第一話 アスカ、来航
……海上都市オキナハ。遠い昔から海上貿易の要衝として繁栄し、”海の宝石”として称えられてきた美しい都市……。
……しかし、その栄光も過去のもの。緩やかな衰退の道を歩みつつあった……。
でも、これから風が吹く……奇蹟を乗せた小さな風……。
「よーし、ハシケを降ろせ!」
オキナハ港に入港した帆船レインボー号の船長は大きな声で号令を下す。
「アイアイサー!ハシケを降ろせ!」
「ういーす!ハシケを降ろせ!」
号令を受けた船員たちは協力してハシケを降ろす。港がなにやら騒がしい。オキナハシティの住民がたくさん集まっているようだ。
「船がついたぞー!」
「うードキドキするわ……!」
船からぞくぞくと降りて来る乗員乗客をオキナハシティの住民たちは固唾をのんで見守っている。誰かが降りて来るのを今か今かと待っているようだ。
「…………」
オキナハシティの市長、冬月コウゾウも側近と一緒に船の方向を見つめている。市長のコウゾウは60歳。
市民からは、影の薄い市長だと思われているようだ。
市長の側近は30歳の男性。南国で気分も開放的になっているのか、ノーネクタイに無精ひげを生やしている。名前を加持リョウジと言った。
「市長、ついに……」
「うむ……」
港にはオキナハシティ市長と大勢の市民が、船に乗っているはずの、さる大物を出迎えようと集まっている。
「いまここに、都市復興のプロ、赤木博士を迎え……オキナハの街は救われるのだ!」
「はい。赤木博士の下、復興を遂げなかった街は無いと聞いております」
リョウジはうやうやしくコウゾウに向かってお辞儀をした。リョウジは赤木博士とコンタクトを取り、やっとのことで約束を取り付けたのだ。
「それだけではなく先史超技術の解析研究……いわゆるE・テクノロジーの当代きっての権威であるそうだな」
「他にも、あらゆる種類の土木工事、築城、兵器の開発から、機械工作、食品、生活用具一般……およそ全ての分野に及んでいます」
「それは頼もしい事だ……俺も年甲斐も無く興奮して来たな」
コウゾウは体を震わせている。
「きっと赤木博士なら、十一年前の使徒襲来により失われた、オキナハの繁栄……海の宝石と言われたかつての輝きを取り戻してくれるだろう」
「……はい、私もそう思います」
「今日からオキナハシティ第二の歴史が幕を開けるのだ」
オキナハシティの市民たちは歓迎の声をあげる。
「ばんさーい!ばんざーい!ばんざーい!」
「よーし、客は全員降りたな?」
船長が船員に声を掛けて確認する。
「おい、船長さん?乗客はこれだけかい?トーキョーからいらした偉い御仁が、これに乗っていなさるはずなんだが」
市民の一人が船長に向かって訪ねた。不審に思った市長のコウゾウも首をひねる。
「はて……?」
「いや、誰も乗っていないぞ、全員降りたさ」
船長の言葉を聞いた市長のコウゾウは慌てて側近のリョウジに尋ねる。
「……確かにこの便で間違いは無いのだな?」
「間違いないはずです」
リョウジはきっぱりとそう言いきったが、市長と同じように首をひねっている。
「うむむ……」
「もしかして、何かあったのかもしれないですね」
「そ、それはどういうことかね!」
「い、いえ約束は堅く守る方だと聞いているので……」
コウゾウはリョウジの襟首をつかんで締め上げる。
「市長、落ち着いて……く、苦しい」
と、その時。小さいカバンだけを手に持って、身軽な感じの紅茶色の髪と青い目をした少女アスカと、
重いリュックサックを背負って、汗をたらしながらひいこらと人混みをかき分けてやってくる黒髪の少年シンジ。
「ちょっと、そこのおじいさん」
「加持君!赤木博士の技術無くして、街の復興はどうなるというのだ!」
「もう、だめ……葛城、10年前に言えなかった言葉、言えないままになりそうだ……」
アスカはコウゾウの方を軽くたたいたが気がつかないみたいだった。
「アンタ、こっち見なさいよ!」
「な、何だね君は」
「た、助かった」
リョウジは床にへたれこんで酸素を思いっきり吸い込む。市長のコウゾウがアスカに気がついたようだ。
「アンタがオキナハシティの市長?」
