りの表情で拳を握りしめる。

「それにバカバカって……世紀の大天才、赤木ナオコさんの娘であるアスカさんに、それはあんまりな暴言……!」

しかし食い気モード120%の今のマナにその言葉は届かなかった……。

「おぉぉ~おいしそうな料理~……ね?今日は食べ放題なんでしょ、ね?」
「え?は、はい。今日は本営業前の、招待客をお招きしたレセプションですから……」
「ヘイ、支配人!」
「は、はい。なんでございましょう」
「御品書にあるもの全部持ってきて!」
「ぜ、全品でございますか?」
「そ。デザートもいっしょでいいから」
「か、かしこまりました」
「さらばっ、ウエスト・ライン!さぁ、食っべるわよー!」

笑顔ではしゃぐマナに対し、ヒカリは落胆した表情で呟く。

「……っていうか、アスカさんと二人っきりのお食事を楽しむつもりでしたのに……」
「えーっと、アタシはどれがいいかな。一杯メニューがあるから、どれを頼んでいいか目移りしちゃうわ」
「……はっ!……精神的ショックで肝心のことを忘却の彼方へ置き去りにするとことでしたわ……!あの、アスカさん」
「え?なに、ヒカリ?」
「この料理店は、オキナハシティの風土との一体化、というのをコンセプトに掲げています。でも御品書に載っているのはご覧になってもわかる通り、すべてトーキョーから持ち込んだ料理ばかり……」
「……あ、言われてみればそうかもね」
「そこで、いかにもオキナハシティならではというメニュー……できれば、オキナハの特産品を盛り込んだ新メニューを考えてもらいたいんです」
「アタシに?」
「はい。いずれは全部を新メニューに変える予定ですが、とりあえず第一弾!……ということで」
「面白そうね☆うん、わかったわ。やってみる」
「ありがとうございます。では期限は一週間以内という事で」

研究所に舞い戻ったアスカは、シンジに相談を持ちかける。

「……というわけなんだけど」
「『洞木屋』のメニューか」
「コンセプトは……まあ美味しいのは当たり前として、満腹感も得られて手ごろな価格……ってことで」
「となると、あまり値の張った食材は使えないね」
「オキナハシティで手に入れられる激安、かつ美味しい食材……。で、トーキョーでは珍しいもの……うーん……」
「まあまあ、夕食でも食べて考えようよ」

と言ってシンジは野菜を取り出して夕食の料理を始めた。

「えええーーーっ!?またゴーヤ?アタシ、苦くて嫌い!」
「じゃあ、今度は豚肉と……そうだ、卵を入れてみようか」

シンジはゴーヤのはらわたを丁寧にスプーンで取りだして、豚肉と炒めて生卵をたっぷりと落とす。

「できたよ、アスカ。食べてみて」
「……うーん、思ったより全然苦くないよ、シンジ!ほら!」
「……んぐんぐ……ぷはっ」

アスカは感激のあまり(?)口に含んだゴーヤをシンジの口に直接移した!

「…………」
「…………」

その後赤くなって見詰め合う二人。

「こ、このゴーヤを使った料理をヒカリに提案しようかしら」
「大丈夫?定食屋のメニューを作るって言うなら何の問題もない選択だけど……トーキョーから出店してきた一流料亭……というのも『洞木屋』の重要な売りのはずだけど」
「そこらへんは上手くやるわよ。新鮮なゴーヤならきっとヘタな野菜に負けないぐらい美味しいとおもうしね」
「まあ、そこを分かっているなら問題ないと思うよ。やってみればいいとおもう」
「何言ってるの。シンジもアタシと一緒に料理するんだよ♪」

アスカはシンジと一緒にお揃いのエプロンを購入し、ウキウキ気分で台所にはいる。

「うん、『黄金ゴーヤチャンプルー』、完成ね!」
「アスカも意外と料理が上手いじゃないか。驚いたよ」
「いつも研究ばかりでシンジに作ってあげられないからね」
「まあ……気にしなくていいよ。アスカの味覚はワンダーなところがあるし」
「じゃ、ちょっとヒカリんとこ行ってくるね」

