第三話 鋼鉄娘、マナ
アスカとシンジは『温泉風味玉子』の次は『温泉風味まんじゅう』だ!とばかりに温泉まんじゅうの研究を終えた後、
パテント売却ついでに気分転換も兼ねて商店街を散策して居た。
「……うう、今日はいい天気ね。寝不足のアタシには太陽が眩しく感じるわ」
「到着早々、発明品造りで徹夜の連続だったからね……」
アスカの隣を歩くシンジも眠そうな顔をしている。
「ここで寝ちゃいたいよ……」
そう言ってうなだれてシンジにもたれ掛かかるアスカ。
抱き止めたシンジがオロオロして居ると八百屋のおばさんが声をかけて来た。
「こら、そこのお嬢ちゃん!」
「…………ん?」
アスカが顔をシンジの肩に乗せたまま、寝ぼけまなこの視線を送る。
「ふぁい、何よ……?」
「年頃の娘が、通りの真ん中で大あくびしたりして……いけないことだよ」
「すみません……」
アスカの代わりにシンジが謝る。
「ほら、これでも食べてシャキッとしな!」
八百屋のおばさんは大声でそういってシンジに果物を渡すと、アスカの背中を思いっきり叩いた。
アスカは思いっきり目を覚まし、背筋を伸ばす。
「お代はいらないよ」
「あ、ありがと」
「ん?あんたこの前港で市長さんと話していた外国から来た子かい?」
「そう、オキナハシティの復興のためにやって来た、赤木アスカ博士よ!」
「はぁ…………」
アスカが笑顔を浮かべて自信たっぷりにそう名乗ると、八百屋のおばさんはため息をついて肩を落とした。
「どういういきさつがあって、あんたみたいな子供がそんな無茶な仕事、請け負っているか知らないけどもさ……悪い事は言わないよ。さっさと国に帰った方が身のためさ」
「…………へ?」
「この街の事は、この街の人間で始末をつけるから、外の人間様のお世話にはならないよ……」
「で、でも……」
「あんたみたいな子供は、明るく遊んでいればいいんだよ、ほら、さっさとお行き」
落ち込んでしまったアスカを引きずりながら、シンジはお辞儀をする。
「……あ、お仕事のじゃましてすいませんでした。美味しそうなマンゴー、どうもありがとうございました」
「なあに、どうせ、売れ残って、腐らしちまうんだからね……はは、あんたたちに食べてもらった方が幸せってもんさ」
八百屋のおばさんはそういって悲しそうに笑う。
「それって……やっぱり」
「オキナハシティはもうダメさ。……そろそろあたしも店をたたむ潮時が来たのかもねぇ」
八百屋のおばさんが店の奥に引っ込むのを見ると、シンジは重いため息を吐く。
「……アスカ、アスカってば!落ち込んでいる暇は無いよ。アスカが何とかしてあげなきゃ」
シンジはアスカの頭を優しくなでながらそう言うと、やっとアスカは顔をあげて微笑んだ。
「いつもと立場が逆ね。……バカシンジに言われ無くたって、分かってるわよ!」
ぶくぶくぶく……鼻につんとくる化学薬品の刺激臭が、研究所を満たしている……
「ふっふっふ……」
「うっ臭い、これはアンモニア?何を作っているの?」
「この間台所にゴ……がでたのよ」
「?アスカ、よく聞こえないよ、はっきり言ってよ」
「アレが出たのよ!黒くてすばしっこくて物陰でカサカサいってさらに空まで飛ぶやつ!」
「ああ、ゴキブリか」
アスカは慌ててシンジの口をふさぐ。
「しっ、噂をしたら出てきちゃうでしょう。で、退治用の新兵器を」
「殺虫剤?」
「ううん、違うわ。今作ろうとしているのはね、ヨウ化窒素を塗りつけた特殊なシートなの」
「ヨウ化窒素?それは鳥の羽毛が触れても反応するから危険だよ」
「そこが大事なのよ。これをアレが出そうな場所に敷いておいて、その上をアレが歩くと……シートに仕込んだ反応剤がドーン!名付けてN2地雷よ!」
