別れさせ屋:離婚された女性と交際、殺害…絶えぬ被害

2010年4月11日 9時48分 更新:4月11日 10時15分

「別れさせ屋」に殺害された五十畑里恵さんの遺影を手にする父勉さん=宇都宮市で
「別れさせ屋」に殺害された五十畑里恵さんの遺影を手にする父勉さん=宇都宮市で

 「別れさせ屋」と称する東京都内の元探偵会社社員の男が、交際女性を殺害した事件から1年がたつ。男は女性の夫から、離婚工作を請け負い女性に接近。素性がばれた末に悲劇は起きた。男と女の感情を巧みに利用する別れさせ屋。悪徳業者による被害は絶えず、法規制を求める声も上がっている。【宍戸護】

 「妻とは離婚時点で終わっている。業者には素行調査しか頼んでいない……」。栃木県南部の農村。32歳で殺害された五十畑(いそはた)里恵さんの当時の夫を訪ねると、夫はゴルフ練習の手を休め、淡々とした表情で話した。

 2人は99年に結婚し子供ももうけたが、親せき付き合いや金銭観を巡り夫婦仲は冷え切っていた。07年5月、夫は東京・池袋の別れさせ屋に「親権をとって離婚したい」と依頼。素行調査が行われたが、里恵さんに問題は浮かばなかった。判決によると、夫の依頼を受けて離婚工作を担当することになったのが、桑原武受刑者(31)だった。

 「おいしいケーキ店知りませんか」。桑原受刑者は里恵さんの行動パターンや交友関係を下調べし、偶然を装って近づいた。翌週には「外資系企業の転勤で来た。地元の事情を教えて」と持ち掛け、メールアドレスを交換。友人との飲み会では後輩も登場し「うちのボーナスは数百万円」と気を引く言葉を口にした。車道側をさりげなく歩くエスコート、カラオケやものまね上手……。2人は間もなく親密な交際に発展。夫はそれを示す写真を突き付け11月、里恵さんと離婚した。

 都内の高校中退後、鉄筋工を経験し、06年7月に別れさせ屋に転職した桑原受刑者。妻子もいたが、里恵さんとの交際は続いた。生活費捻出(ねんしゅつ)のため会社の金を使い込み解雇された09年3月、別れさせ屋と発覚。里恵さんの友人に「工作費約300万円を夫から受け取った」と白状した。

 裁判で桑原受刑者は「本気で好きだった」と述べたが、里恵さんの友人は「ビル賃貸業を営む里恵の両親の財産狙い」と見る。

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 別れさせ屋は93年、東京・銀座の探偵業者(44)が始めた。夫の浮気に悩む妻が「浮気相手と別れさせて」と依頼するケースが多い。関東在住の女性(48)は、男性工作員が浮気相手の女性に近づき一度は離別させたが、3日後に復縁。別の業者に駆け込み、今度は女性工作員が夫に接触して別れさせた。「自分の力ではどうにもならない。子供もいるので、家庭を壊したくなかった」。女性は目に涙を浮かべ、別れさせ屋に頼った経緯を振り返った。

 97年にテレビ番組で紹介されたことがきっかけで、業者が増え始めた。関東在住の20代女性は不倫相手の上司と妻を別れさせるため、名古屋市の業者に着手金を10万円払った。その後数カ月間で計290万円を請求され消費者金融のローンを組まされた。大阪市の業者に依頼した関西在住の妻は「2人は片時も離れない。最高に難しいケース」と150万円を追加請求されたが、まともな調査はされず損害賠償を求めた。

 国民生活センターによると、別れさせ屋を含む探偵業者への苦情相談は、05年度に1666件とピークを記録し、その後も1000件以上で推移。探偵業者で作る社団法人・日本調査業協会の高橋新治倫理委員長(60)は「別れさせ屋でトラブルになっても依頼主の多くは動機が不純のため、訴訟では救済されにくい。別れさせ屋は法規制されるべきだ」と訴える。

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 里恵さんの父勉さん(61)=宇都宮市=は一周忌を前に10日、栃木県小山市の霊園を訪ね、一人娘が眠る墓石にトルコキキョウを供えた。一緒に暮らす5歳の孫には「マミーは病気で入院している」と説明しており、連れて行かなかった。自宅居間の遺影前で線香をたくと、孫は「マミーが早く良くなりますように」と拝むという。

 ◇「別れさせ屋」殺人事件◇

 桑原受刑者は09年4月12日、東京都中野区のマンションで別れ話の口論の末、里恵さんを絞殺。殺人罪などに問われ10年3月9日、東京地裁で懲役15年(求刑・懲役17年)の判決を言い渡され、確定した。

 ◇全国に250業者以上

 日本調査業協会によると、探偵業者と「別れさせ屋」は、いずれも素行調査をするが、別れさせ屋はさらに、疑似恋愛する主役が現れ、脇役の工作員を使いシナリオを演じる。全国には約4500の探偵業者がおり、別れさせ屋を営んでいる業者は、少なくとも250存在している。

 協会は人の生活の平穏を害し、個人の権利利益を侵害するなどとして「別れさせ工作をしてはならない」と自主規制しているが、協会加盟は1割以下の約370業者にとどまる。

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