『黄金ゴーヤチャンプルー』を食べた洞木屋の料理長は、感嘆の声をあげる。

「うん……これはいけますね!」
「本当……おいしいですわ」
「うん……気に入ってくれてよかったわ」
「ありがとうございます、アスカさん。あの、このあと何か予定がおありですか?もしよろしければ、私の部屋でお茶でも飲んでいかれません?」
「じゃあすこし、おじゃまさせてもらおっかな」
「はい☆」

アスカはヒカリの部屋に案内された。そこは純和風のたたずまいで床の間には花と掛け軸が飾られている。

「わあ、素敵な部屋ね」
「ありがとうございます。急ごしらえの内装で、少し恥ずかしいのですが」
「うわ、あれって葛飾北斎の絵よね。……凄い、本物だ」
「……ふふ」
「さっすがね……あれ……これは?」

アスカは、箪笥の上に置かれている小さな時計に目をやった。

「まだ持っていてくれたんだ?」
「はい。もちろん。私の宝物ですから……きちんと忘れずにトーキョーから持参してまいりました」

それは昔、アスカがヒカリの誕生日にプレゼントした手作りの置時計だった。

「ありがと、ヒカリ。でもこの部屋にはちょっとつりあわないね……」

豪華な調度品が並ぶその部屋の中、一目で作りの拙さがわかるその置時計は確かにちぐはぐであった。

「どうなさったんですか?」
「うん……なんだか恥ずかしいなって。あきらさまに見劣りしてるし……」
「そんなこと言うなんて、アスカさんらしくありませんわ」
「でもこれって、アタシがママから習い始めたばっかりのころに作ったものだもん……ヒカリんちはお金持ちだし、もっと良い時計いくらでも買えるでしょ……?」
「いいえ。これはアスカさんとの大事な想い出の品物なんですもの……」

ヒカリはそう言うとうっとりとした表情で手を体の前で組む。

「どんなものとも交換することは不可能です……」
「…………」
「それに、ちいさくてもしっかり、私の為に時を刻んでくれるこの時計……私、本当に大好きなんです」
「……ありがとう、ヒカリ。冥利に尽きる言葉よ」
「ふふ……さぁ、お茶にいたしましょう。お茶菓子はうちの料理長特製のみたらし団子ですわ♪」
「うんっ♪」

アスカは、しばしオキナハシティ復興計画のことを忘れ、ヒカリとともに楽しい時間を過ごした……。



「うーむ。……海岸通り、か。……雰囲気自体は悪くないけど、オキナハシティ観光の目玉にしては、ちょっとインパクト不足よね……やっぱり」

次の日の朝。アスカは何となく海岸通りを散歩していた。

「なにか、ドカーンと一発、来た人がワクワクするようなものを作れないかなぁ……」
「……ア~ス~カ~さーーーーん!」
「そうやって観光客が増えれば、オキナハシティの街興しだって……うーん……」
「……アースーカーさーーーーんっ!」
「ん?……あっ、ヒカリ」

ヒカリはアスカの前まで疾走してくると荒々しく息をする。

「…………ぜーぜーぜー。……こ、こんにちは、アスカさん」
「ヒカリ、どうしたの?すごい勢いで走って来たけど。……何か大変なことでもあったの?」
「……ちょ、ちょっと待ってください。息が……ぜーはー」
「だいじょうぶ?」
「……ふぅ、も、もう平気ですわ。……アスカさんの姿が見えたから、お店から走ってきて……はぁはぁ。アスカさんったら、声をかけても全然気が付かなくて……。ハァ~、疲れちゃいました」
「あはは、ごめんごめん。全然気づかなかったわ」
「……大学に居た時のことを思い出しますわ。私が声をかけてもアスカさん、いっつも気づかなくて……」
「そうだったっけ?」
「ですっ……もう」

