「この会社の常識は社会の非常識と感じている」。鉄鋼メーカー・栗本鉄工所(大阪市)の横内誠三社長は、記者会見でこう謝罪した。この言葉が、同社の企業体質を象徴していた。
2007年11月21日、高速道路の橋工事で使われるコンクリート用の型枠に、公表していた仕様より薄い鉄板を使っていたことなどが発覚した。マスコミに届いた内部告発のはがきがきっかけだった。この年、同社は橋梁談合や水門談合など不祥事が次々と発覚、経営再建を進めていた矢先のことである。
偽装していたのは、高速道路などの橋梁内部に軽量化の目的で空洞をつくるためのパイプ形鉄製型枠。全国の7つの工場で生産されていたが、7工場全部で偽装は行われていた。
偽装は1965年ごろから始まり、約40年間続いていた。その手順もマニュアル化していた。旧日本道路公団の立ち会いの強度試験には、古河工場(茨城県)と交野工場(大阪府)の“担当者”が出向いた。試験は特別な計器を使って行われ、対照表で計器の測定値を強度に換算する。その対照表が偽造され、実際より大きな荷重がかかっているように見せかけていた。対照表は6種類、型枠の口径に合わせて使い分けられてもいた。
横内社長の記者会見は、パイプ形型枠を説明するスライドショーから始まった。しかし、概要の説明が延々と続き、安全性や責任を問う記者たちとの間で会場は騒然となった。40年以上続いた偽装について、横内社長らは「どうして始めたかわからない」「調査中」を連発。「現場の担当者がやっており、担当者しか知らなかった。中にはおかしいと感じる者もいたが、改ざんの認識はなかった」と経営陣の関与も否定した。
横内社長は最後に、「創業100年の歴史の中で、会社の常識が社会の非常識だった。おわびしたいと思っている」(朝日新聞)と謝罪したが、顔はこわばったまま。約3時間に及んだ会見は何の実りもなく終わった。
偽装自体は、橋梁全体の耐震強度や安全にただちにかかわるわけではない。だからといって軽視をしては、いずれ重大事故につながる。“担当者”が代々引き継ぎながら、誰が始めたのかは分からないという「会社の常識」。横内社長は自らの進退について「辞任は考えていない」と否定したが、2週間後の12月5日、辞任を発表する。その理由を「社会の見る目の厳しさや失墜した信頼回復の方法について考えた結果、自分がトップのままでは難局を乗り切るのは困難と判断した」(毎日)と説明した。(村上信夫)
■むらかみ・のぶお 放送作家。数々のニュース番組や人気番組を担当するかたわら、立教大学大学院で不祥事報道、不祥事史、メディア・リテラシーを研究中。著書に「企業不祥事が止まらない理由」(芙蓉書房)などがある。