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第二話 アスカ、初仕事
「……うん?」

アスカとシンジが市庁舎のある中央広場に行くと、市民が集まっていた。

「ほら、噴水が直っているだろう?」
「うわー、きれい」
「使徒襲来から10年以上、水を噴くのを止めていた噴水がなぁ……」
「なんだか希望が湧いて来たな……」
「ああ……なんだか頑張らなくちゃって気がしてくるぜ。オキナハシティはまだ死んじゃいないって言ってるみたいだ」
「それにしても……誰が直したんだろう?勝手に直った訳じゃないだろうし……」
「そ……ふぐっ」

アスカが名乗りを上げようとしたところをシンジが口をふさいで止めた。

「アスカ、街の人の笑顔が見れたんだからそれでいいじゃないか」
「せっかくアタシの名声を広めるチャンスだったのに……」

アスカは口を尖らせながらも引き下がった。

「シンジって本当に無欲よね……アタシに対してもうちょっと欲を出してくれてもいいのに」
「アスカ、何か言った?」
「いや、何も言ってないわ!さっさと市庁舎に向かいましょう」

アスカはシンジを連れ立って市庁舎へとやって来た。

「じゃあ市長に会ってくるわ、シンジはここで待ってて」
「不安だな……」
「ふっふっふ……」

アスカは堂々とした足取りで市長の部屋へと向かって行った。

「うむむ……トラブル、トラブル、またトラブル……オキナハシティの財政はもはや破たん寸前……」

コウゾウ市長はため息をひとしきりについた後、怒りで拳を握りしめた。

「それにしても赤木め!何が当代きっての発明家だ!」

ドアがノックされ、側近のリョウジが入って来た。

「市長、よろしいでしょうか?」
「……淡い期待を抱かせておいて、正体はあんな小娘だなんてバカにするのにも程があるっ……!」
「お客様です、赤木様がお見えになりました」
「なに?」

アスカが堂々とした態度で市長の前に現れる。

「市長さん、体の調子はどう?元気そうで安心したわ」
「……むぅぅぅぅ!」
「オキナハシティの復興計画について、市長さんに話を聞きに来たんだけど」

コウゾウ市長の目が怪しく光る……!

「うぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」

鳥のような鳴き声と共にコウゾウ市長はデスクを蹴って宙を舞う!

「きゃあ!」

そして凄まじい跳躍力でアスカに体当たりするかのように襲いかかって来た!

「あ、危ない!」
「どけーーーーい!!!」
「うわ、く、苦しい」

リョウジはアスカをかばって市長の体と激突し、下敷きになってしまった。

「で、出ていけ……お前なんかの顔は見たくない……!」
「アスカさん、ここはひとまず執務室の外に!」

アスカはリョウジに手を引かれて執務室の外に出た。

「御覧になった通りです……市長は先日から、心神喪失状態でして」
「もしかして……アタシのせいで?」

そう言ってアスカは表情を曇らせた。

「いえ……その件で、市長の落胆は大きかったのは確かですが、原因の大本はオキナハシティの行く末の事です」
「……そうなんですか」
「このままでは東京都に組み込まれてしまう事もありえます……その心労が市長をあんな姿に」

リョウジは唾を飲み込んで、アスカに尋ねた。

「アスカさん、あなたはオキナハシティとの専属契約による都市の復興事業……本当に実行されるつもりですか?」
「アタシはそのためにオキナハシティに来たんです」
「……正直、市長があれでは、あなたに対して行える支援は限られてしまいます。……それでも?」
「はい、やります」

アスカは胸を叩いて宣言した。

「そうですか、わかりました。……では、これをどうぞ」

市長側近のリョウジは行政府公認印の入った一枚の書類をアスカに手渡した。

「え?これって……」
「オキナハシティ行政府発行の特例信任証書……まあ簡単に言えばオキナハシティで自由に活動できるライセンスみたいなものですよ」
「すごい……でも、どうして?」
「実は、あなたの事で、葛城さんから手紙をもらっているんです」

アスカはその言葉に驚いた。

「え?ミサトが?」
「よろしく便宜を図ってくれ、とね。葛城さんは古い友人なんですよ。だから自分もあなたを応援しますよ」
「ちぇっ、かっこいい男を見つけたと思ったらミサトとできているのか」
「葛城さんとはそんな関係じゃありませんよ」
「じゃあアタシがアタックしてもいいの?」
「それは困りますよ……」
「なんて、嘘」
「大人をからかわないでください」

リョウジが気を取り直して咳払いをする。

「自分の権限で発行した信任証書の期限は一年間です……頑張ってください、アスカさん」



「……というわけなんだ」
「ミサトさんは思いの外街の偉い人たちに影響力を持っているみたいだね」

アスカは市庁舎の外で待っていたシンジに事の顛末を報告して居た。

「うん、驚きよね。あんな飲んだくれが」
「しかし、市長さんを始めとして街のみんなが僕たちを信用して居ないみたいだね」
「大丈夫よ!」

落ち込むシンジとは対照的にアスカは堂々としている。

「僕はちょっと絶望しかかっているよ……」
「ま、何よりもまず、皆にやる気を出してもらわないと!」
「アスカはとっても明るいよね……そこがいいところなんだけど」
「あのね、アタシを馬鹿みたいに言わないでくれる?」