そう言ってヒカリは額に汗を浮かべた。

「あ、そうだヒカリ。ちょっと相談に乗って欲しいんだけど、いいかな?」
「あら、なんですか?アスカさんの『お願い』なら、なんでもOKですわ☆」
「えっと、この海岸通りをもう少しにぎやかにするにはどうしたらいいとおもう?」
「はい?……うーん。そうですわね。この海岸通りって少し地味ですものね」
「だよねぇ……」
「たとえば、トーキョータワーみたいな街を一望できるデートスポットがあるといいんですけど……」
「いいわね、それ!」
「そうしたら私、アスカさんと一緒に黄昏時の海を眺めながら……ああ、ス・テ・キ」
「シンジと二人っきりになって……ぐふふ」

二人の少女はそれぞれ異なる妄想をして目がハート型になっている。

「……トーキョータワーみたいな高い建物を建てるには……うん、問題になるのは工法と強度の問題よね」
「アスカさん?」
「……そうよ!確かリツコ姉の書いた本に建築に関することが書いてあったわ!」
「アスカさんってば!」
「ヒカリ、ありがと!アタシ、ちょっとひらめいちゃったから研究所に帰るね!」
「えっ!?」
「それじゃあ、ばいばい!」
「あっ!ちょっと、アスカさーん!」

アスカは大きな足音を立てて遠ざかっていく。

「…………もう、いっちゃった」

研究所に帰ったアスカはさっそく図面を書きあげた。

「マリンタワー建設計画書?」
「うん。海岸通りに建てるの。ドカンとでっかいやつをね☆」
「うん、いいプランだと思うよ。でも、これだけの高層建築となると、万が一の失敗でも許されないよ」
「わかってる。さぁ……研究開始よ!」
「じゃ、海岸通りへ視察へ行ってくるねーっ」
「アスカ、凄い張り切りようだな」

シンジは感心して研究所を飛び出すアスカを見送った。

「ふいーっ……よしっ、できたあ。『マリンタワー建設計画書』……うーん、われながら、よくできてる」
「えらく抽象的なデザイン……ピカソ派なのかな……」
「へへー、でしょ?てっぺんのお星様がポイントなのよね」
「え、これお日様じゃなくてお星様なんだ……」
「シンジぃ……」

アスカが突然泣きそうな顔になる。シンジはため息をついてスケッチブックを手に取った。

「じゃ、ちょっと市長のところでプレゼンしてくるね」
「うん、がんばってね」

日が暮れかけた街を、アスカはシンジの描いた絵を持って市庁舎へと向かう。

「よしっ、気合を入れて説得するわよ!」

執務室でコウゾウ市長はアスカに図面を見せられた。

「ふむ……マリンタワーね」
「海岸通り活性化の一大起爆剤になること間違いなしですよ」
「まぁ……悪くは無いアイディアだとは思うが。君はどうおもうかね?」
「はい。大変魅力的、かつ現実的なプランだと思います」

同じ執務室に居た側近のリョウジに声をかけると、リョウジはそう答えた。

「……はい!これでオキナハシティの街興しもバッチリですよ」
「大声を出すな……わかった。まぁ、前向きに検討してみよう」
「よろしくお願いします」

アスカは礼儀正しく『マリンタワー建設計画書』を市長に渡して、執務室を去った。

「ふん……苦労知らずのトーキョー者が。このオキナハシティのどこに、そんな代物を建られるだけの金がある」

市長は『マリンタワー建設計画書』を床にポイと投げ捨ててしまった。

「こんな浮世離れした建物……基礎工事費だけで何億円かかるか。まったく腹立たしい……あの小娘はオキナハシティの現状というものをまったく理解しておらんな」
「市長……そのことについてですが」
「……なんだねっ?」
「実は先日、洞木ヒカリ嬢から非公式ながら行政府に申し入れがありまして」
「洞木ヒカリ?ああ……今、オキナハシティに来ている洞木財閥のご令嬢かね?」
「はい。彼女から”アスカ・ラングレーの企画するプロジェクトに全て対し、洞木財閥は無制限の秘密資金援助を行う用意がある”……と」
「なっ……なんだね、それは?」
「トーキョー、洞木銀行本店発行の信用証もあります」
「ムムム……洞木銀行が!?し、信じられん……」
「アスカ・ラングレーは……いい友人を持っているようですね」
「し、資金の事で解決がついているのなら、反対する理由は無いが……きみの判断で計画を進めてくれたまえ。……ああ、なんだか私は頭が痛くなってきた……」
「はい、かしこまりました。市長……」

