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第四話 ファースト・キスはイチゴの味
アスカが商店街を通りかかると、ミサトが鼻歌を歌いながら歩いている。

「あ、ミサト」
「……はぁ~」
「ミサト?」
「ん?……ああ、アスカ。ごめんね」
「どうしたのよ、元気ないわね。なにをぼーっとしているのよ」
「まあ……春だから?」
「確かに、春だけど」
「あはは……もっとも、オキナハシティは一年中春みたいなところなんだけどね。神社修理の寄付金集めに、今日は西通りの方を回って来たんだけど、相変わらずね……悪くて、集まり……」

ミサトはアスカに向かって箱を突き出す。

「食堂の奥さんなんか、お金の代わりに……ほら、見て」
「やけに大きい箱ね」
「ショートケーキを山ほど物納されたわ……こういう形でも寄付に協力してくれることは感謝しているんだけどね。でもあたしは甘いものよりお酒の方が……」
「はぁ……ミサトも相変わらずね」
「ま、アスカにグチってもしょうがないか。どう、よかったら持って行かない?」
「え、いいの?」
「ナマ物だから早く片付けないと。全部で二十個あるから、シンジ君と二人でノルマは最低ひとり十個ね」
「そのくらい一人で食べちゃうわよ♪」

そんな二人に話しかける男性の姿があった。

「やあ葛城。こんな所に居たのか。アスカさんも」
「リョウジさん」
「げ、加持」

リョウジは気まずそうにアスカの方を見る。

「これから葛城と二人だけで話がしたいんだけど……いいか?」
「ち、仕方が無いわね……」
「すいません、アスカさん」
「いえ、アタシは……」
「じゃ、あたしはこの役人さまとお話があるから……」
「うん、どうもありがとうミサト。じゃあ……また」

笑顔で手を振ったアスカの前から二人は立ち去る。

「……ふたりで何の話だろう?こっそり盗み聞きしちゃおう……あんまり気が進まないけど、オキナハシティのことを良く知るためには人間関係に精通しておかないとね」

アスカはこっそり二人の後をつけて葛城神社まで付いて行った。

「……で、何なの話って?市長の改革プランに手を貸せっていうならお断りよ」
「おいおい、それじゃ、いきなり話はおしまいだ……」
「やっぱり」
「葛城神社の協力なくしてオキナハシティの再建なんてできるわけがない」
「あたしの父がどんな目にあわされたかなんて、忘れたわけじゃないでしょうね?11年前の使徒襲来のあと、行政府の無為無策のツケを一手に引き受けさせらて、今じゃコレよ」

怒った表情を見せるミサトに対してリョウジはひょうひょうとしている。

「俺も覚えているよ。被災した市民のために神社の資産、全てを投げ打って。……立派な方だった」
「私は反対だったわ。でも、子供だったし、それが聖職につく者の義務だって説得されたの」
「子供のころから君はシビアだったな」
「でも、私が正しかったことはすぐに証明された。そりゃ父さんのしたことは立派な事よ。でも無計画の施しなんて、結局やり手の自己満足にすぎないんだわ」
「……今思うと、それが負けると判っている計画だったから、被災民の援助に一切手を貸さなかったたんだろうね、行政府は」
「はっ、あんたが言う?」
「僕も君もまだ子供だったんだ。一世代前の責任を繰り越さないでくれ」
「ま……ようするに葛城神社は敗北したのよ、加持。オキナハシティの復興に尽力した父が病で亡くなった後……あとに残ったのは私一人……オキナハシティなんてどうでもよかったわ」
「オキナハシティは緩やかに衰退の道をたどっている。だが、救う方法はきっとある。しかし、俺には方法がわからない……」
「あたしだってそうよ。……いまや、わからないということだけがはっきりわかるわけね……」
「いまの市長はあてにならない。君と俺しかやれるのはいないんだ。頼む、協力してくれ」