「いかにも市長の冬月コウゾウだが、君みたいな子供が何の用かね?」
「今の船で着いたんだけど、ここに居るみんな、ナオコママに手紙をくれた人たちよね?」
コウゾウたちが否定しないのを見て、アスカは話を続けた。
「天才美少女、赤木アスカ博士とはこのアタシの事よ!」
アスカは仁王立ちをして得意げに腰に手を当てながら言い放った。
「はあ?君が赤木博士……?」
「ま、アタシの手にかかれば都市の復興なんてちょろいもんよ!」
「嘘だろう」
周りの人混みが騒ぎ出した。
「おい、今の聞いたか?」
「……なんだよ、ただの生意気そうな子供じゃないか」
「オキナハシティ復興の旗頭をあんな子供に任せられるはずはないなぁ」
市長のコウゾウは怒り狂ったように叫び声をあげる。
「君はまだ子供ではないか!」
「アタシはこれでも大学も卒業して、博士号をもっているのよ!」
「知るか、そんなもの!今すぐに帰ってくれ!」
「アタシを呼び付けておいてその態度は何よ、冴えないじいさん!」
あまり太くないアスカの堪忍袋の緒は切れてしまった。コウゾウの顔はドンドン青ざめて行く。
「うぐ……せ、世界が白い……」
かくん、とコウゾウの膝が折れた。そして、床に倒れ込んだ。
「し、市長ー!」
******そして、数十分後******
港には風の音だけ以外は静寂に包まれていた。
「誰も居なくなったわね、シンジ」
「やっぱり、無理だったのかな」
アスカの御付き、シンジは肩をすくめた。
「アタシは正真正銘、赤木博士なのに」
「普通の人は見かけでアスカが博士だって信じられないよ。大人の人を連れて来るべきだったな……しくじったよ」
「バ、バカね!それじゃあ意味が無いでしょう!」
せっかくシンジと二人きりで旅ができる口実ができたのに、分かってないなとシンジの鈍感さにがっかりするアスカ。
「でも、初めて見たわ。人が泡を吹いて倒れる所。とっても傑作だったわ。アタシをバカにするからよ、いい気味」
「それよりも、これからどうするか考えないと」
「じゃあとりあえず、日も高いしオキナハシティで流行のアクセサリーでも見て回ろうか。アタシ、南国風のデザインのアクセ、楽しみにしてたんだ」
楽しそうに笑うアスカに、シンジは逆らうことができなかった。もちろん、アスカの笑顔を見ていたいと言う気持ちと、制裁が怖いと言う気持ちが同居してた。
「今の状況、わかっているのかな?はあ……気が重い」
シンジは重い荷物を背負い汗をかきながらアスカに着いて行った。
アスカたちは港から市場通りを抜けて、オキナハシティの散策を開始した。
「海から見た時は小さい島に見えたけど、結構広いのね」
アスカはもの珍しそうに視線をさまよわせて、店の商品を物色していった。海産物に果物野菜、飲食物、木材、石工、ガラス細工に革工芸……
……廃れかけた街との噂を聞いていたが、港に繋がる大通りではそこそこ店は賑わっているように見えた。
「オキナハのキーホルダーはいかがですか?”友情””根性””努力”の三点セットですよー」
威勢のいい売り子の声が聞こえる。シンジは平常心と書かれたTシャツをアスカに買わされて笑い物にされていた。
シンジはアスカに羞恥心と書かれたTシャツを買って仕返しをしようとしたが、アスカのひとにらみで却下された。
街の雰囲気は都会育ちのアスカの目から見ると、どことなく垢抜けていない……。
「昔はこの街は海を自由に動く移動島だったみたいだね……」
シンジが『ようこそオキナハシティ江』と表紙に書かれたパンフレットを読みながら言った。
「まあ、実際に動いてたら、凄いわね」
「でも、使徒の襲来で壊されちゃったみたいだね」
「よく見ると、あちこちに壊れた建物があるわね」
「どれも破壊されてから相当の年月が経っている、爪跡は残っているんだね……」
「それだけ、復興のし甲斐があるってもんじゃない」
「じゃあ、次はどこに行こうか?」
その後アスカとシンジはオキナハシティの地図を手に、街の各地域を巡って行った。そして、使徒の死体が今も横たわる場所にたどり着いた。
「骨だけになってもこの存在感。凄いわね」