「なるほど、殺虫剤に比べて汚染物質は少ないね」
「えっへん、キャッチフレーズは『一家に一個N2地雷。台所の平和はこれで守られる』……上手く行ったら雑貨屋でたくさん作ってもらうのよ」
アスカが満面の笑みでそう言った時、ドアをノックする音が響いた。
「こーらー!」
「何だろう?」
突然女の子の怒声が外から聞こえて来た。さらにドアが激しく叩かれる。
「開けろー、責任者出てこーい!」
「シンジ、アタシは今ちょっと手が放せないから」
「分かった、僕が出るよ」
外の罵声はさらに激しさを増す。
「火ーつけるわよ!」
「待って、今開けるから!」
シンジがドアを開けると栗色のショートカットの娘、霧島マナが怒りながら入って来た。
「くぉおおおらああ!」
「な、何?」
驚くシンジの背後ではアスカが実験に夢中になっていて気付かない。
「うん、いい調子ね。さて、ここからが本番っと。ヨウ化窒素は取り扱いが難しいから、慎重に……」
「どこにいるの!?赤木アスカっていうのは!」
「ん?」
乱入してきた霧島マナは薬品の入った試験管を両手に持っているアスカにつっかかってきた!
「アスカ!危ない!」
「いた!あんたね、赤木アスカ!」
「え、アンタ誰よ?」
マナはアスカに人差し指を突きつける。
「港を仕切っている霧島商会のものよ!ったく、あんたのおかげでね……!」
「ちょっと、机に触らないでよ!」
「なんですってぇ!」
マナは実験中の作業台を力任せに叩いた!
「うわあああああ!」
アスカの叫び声と共に研究所が大きく振動した。
「ケホ、ケホ……あーあ、最低」
大きな爆発音が響いた後、ススまみれになったアスカは呟いた。
「……かはっ……」
実験薬品の大爆発を食らったにもかかわらず、アスカとマナはススまみれに汚れただけで済んだ。
「あんた、こんな所で爆弾を作って!私を殺すつもり!?」
「そっちが悪いんじゃない!」
「それで、アタシに何の用?霧島商会とか言ったわよね。あ、もしかして開発の依頼?わーいシンジ、初めてのお客さんだよ」
そう言って笑顔になったアスカの肩をシンジは優しく抱く。
しかし、マナは怒って再び机を強く叩いた。
「違ーう!あんた、トーキョーから船便で、ドでかい荷物をオキナハシティに送ったでしょ」
「は?……ああ、そういえば。愛用の研究道具一式がそろそろこちらに到着する頃ね」
「そのあんた宛ての荷物が荷卸の最中、市場で爆発したのよ!」
「え?」
「おかげで港は大混乱!」
「爆発……ねえ」
アスカはそう言って困った視線をシンジに向ける。
「心当たりが多すぎてわからないよね」
「さっすがシンジ、その通り」
「むっかつくわね……とにかくこの始末、どう付けてくれんの?」
「うーん」
アスカが黙り込んでしまうと、ドアから今度はミサトが入って来た。
「……ちょっちい待ってよん♪」
「あ?」
「あれ、ミサト?」
「気になって来てみれば、大変な事になってるみたいね」
そう言うミサトは何か面白いものでも見つけたような笑顔になっている。
「ミサトさん……なんでこんなところに?」
マナが驚いてミサトに尋ねる。
「あたしは、この子の保護者なの。というわけで、この子に手を出すってことはあたしに手を出すのと同義よん♪」
「ミサトさんが?……ウソ」
「マナ。そんな怒ってばかりじゃせっかくのかわいい顔が台無しよん♪」
「私は仕事で……」
マナはそう言ってミサトに懇願するような心細い目で見詰める。
「はいはい、事情は分かってるわよ。マナ、あなたもここに居るアスカがドイツから来た博士だって事ぐらいは知ってるわよね」