結局、アスカの提出した『マリンタワー建設計画書』に拠ってマリンタワー建設は実行に移されることになった……。



翌日、アスカがパテントの売り出しのために港を通りがかると、人が集まっているのを見つけた。

「うん……なんだろ、あの人だかり?」
「さぁさ、世にも珍しい売り物だよ!オキナハシティ一の網打ち様が、今朝の漁でみごとに網にかけた珍魚だぁ!」

漁師の足元のバケツの中で……七色に輝く魚が泳いでいる……。

「タスケテータスケテー」
「おおーっ!?」
「すげぇ、なんじゃこりゃ?」
「あの魚……しゃべってるの?」
「あれは、ハッピーフィッシュだ。すごいなぁ、噂には聞いていたけど初めて見るよ」

驚くアスカの隣にたっていた船長のシゲルもそう感想をもらす。

「そうだ、世にも珍しい口をきく魚!幻のハッピーフィッシュだぁ!煮てもよし焼いてもよし、こいつの身を一切れ食えば、不老長寿はうけあいよ!」
「タスケテー、ウミニカエリタイー」

唾を飛ばす漁師の下で、小さい子供のような声でハッピーフィッシュは訴えかける。

「ナントたったの3万!どうだい、いってみねぇか!」
「タスケテー!」
「…………ぅ」

アスカは意を決して漁師の男に話しかける。

「あの、おじさん」
「ほい、嬢ちゃん!お買い上げかいっ?」
「うん……」
「まいどありぃ!」
「…………」

アスカはバケツを受け取ってため息をつく。

「あぁ……食費に預かったお金、全部使っちゃったよ……シンジにひもじい思いさせちゃうな……」
「アリガトー」
「じぃぃぃ…………なんでこんなもの買っちゃったんだろう」
「…………」
「ん?どうかしたの?」
「……タベナイデー」
「ふっ、心配はいらないわよ。今からアンタを逃がしてあげる」
「ホントー?」
「うん、いつも魚にはお世話になってるもんね。まあ、代表ってことで」
「……アリガトー。ゴオンハイッショウワスレナイー」
「なんだか鶴の恩返しみたいね。はい、もうつかまるんじゃないわよ」
「……ナマエー」
「へっ?」
「ナマエー、オシエテー」
「アスカよ。……でも、恩返しはしなくていいからね」
「アスカー、アリガトー」

アスカは、ハッピーフィッシュを海に逃がした……。
研究所に戻ったアスカは、財布の中身をみたシンジに思いっきり怒られた。

「そんなしゃべる魚なんているわけないだろ!どうせアスカはどっかで無駄遣いしたんだろう……」
「嘘じゃないのよー!信じてよお!」

アスカはシンジを信用させるために、ハッピーフィッシュを売っていた漁師を縄で縛って連行して説明させた。

「はい、確かに、俺がこのお嬢さんに3万円で売りつけました……」
「アスカみたいな純真な子をだますなんて、最低の大人ですね!」
「だから、本当にしゃべるんだって……」
「魚を3万で売りつけるなんて、詐欺じゃないですか!」
「わ、わかりましたよ……お嬢ちゃんから受け取ったお金は返しますからぁ……」
「シンジがアタシのためにこんなに怒ってくれてるのね……」

漁師は目がイッちゃってるアスカに説明してもらうのは諦めて3万円を返した。

「もう、あの二人には近づくものか!」

漁師は本気でオキナハシティから引っ越そうか考えていた……。