「慰霊碑がある。使徒襲来による犠牲者をここに追悼する……だって」
アスカとシンジは慰霊碑に向かってそっと手を合わせて黙とうをした。
「使徒が来たころって、僕たちがまだ赤ん坊だったころだね」
「そうね、シンジのオムツが取れた頃ね」
「アスカだって同い年じゃないか」
「アタシの方が半年だけお姉さんなのよ!」
そう言ってアスカはしみじみと使徒の骨を見つめ直す。
「それにしても、オキナハシティの人たち、エヴァも無しによく使徒を倒すことができたわね」
「いや、襲来した使徒は街を破壊している最中に勝手に自滅したみたいだよ」
「自滅?何よそれ?」
「僕にもよくわからないよ」
「きっと、キョウコママより先にエヴァになった人がいたりして、ね」
「アスカ……」
「ううん、アタシは別に落ち込んでいないから」
アスカたちはオキナハシティの方々を歩き回り……オキナハシティの中央広場にやって来た時、ついに日が暮れた。
「アスカ、お腹は空いていない?」
「そうね、ちょっと空いているわ……」
「そろそろ、泊まるホテルとかを探さないとダメだね」
「そ、そうね……」
アスカはなにやら気まずそうだ。
「じゃあ、アスカ。あそこに見えるホテルにしようか?」
「……あのね」
歩き出したシンジの腕をアスカが引っ張って止める。
「ん?どうしたの?」
「シンジ。あの……あのね……」
「うん」
「実はお金……ほとんど残ってないの」
「昼間、たくさん買い物していたよね」
「だから……お金がなくなっちゃったの」
「はあ……」
シンジがあきれてため息をつくとアスカは泣き出しそうな顔をしていた。
「シンジ……どうして止めてくれなかったのよ……」
「だってアスカの嬉しそうなかわいい笑顔を見ていたかったから……」
その言葉を聞いたアスカはシンジに思いっきり抱きついた。抱きつかれたシンジもいい気持ちになったようだ。
さらに制裁キックのカウントも帳消しになったんだろうと喜んでいた。
「まだ春になったとはいえ、夜は冷えるよ」
「こうしていれば寒くないもん」
アスカはシンジの背負っていたリュックサックから毛布を取り出すと、自分を包み込んでシンジに覆いかぶさった。
「こうして二人であったまれば寒くないよ」
シンジは積極的になったアスカにろくな抵抗もできないでいた。今まで他人の前では意地を張ってただの腐れ縁と言い続けてツンツンしていたアスカだ。
それが、今はとても態度が違う。シンジの方もアスカを抱きとめていた。腕をアスカのくびれた腰の後ろに回す。なんて魅力的なくびれなんだ。シンジはうっとりとしていた。
「シンジ。なんか喉が乾いちゃった。水の飲めるところ、この辺に無いのかな?」
「……水の出ていない噴水なら目の前にあるけどね」
「故障しているのかしら」
アスカは荷物から精密作業用のキズミを取り出すと、噴水の基部をのぞきこんだ。
「結構細かいわね……どれどれ……」
「直せるの?」
「アタシはE・テクノロジーの技術に関しては天才よ。こんなの簡単、簡単」
「その言葉を信じて、何度危険な目にあったことやら……」
「文句あるっていうの?」
アスカが中央広場の噴水の修繕に取り掛かったそのころ……
「はーっ、今日もお勤め完了。早く帰ってビールでもかっ喰らいたいわ」
アスカたちの運命を変える女性が広場を通りがかった。葛城神社の女神主、葛城ミサトだった。
「ええっと、こことここに水路を繋げて……てやぁ!」
「あら?女の子……の声?」
「どう、シンジ?アタシの実力は」
「早業だね」
「おまけに……かわいい男の子の声が聞こえる」
ミサトは声の聞こえた方向を見ながら、険しい顔をして呟いた。
「まさか、こんな時間に野外プレイしてるんじゃないでしょうね。子供がそんなことするなんて世も末だわ……」
「シンジ、優しくしてね」
「うん、アスカは平気なの?」
「アタシ初めてじゃないし」
アスカとシンジの声を聞いたミサトは疑念を確信に変えたようだ。ぐっと力を込めて手を握る。
「青少年の健全な性教育!ここは大人がガツンと注意しなくちゃね!」
すっかり勘違いをしたミサトは足早に声が聞こえた方に向かった!
