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<5>出社できず解雇、困窮

これからどうすればいいの

 「このまま休むようなら、辞めてもらわざるをえない」

 2008年3月。会社に呼び出された岡山県在住のゆかりさん(仮名)(28)は、信じられない思いで社長の言葉を聞いた。「うちは母子家庭です。困ります」。何度も訴えたが、手続きは進められた。

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 その1週間前、同僚の男に「現場を手伝って」と言われて車に同乗し、意識がもうろうとしたところを襲われた。車から逃げ、警察に届けたが、悪い夢のようだった。

 後になって、直前に男から手渡され、「眠気覚まし」と思って飲んだ薬が、睡眠薬だったと知った。

 誰とも会いたくない状態が続き、部屋に引きこもった。「ママ、どっか痛いん? 大丈夫か?」。泣いてばかりいると、小学生の息子が心配してくれた。でも、「自分は汚れてしまった」と感じ、抱きしめてやることもできなかった。

 会社には、男から勤務中に受けた被害を訴え、「出社できない」と伝えていたが、1か月足らずで辞めさせられた。一方、男は準強姦容疑で逮捕されるまでの2か月間、何食わぬ顔で出勤。会社側は事件を知っていたのに――。

 「社会ってこんなものなの?」。食欲がなくなり、眠れない日が続いた。自殺さえ考えたが、「息子を残しては逝けない」と踏みとどまった。

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 生活がある。心にむち打ってハローワークに通った。

 「辞めた理由は何ですか」。失業手当の申請時に聞かれた。「解雇された」と訴えたが、信じてもらえない。手続きに必要な会社作成の離職票では、自主的に退職したことになっていた。思い切って、性被害が原因、と明かしたが、気まずそうにされただけだった。

 その後は、退職理由を「セクハラ」にした。ある日、職探しの窓口で、女性職員から「私も前の職場でセクハラされたけど、バネにしてきた。あなたも頑張って」と明るく言われ、たまらず言い返した。

 「あなたの被害とは違う。一緒にしてほしくない」

 なぜ辞めたのか、聞かれるのがつらい。ハローワークまで行っても、ドアの前で足がすくむようになった。

 再就職先は今も決まっていない。失業手当はとうに切れた。貯金も、もう底をつく。暮らしに不可欠な車の所有が認められないと知り、生活保護はあきらめた。

 「これからどうすればいいの」。見えない糸に縛られ、一歩も動けないと感じる。

 生活まで脅かす事件の影響。法務省による犯罪被害者の追跡調査(1999年)では、強姦事件の被害者の4人に1人が「引っ越さなければならなかった」、6人に1人が「仕事や学校を続けられなくなった」、「生活が苦しくなった」と答えた。

2010年2月17日  読売新聞)
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