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<8>「社会変える」勇気の一歩

私も顔を上げて生きる

 何かを訴えるような目で見つめる女性、少年時代に性虐待を受けた場所でむせび泣く青年、バラが彫られた腕に残るリストカットの跡――。写真一点一点に、被写体になった性暴力被害者のプロフィルが添えられている。

 米国在住のフォトジャーナリスト、大藪順子(のぶこ)さん(38)は、性暴力のむごさと、生き抜く被害者の力強さを、カメラを通じて伝え続けている。

 新聞社のカメラマンだった1999年、イリノイ州の当時の自宅で強姦(ごうかん)に遭った。うつ状態やパニック障害に苦しむ日々。「レイプで人生を終わらせたくない」。2年後、米国やカナダで撮影を始め、70人の素顔に向き合った。日本でも、写真展や講演会で体験を語る。

 2006年4月、故郷の大阪で開いた講演会。大藪さんは、聴衆の中にいるだろう〈声なき被害者〉に呼びかけた。

 「自分を責めないで。あなたは犠牲者じゃなくて、サバイバーなんです」

 苦難を乗り越え、生き抜いた人をたたえる意味が込められた言葉、サバイバー。

 会場で、兵庫県に住む響子さん(仮名)(31)が涙を流しながら聞いていた。

     □■□

 響子さんは13歳の時、警察官を名乗る男に、民家の陰に連れ込まれ、性器を触られた。怖くて誰にも言えず、胸の奥に封じ込めた。

 それからは、度々体調を崩し、学校を休んだ。何度も死にたいと考える。出会い系サイトで知り合った男たちとの関係に依存もした。「私は、どこかおかしい」。でも、自分では理由が分からなかった。

 記憶の扉が開いたのは、26歳の時。ふと手にした本に「性的虐待」という言葉を見つけ、突然、13年前の被害がよみがえった。本にあったトラウマの症状が、自分に当てはまっていた。あれが私の人生を狂わせてきたのか――。

 過去を克服するために、被害者の自助グループに参加し、思いを打ち明けた。フラッシュバックと闘い、わき上がる怒りと「犯人から逃げなかった自分が悪い」という自責の念に、もがいた。

 大藪さんの講演を聞いたのは、そんな時だった。

 「私も顔を上げて生きる」

 07年11月、自らの企画で、仲間とともに大藪さんの写真展を開いた。さらに一歩を踏み出そうと、春からは、1年間の滞在予定でカナダに渡る。

 「過去は消せない。それでも、生き延びた自分に誇りを持ちたい」

     □■□

 大藪さんと、「性犯罪被害にあうということ」の著者、小林美佳さん(34)。実名で被害を公表した2人の女性は昨夏、支援者らに後押しされ、「性暴力をなくそう」キャンペーンを始めた。

 啓発用の冊子には、こう記した。

 〈みんなが性暴力の本当の姿を理解し、「あなたが悪いのではない。悪いのは暴力をふるった側だ」と言ってあげられるようになることが、被害者が声をあげられる条件です。そして、この犯罪を根絶する第一歩なのです〉

 2人は口をそろえる。

 「今、社会が耳を傾け、知ろうとしてくれている、と肌で感じる。この機会を逃してはいけない」

(おわり)

 社会部・岸辺護、久場俊子、辻阪光平、佐々木栄が担当しました。

2010年2月20日  読売新聞)
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