「水出すわよ!」
「うわ、ま、待って!」
噴水から勢いよく水が飛び出した。シンジはその水を直に浴びてしまった。
「うわあ、びしょびしょだよ」
「ごめん、シンジ!」
シャツまですっかりシンジは濡れてしまった。
「シンジ、脱がないと風邪引いちゃうよ」
「上は脱いだけど、下は勘弁してよ」
アスカがシンジのズボンにまで手を伸ばしていた。
「あんたたち、何やってるの!?」
ミサトがその現場を目撃した。
「服が噴水の水で濡れちゃったんで、着替えさせようとしているんです」
「そう、あたしの誤解だったの……って、え?」
ミサトは壊れた噴水が水を吐きだしているのを見て、驚きの声をあげた。
「腕利きの技術者たちが、何年もかけても直せなかった噴水が水を噴いている……?」
「アタシが水を飲みたくて直したんだけど……」
「修理?この噴水を?」
「ええ、こんなの簡単よ!」
「あなたのお名前を聞かせてくれるかしら?」
「アタシは、アスカ・赤木よ」
「すっごいじゃない!」
突然アスカは興奮したミサトに手を握られた。
「あなたは神の才能をもった天才よ!」
「そ、そんなの当然じゃない……」
そう言いながらもアスカは顔を赤くしている。
「ほら、あそこに神社がみえるでしょう?あたしはあそこの神主の葛城ミサトよ。ささ、一緒に来てちょうだい!」
「あ、ちょっと待ってよ、シンジ」
ミサトは戸惑うアスカを強引に神社の方へ連れて行った。シンジは慌てて荷物をまとめてついて行った。
「なるほど、オキナハシティの復興を……話には聞いていたけど、まさかあなたみたいな女の子が来るとわね」
「アタシの実力を試すにはいい機会かなって、引き受けたの」
「理由はそれだけじゃない気がするけどね……まあ一線は越えないようにするのよ」
ミサトはシンジの方を見てニヤニヤと笑う。神社の中でミサトはビールを飲みながらアスカとシンジの話を聞いていた。
「今夜の奇跡はあたしも感動したわ!」
「奇跡?」
「あなたは自覚が無いかもしれないけどね。街の人がどう思うとも、あたしはあなたが赤木博士だって信じるわ」
アスカとシンジはミサトのつてで、以前人が住んでいた住居付きの小さな町工場を一つ提供してもらえることになった。
「うん。ここがアタシの研究所か。悪くは無いわね」
アスカは建物を見上げる。そこには、つい先ほど掲げ終えたばかりの『アスカ・ラボラトリー』の文字が描かれた真新しい看板があった。
「家賃が無料だなんて、ミサトさんに感謝しないとね」
「ただって言うものほど高いものは無いって。何かちょっと怪しい気がするのよね」
「アスカ、人の厚意を疑っちゃダメだよ。街の復興のためだって言ってたじゃないか」
「はいはい。何か企んでいても、アタシのスマッシュ・ホークで打ち砕くけどね!」
アスカとシンジは研究室に戻った。二人はこれからの方針について話し合うことにした。
「やっぱり、もう一度市長さんに会いに行こうよ」
「ええ、面倒くさいじゃない」
「でも、一晩経てば落ち着いているかもしれないし、協力してくれるかもしれないよ?」
「まあ、偵察に行くだけ行ってみましょうか。市長のハラを探ってから作戦を考えるわ」
こうしてアスカとシンジの二人は市庁舎へと向かうことになった。
この先二人にどんな出来事が待ち受けているのだろうか。