男と女 その九
テーマ:男と女女は、つつましい暮らしを好んだ。
高価なブランド品を欲しがらず、必要以上に快適な住まいを求めるでもなく、それよりはささいなことで笑い、愉快に過ごす日々に感謝を忘れなかった。
それは尊い美点だと男は思っていた。
ところが、最近は様子が違う。
ゴオクヨンセンマンエン、ゴオクヨンセンマンエン……と呪文のように唱えている。
途方もない大金だ。
「今日、会社の同僚に『ヴェルディなくなっちゃったら、もういっこの東京を応援すればいいじゃん』って言われた」
「わかってないね」
「そう、わかってないの。死んでもできない」
「ごもっとも」
「いい人なんだけど、ヴェルディだけは嫌いみたい」
「まーあれだ。気持ちはわかる。それより関白は風呂に入りたいぞ」
男は亭主関白を気取り、女には自分を関白と呼ぶように言い聞かせてきたが、一向に定着の気配がない。
この日も、返事はそっけないものだった。
「関白がスイッチ入れてきて」
「はい、わかりました」
「ついでにゴミ捨ても」
「かしこまり」
女は新しい経営者がどれほどの器量を持つのか気にしていた。
男は初見で受けた印象を正直に話した。
ヴェルディをどうにかしたい気持ちは本物だと感じたこと。周辺取材でもそれを裏付ける証言があること。そのほか、新たな支援を得るためにはマスメディアを利用したイメージ戦略、行政やサポーターを巻き込んだ気運の高まりを伝えたいところだが、現状はうまくいっていないことなどをざっくり語った。
「期限までに、スポンサー料5億4000万集めないとダメなんでしょ?」
「マストやね。ただし、Jリーグは当初の事業計画より支出が減れば、ラインを下げる含みも持たせた。いかんせん、そのへんはあいまいだからよくわからん」
女はじっと何かを考えている。
男も視線を落とし、いま何をすべきか考えていた。