4、5年も前になるか、東京の朝鮮学校高級部 (高校) の公開授業を見学したことがある。覗いた教室では、社会科の授業で、近代ヨーロッパの啓蒙思想を教えていた。
雰囲気は、“一時代前の日本の学校”のようだった。教師たちは厳格そうで、生徒に茶髪は一人もいない。若い女性の教師が多く、まるで姉がその弟や妹たちに教えているようだった。聞けば、財政的な厳しさによって規定の給与が低い (日本の公立学校教員の3分の2程度) うえ、その給与も遅配が多く、最低生活費が確保できない。独身のうちは何とかやっていけても、結婚すると退職せざるをえないのだという。過重な授業・担任・クラブ活動などの兼任で負担も大きい。
朝鮮学校は、日本の敗戦直後、それまで抑圧されてきた言葉 (朝鮮語)、民族性、民族文化を取り戻すため、日本に居住していた朝鮮人たちが、全国各地で自主的に建設した国語講習所や民族学校が前身である。
日本政府は当初これを認めず、占領下では激しい弾圧を加えて閉鎖させたりした。その後も長く学校法人として認可しないなど、様ざまな制約を課し、嫌がらせを続けてきた。公的補助が自治体から始まったのは、1970年代になってからである。厳しい環境の中で、朝鮮学校がこれまで継続してきたのは、子どもたちに祖国の言葉を伝え、民族性を失わせまいとした親たち、教師たちの情熱と献身的な努力である。
ある意味で、朝鮮学校の存続は、同化、排除、差別政策によって民族性を喪失させようとし続けてきた日本政府、日本社会に対する、民族性を守る闘いそのものであった。
しかし、時代の変遷は朝鮮学校の教育内容にも大きな変化を及ぼす。帰国を前提にした民族教育から、日本永住を前提とする民族教育への変化である。元朝鮮大学教員の金徳龍氏は、それを「落地生根」型民族教育と呼ぶ (本誌2004年3月号、4月号)。
いかなる社会にあっても、少数派の人権、尊厳は守られなければならない。教育においては、父母との文化的同一性、言語及び価値観などの尊重、自己の文化の享受、宗教の信仰、言語を使用する権利などが国際的に認められている。それ以上に、在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地主義の結果、日本に居住せざるを得なくなった人々の子孫である。日本に特別の責任があり、その少数派としての教育には、むしろ特別の配慮があってしかるべきなのである。
高校授業料無償化の「朝鮮高校除外」は、普遍的人権の問題であり、子どもの学習権の問題であると同時に、歴史認識の問題でもある (本号、田中、阿部論文)。もしこのようなことが行なわれれば、日本は政府が少数派を公然と差別すると国際社会に向けて宣言するに等しい。あまりに恥ずかしいことではないか。
鳩山首相は第三者機関を設けて調査し、夏頃までに判断するとしているが、この問題は、右を見て左を見て判断するような類いの問題ではない。
朝鮮学校に通う子どもたちは日本で生まれ、育ち、たぶん将来も日本で生きていく。拉致事件が起きたとき、生まれてもいない子たちに、日本政府は一体何を負わせようというのか。「新しい公共」などと口で言いながら、人権感覚も、歴史への見識も、多元社会へ向かう寛容さも感じられない。深い失望を感じる。