不機嫌になったアスカに慌ててシンジは話の矛先を変える。

「まずは信用を得ないとね。アスカの技術力は一流って言ってもいいんだから問題無いんだけど」
「またまた……」

アスカは上機嫌になってほおを手で押さえた。

「でも、アスカにはまだ実績が無い。この場合それが信用と同じなんだけどね」
「うん、でもやらないと。アタシ……オキナハシティが気にいっちゃった」
「もし、この街が衰退するのが運命だとしても?」
「この世の中に運命なんて無いわ!人が想像できる事は必ず実現できる!」
「アスカの遠い親戚のご先祖様の言葉だっけ?」

シンジはアスカの目を強く見詰める。

「期限は一年限り。やるからには計画的に努力しよう……まずは実績づくりだ。こればかりは地道に仕事をこなして行くしかないね」
「やっとシンジも本気でやるきになって来たみたいじゃない」
「一緒に頑張ろうねアスカ」

シンジの満面の笑みにアスカは思わず見惚れてしまった。
照れたアスカは研究所への帰り道を思いっきり走る。
港へ差し掛かった時、突然のスコールに遭遇した。

「……雨宿りできる場所……えっと……よし……あそこね!」

屋根のある港の市場地区へ、アスカはシンジの手をつかんで引っ張り駈けこんだ。

「ここで雨が通り過ぎるのを待ちましょう」
「そうだね」

その近くで威勢のいい女の子の声が聞こえた。

「ほらっ、急いで荷物を運ぶ!」
「へい!」
「濡らしたら値打ちが一割減よ!……さぁ、みんな、頑張って!」
「よーし、任せてください」
「その調子!霧島商会の名にかけて今日中に積荷を終えるわよ!」
「合点でさぁ、マナお嬢!」

笑顔で指揮を執る少女、霧島マナに港員の男たちは歓声を上げて応える。

その様子をアスカとシンジは遠目で見やった。

「市場の人かな?……頑張ってるじゃない」
「ああいう人たちが居るならオキナハシティの街はきっと元気になるね」
「シンジはあんなまな板娘が好みなの?」
「アスカ、話をすぐその方向に持って行かないでよ」
「ごめんごめん。……あ、雨止んだみたいだね」

アスカの笑顔は日差しに照らされ、輝いているようにシンジには見えた。
そして二人は市場を後にした……。
研究所に戻ったアスカとシンジはまず最初に何から始めるか相談をしていた。

「まず、食べ物の開発から始めようか」
「何で食べ物なの?かっこ悪い」
「開発費が安いし、機械工学を知らない多くの人にも広めやすいだろう?」
「ふーん、シンジも考えてるのね」

そう言ってアスカはウインクしてシンジのほおを人差し指でちょんとつつく。

「じゃあ、また材料を買いに行こう」

街に出て再び戻って来たアスカとシンジの荷物は玉子、まんじゅう、魚のアラ、野菜類、パパイヤなどだった。

「なんか、発明品の材料より夕飯のおかずみたいね」
「……それは仕方が無いよ。地元の食材を使わないといけないしね。……それより何で荷物を持ってくれたの?」
「だって、新婚さんみたいで楽しかったから……って何言わせるのよ!」
「痛いアスカ、照れ隠しにグーで殴るのは止めてよ!」

戻ったアスカとシンジはさっそく玉子の研究を始めた……。
そして日が暮れて夜も更けたころ……。

「どう?シンジ」
「凄いよアスカ!この方法なら鍋でも温泉玉子っぽいものが造れるよ!」
「まあ、玉子といえば温泉玉子が人気だからね」

アスカは試作品をひっつかむと出口に向かう。

「ええっ?もう夜遅いよ。明日にしたら?」
「バカね、売り込みに行くのはホテルや旅館よ!夜遅くまでやってるじゃないの!」
「まあそうだけど……」

シンジはアスカの勢いにほだされ、街のホテルや旅館を一緒に回って『温泉玉子……かも?』のパテントを市場価格の10分の1の相場で売り込んで行った。
研究所に戻った時には夜も白んでいたので寝ようかと思っていた矢先に研究所のドアをノックする音が聞こえた。

