劇作家、作家で文化功労者の井上ひさしさんが9日午後10時22分、肺がんのため死去した。75歳だった。山形県出身の井上さんは「ひょっこりひょうたん島」、女優・宮沢りえ(37)主演で映画化された「父と暮せば」など、笑いと社会批評を織り交ぜた戯曲や小説、エッセーを数多く発表。平和運動にも積極的に取り組んだ。昨年10月に肺がんが見つかり、入退院を繰り返していた。また、井上さんは台本が公演に間に合わない遅筆でも知られていた。葬儀は近親者のみで行う。
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日本を代表する文豪が旅立った。戯曲として遺作となった「組曲虐殺」を書き上げた後、井上さんの体調は悪化。昨年10月に神奈川県内の病院で肺がんが見つかり、抗がん剤治療を続けていた。好きだったたばこをやめるなど、回復へ意欲を見せたが、病院から帰宅した9日の夕方に容体が急変。最期は妻・ユリさん(57)、井上さん主宰の劇団「こまつ座」代表で三女の麻矢さん(42)ら家族にみとられたという。
64年放送開始の「ひょっこり‐」(共作)で注目を集め、72年に小説「手鎖心中」で直木賞を受賞した。84年には、こまつ座を旗揚げ。広島で被爆した父と娘を主人公にし、映画化された戯曲「父と‐」、小説「吉里吉里人」、テレビアニメ「ムーミンのテーマ」の主題歌の作詞も手がけた。
闘病中も創作意欲は衰えず、当初7月の上演を予定した、沖縄戦を取り上げた戯曲「木の上の軍隊」の構想はほぼ完成していた。「木の上‐」に出演予定だった俳優・藤原竜也(27)が、小栗旬(27)とダブル主演した戯曲「ムサシ」を演出した蜷川幸雄(74)は「新作を書いてくれることになっていたので残念。5月からのムサシのロンドン、さいたま、ニューヨーク公演が追悼公演になってしまった」と悔やんだ。
穏やかで慕われた井上さんだったが、台本完成が遅れがちで自ら「遅筆堂」と名乗った。脚本を担当した公演が延期になることも多く、中止に追い込まれることもあった。「早く書いて」という関係者に、「航海に例えれば戯曲は船。船がグラグラしたり水漏れしたら、スタッフ、俳優がどんなひどい目に遭うか。少しでもしっかりしたものを渡さないと」と信念を語ったという。それでも、けいこ場には申し訳なさそうに手みやげ持参で現れ、書き上げたものの“立体化”を何より楽しみにしていたという。