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<6>裁判員制に懸念と期待

抵抗できずは「合意」じゃない

 「裁判員裁判の対象から、性犯罪を除いてほしい」

 昨年10月、日本弁護士連合会の犯罪被害者支援委員会が開いた意見聴取の場で、東京都在住の美月さん(仮名)(29)が訴えた。

 9年前、3人組の男に車に押し込められ、強姦(ごうかん)の被害に遭った。「抵抗すれば殺される」。防衛本能から従順を装った。刑事告訴はしていない。

 「抵抗できなかったことが、合意と取られる恐れが少しでもあるのなら、心配です。今の法制度では、被害者が守られている、と実感できません」

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 日本では61年前の最高裁判例が今も生きている。強姦罪の成立には、「抵抗が著しく困難になるほどの暴行・脅迫」が必要とされる。

 被害者側の行動がこと細かに突き詰められ、「叫ぶなど激しい拒絶がなかった」と、無罪になった事件もある。

 中京大法科大学院の柳本祐加子准教授は「『嫌なら大声を上げて逃げるはず』『知人なら合意があるだろう』といった〈強姦神話〉は根強い。合意を巡って、被害者の性的な過去が引き合いに出されることもある。裁判員に女性が落ち度を責められ、追及される場面が出てこないか」と危惧(きぐ)する。

 2008年10月、国連規約人権委員会は、日本政府に、強姦罪の適用範囲をもっと広げ、被害者に「抵抗」の証明を課す負担を取り除くべきだ、と勧告した。米国では、法廷で被害者の性的過去を聞くことを制限するレイプ・シールド法があるが、日本にはない。

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 日弁連での会合では、別の被害者、岡山県のゆかりさん(仮名)(28)が、裁判員制での審理に賛成意見を述べた。

 「社会の目が性犯罪の深刻さに向き始めたのに、除外されたら、被害者は、また闇に取り残されてしまう」

 同僚の男からの被害をきっかけに出社できなくなり、1か月足らずで解雇された。社会への不信を抱えていたが、男が準強姦罪に問われた公判では、泣きながら書いた意見陳述書の全文を、裁判長が読み上げてくれた。

 思いに耳を傾けてもらえたことに、心に日が差す思いだった。裁判員にも被害者の声が届くのなら――。

 裁判員裁判で扱われる事件のうち、2割を性犯罪が占める。これまでに審理された性犯罪事件で被害者本人が別室からの「ビデオリンク方式」などで意見陳述したケースでは、裁判員から「生の声に心が痛み、気持ちが伝わった」との感想が聞かれた。

 「裁判員の理解が進み、少しでも被害者が溶け込める社会になれば」とゆかりさん。一方、美月さんは「裁判員にアピールする“道具”として、嫌でも引っ張り出されるようにならないか」と心配する。

 〈市民感覚〉への、懸念と期待が交錯する。

2010年2月18日  読売新聞)
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