「はい……ちょっと前にオキナハシティで噂になっていたし……」
ミサトは何かを閃いたように手を打って笑顔になる。
「なら、こうしましょう。アスカにオキナハシティの港のためになるものを発明してもらう。それで手を打つってことで」
「えぇ?」
「異存はないわよね、アスカ?」
そういうミサトの微笑みは断れないほどのオーラがにじみ出ていた。
「わかったわよ」
「しょうがないわね……ミサトさんがそういうなら」
マナも渋々頷いた。
「じゃあアスカ、そう言う事で♪」
「うん……」
「じゃ、マナは頼みたい事ある?」
ミサトに言われてマナは考え込む。
「うーん、いきなりだし……急には思いつかない……あ、そうだ!」
「なに?」
「最近、市場にネズミがいっぱいでるの。倉庫の荷物をかじられちゃってもう大被害。このまま放っとくわけにはいかないのよね」
「ネズミねえ……」
「それをあんたの発明で何とかしてよ」
「まっかせなさい!」
アスカは胸を張って笑顔で答える。
「博士だか何だか知らないけど、変なもの作ってきたら承知しないわよ!」
そう言ってマナとミサトは研究所を立ち去って行った……。
「ふう、なんとか穏便にすんで良かったね。……で、何かアイディアはあるの?」
「ちょうどさっき作りかけだった<N2地雷>、あれをネズミ用に再設計してみようかな」
「ゴキブリ用の道具がネズミに効くの?」
「爆薬の量を調整すれば、かるーく致命傷を……」
「うっかり踏んだら、トウジみたいに足をなくしちゃうよ」
アスカに向かってそう言ってシンジは暗い表情になる。
「ごめんシンジ、嫌な事思い出させちゃって。でも、感圧機をネズミの重量に合わせるからさ」
「うん、時間もないし……それが一番だと思うよ」
材料の火薬を市場で買っている時も、N2地雷を作っている時も、シンジの表情には少し影があった。
「うん、やっと完成。名付けてN3地雷!」
「アスカってネーミングセンスないよね……」
「じゃあシンジはどんな名前をつけるのよ」
「ラットバスターなんてどうかな?」
「さすがシンジ様は素晴らしい名前を付けてくださいますね」
アスカは不機嫌な顔でシンジと一緒にマナの居る港へと向かった。
「おーい、マナ!」
「あん?いつから私たち名前で呼ぶほど親しくなったのよ?」
「赦してくれないかな、霧島さん」
「シンジ君ならいつでもOKだよ」
マナの態度に不機嫌だったアスカはますます怒りを募らせる。
「はい、これ!約束の発明品!」
そういってアスカはラットバスターをマナに突き付ける。
「このシートを、ネズミにかじられちゃまずい荷物のまわりにしけばもう大丈夫よ」
「へえ、ネズミ退治用の地雷かぁ」
「これは世界初の発明よ♪」
「そりゃ、そうかもね……ま、これに免じて荷物の件は許したげる」
「これからもよろしく」
「ちなみに、これにひっかかるとネズミは粉々になるのよね?」
「うん、そりゃもう木っ端みじんに……一撃必殺よ!」
「私ってそういう派手な道具、好きだなぁ。ふふふふふ」
「アタシもよ……アンタとは気が合いそうね。ふっふっふ」
二人で向かいあって不気味な笑みを浮かべるアスカとマナを見てシンジは冷汗をかいた。
「アスカと霧島さん、変な所で共感して居るよ……辺り一面に散らばるネズミの肉片、床は一面ピンク色……うっ、想像しただけで吐きそう」
「ふふふふふ」
「ふっふっふ」
「港の掃除する人には気の毒だけど、僕が片づけるわけじゃないから、まあいいか……」
こうしてアスカは、霧島マナという、オキナハシティでの親友(アスカ主観)を得たのだった……。