「ん?」
「おっはー!」

ドアを開けて入って来たのはハイテンションなミサトだった。

「ミサト!アンタ朝から何でそんな元気なのよ!設定とは違うわよ」
「それは向こうの設定。こっちの設定では聖職者だし、寝坊は許されないのよ」

ミサトは咳払いをして話を続ける。

「どう、調子は?バリバリやってる?」
「ええ、こんな素晴らしい研究所をありがとうございます」

笑顔でそうアスカの代わりに答えたのはシンジだった。

「維持費がバカにならない建物だし、どうしようかと思っていたけど正解だったわ、残しておいて」

ミサトも晴れやかな表情を見せる。

「……で、用は何?アタシたち眠いんですけど」

アスカが不機嫌そうな顔で尋ねる。

「緊急の仕事をお願いするわ」

その言葉にアスカとシンジは真剣な顔で唾を飲み込んだ。研究所内の空気が緊張する。

「愛すべき我が住処……オキナハシティ市民の心のよりどころでもある葛城神社の事なの」

そう言ってミサトは悲痛な顔でため息をつく。

「……随分前から、神社の補修工事をやるための寄付金を募っているんだけど、これが何と言うか……集まりが悪くて」

アスカとシンジは冷汗を垂らし、ため息をついた。

「どうせ、ミサトがお酒代に使いすぎたんでしょ?」
「寄付金が集まってもまた泡盛に化けそうな気がします」

ふとアスカがミサトに向かって身構えた。

「ここにはお金なんか無いわよ!パテントを安く払い下げているせいで、生活費もギリギリなんだから!」
「そう言いながらシンジ君の料理が毎日食べられるだけで満足なくせに」
「そうよーシンジったら安い食材でよくあんなおいしい料理を作れるわね……って何言わせるのよ!」
「……すいません、お役に立てなくて」

シンジも頭を下げて丁重に断る。

「別に今お金を出そうというわけじゃないの。将来、お金持ちになった時にガッポリ頂くわよ」
「……やっぱり、アタシたちにただで研究所を貸したのはそれが目的だったんだ」

アスカとシンジの冷たい視線にミサトはたじろいだが、矛先をそらすがごとく話を続ける。

「アスカの技術力を駆使して、神社の寄付金募集を報せる看板を作って欲しいのよ」
「カンバン……」

そう言ってアスカはやる気をなくしたように視線を地面に落した。

「わざわざアスカに頼むわけだから、ただの看板じゃダメ。街中にドカンとアピールするぐらいのインパクト大のやつでね」
「あぁ、そう……」
「やってくれるわよね」
「まあ、やるわよ……」

アスカの返事にミサトは満足して頷いた。

「そう言えば、市庁舎には顔を出した?」
「はい、昨日アスカが市長と面会しました」
「もし、街興しの一件で何かあったら、私と神社の名前を出すといいわ。これでもちょっとした効果はあるとおもうから」

ミサトは研究所のドアに手をかける。

「アスカの天才をオキナハシティの人たちに見せつける第一歩よ。じゃあ、頑張ってね、期待してるから」

ミサトが出て言った後、シンジはアスカに話しかけた。

「ミサトさんも神社の寄付金集めなんて大変だね……ってアスカ?」

アスカは床に倒れこんで眠りこけていた。

「アスカ、起きて何を作るか考えてよ!」

ゆすってもアスカは幸せそうな寝顔をしていて起きない。
シンジはふと寝ているアスカの唇に自分の唇を近づけたが、思い切り首を振ると、アスカを抱き上げてベッドに寝かせた。

「いけない、今は依頼の事を考えないと……」

シンジは雑念を振り払うかのようにミサトの依頼の件に考えを集中させた。

「よし……のぼりでも作ろう。早速材料を買いに行かないと」

シンジは仕立屋で布を買ってさっそく製作に取り掛かった。
そして日が暮れかけたころ、やっとのぼりは完成した。

「完成だ。さっそくミサトさんの所に届けに行かない……と」

そういってシンジは倒れこんでしまった。どうやら寝てしまったようだ。
昨夜から徹夜だったのだ、無理もなかった。
目を覚ましたアスカは研究室で、シンジがのぼりを作った達成感からか笑顔で眠りこんでいる事に気が付いた。
アスカはシンジにそっと毛布をかけると、のぼりを持って葛城神社に向かった。

「凄いじゃない!やっぱりあなたは天才よ、アスカ!」
「ハハハ……でも、ちょっと地味だったかな」
「この同情をひくような手作り感と素朴さがいいのよ。ツボをついてるって感じよ」

ミサトは大きくため息を吐きだす。

「ただでさえ、最近この街はケチ臭くなっているんだから……ま、神社再興の第一歩ね。はい、少ないけど報酬」

報酬を受け取って研究所に戻ったアスカはシンジがまだ眠りこけているのを見ると、そっと膝枕をした。

「アタシが寝ている間に頑張ってくれたんだね、ありがとうシンジ。わがままなアタシを見捨てないアンタと一緒に来てよかったよ」

アスカはそう言って微笑むと寝ているシンジのおでこにそっとキスをした。
こうしてアスカの初仕事は無事に終了した。今度はどんな騒動が二人を待ち受けているのか。