そう言ってリョウジはミサトの手を握る。

「はぁ……だからダメ、ダメなの。あたしはそんな青ーい情熱、とっくに失っているんだから」
「オキナハシティは俺と君が生まれ育った故郷じゃないか」
「オキナハシティへの愛までは失ったわけではないわ。あたしは、あたしなりの手を打っているところよ」
「手?……さっきのアスカ・ラングレー嬢かい?」
「むふふ」
「随分と入れ込んでみているけど、……まだほんの子供だ」
「今にオキナハシティ中の人間が、自分の目が節穴だったって思い知る事になるわ☆」
「君に頼まれて裏からいろいろ便宜を図ってはいるが……もしかしてこの春の陽気で頭をやられているんじゃないか?」
「は、笑えない冗談ね」
「じゃあなんで?」
「あたしはあの子の天才を目撃したの。……生涯をかけるに値する」
「それが君のオキナハシティ救済プランかい……?」
「神からの天賦の才を与えられし子よ……」
「やれやれ、坊主相手じゃ口ではかなわん……君が手を貸してくれないとあれば、俺は俺で独自に動くしかない」
「……何を企んでいるか知らないけど、リョウジ。あたしが担ぎあげる神輿の邪魔をしたりしたら……」
「おいおい、俺だって彼女が好きさ。誓ってそんな事はしないよ」
「まぁ、見てなさい、あたしもあんたもこれからオキナハシティで起こる奇跡の証人になるんだから」
「はは、それにしても葛城。君がそんなに若いとは知らなかったよ……」

物陰で二人の会話を聞いていたアスカは考え込む仕草をする。

「何だか難しい事を話しているみたいだけど……ミサトもリョウジさんも、一応アタシに期待しているのかな……?」

アスカは隙を見計らって神社の外に出た……。
研究所にケーキの箱を持って帰ると、シンジは驚いた後、アスカに向かって怒った。

「何で材料の布を買いに行ったはずなのに、ケーキを買って帰って来るんだよ!」
「これはミサトがくれたんだもん!いいわ、アタシ一人で食べるから」
「そんなにたくさん無理だよ……」

半分近く食べても全くペースが落ちないアスカを見てシンジは声をかける。

「ねえ、そんなに食べたらお腹を壊すし、太っちゃうよ。だから僕が……」
「ふーん。シンジも食べたいのか……じゃあこうしようっと」

アスカは笑顔になると、イチゴを口にくわえてシンジに向かって突き出した。

「そ、それって……」

シンジの頭の中で天秤が動く。

理    アスカとキス
   <    &
性    鉄拳制裁回避

あっさりと理性が負けてしまったようだ。
シンジはアスカの唇にそっと触れてイチゴを食べる。
アスカの方も嬉しさで叫びそうな自分を必死に押さえている。

(キャー!シンジとキスしちゃったー!)

そんなわけでそれからアスカの食べるペースは格段に落ち、日は暮れて行った。



それから数日たった日の夜。アスカは愛用の羽ペンを手に机に向かっていた。

「さて……オキナハシティでの最初の月も終わった……トーキョーに手紙でも出すか。心配しているだろうしね……新しいママも」

……『ママ』へ。桜の花が咲いて、街並みの切り妻屋根の上を高く澄んだ鐘の音が流れる今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか。
ママと別れてオキナハシティの街に来てから、早いものでもう一ヵ月が経ちました。
前のママが”真理が純粋な事は滅多になく、単純なことは絶対にない”とよく言っていたのを思い出します。
世間とは鏡みたいなものです。覗けば自分の顔がうつっています。
こっちがしかめっ面をすれば、向こうも嫌な顔でこちらをみる。笑えば世界も一緒に笑います。悲しくなったときはシンジが側で支えてくれます。
赤木アスカ14歳。経験・実績……ともになし。……正念場です。

アスカはそう書いた手紙を翌日の朝、ポストに入れた。